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#292 綺麗な薔薇には棘と嫌悪があった

「いやー。超絶ヒマだぁ~」


 豚騎士の街を出発して数時間。燦々と照り付ける太陽の下、一応料理を作ったり〈万物創造〉で新素材を作っては〈収納宮殿〉に放り込んでなんて事を繰り返してなんとか時間を潰して来たんだが、やっぱ魔物が居ないってだけでやる事がすぐになくなる。

 今まではこういった作業の間に魔物の襲撃があったんで、煮込んだりお菓子をオーブンで焼いたり蒸したりしてぼけーっとしてる時のちょびっとしたスパイスになってくれてたんだけど、それが全くのゼロになっちまってるから本当に手持ち無沙汰でシンドイ。


「しかし……本当に魔物の影も形もありませんね」

「だよなぁ。ユニはこういうの経験あんのか?」

「ワタシの暮らしていた場所は森でしたからね。基本的に涼しい所でしたが、もちろん暑い時もありました。しかし、ここまで酷くはありませんでした。これが無ければ遠慮したいのが本音です」

「……どう思う?」

「まぁ、十中八九何者かの仕業でしょうね。でなければ獣人共の準備の悪さの説明が付きません」

「だよなぁ~」


 誰が何の目的でこんな事をしてんのか全くの謎だけど、獣人が迷惑してんのは明らかだ。このままいくと全滅する可能性が無きにしも非ずだけど、まぁ六神が介入してくるだろうからそこまではいかんとは言え、1年も綺麗で可愛い獣人女性に辛い目に合わせてるクソ野郎が居るんだと思うと無性に腹が立って来る。

 だからと言って、俺がしゃしゃり出て解決してやるぜ! って気分には今の所ならない。あまりにも情報が少なすぎるからな。もしかしたら人種王都みたいに間違った方法ではあるけど王族を守る為――はさすがにないか。


「ん?」

「どうした」

「何やら奇妙な気配がします」

「奇妙な気配?」


 すぐに〈万能感知〉でその反応を探って見た所、確かに変な物がここから3キロほど先にあるのを発見した。


「どうします?」

「アニーもいるし、なんなのか探ってみるか」

「分かりました」


 ユニなら3キロ何てあっという間だからな。急いで料理一式を片付け、アニーに事情を話して連れ出す頃にはもう到着だ。


「なんやねん。なんもないやないか」


 アニーの指摘通り、見た感じは今まで駆け抜けてきた荒野と何も変わらん光景が俺達の目に映っているが、〈万能感知〉だと電話ボックスくらいの大きさの何かが1メートル前方に存在していると確かに教えてくれているんだよ。


「ユニはどうだ?」

「見えはしませんが気配は感じます」

「俺はスキルのおかげで全体像だけは見えてる」


 となると、やっぱ一番槍を自薦するしかなくなるよなって事で剣で突っついてみると、随分と硬いようでカンカンと何かにぶつかる音が。


「なんもない場所で音がする言う事は、ホンマに何かあるんやな」

「みたいだな」

「どうするのですか?」

「まずは何はなくとも〈鑑定〉だろ。って訳で先生。お願いしやす」

「まぁ、やるだけやてみるわ」


 一応分かりやすいようにペンキをぶちまけて〈鑑定〉がしやすいようにしてみると、長方形の箱型の何かの全容がハッキリ表に出現したんで、アニーの目もしっかりとそれが何なのかを把握したみたいだけど、首を傾げた。


「どしたよ。失敗したのか?」

「いや……成功したんやけど、装置としか表示されへんねん」

「装置ねぇ……曖昧じゃね?」

「ですね。状況を考えれば透明化を発生させる装置と思えなくもありませんが……」


 ユニの言う通り、一番近い物で言えば透明化の発生装置になるかな。実際に見えないんだから。

 だからと言って、そんな無駄の極みがデンと鎮座してどうするよって。こんな何もない荒野にポツンと透明化発生装置があったところで、使い道なんてなーんもないし、必要性も考えつかん。


「とりあえず壊してみるか?」

「アカンやろ。自分はそれでも問題無いんやろうけど、ウチ等はアスカほど頑丈じゃないんや。少し離れるから待っときや」


 ってな訳で、アニー達があっという間に数キロ先まで離れ、大まかに安全が確保されただろうとの連絡が来たんで、丁度半分辺りを斜めに斬り裂いてみると、何秒か経ってからズシンと重量感のある何かの落下音。ついでに砂煙がぶわっと舞い上がる。


「さて……どんなんかな~」


 なんかの装置がある場所を見てみると、壁っぽい物の厚さは5ミリくらい。多少抵抗を感じたからどんだけ分厚いんだよと気になってたんだけど、随分と薄いし内部には魔法陣がビッシリ。もちろん知識ゼロなんでなんのこっちゃです。

 取りあえず即爆破って危険が去ったんで馬車を戻して今度はリリィさんを呼び出す。


「あての出番ですか?」

「ああ。それなんだけど何かわかるか?」


 落ちてる残骸へと案内し、内部がよく見えるように持ち上げてみるとリリィさんの顔つきが随分と険しい物へと移り変わった。


「こらまた凄いわぁ。こないに細かい陣やと、少なくとも3以上の魔法が常時発動されとった思います」

「種類はどうだ?」

「恐らくやけど水属性や思います。せやけど……マズい事になる思いますよ」

「なんかあったんか?」


 リリィさんによると、どうやらこの謎装置には故障や倒壊などの不具合が起きた場合に際してそれを知らせる魔法陣が組み込まれているらしく、俺が斬り倒した事によってそれがこれを設置した相手に伝わってすぐに人がやってくるらしい。

 ここでぼけっと待ってると犯人にされるんで急いで逃げるとしよう。犯人だけど。


「ユニ」

「お任せを」


 全方位十数キロに人の反応はないとはいえ、ぺんぺん草一本生えない荒れ果てた地平線だからな。目的地にまっすぐ進むと鉢合わせになる可能性がいまのところ一番高いからな。アリバイ工作のために竹ぼうきを購入。車輪とユニの足跡を消しながら一応街道だと思しき場所の道草を食った場所まで戻ってから、ルナさんが居ると言う街へ向けて走り出す。


「これで大丈夫かね」

「完璧とは言えませんが、他に目撃者がいる訳でもありませんし大丈夫でしょう」

「だな」


 そんなちょっとしたサブイベントが終わって1時間くらいかね。前方から人と魔物に似た反応が近づいて来るんで一応立ち止まって見ると、ラクダに似た六本脚の生き物に跨ってる獣人がぐんぐん近づいて来る。


「速いなぁ」

「フン。あの程度の速度ならワタシの方が何倍も速いですよ」


 俺の率直な感想にユニが対抗心を燃やしていると、てっきり通り過ぎるもんだとばかり思っていた連中の速度が緩やかになり、何故か横で停止してようやく分かった。連中――いや、彼女達は女性獣人様方ではありませんか。

 凛々しい表情のクールそうなうさ耳女子。

 野性味あふれる日焼け姿が頼りがいのある熊系女子。

 ちっちゃいけど目つきがメッチャ悪く生意気そうな犬耳少女。

 目深に三角帽子をかぶって顔立ちのはっきりしない老婆。

 そんなケモミミ女子達が手の届く位置にいる。こんな荒れ果てた荒野で美しく咲き誇る花々と出会えるとは最高だね。


「貴殿は人族か。この獣人領に如何な用があって足を踏み入れた」

「知り合いに会いに来たんだ。そうしたらとんでもない事になっててね。お嬢さん方は随分と急いでたようだけど、こんな所で立ち止まってていいのかい?」

「構わぬ。貴殿と会話を交わす事も我等の業務の一部故」

「ふーん。こっちとしてもお嬢さん方みたいに綺麗な女性との会話は望む所ですとも」


 ニッコニコ笑顔で堅苦しい女子の返答を待っていると、常人には目にも留まらぬ素早さでの抜刀が俺の首めがけて振り抜かれたけども、特に殺意を感じないんで動かないでいるとピタリと皮1枚で停止。


「問おう。貴殿はここより南南東に40キロほど離れた場所を経由したか」

「うん? 俺達は……あそこは何て街だったっけ?」

「アルーベルです」

「ま、魔物がしゃべった!?」

「そうそこ。そこでこーんなデッカイ熊獣人をぶっ倒し、ブヒブヒと何言ってんのか分からん騎士が居て凄ぇ迷惑をかけられたな」


 本当にその街を経由してきたぞと信用させるための情報として、そこで起こった面倒な出来事をペラペラと喋ってみると、大抵の女性達は驚いていたが、俺に剣を向けているこの中一番の美人うさ耳女子は眉間にグッとしわが寄るだけ。


「貴殿の様に幼い少女があのお方を倒したなど、信に値せぬ」

「だったら確かめてくればいいじゃん。ママカリとかマーマレドとかに俺の事を聞けば恨み節の3つや4つ出て来る筈だから。もういいか?」


 これほど美しい女性であればいつまでも会話を楽しんでいたいが、口説き落とすのに時間がかかりそうなんだよなぁ。それだったら血涙を流しながらまたの機会と踏ん切りをつけ、次行く街で別の綺麗で可愛い女性と多くの一時を楽しみたい。


「……いいだろう」


 なーんか納得いってないみたいだけど、老婆に視線を向けて頷いたのを確認してようやく剣を収めてくれた。どうやらあれがこの隊の隊長って事らしい。


「それじゃ。お元気で~」


 まぁ、誰が隊長であろうと俺には関係ない。証拠は考え得る限り隠滅してきたし、さっさとルナさんの下へと向かうのがここに来た最大の理由なんだからな。

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