#284 モフっていいとも!
「ふわー。速いなの速いなの~」
「主。もう少し優しく運転できないのですか? これでは本が読めません」
「何せ初めての運転だからな。慣れるまでは我慢しろ」
「仕方ありませんね」
地球で引きこもり暮らしをしていた俺が船舶免許なんて無いからな。操船の教科書を斜め読みして一応走らせる事が出来るようにはなったものの、波のせいでまぁ揺れる揺れる。内海は穏やかだって聞いてたからそこまで凄くないだろうと嵩をくくっていただけに、これにはビックリ。逆に外海はどんだけ凄いんだよと言いたくなるほど。
おかげでアニーとリリィさんは船酔いで早々にダウン。今はコテージの中で獣人領に到着するまで酔い止めの薬を飲んで横になっているせいで、本来の俺の役割である経験値稼ぎが全く出来ずに船の周囲には音に誘われるようにして大量の魔物の反応が〈万能感知〉によって表示されている。
「ご主人様。ご飯がいっぱいいるのなの。食べていいのなの?」
「こっちは手が離せないから構わんが、昼飯残したりしたら酷い目に合わせるからな」
「むふふ。あちしのお腹を甘く見ちゃ駄目なの。いっただっきまーすなの」
俺の脅しにもものともせず、アンリエットは嬉しそうに歯をむき出しにした本来の姿となった腕を海中へと伸ばし、とててて~と船の外周をぐるぐると駆け回るだけでその数はあっという間に減少の一途をたどり、5分もしないうちに蜘蛛の子を散らしたようにいなくなってしまった。
「よくやったな」
「食べ足りないのなの……」
「昼飯まではまだ先だ。その内まだ魔物が襲ってくるかもしれんから、そん時にでもまた食えばいい。もちろん。俺の飯を残すような真似をしない程度にだがな」
「分かったのなの。じゃあご飯が来るまで寝てるのなの」
そう言って、アンリエットはユニの背中に飛び乗り、5秒も経たずに寝てしまった。
後に残された俺とユニは特に会話を交わす事もなく、アニーに記してもらったルートと〈万能感知〉による地図とズレがないかを時折確認する程度で非常にゆったりとした航行に、自然とあくびの出る回数も多くなるし、ほとんど変わらない景色を見続けてるのも拷問だろうといいたくなる。
「凄ぇ暇だ」
「本でも読んでいればよいではないですか。ワタシやアンより広範囲の敵を探れるのですから、多少よそ見をしていた所で問題となる事など解決できましょう」
「確かに魔物は問題ないだろうが、意外と岩が多くてな。こんな事なら調子に乗ってデカい船を出すんじゃなかったな」
「……ミスリルなのですからそれごと破壊して進めばよいのでは?」
「……試してみるか」
流石に失敗した時のデメリットが痛すぎるんで、同じ船をもう一艘創造して全力で岩礁地帯を突き進むようにアクセル全開で突っ込んでみると、まぁ岩にぶつかってんだから波より盛大に揺れまくったうえにスピードも大きく減退したとはいえ、船体には傷一つないし蛇行運転の必要もほとんどなくなった。
後は……帰ってくる場合の事を考えていくらか岩礁地帯を壊滅させようかと再び走らせようかとした時に、目をキラキラとさせたアンリエットと視線が重なったので、お手伝いと称してもう一艘で昼飯が出来るまで走り回ってろと言うと、嬉しそうに岩場にぶつかってはその残骸を呑み込んでゆく。
「イケるな」
「ワタシはてっきり運転技術の向上を目的としてわざとやっているのだとばかり思っていたのですが」
「全く思いつかんかった。お手柄だぞユニ」
そう褒めながらわしわしと撫でてやると、「童のような扱いは不愉快です!」といいながらそっぽを向いてしまったが、嬉しそうに尾が左右に揺れている姿にイタズラ心が刺激され、より激しく撫でくり回しまくり、お互いに満足したところで昼飯の準備を始める事に。
アンリエットはいつものように肉。今回は沢山お手伝いをしてくれたから特別に高級な牛肉を一頭丸ごと使った豪華焼肉丼を。これは各部位を事前に炭火で焼いておいた物をコッテリマヨダレ・さっぱりおろし和風ダレ・子供大好き照り焼きダレの3種とチーズケーキ。
ユニはいつものようにカロリーを計算したヘルシーな魚定食に、最近のお気に入りで身体に悪いと分かっていても止められないというイチゴのショートケーキを1ホール。
2人には食うどうか尋ねたらそんな容態じゃないとの返事が来たので10秒チャージ的な奴を置いておく事に。
俺は適当におにぎりをほおばりながら、コテージ内のキッチンでいくつかの料理や菓子類の補充をする。最近は保存のきく菓子として、飴だのクッキーだのを売り込んでるらしいので、その補充も兼ねているのですとも。
「作っても作っても、我が暮らし楽にならず――ってか」
何て独り言を呟きながらどのくらいの時間がたったのかね。ビール片手に時々燻製したチーズをつまみながら料理に勤しんでいると、ユニから船が近づいて来るとの報告を受けたんで敵であれば首領格だけ生かしとけと返し、酒を飲みながらだらだらと続けて5分もしないうちに命令通りにしましたと報告を受けたので、ひと段落付くまで30分ほど放置。
「遅いですよ主。折角生かしておいたのに死んでしまったではないですか」
「そりゃスマンかったな。で? こいつは一体なんだ」
戻って来た俺の目に飛び込んで来たのは、俺の船とそう変わらんサイズの木製の帆船がアンリエットによって横付けで固定され、あちらとこちらの甲板には心臓部を一突きされたり頭部から胸辺りまで無くなっている獣人の死体などが全部で20ほど転がり、ユニの足元には比較的損傷の少ない――よりにもよって兎耳のおっさんが転がっていた。これだけで俺の精神には盛大な被害を被った。ウサ耳っつったら綺麗な女性と相場が決まってんだろ!
「確か……〈幻影船団〉とか名乗っていましたかね」
「また危ない名前を名乗りやがって……とりあえず説教だな」
なのでエリクサーを一滴垂らして黄泉の国から魂を強制連行。
「う、うぅ……こ、ここは」
「俺の船の上だ」
「船……そうだ! ワシ等ぁ見た事もねぇ船を発見し、あれだけの船なら金になりそうな宝があるだろうと突っ込んで……それから――」
「ワタシとアンリエットによって、見るも無残に全滅させられた訳だ」
「ギャアアアアアアア!! さっきの化け物犬!?」
「ワタシは狼だ!」
「うわあああああああああああ! ぐぎゃああああああああああ! へぶわああああああああああ!」
犬と呼ばれた事が相当に気に入らなかったんだろうな。大気が震えるような怒号に、海賊は完全に正気を失って叫ぶだけマシーンと化してしまったので、一度意識を刈り取ってユニを離席させ、いま一度エリクサーを一滴。後にキック。
「オラ起きろ」
「いだっ!? ここはどこだ?」
「船の上に決まってんだろ。馬鹿かテメェは」
「んだとクソガキ! 殺されてぇのか!!」
「お前程度の実力しか持ってないザコ1人で何が出来るってんだ」
「なん……だと?」
ユニが居なくなったおかげで周囲を見渡すくらいの余裕は出来たようで、己の船を視界にとらえた瞬間。あれだけイキっていたおっさんが顔を青くして震え始めた。
そりゃそうだ。今この船上に確認できるのは超絶美少女の俺とかなりの美少女のアンリエットだけで、相手の船上には無残な死体が20ほど転がってるってなると、犯人はもう俺達しかいないと勘違いを――
「そうだ……確かワシ等はデカい犬に――」
「ワタシは狼だとなんど言ったら理解するか!!」
「ぎゃわああああああああ!!」
なんだろう……俺はいつの間にか無権地獄にでも迷い込んだのか? 延々とこれが繰り返されるようならどうにかして抜け出したい。エンドレスはラノベやアニメで見てるだけで十分。
「……死にたくなければ今すぐ黙れ」
「「「っ!?」」」
強~く殺気を吐き出すイメージでそう告げると、全員がピタリと静まり。周囲に居た魔物達は一斉にその反応を消失。あまり間を置かずにプカリと浮いて来て充足感があるんで、さっきだけで魔物を殺しちまったって事だろう。
「よーし静かになったな。じゃあいくつか質問をしていくから素直に答えろよ?」
「りょ、了解でさぁ」
さて。どうやら無限ループから抜け出せたようなので質問タイムと行こうか。昼飯を食いながら。




