#283 (ρs < ρf )とき、F > 0 、すなわち物体は浮く
「っとと……結構持って行くな」
やっぱ軍船だの空母などが思いつくだけあって品質は最高値まで上がらんあったが、それでも非武装の船を呼び出すだけでも随分とMPを持って行かれた。おかげで65535本あるエリクサーの1本を使い切ってしまった(笑)。
まぁ、その甲斐あってユニが乗っても十分なくらいにデカいクルーザーを創造できた訳だし、補充なんかすぐに出来るから実質無から有を作りだしているのと何ら変わらん。
「ご主人様ご主人様。この大きいのに乗ってもいいのなの?」
「いいぞ。お前等もついでに街まで乗っけてってやるから全員乗っとけ」
「わーいなの~」
「ふむ……動き回るには多少狭いですが、本を読む広さは確保されている。悪くないですね」
まずは意気揚々とアンリエットが飛び乗り、続いてユニが飛び乗ったので馬車を収納して代わりにはしごを取り出して乗れるように手はずを整えたものの、なぜか後続が来ないので振り返ってみると、アニー達は折角創造した船を疑わしそうな目でもって遠巻きに眺めている。
「どうしたよ。さっさと乗れって」
「アスカはん。その船って……何で出来とるんですか?」
「ああ。別にFRPでもいいかなぁと思ったんだが、やっぱ魔物の攻撃を受ける可能性を考えたらミスリルくらいあった方がいいかと思ってな。これだけの素材であれば十分耐えられるだろうから安全な航海を約束するぞ」
1回も海に浮かべていないが、〈万物創造〉で船として創造したんだ。素材にある程度こだわったとしても、クズな駄神から授けられたスキルとは言え、こっちの期待を裏切ってきたことは一度もないからな。これキッチリ海に浮かび、爆走しまくるだろう。
「えふなんとかいうんは知らんが、金属で出来とるんやったらそんなん乗れるわけないやろ」
「せやせや。金属は水に沈むモンです。そないな船が浮かぶ訳ないに決まっとりますやん」
「船は気で作るのが常識なのですよ? アスカさんを信じていない訳ではないのですが、やはり……」
なるほど。それが理由でアニー達は二の足を踏んでるって訳か。
アンリエットは記憶の大半を失ってるし、ユニは造船関係の専門書なんかも読み漁っているから浮力なんかも理解しているんだろうが、これを一から説明するの非常に面倒くさいし、何より口で説明するより実際に見せた方が分かりやすいだろう。
「じゃあ浮くか沈むか見とけ」
「主。まさか……」
「しっかり掴まってろ。なーに心配するな。落ちても濡れるだけであの時みたいに死ぬこたぁない」
って訳で、このサイズの船が水に浮かべられる距離まで思いっきりブン投げる。距離にして30メートル位かね。船の重量はよく分からんがtはあるだろうそれが宙を舞い、爆音を響かせながら着水。荒っぽい進水式はこうして成功した訳だ。
「ご主人様~っ! 投げるなら投げるって言ってほしいのなの~っ!」
「悪い悪い。後で沢山肉食わせてやるよ」
「なら許すのなの~」
「ワタシは本を所望します~」
「わーってるって」
さて。次に魔物の攻撃にどのくらい耐えられるのかの確認がしたいんだが……いまの一発で魔物の反応が無くなってしまったんで、おびき寄せる為に臭いの強い腐りかけの肉を海に――
「むぎゅ!? 美味しくないのなの! マズイのなの!!」
「――軌道を――――い。―――お前では――――――――――魔物を呼ぶ―――」
腐りかけの肉に本能のままに喰らい付き、あまりの不味さに暴れ回っているアンリエットにユニが何やら喋っているようだが、少し距離があるしそこそこ強い風が吹いてるせいでよく聞き取れんが、こっちのやりたい事を何となしには理解しているっぽい。
と言う訳で第2投目。今度は綺麗な弧を描き、海に落下した。
「今度は何したんや?」
「あの船の強度を確かめて見せるために魔物をちょっとな」
「ミスリルを使ぅとる時点で頑丈なんは認めますけど、あて等が言うとんのは沈むかどうかですよって」
「そもそも大前提として、木の船で魔物に襲われたらどうすんだよ。そっちの方が危険だろ」
まだどんな魔物が出て来るのかも知らんが、今までの経験からすると魔物は鋭い爪や牙を持っていたり、きちんと武具で武装している連中もいたりする。そんなのを相手にただの木で何とかしようなんて虫が良すぎるからな。
「なんも知らんのやな。アスカが想像しとるごく普通の木で作る船なんか危のぅて乗れるわけないやろ」
「船には魔物を退ける効果のある退魔木っちゅう特別な木材を用いとるらしいです。せやから船はえらい高価で、維持するにも金がかかりますよって、持っとる連中は限られますんや」
「ふーん。じゃあ魔導船はどうなんだ? そっちも木で出来てんのか?」
「そっちはウチ等みたいな貧乏商人には管轄外の情報やから侯爵様の出番やな」
「材質の大部分は同じですが、普通の船と違って魔導船の動力は風や人力ではなく魔力に依存するために、特別な魔道具を積んでいますし、その周辺に安全のために金属を使用する事もありますが、全体からすれば1割にも満たないですから、アスカさんの船のように全面に金属を使用していませんよ」
「なるほどね。それが船に乗りたがらない理由だと分かったが、いつまでもそれに付き合ってやれるほど気が長くないんでね。さっさと乗り込んでもらう」
言うが早いか。まずはアニーの背後に瞬時に回り込み、抱え上げると同時に投げる体勢に移行。
「あ、アスカ?」
「安心しろ。別に死にはしないし、多少の誤差はアンリエットかユニが何とかしてくれるから」
「マジか自分――ギャアアアアアアアアア!!」
ニッコリ笑顔でそう告げ、船に向かってブン投げる。その瞬間に突如として暴れたんで綺麗とは言えない円を描きながら、何とかユニの背中に着地。まぁ、そこそこレベルも高いからたとえ甲板に叩き付けられた所で大したダメージにはならんだろうけど、あちらがきちんとこちらの意図を汲んでくれたおかげでほぼ無傷で済んだ。
「さて次は――」
「わ、私達はすぐそこが目的地なので自らの足でもって帰れるので大丈夫です!」
「そ、その通りだとも。我々はアスカ殿達の見送りをしに来ただけだからな」
「じゃあここでお別れか。ちゃんと送り届けてないとはいえキッチリ護衛の仕事はしたんだから、ちゃんと無事に帰れよ。じゃないとあのジジイに俺がネチネチ言われるし、キッチリ報酬も受け取りたいからな」
「分かっています。アスカさんの手配に関する情報が入りましたら、安全を確認したうえでギルド経由でお知らせいたしますので、ほとぼりが冷めた時はまたお越しください」
「おう。またな」
それからすぐ。マリュー侯爵とアクセルさんは逃げるようにこの場から走り去ってしまった。若干だけどこの乗船の仕方が嫌だったのかなぁと思えなくもないが、居なくなってしまっては聞く事も出来ないのでまたの機会としよう。
「あ、アスカはん? あては魔法が使えますよって、それで乗り込みますわ」
「まぁまぁ。俺に任せた方が魔法より何倍も早いから遠慮しないでいいって」
「遠慮しとる訳やあれへんのよ。ただあては、そっちの方が慣れとるんで必要ない言うてるだけですねん。せやからお先に行ってくれて構へんよ」
「そう? なら遠慮なく」
折角最後の1人だからお姫様抱っこでもしながら乗せてあげようと思ったんだが、どうやらお気に召さなかったらしいので、言われるがままに一足先に船の飛び乗ると同時に首が刈り取られたんじゃないかって思うほどの衝撃とアニーの鬼の形相が襲い掛かって来た。
「アスカァ!! いきなり何ちゅうことしてくれんねん! おかげでホンマに死んだか思うたやんけぇ!」
「いちち……別に死んでないんだから問題ないだろ。それに、いつ追手が向かってくるか分からん状況でちんたらしてられんだろ?」
「だったらリリィは何で投げへんねん。理屈に合わんやないか!」
「リリィさんは俺が抱き上げて運ぼうと思ったんだが、ああして自分で飛んでこれると言って聞かなくてな。仕方なしに辞退したんだよ」
「……それ、絶対にリリィ本人に言うたらアカンで。ウチ以上の地獄ンなるで」
「? よく分からんんがそうする」
怖いもの見たさに言ってみろよと囁く悪魔の声が聞こえた気がしたが、天使の格好をした地上最強の生物がこれを圧倒的な力でもって排除。大事になる事もなく、リリィさんが到着する頃にはガソリンも満タンで出港の運びとなった。




