#290 余所は余所って言うだろ?
「さて……これでいいだろう。海賊を捕まえてくれて感謝する」
「おう。じゃあな」
おっさん達を牢獄まで連行し、報奨金として金貨5枚を受け取り、中心街へと向かう。
「なぁアスカ。あの連中は処刑されるんやろか?」
「多分されないだろうな」
俺に捕まった直後はそこそこ恐怖の感情が確認できていたが、獣人領に連れていくとなってからは徐々にそれが薄くなっていき、こうして牢獄に監修された時にはすっかり平静に戻ってたんだからな。〈万能感知〉のないアニーですらそんな疑問を覚える程に連中は平然としてたんだから、この回答でまず間違いないだろう。
「それでええんやろか?」
「良いも悪いもここの連中が決めた事だ。よそ者の俺達が口出しする事じゃないしまず負けないだろ?」
一応、魔物を狩って狩って狩りまくってるんで俺以外の全員が例外なくレベルが高い。そうでなくともアンリエットとユニが居れば、大抵の脅威は返り討ちに出来るだろうからな。万が一連中が脱獄なんてして復讐……はしてこないか。
「せやな。考えてもしゃーないわな」
「そんな事より宿だよ宿。折角街に来たんだから今日はここで一泊すっぞ」
「別に宿を取らんでもええんと違うか?」
アニー達はあまり乗り気じゃないけど、コテージを出したりユニをゆっくりさせたりするにはやっぱ広い場所が必要な訳で、それを一番簡単に用意できるのが宿屋って訳だ。あそこであれば裏手には獣舎があるし、無意味に扉だけがデンと鎮座していても客のだと分かれば衛兵連中が出張ってくる事もないからな。
と言う訳で街はずれから中心部へと戻ってきたわけだけど、やっぱ肌が乾燥する位に熱いからか人の往来はほとんどないし、この規模の街ならほぼ見かけるはずの屋台は一軒もない。まぁ、こんな砂ぼこり舞い散る中で食料品は扱えんか。
一応酒場的な店と宿的な店からは人の気配があるけどまぁ活気がない。こんな状況なんだからしゃーなしとは思うけど、この規模でこれならあの役立たずの馬鹿ガキが追い出された村になったらどれだけなんだろう。興味ないけど。
程なく一軒の宿に目をつけて入ってみると、夕方過ぎの一番忙しいくらいの時間帯だってのに客らしい人の姿はないからなのか、店の人の姿もない。
「おーい誰かいないのかー?」
「今行くからちょっと待っててやー」
うむ。ここに来るまでにおっさんだ追い出された村人だ街の衛兵だといくらかの獣人に会って来たが、関西弁を話すのがアニー達くらいだったからな。あの商爵も似たような言葉遣いだったけど、あれは龍族だからノーカウント。
そこに来ての関西弁返答。どうやら商売を生業とする獣人しか関西弁は使わんらしいな。
「はいはいお待たせしました。泊まりですか?」
「ああ。一番高い部屋を一泊頼みたい」
「ほんなら銀貨5枚や」
宿泊料を支払って鍵を受け取り、すぐさま部屋へと向かう。俺は宿に泊まる際は基本的にそこのベッドで寝る事にしているが、アニー達はどんな時でも愛用のベッドを譲らない。確かにこの世界のベッドは硬くて小さいけど、何となしに落ち着くんだよなぁ。
「お客さ~ん。飯の時間やで~」
呼ばれたので1階の食堂まで足を運ぶと、やはり一番高い宿泊料を支払っているおかげか、数少ない宿泊客の物と比べて2段ほど料理の出来がいい。
一般的な部屋の料理は黒いパンに脂肪少なめの赤身の分厚い肉のステーキなのに対し、俺の料理はパンは白くステーキもそこそこサシが確認できるし、この状況では珍しいスープとコップ一杯だけだけど水と言う水分が同席している。
「うん? 他の連中はどないしたん?」
「ああ。あいつ等は旅の疲れが出て寝ちまってな。飯は結構だ」
「そーなんか。アンタが一番へばりそうやのに元気やなぁ」
「その分腹が減る。だからキッチリ飯を食うんだ」
まずはパンを手に取り一口。
うん……水の確保が難しいからなのか、柔らかさも水分量も少ないせいで口の中がパッサパサになるんですぐさまスープに軽く浸してもう一口。うん。こうすれば悪くはないけどちょーっと塩分多めかな。具材は大豆っぽい奴・人参っぽい奴・キャベツっぽい奴・何かのベーコンとたっぷり入っていて食べごたえも抜群。
最後に肉にナイフを入れてみると、俺がいつも食ってるのの居比べれば硬いけど、それだけ肉を食ってるぜ! って気持ちになるんでこれはこれで良い。
味付けは塩と胡椒とシンプルだけど、やっぱり塩分が俺の感覚に比べてそこそこ多い。
「どうや? 人種のアンタに獣人領の味付けは」
「そうだな。若干塩味が濃いように感じるが、この暑さって事を加味すれば十分に美味いと思う」
暑ければ自然と汗をかくからな。水と一緒に塩分もキッチリ補給しておかないと病気になるんだと昔テレビで見たような気がする。
「ふーん。何やよぉ分からんが美味いって事やんな?」
「少なくともこの状況で食べるにはだけどな。獣人領って夜もこんなに暑いのか?」
俺には伝家の宝刀〈万能耐性〉があるからさっぱり分からんけど、この店の女将も客も須らく汗をかいている姿を見ると、すっかり日が落ちてる時間だってのに、その暑さはほとんど変わらないんじゃないかと思ってな。
「そんな訳ないやろ。1年くらい前までは昼間は暑かったとしても、このくらいの時間になれば涼しくなってたんやけどな。どっかのアホが神の怒りを買ぅたらしくずーっとこのままなんや。おかげで水を確保すんにも一苦労や」
「そのアホって誰なんだ?」
「知らん。獣王や言う奴もおれば教会の教皇や言う奴もおったりする。中には勇者が犯人や言う奴もおって、誰が犯人なんか分かっとらんのや」
「ふーん。大変なんだな」
「ホンマやで。こんな日照りのせいで商売あがったりや」
こういった街で宿をやる場合、一番の太客になるのは当然ながら冒険者を生業としてる連中だ。
しかし。そいつらが金を稼いでこう言った宿に泊まり酒場の酒で喉を潤すためには魔物が居なければならないのに、この暑さのせいでスライム一匹見つからない。これじゃあ冒険者も商売あがったりだし、それらを相手にする連中も商売が成り立たない。まさに負のスパイラル。
「ま。せいぜい神の怒りが1日でも早く無くなる事を祈るとしようか」
食事は十分に満足のいく物だった。後はベッドで朝までぐっすりと眠るだけと立ち上がるのとほぼ同時くらいに、数人の騎士らしき連中が乱暴に入り口を蹴飛ばして入店してきたので自然と目がそっちに向かう。
「喜べ愚民共。次期領主となる偉大な父の血を受け継いだマグワイ様がこんな薄汚れた店にわざわざ足を運んでやったぞ。さっさと酒を出せ!」
そこには、まさに豚としか説明が出来ないほどに完璧なそれが豪奢な鎧を見に纏って二足歩行してるじゃねぇか。エルフのあれも豚と見間違うほどだったが、こっちは獣人である分余計に磨きがかかっている。
そう言えばおっさん達が行っていたクソ騎士の名前もマグワイとか言ってたっけ。こいつかな?
「お待たせしました」
言われるがままに女将がトレイに酒瓶を乗せて運んで来たが、どうやら気に入らなかったらしく乱暴に振り払い。その一本が俺に向かって飛んで来たのでとりあえずその頭に向かって投げ返す。
「ブギャ!?」
「「っ!?」」
「ギャーギャーうるせぇぞ。これから寝るんだから騒ぐなよ」
ザコと聞いていたんで、避けられる心配は微塵もなくそのままクリーンヒット。短い悲鳴――まさに豚って感じの声を上げて机に突っ伏すように倒れ込んだ瞬間。女将だけじゃなくて取り巻きとして同席していた連中達までもが息をのんだが、俺は特に気にする事もなくその横を通り過ぎてベッドに潜ろうかねと二階へ上ろうとした目の前を剣が横切った。
「貴様ァ!! このマグワイ様に手を上げて謝罪もなしとはどういう了見だ!」
「あ? お前が先にこっちに酒瓶投げつけて来たんだろうが。こっちはそれを返してやっただけ。あんな物すら受け取れねぇって……騎士としてザコすぎんだろ」
「こ、このマグワイ様に向かってザコだと?」
「それ以外になんて言い表したらいいんだよ。ゴミ豚とでも言っておくか?」
「言ったな! 貴様を領主侮辱罪で処刑してくれる! やれ!」
豚の怒声ですぐさま取り巻き共が席を立ち、剣を手にして襲い掛かって来ていたようなんだが、俺を相手にするには万ぐらいで一気にかかってこなければ触れもしねぇっつーの。
「はいどんどんどーん」
「「ぐぎゃああああ!!」」
「なっ!?」
向かってくる馬鹿共にオリハル棍棒で正中線下部を使用不能にならない程度にド突いて一撃ダウンを奪い、蹲っている首根っこを掴んで外へと投げ捨ててからゆっくりと豚騎士の前で立ち止まる。
「どうしたよ。手の届く距離に居るぞ? 処刑しないのか?」
「ぐ……っ」
「出来ないよなぁ。最初に武器を放り投げたんだからな」
「ま、待て! 金をやろう。いくらほしい」
「ゴミとして捨てるほど持ってるから要らん」
「男はどうだ! 貴族としての伝手を使えば貴様が望む男をくれてやるぞ」
「吐き気がする」
「ならばこのマグワイ様の副官と言う地位をやろう」
「1つ所に縛られんのは趣味じゃねぇ。じゃあな」
さんざっぱら冥途の土産を聞いてやったんで、助けられるくらいの余裕を与えた袋叩きで建物から追い出し、宛がわれた部屋で朝までぐっすりと眠る事が出来た。




