#285 来たぜ獣人領――の手前
このおっさん――ドノルドの命乞いによると、こいつ等はこの辺りの内海を縄張りとする〈河川龍の牙〉とかいう海賊で、その業界で少しは有名な部類に入るらしい。
こいつ等は今日も今日とて獲物が居ないかと〈遠見〉と言うスキル持ちの見張りが目を凝らしていた所に、たまたま俺達の船が目に入り、木でもない素材で魔物が船体に体当たりしても牙を突き立てても、挙句の果てには岩礁すら破壊して突き進む。そんな馬鹿みたいな船の出現に、おっさんも最初は馬鹿にされてると思ってその部下に相当ブチ切れまくったそうだ。
本来であれば船長である自分を怒らせれば断罪確実だが、スキル持ちは貴重との事で半殺しで済ませ、船の性能は置いておいて、何か宝を積んでりゃあ奪うのが海賊って訳で出港したら、アンリエットがワイワイ言いながら岩礁をぶち壊しまくっている光景に遭遇。
これでスキル持ちの奴の証言が事実となり、嬉々としてそれを奪いに来た結果、返り討ちにあってしまったと言うのが今回の起承転結。
「なるほど。じゃあお前等をとっ捕まえれば報奨金ガッポリって訳か」
「そうなりますが、出来れば人族の街にしょっ引くのは勘弁してもらえるとありがてぇんですが」
なんでも、獣人が人族領で罪人になると罪状に関わらずまず間違いなく鉱山奴隷となってしまうのだとか。それに比べれば同族の街でしっかりとした罪状を告げられる方が遥かにマシなんだとか。
「安心しろ。こっちもこっちで人族の街には行けない事情があってな。お前等の身柄は獣人領に引き渡してやるよ」
「そいつぁありがてぇが、しばらく獣人領に行くのはオススメしませんぜ?」
「なんだ。助かりたいからにしては随分と稚拙な言い訳だな」
「違いまさぁ。いま獣人領じゃ神の怒りを買ったとしてそこら中で日照りが続いてるってんで水をめぐって治安が最悪なんでさぁ。ワシ等も自分の家族が住んでる村の連中を食わせる為に海賊として犯罪に手を染めてるんでさぁ」
……なるほど。嘘を言っている訳ではないようだ。しかし神の怒りねぇ。あの駄神に代って世界の運営に尽力している六神が果たしてそんな事をするか? 一応魔神召喚を阻止したいって理由が挙げられなくもないが、だからってわざわざ獣人全体に不利益を与える理由がない。せいぜいが愚具のある都市を滅ぼすくらいで十分なはず。こいつぁ何かあるな。
「生憎と俺は無神論者なんでな。そんな怒り程度で背を向けるようなやわな人間じゃねぇんだ」
「本気で言ってんですかい? 獣人ですら酷な環境に姐さんみたいな人間は生きていけねぇですぜ」
「ハッ! 誰にモノ言ってんだ。この俺の女性への愛さえあれば、たとえ海の底だろうと突き進む!」
普通の奴なら神の怒りって単語だけで十分脅しが聞くんだろうが、生憎と俺は役立たずだが神と知己を得ているからな。あんなクズが怒り狂ったところで簡単に大人しくさせられるし、何よりその程度で俺のルナさんへの会いたい欲は欠片も揺るがない。
それに、原因を調べてアニー伝いに報告でもすれば、ルナさんだけじゃなくてもっと多くの綺麗で可愛い女性にちやほやされるだろう。そんな千載一遇の好感度乱獲キャンペーンを逃してなるものかってんだ。
「ワシは忠告しやしたからね。後で文句言わねぇでくだせぇよ」
「問題ねぇ問題ねぇ。それよりも犯罪者の死体を持ってっても金ってくれんのか?」
「目についた商船を片っ端から襲っては殺して回ってるようならそれでも貰えるかもしれやせんが、ワシ等は主に食い物や水を奪ってやしたら生きてねぇと無理でさぁな」
「そっか。なら生き返らせるから、統率はお前がちゃんとやれよ」
「あの……いったい何を言って――」
「ユニ。アンリエット。頼んだぞ」
「分かったのなの」
「それが主の命と言うのであれば」
と言う訳で、ユニとアンリエットで死体を俺のそばまで運び、それにエリクサーをひと吹きで復活。混乱している部下に対しておっさんが脅しをかけて見事に情報を封じ込める見事な連係プレーで、30分も経たずに終了した。
「さて。それじゃあ出発する訳だが……帆が邪魔だな」
運搬方法は2艘のクルーザーでのけん引な訳だが、どう見たって帆が邪魔だ。あれがあるだけでブレーキの役割を果たしやがるから斬り倒すのが手っ取り早いってんで一刀両断にしてやった。
「ああああああああ! 何してんだクソガキィ!」
「言っただろ? 邪魔だと。だから切り倒しただけだ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 帆が無くてどうやって船が動くってんだ! コイツは魔導船でもなければ漕ぐための櫂なんて1つも載せてないんだぞ!?」
「誰がお前等の船で行くって言ったんだバカタレ。俺の船で引っ張ってやるに決まってんだろ。そんなノロマ船に邪魔されたくないから帆を切り落としたんだよ。魔物の餌になりたく無けりゃ到着するまでどこかにしがみついてろ」
説明終わり。本の見よう見まねで帆船と俺のクルーザーとを繋ぎ、アンリエットと共にまずはゆっくりとした速度で繋いだこの世界の金属で作ったワイヤーをピンと張るようにし、徐々に徐々にスロットルを上げていき、5分ほどで全開航行へと移行する。
「わーい。速いのなのー。揺れるのなのー」
「はっはっは。楽しそうだけど落ちたりするなよ?」
「分かってるのなのー」
「――――」
「主。後ろが何やら騒がしいですが」
「ほっとけほっとけ。どうせ早いから速度を落とせって叫んでんだろ」
風任せに近い帆船しか知らない連中にとって、帆もないうえにしがみついてないとふっ飛ばされそうな速度で海上を走るのは初めての経験だろうからな。せいぜいギャーギャー喚いて喉を潰さないようにして欲しいモンだ。
――――――――――
「わーお。こりゃ確かに酷いし、神の怒りってのも案外うなずけるな」
走りに走って2日ほど。ようやく獣人領へあと僅かって距離まで来たんだが、目の前には異常な光景があったので、さすがに船を止めざるを得ない。
それは、進む先の海が完全に干上がっているだけじゃなくて、流れ込むのを完全に拒絶しているかのように見えない何かにせき止められてるし、遠くに見える崖にある雑草類もあるところを境に青々と生い茂っている側とぺんぺん草一本生えていない不毛でひび割れた大地と、誰がどう見てもおかしいだろってツッコミ不可避な状態になっている。
「だから言ったんでさぁ。獣人領に行くのは止めといた方がいいと」
「残念だな。俺は自分の目で確かめないと気が済まない質だからな。とりあえず歩いて入るぞ」
このまままっすぐ進めば海溝の底まで落ちるのは確実なんで、崖に分厚い鉄板を押し込んで急増の階段を作って久しぶりの大地を踏みしめる。
「あはは~揺れてるのなの~」
「むぅ……これが陸酔いと言う症状ですか。本当に起こるのですね」
「じゃあしばらく休憩にすっからゆっくりしとけ」
「主はどうするのですか?」
「飯作るしアニー達に獣人領に付いたぞって知らせんとね」
この2日、一応アニー達にも海賊を捕まえた事と獣人領がドエライ事になっている事は伝えてあるんだが、どうにも船が性に合わないらしく回復しても1時間もしないうちにまた船酔いになってしまうので、コテージで安静にしててもらっている。
「おいっすー。陸地に着いたぞ~」
「ようやっとか。もう2度と船なんか乗らへんわ。今すぐにでも体動かしたいわぁ」
「あてもや。船がこないにシンドイもんや思いませんでした。おかげでアスカはん成分も枯渇寸前やったから、ここから出たらぎゅってさせてもらいますよって」
「不思議だよなぁ。海賊共にも猫獣人はいるのになんでそんなに弱いんだろうか」
その昔は、船に居るネズミ駆除のために猫が居るのが当たり前だったはずなのに、アニーとリリィさんは船酔いになる呪いでもかけられてるのか? いや、一度エリクサーで船酔いを治したんだ。今までの経験上、そう言った症状も改善しないとおかしいのにどういう事だろう。
「まぁええやん。どうせ2度と乗らんわけやし」
「それもそっか」
こっちとしても、代り映えのない景色に〈万物創造〉や経験値稼ぎが出来ない船旅はしんどかったからな。帰りはいつものように馬車旅へとシフトチェンジすっか。




