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#291 え~馬鹿馬鹿しい話を一つ

「ん……っ。今日は意外と目覚めがいいな」


 いつも通りの時間より多少寝すぎたけど、目覚ましも使わず自力で起きれたのは珍しい。やはり昨日の就寝がいつもより数時間くらい早かったからだろう。それで寝坊するってどんだけ寝れんだよと思わんくもないけど、限界に挑戦してみるほど人の一生は長くはないんでね。スパッと起きてパパッと飯の準備だ。

 意気揚々と一階に降りると、既にテーブルを拭いている女将の姿が。


「おはよう」

「おはようさん。まだ飯の準備は出来とらんで」

「別にいいよ。ちょっと従魔の飯を作ろうと思って起きて来ただけだから」

「ふーん。それにしても昨日の一件はスカッとしたわ」

「そいつは良かった。まぁ、迷惑がかからんうちにパパッと居なくなるから、もし昨日の豚がまた来たらどっかに言ったって答えといてくれ」

「言われんでもそうするわ」


 女将との軽いやり取りを終えて裏手の獣舎に顔を出すと、朝も早くから黙々と読書に勤しんでいるユニの姿が目の前に。


「ちゃんと寝たんだろうな?」

「もちろんです。朝食の時間ですか?」

「まぁそんなところだ。注文は?」

「こう暑いと冷えた物を食したくもありますが、あまり内臓を冷やすと良くないのでほどほどの物を」

「相変わらず注文の多い奴だな……」


 暑いのが嫌ってなると、まぁ……作りはせんけど鍋は無理だけど、他は特に問題ないだろ。

 手始めに鍋に水を張って沸騰させ、ほうれん草を湯がいて程よくなったところで氷水の中に落とし込んでキュッと引き締め、薄味の出汁を張った器に盛りつけて上から鰹節を振りかければおひたしの完成。


「ほれ」

「いただきます」


 次は鍋に張ったお湯に顆粒出汁を入れてさっきより若干濃いめに整えて粗熱を取って冷蔵魔道具に放り込んで、冷えるまでの間に木綿豆腐をキッチンペーパーで包んで炎天下に5分放置するだけでかなり水分が抜けるんで、丁度いい辺りで〈収納宮殿〉に放り込む。

 次にキュウリを薄切りにして塩もみ。しんなりしたら塩分を洗い流して水気をしっかり切る。

 最後にすりごま・味噌・練りごま・鰹節をだし汁に混ぜ合わせ、豆腐を千切っては入れ。千切っては入れを繰り返し、最後に暖かいご飯にかければ冷汁の完成。


「こんなんどうだ?」

「おぉ……見た目は良くないですが味は良いですね」

「俺が作ってんだぞ? 不味いモンを作る訳ないだろうが」


 相当気に入ったんだろう。一升飯をぺろりと平らげ、デザートのショートケーキも1ホールを食べきった頃、アニー達が起きて来たんで、こっちにも冷汁を提供して見た所、やはり見た目に関しては不評だったものの、味に関してはそこそこお代わりも貰ったんで提供した側としては満足だ。ちなみにアンリエットは相変わらず山のようになった肉だ。

 後は俺の飯って事で宿に戻ってみると、昨日までは大して居なかったはずのスペースに、7割ほどが埋まってそこそこ賑やかに飯を食っている光景があり、俺が入ってくるのと同時にそんな連中共の視線がグッと向けられる。まぁ、野郎しかないんで無視ですけど。


「おいっす~。飯出来てる?」

「出来てるで~。すぐ持って来るわ」


 空いてる席に腰を下ろし、ぼへーっとしてると1人のおっさんが特に断りもなく俺の横にどっかと腰を下ろすんで、まぁ〈万能感知〉でも敵意が見られないのでそのままぼへーっとしてると、しびれを切らしたのか別のおっさんがまた断りもなく対面に座って口を開いた。


「おめぇさんかい? マグワイのクソ野郎を痛めつけたってガキは」

「マグ……ワイ?」


 はて……誰だったかな? どっかで聞いた事があるような気がするんだが野郎と言ってんだから男だとすると、どうも記憶に引っかかんないんだよなぁ。


「昨日この店に来てアンタに酒瓶投げた奴やで」


 どかっと机に置かれたのは、濃い目の味付けがされてるであろう薄切り肉がぎゅうぎゅうに詰め込まれたサンドイッチに酸っぱい匂いのするキュウリっぽい野菜の漬物にコップ一杯の水。ついでに首をかしげていた俺に対する回答を持って来てくれた。


「……あぁ。あの豚の事か」


 そう言えばそんな奴が居たなぁ。ちょーっとイラッとしてタコ殴りしてスッキリしたから忘れてたな。

 平然とそんな事を口走りながらサンドイッチをもぐもぐしていると、その場がどっと破裂したように笑いが巻き起こった。


「ぶははははは! 確かにあれは豚だな」

「あれでも一応狼獣人らしいぞ」

「むぐむぐ……あの体形にあの鼻はどう考えたって豚だろ」

「ククク……あの鼻も生まれつきらしいぞ」

「じゃあやっぱ豚だろ。酒瓶投げつけてやった時もブギャ! って言ってたからな」

「ぎゃははははは! 腹痛ぇ! 言うじゃねぇかお嬢ちゃん」


 誰かが笑い。俺がポツリと呟くだけでまた笑いが起きる。そんなやり取りを10ラリーくらい繰り返したあたりかね。〈万能感知〉の範囲内に敵意を向けて来る連中が侵入してきたんで、ひとまず柏手一発で全員を黙らせて出発の準備をしようと宿の外に出ると、昨日あれだけ痛めつけてしばらくベッドの上で絶対安静だろってはずの豚騎士及び取り巻きの他に、こいつは人としてちゃんと生きていけるんか? ってツッコミを入れたくなるくらいにデカい――5メートルはあるんじゃないかってくらいの奴がそこに。


「ほへ~。さすが異世界だぜ。ここまでデケェ奴がいるんだな」

「見つけたぞクソ人種ッ!」

「お前はっ!? えーっと……うーんと……カンザシ!」

「マグワイだっ! ふざけたガキがっ。そうやっていきがっていられるのも今の内だぞ」

「別に粋がってる訳じゃないんだけどなぁ。その自信の理由が後ろのそいつか?」


 チラッと目を向けると、だんまりを決め込んでる巨人は下から見上げる形のせいか半分以上確認できないとは言え野郎ってのは分かるんで遠慮はしないけども、全身に酷く生々しい怪我があるのは妙に目に付くよな。


「がはははははは! いくら貴様が強かろうがこいつに勝てる道理はないぞ」


 よく分からんがとにかくすごい自信だ。

 こんだけデカければ、普通に相対すればまぁ間違いなく負けるだろうな。

 片や超絶美少女。

 片や5メートルの巨人。

 はたから見れば美しさ以外で俺に勝てる要因はないように見えるだろうけど、アニー達は負けると微塵も思ってないんだろう。獣舎からユニを連れ出しては淡々と馬車の準備をしている。せめて応援の1つでもして欲しいな。


「アスカー。次の街まで遠いから急がんと間に合えへんでー」

「わーってるよ。スパッと終わらせっから置いて行くなよ」


 流石にこのサイズなだけあって、この辺りに居る中だと群を抜いて強い訳だけど、ユニには劣っているし、アニーとリリィさんの2人がかりであれば十分に勝算がある程度の相手に負けるビジョンなんてどう努力したって浮かばないっての。

 そんな軽いやり取りを終え、〈収納宮殿〉から剣を取り出してゆっくりと距離を詰める。


「ほぉ? こいつを見てまだやる気があるのか。愚かとしか言いようがないな」

「はいはい。こっちは急いでんだからさっさとかかって来い」

「チッ! グールディ。その小娘を殺せ!!」

「御意」


 豚騎士の命に反応した巨人は大きく一歩を踏み出しながら背中にあった大剣を抜刀。大上段から一撃で俺を叩き潰そうと全力で振り下ろして来たんで、俺は俺でそれに対して真正面から受けて立った。

 刀身と刀身がぶつかり合った瞬間、斬れるかなぁと思ってたんだが思いの外硬くてガッチリと受け止める感じになり、地面が蜘蛛の巣みたいにヒビが駆け抜けて大量の砂煙が吹き上がって俺と巨人の下半身くらいまでが覆われた。

 さて……ここからどうするかね。

 見えなくとも俺がまだ生きている事は理解してるだろう。一応俺を殺せと命令されている以上、退く事は許されない。だからと言ってこれだけの一撃を受けて生きてる人間相手に勝算があるのか? と問えば大抵の奴はNOと返答するはずだ。


「ハハハハハ! 馬鹿なガキだ」


 やれやれ。本当に何もわかってないんだな。こいつが剣を押し込んだ体勢のまま動こうとしない事にどうして疑問を持たんのかね。

 この一撃で特に隠し玉がある訳でもないと分かった以上、いつまでも付き合ってられんから、さっさと終わらせるか。


「ほいっと」

「っ!?」


 腕を軽く振り上げるだけで巨人がろくすっぽ抵抗できずにバンザイの体勢となったんで、鉄で作った電柱サイズの釘を何本かでその肉体を撃ち貫いてやるとその勢いでふわりと宙に浮き、轟音を立てて地に伏した。


「ば、馬鹿な……っ!? 何してんだグールディ! 立ってそこのガキを殺せ!!」

「ぐ……ぎ……」

「残念。時間切れだ」


 邪魔な巨人は排除した。となれば、さらに邪魔な豚騎士を排除するのが流れだろって訳で、再びボッコボコにしてやってからルナさんの街の居る方角へと向けて出発した。

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