#27 火急の報せ
いつの間にか人語を操るまでに至ったユニの声は何とも透き通ったような女性の声。普通であればその癒しボイスにウットリしたいところだけど、今は完全に敵意むき出しでその声にも強いドスが効いている。
「……お前何で喋れんの?」
「主と従魔契約を結んだ時に〈人類言語〉なるスキルを手に入れたからです。理解し発声するのに多少時間がかかりましたがもう大丈夫です。問題ないでしょう?」
「まぁ契約して手に入るんだから問題ないだろ」
会話が出来るのは何とも便利な事だ。これで何が変わるって事はないだろうけど、アニーとかリリィさんを相手にしても俺がいちいち通訳する必要がなくなるのは嬉しい。地味に面倒だったから。
「な、なんだこいつは……鱗狼か?」
「いや、この巨体で喋れるほの地手を持っているとなれば……」
「まさかの森角狼だって言うんでゲスかぁ!?」
やっぱり一様に驚きを露わにしてるけど、今までこの巨体に気付かなかったっていったいどこに目をつけてるんだろうなぁ。俺か。そんなに周囲に盲目になってしまうほどの美しさを持つ俺って罪な存在だねぇ。出来れば野郎じゃなくて女性にそうなってほしいけどね。
「ユニ。手を出すなよ」
「しかし主っ!」
「二度は言わない。手を出すなよ」
「……」
納得できないって雰囲気がひしひしと伝わって来る。随分と忠誠心の厚い事で嬉しい限りだけど、さすがにこんな弱そうな奴の相手をさせるのは怖くてできない。ちょーっと撫でただけで肉の塊になりそうだし、そもそも案外短気なユニが加減するかどうかが怪しいからね。
という訳で俺の出番だ。目立ちたくはなかったんだが仕方ない。
「ほれっ」
まずは俺の手を掴んでいる男を、手首をひねるだけで簡単に半回転させ、男自身の自重で地面に叩きつける。俺がそれに加担したら骨が折れるどころか腕が取れちゃうからな。
「ぐはっ!?」
「え?」
突然の出来事に呆然としていた中年の重戦士を足払いですっ転ばせて心臓部――鎧でも一番分厚いであろう位置にチョンと触れるような掌底を叩きつけて一発で意識を刈り取り、ようやく動き出したゲス口調のチビおっさんにハイキックを側頭部に寸止めしたその余波で吹き飛ばして気絶させた。この間実に……2秒ッ! くらいか。
残ったのは魔法使いの爺さんとデブの2人だけ。
「消えろ。そうすりゃ命だけは助けてやるよ」
殺気を込めた一言に、2人の魔法使いは引きずるようにしながらその場から立ち去った。周囲からはよくやった。や、あいつらはいけすかねぇ野郎達だったからいい気味だ。との言葉が聞けて、こっちもこの場に居た全員が俺を擁護してくれるだろうと罪悪感なく日々を過ごせる。最初からあったのかって? もちろんある訳がない。
という訳で、さすがにギルド内にユニが入れるだけのスペースがないので留守番をさせて中に足を踏み入れると、先程の騒ぎを聞きつけたアニーとリリィさんが血相を変えて飛んできた。
「やっぱアスカやったか……遅い思ぅてたら一体何をやっとんねんこのアホ!」
「ホンマですよ! おかげでギルドマスターにネチネチと嫌味を言われて気分最悪なんやからね!」
「俺が悪い訳じゃない。通行の邪魔をした馬鹿共が悪い」
「そないないい訳聞いとる暇やあれへん! さっさとギルドマスターんトコに向かうで」
有無を言わさず2人がかりで引っ張られて、階段を上がった先にある一番奥の扉をノックもせずに勢いよく開け放った。普通こういうのって、いくつかテンプレ的なイベントがあった末にたどり着く場所だと思うんだけど、全部すっ飛ばしたなぁ。まぁ冒険者になる訳でもないから発生しなかったんだという事にしておこう。
「はぁ……こちらは商業ギルドみたいに儲かってる訳じゃないんですよ。できればもう少々優しく開けてほしいものですねぇ。まぁ、そちらに弁償させる際には有利に事が運ぶので特に問題はないのですがね」
ため息交じりでそんな事を言う男は、線が細く猫背で見た目よりも小さく感じてしまう年若い20代くらいに見える青年だった。あんな歳で多くの冒険者をまとめ上げるギルドのマスターか。随分と気苦労が多そうで俺としては御免被る肩書きだ。
「ほれ。あんたの欲しがった魔族討伐の功績者や」
「ほぉ……君が魔族を倒したというアスカか。本当に幼いのだね」
「そう言うあんたも若く見えるぞ? ギルドマスターなんて席にいる年齢じゃないんじゃないのか」
「よく若いって言われるけどこれでも50代でね。私はやりたくないと言ったんだけど既に外堀を埋められてて無理矢理就かされただけなのです。まぁ立ち話もなんだから一旦座って話しましょう。アリス君。お茶を持って来てくれませんか」
「かしこまりました」
青年が手を叩くと、隣の部屋から金髪ショートカットの眼鏡美人秘書がティーカップを乗せたトレイを手に現れた。いいねぇいいねぇ。分かってるじゃないの。やっぱ秘書って言ったら眼鏡のクールビューティーだよな。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
まさか。引きこもりキモデブだった俺が、こんな美人秘書からお茶を受け取れるシチュに遭遇するなんて……最高かよ!
なーんて思ってたけど、美人秘書アリスさんは仕事を終えるとさっさと隣の部屋に消えてしまった。線の細いスタイルにきゅっと引き締まったお尻。俺より前に来た地球の人間の知識が入ったであろうタイトなスーツ姿が何とも似合っていたなぁ。
「えーっと。今の話を聞いてたでしょうか?」
「もちろん聞いてなかったに決まってるだろ」
「でしょうね。ずっとうちのアリス君を目で追っていたようでしたので」
「むぅ……アスカはんはああいうのが好みなんやろか」
「正確に言うのであれば……ああいう女性も好み! かな。もちろんリリィさんも好みに入るから」
「そう言ってもらえると嬉しいわぁ♪」
と言ってきつく抱きしめられる。その威力は〈身体強化〉をもってしても肋骨が軋むほど強力で一瞬息がつまるものの、顔半分に感じる大山の感触に自然と笑みが浮かぶ。
「美人はそれだけで一種の芸術だと思っていますから。それで――魔族討伐に関する詳細だっけ?」
「ちゃんと聞いていたのではありませんか。やれやれ。食えない女の子ですね」
そんな訳で、俺は魔族との事のあらましをある程度話した。もちろん。俺がチートスキル持ちである情報は意図的に隠したし、それに対して生まれる不都合は適当な作り話で埋めた。これに関してはアニーもリリィさんも口を挟むような真似はしない。
簡単な説明は5分で終わり、あとはギルドマスターからの質疑応答だけだが、ある意味ではここからが本番と言ってもいい。
「とまぁ。こんな感じかね。何か質問は?」
「まずは魔族の特定が先決。少しお待ちを」
そいういうと、ギルドマスターは質素な机に山と積まれている書類の束をこっちに運んできた。
試しに1枚手に取って確認してみると、誰かの名前と顔の絵。それに、普通の人間であれば目玉が飛び出そうなほど――だと思う金額が記されていた。
「なるほど手配書ってやつか」
「その通り。君が討伐したという魔族がこの中にいるかどうかをまずは確認していただきたい」
でんとそびえたつ書類の数は目算で100以上。この全てが魔族の手配書なんだとするなら、よく今まで人類圏が無事だったなぁと感心するしかない。もしかしたら六神達がいい感じの調整を行っているのかもと考えても、答えが出ない以上はそこに意味がない。
すぐに頭からそんな考えを追い出して淡々と手配書に目を通し続ける。もちろんアニーとリリィさんも手伝ってくれてる。2人もアレクセイの姿形だけは確認しているし、1人じゃマジでしんどいから是非にと頼み込んだんだ。
――で、5分後。
「これやな」
「どれどれ。うーん……確かに自分で〈百識〉のアレクセイって名乗ってたが、絵とは似ても似つかんが多分合ってんだろ。しっかしよくこれがあれと同一人物だって分かったな。俺だったら間違いなく見逃してんぞ」
「いや、ウチが見たんはこんな感じやったで?」
「あてもこんな感じやった思いますわ」
「ええ……」
アニーが俺に見せてくれたのは確かに名前の所にアレクセイと記されている。似顔絵は本人よりかなり悪人面だしどこのボディビルダーだよって言いたくなるほどの骨格で、あの蝙蝠野郎と同じところを探す方が難しいくらいだ。
俺的には違和感アリアリなんだが、アニーとリリィさんから言わせると恐怖のあまりこんな風に見えていたらしい。、報奨金の額が白金貨10枚となっている。あんな弱くてこの額か……〈身体強化〉2割程度でも随分とこの世界の人間と差があるんだなぁ。
「2人が言うならこれなんだろ。オイギルマス。コイツを殺したから金を寄越せ」
それを聞いた瞬間。ギルドマスターが盛大に紅茶を吐いて激しくせき込んだ。
「げほっ! ごほっ! ……本当にあの〈百識〉を討伐したと? 奴は魔族の中でも20評議会という下級・中級の魔族を束ねる20体いるとされる超級の1体だとの確認が取れている危険度SSランクの魔族なのです。それを無傷で討伐したなんて与太話をとても信じる事は……」
「信じる信じないはそっちの勝手だ。しかし事実は事実だからな。証拠はないけど目撃者はソコソコいるぞ?」
ま。実際は軽めの首輪をつけて逃がしたんだけどね。こんな事がバレればどうなるか分かんないけど、大騒ぎになるのは確実だろうね。まずバレないだろうけどな。
「せやで。アスカは魔族の魔法を受けても生きてたんやから」
「それに500を超える魔物をほぼ1人で、しかも犠牲なしに討伐してくれたんやから。その実力は折り紙付きや」
「……この少女が?」
「なんや。ウチ等が嘘言ぅとるとでも言いたいんか?」
「君達の言葉は商人だけど信用していますとも。それなりに長い付き合いなのでね。しかし貴女方も全てを見ていた訳ではないでしょうし、色々と疑問を感じる箇所もいくつかあります。申し訳ないですがこれを飲んでもらいましょう」
ギルドマスターが取り出したしたのは小さな瓶。中にはマズそうな黒い液体が入ってる。
「なんだよこれ。超マズそうに見えんだけど……」
「私の質問に対して嘘偽りを封印する魔法薬ですよ。事実もの凄く不味いので飲むという行為だけでも罪人だった場合は少しの減刑があるほどなのですよ」
「うわぁ……飲みたくねぇ~。ってかそんな便利なモンがあるなら最初から使えよ。わっざわざ説明したってのに今までの時間全部が無駄って事になっただろうがこのボケ」
そう愚痴ってから一気に飲み干す。焦げ臭くザラザラした舌触りが何とも不快だけど、それ以外は特に違和感はない。普通に不味い。もう一杯と言いたくならないほど圧倒的に不味いので、飲み干してからすぐに砂糖のたっぷり入ったカフェオレを口に含む。
ちなみに〈万物創造〉が弾き出した名前は〈真実の口〉と呼ばれる一種の自白剤的な物で、品質も44と普通よりちょい下に感じるけど、いくつかの物を創造してアニーの〈鑑定〉にかけて持ったりしたが、40もあれ十分にレアで、60なんて行けば秘宝。80にもなったら額を押さえながら深いため息をついた。
つまりこの薬はそこそこのレアアイテムって訳。
「ではもう一度聞く。君は〈百識〉のアレクセイを討伐したんだね?」
「んぐ……っ。あれが本物かどうかは知らんけど、そう名乗った魔族は確かにこの手で――というか勝手に自爆して死んでった。さっき言った通りでなんも間違いはないぞ?」
「……どうやら間違いはないようですね」
ま。さっきのがどれだけ強い薬なのか知らないけど、俺の〈万能耐性〉の前じゃ敵じゃない。無駄な努力乙~。
「せやから言うたやん。アスカはんは嘘はつかんって。大層なレアアイテムやのに無駄使いやで」
「そないな風にポンポン使うからいつまでたってもここはボロいまんまなんと違うんか? 自分もギルマスっちゅう地位におるんやったらもうちょい人ぉ見る目養った方がええで」
「単独でこのレベルの魔族を1人で倒したなんて言われれば、誰だってこの薬の使用をするのを躊躇う馬鹿は居ませんよ。それに、冒険者ギルドは依頼者とそれを受ける冒険者が居れば成り立つ。つまるところ、机1つあればそれだけで冒険者ギルドは立派なギルドなんだよ。見栄と虚勢で着飾る商人ギルドと違ってね」
なんだろう。3人の間で火花が散ってるように見える気がする。うん。それは気のせいだと思っておこう。面倒事には首を突っ込まない。それでいい。
「じゃあこれで用も済んだって事で、さっさと金を受け取って帰るとしますかね」
これで用件は終わった。後はアニーとリリィさんの買い出しの手伝いでもしながらこの街で1日過ごしてからオレゴン村へ帰るとしますかね。
俺としては、綺麗なお姉さんがお酒を注いでくれて楽しいおしゃべりができるキャバクラのような場所があれば、是非とも足を運びたい。あと出来れば娼館とかに行きたいけど、こんな身体じゃ何にも楽しくないので場所の確認と好みの女性の把握だけにとどめておくとしよう。何事においても情報収集は大事な訳よ。
という訳でまずは手近な奴から情報収集だ。ギルドマスターは男で権力も申し分ないだろうから、きっとそんな店の1つや2つ知ってるに違いないだろう。知らなくてもさっきの子供に尋ねれば教えてくれるだろ。礼をするにはもう少し時間がかかるけどな。
「なぁ――」
そんな下心満載の思惑をなるべく表情に出さないように努力しながら口を開こうと思った矢先――今までギリギリ扉としての役目を果たしてきたであろう木の板が完全に吹っ飛んでその使命を全うした。きっと大往生だろう。ご冥福を祈らせてもらう。
「大変ですギルマス! ワイバーンが群れでこの街に向かってるとの報告が!」
「分かりました、ではギルド権限ですぐに非常警報を鳴らし、住民に避難勧告。それと同時に全冒険者に緊急クエストを強制受注させるよう指示を」
おやおや? これはとんでもないことが始まる予感。そして非常に面倒くさい仕事を押し付けられるのが目に見えている報せ。
――つまり最悪って事だ。さっさと村に帰らせてもらうとするかな。
色々と調べた結果。ブックマーク登録や見てくれている人がいると分かりましたのでここに感謝の言葉を。
ありがとうございます。
相も変わらず拙いままの文章ですが、読んでいただけるのはありがたい事なので努力する所存です。




