#289 まぁ、確かにやろうと思ったけどね
「あれが街か……」
「へい。ここらで領主の住んでる都市の次に栄えてる街――アルーベルでさぁ」
鉄臭い馬車に揺られる事4時間。ようやく大勢の人の反応が〈万能感知〉内に次々に飛び込んでくるようになったので範囲を狭めて視界と同じくらいにすると、そう間を置かずに見えるようになった訳だが、堀もなければ外壁らしい外壁もかなり低い。あんなんで果たして魔物の襲撃を防ぎ切れるんかね。
「守りが弱そうに見えんだが?」
「人族にはそう見えるんでしょうが、ワシ等獣人は生まれつき肉体が頑丈なんで守るより攻める方が得意だってんで、あのくらいの守りでも十分なんでさぁ」
「ふーん。そんなんで良く生き残ってこられたな」
「まぁ、ワシ等は魔法はてんで駄目ですが、こと身体能力に関しては自信を持っとりやすから」
その言葉を証明するように、獣人の子供は5歳くらいでゴブリンを狩る試験みたいなものをするらしい。人間で考えればそれがどぉんだけェ~な事なのかがよく分かる。もうすぐ小学校って奴があれを狩るって光景はなかなか刺激が強いな。
改めて獣人のちょっと脳筋な思考回路が垣間見えたところで、ようやく門前に着いた訳だが、そこには上半身裸なうえに下もふんどしっぽい何かを腰に巻いてるだけの猫形獣人の男2人が日陰でぐったりと横になって不真面目さを露呈していた。
「おい職務放棄共。勝手に入っていいのか?」
「馬鹿言うな。こんな暑さでクソ真面目に仕事なんかできるか」
「お前……人族か? こんな時に何しに来たんだ。ってかよくここまで来れたな」
「ああ。ちょいと船旅をしてたら獣人の海賊共を捕まえてな。人族領より同種に裁かれたいってんで、ちょいと行く用事もあったんでついでに連れて来たんだが、あんた等で処理できるか?」
「……相手と数による。見せてみろ」
暗に実力不足を疑われ不満そうな顔をしながらそんな事を言って来たから後ろにいるとジェスチャーをすると、重い足取りで後ろに連結されている馬車まで近づき――すぐに走って戻って来た。
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよ! なんで誰一人として拘束具がつけられてねぇんだよ!」
「しかもあの中に〈悪鬼〉のドノルドまで居たじゃねぇか!」
「なにぃ!? おっさん二つ名持ちだったのか。しかもソコソコ格好いい……」
「感心するトコがズレとんねん!」
アニーからのツッコミを美味しくいただき。そう言えばほったらかしだったなぁなんて思う。アンリエットやユニにすら手も足も出ない連中だから何かしでかそうとも危険? ナニソレ美味しいのってくらい縁遠い存在だが、世間一般的な奴であれば多対一なんて自殺行為みたいなもんか。
「いちち……。そいつらを拘束しなかったのは……弱かったからだ」
何かいい考えが浮かぶかなぁって思って思考を巡らせてみたが、心の中の天使と悪魔がタッグを組んで「んな事を考えるだけ無駄」と脳内コンピュータのコンセントをブチ抜きやがったんで、こんな回答に行き着いた。
これに関しては、アニーもリリィさんもそう言えば無かったね。くらいの軽い思い出し程度で済んでいるので、船酔いですっかり忘れていたんだろう。
「どうやらお前達は相当な実力者らしいな。普通こんだけの数の犯罪者を捕らえたら両手足の健を切るか四肢拘束具でも嵌めておかんと間違いなく返り討ちにあうぞ」
「ふーん。とにかくあんた等じゃ話にならんって事だろ?」
「当たり前だろ。いくらおれ様がこの町一番の実力者であるママカリ様だとしても、さすがにあの数には勝てねぇからな。ちょいと応援を呼んでくるから勝手に街ン中に入ったりすんなよ」
「だったら俺達も一緒に連れてけよ。その方がより安全にこいつ等を牢の中に運んでいけるだろ?」
応援がいつ来るかもわからん状況でこんな場所でじっとなんてしてられるか。それなら最初の内は自由に出来ないとしてもサクッと街の中に入り、道中で綺麗で可愛い女性の品定めに興じている方が何億倍も有意義な時間の使い方をしてるだろう。
「なるほど。それであればこの町一番の実力者であるママカリ様が案内してやろう」
「ちょっと待て。罪人の案内ならこのマーマレドの出番だろう。何せ真の町一番の実力者はこのわたしなのだからな」
マーマレドの言葉にママカリのこめかみに青筋が浮かび上がる。
「何言ってんだテメェ。おれ様の方が2勝多い事を忘れてんじゃねぇだろうな」
「貴様こそわたしに負け過ぎて頭がおかしくなったようだな。2つ勝ち越しているのはこちらだ」
「はぁ~? テメェみたいな貧弱野郎に負けるかっての」
「貴様こそ。無駄な筋肉のつけすぎでわたしの動きに全くついて来れない鈍重な岩亀ごときに負ける訳ないだろう」
どうやらこの2人はお互いに自分こそがこの町一番の実力者であると言ってはばからないらしい、それと同時に、ママカリは肉体的に斧や剣と言った武器を使うだろうし、マーマレドはリーチの長さを生かした槍や槍斧だろう。
実力が伯仲しているらしく、たったの2勝を巡ってこのクソ暑い中でも額と額を突き合わせて怒鳴り合ってるよ。こりゃ完全に俺達の事を忘れちまってんな。
「ユニ」
「かしこまりました」
俺の指示1つで意を汲んだユニは、大きな大きな遠吠えを一度上げた。
だったそれだけで、〈万能感知〉に映る大抵の獣人の反応が恐怖を示す色に変わったものの、一部は即座に戦意を示す色に変わり、かなりの速度でこっちに近づいて来るのが確認できたのでとりあえずユニと馬車を切り離しておこう。
「今の騒ぎは誰の仕業だ!」
建物を飛び越えるようにして現れたのは白い髪と炭かよ! ってツッコミを入れたくなるほど真っ黒い肌を見たくもねぇのに惜しげもなく披露してやがる縦にも横にもデカすぎる斧持ちジジイを先頭とした10人くらいの獣人。どいつもこいつも鋼の様な肉体美を惜しげもなく晒してやがる。シルルがこの事実を知ったら体液と言う体液をダダ漏れにさせて執筆活動が捗るでござるうううぅぅぅ! とか言いそうだな。
まぁ、今はこの騒ぎを治める方が先決か。
「そこの馬鹿2人です」
「またお前等か! なぜ門番如き簡単な仕事1つ出来んのだ!」
「「ギャア!?」」
俺の告発によって馬鹿2人の脳天に地面に打ち付けられるんじゃないかって思うほどの拳骨が降り落とされ、その場で蹲った。喧嘩両成敗よ。
「で? お前さんはどうやってここまでたどり着いた」
「見て分からんか? こいつに馬車を牽かせてやって来たに決まってんだろ」
「そう言う事ではない。言っては悪いが人族如き――しかもお前さんの様な子供がこの気温の中を進めるとは――って、魔道具もなしに随分と平然としているな。生きているのか?」
「誰がゾンビだ! 環境に適応できるスキルを持ってるだけだ。それよりも海賊共を捕まえたんで街に入れ欲しかったんだが、あいつ等が想像以上に使えなかったんでちょっとできる奴を呼んでみた」
ちらっと馬鹿2人に目を向けると、炭ジジイもお前のせいで殴られた。いいやお前が悪いと言い争いをしている姿を見て頭が痛そうに額を押さえて深く長いため息を一つ。どうやらこいつ等の扱いに随分と苦労しているようだ。
「……いいだろう。その仕事はオレがやる。お前等は持ち場に戻れ」
「「はっ!」」
炭ジジイの一言で後ろに居た獣人連中はあっという間に立ち去――らず、言い争いをする馬鹿2人の首根っこを掴み、どこかへと連れ去っていった。きっと何かしらの地獄を味わうんだろう。必死に逃げ出そうとしている物の、数に差があれば実力にもそこそこ差があるようで、町一番の実力者が聞いて呆れる醜態といえよう。
「それで? 海賊は後ろに居るので全部か」
「いや。女子供と生意気なガキ1人は村から追い出されたらしくてな。ついでに連れてきた」
「ほぉ……どれ。一体どんな奴を捕まえたんだ?」
妙に嬉々としながら後ろに言った炭ジジイは、あの馬鹿2人と同じように慌てて戻って――来ないな? どうなってんだと後ろに行ってみると、おっさんと仲良さげに会話をしてた。
「知り合いか?」
「ああ。若い時分に良く可愛がってもらってな。ドノルドを捕まえるなんざ運が良かったな」
「運?」
「そりゃそうだろ。ドノルドは老いたとはいえオレの上を行く実力者だ。それがお前さんみたいなガキに捕まえられる訳がないだろう」
ガハハと笑う炭ジジイにあれでそんなに実力があるのかぁと感心していると、何故かアニーとリリィさんが意味不明に両腕に抱きついて必死の形相で口を開く。
「落ち着くんやアスカ。さすがにここでこの男殺してもうたら街に入れんくなるで」
「そうです。アスカはんのおかげで多少が暑ぅ無くなっとりますが、そろそろゆっくりしたいんや」
どうやらボケっとしていたのを炭ジジイを殺す算段を立てていたと勘違いされたらしい。
確かに。俺が酒に酔ってべろんべろんになったおっさん――でいいか。達をたまたま捕獲した物言いはちょっとピクッとなったけど、その程度でブッ殺なんて短絡思考になるほど気は短くない。
「……お前等は俺を何だと思ってんだ。あの程度で怒るほど短気じゃないって」
「信用できへんわ」
「ホンマです」
「嘘くさいのなの」
「色々やらかしていますからな。仕方ない事かと」
まさか満場一致で俺が殺すと思われていたとは……解せぬ。




