#280 とうとう……
「ふぅ……美味なのだな」
へぇ……飲ませた連中から味の感想を聞いた事が無かったが、美味いのか。一瞬、味って関係あるのか? と思ったものの、王の腰が光り出したのでとりあえず黙ってよう。
「ぐ……が……」
王の身体が突然光りだしたと同時にうめき声を上げ、両足を握り潰さんばかりに指を食いこませ始めるその額からは脂汗が吹き出し、誰がどう見ても何かしらの異常があるようにしか見えない訳で、ジジイとおっさん団長が即座に俺の首をかき切ろうと抜刀してきたが、すぐに〈身体強化〉を全開にしてその一撃を産毛一本で受け止める。
「「なっ!?」」
「落ち着け。あれはエリクサーが足を治してる痛みだ。生まれつき動かない脚を動かそうってんだ。エリクサーでもその位の副作用はあって当然だな」
咄嗟にそんな事を言ったが、痛みを伴うケースは初めてだな。
今まで何度か使ってきたけれど、痛がる素振りをした奴はいなかったな。まぁ、使った時には大抵死んでたし、生きてる奴も全員魔族だったか? それじゃあ正確な情報とは言えないか。その辺を教えてやる義理はないがね。
「回復が痛みを伴うじゃと? もしかして、お前さんはポーションや魔法ではない医療などと言った馬鹿げた治療法を信じる馬鹿の1人か? 奴等も千切れた足や腕を元のように動かすには痛みを伴う反復運動を強いておったな」
「そいつはリハビリってんだ。俺の国にはポーションや魔法なんて便利なモンが無かったからな。怪我や病気を治すためには医療が発展させるしかなかったからな」
当たり前のように詳しくないものの、そう言っておけばある程度は納得するだろうし、出来なかったとしても既に飲み干したんだ。あーだこーだ喚いたところでどうしようもないが、この世界の人間――しかも上から数えた方が早いジジイとおっさん団長が少しだけだとしても医療を耳にしていたとはな。
「そんな手段しかないとは、お前さんの住んでいた国は魔学が随分と遅れているのじゃな」
「確かにそうかもしれんが、その代わりに別の事が発展してたぜ?」
自動車で国を走り回り。
飛行機で世界を飛び回り。
ロケットで銀河を駆ける。
ふと……発展した化学は魔法と変わらないなんて言葉を聞いた事があった事を思い出し、こうして不便で発展乏しい世界に来てみると、その言葉が身に染みてよく分かるな。数百キロ移動するのに1日以上かかるんだもん。
「アスカぁ! お前今度は何をしたんやぁ!」
おっと。どうやら異常を感知したアニーが詰め寄って来た。
「こいつにエリクサー飲ませた」
「何しとんねんアホぉ! 折角ウチが色々有利になるように交渉しとる最中やぞ!? それをなに邪魔してくれとんねん! ちぃとは考えて行動せいや!」
「グダグダとまどろっこしい上に話が長いんだよ。俺としては一言二言でパッと脅してパッと終わらせてほしかったんだからな。それよりも終わったようだぞ?」
腰から始まり、足先に向かって徐々に進み始めた光がようやくつま先で収束すると、あれほど苦しんていた王がぐったりと床に倒れ込む。それをおっさん団長が慌てて抱え上げてソファまで運び込む。
「王よ! ご無事ですか?」
「……あぁ」
「どうだい王様。身体の調子は」
「……最悪の気分だ。あれほどの痛み……生まれてこのかた経験した事がない」
「ケケケ。その程度の痛み、女ならきっと耐えるぜ。それで? 足の調子はどうなんだ」
俺の問いに全員の視線が王の足に向けられ、その成否に固唾をのんでいると、ゆっくりと右の足が何の支えもなく持ち上がったが、すぐに地面についてしまい、王自身も妙に疲れたような表情をした。
「ぐ……っ。足を動かすと言うのは、存外辛いモノなのだな。痛みがあるのに加え、疲労が強い」
「そりゃ生まれてから今まで動かしてないせいだな。まぁ、動くと分かった以上は毎日少しづつ歩行訓練を重ねて筋肉をつけろ。そうすりゃ訓練次第で杖なしで歩けるだろよ。せいぜい机仕事ばっかやって元に戻ったり済んじゃねぇぞ?」
「ポーションや回復魔法では駄目なのか?」
「赤ん坊がポーション飲んで歩けるようになるか? それと同じだ」
「なるほど。それではしばらくの間は書類仕事を放棄するか」
「馬鹿言ってんじゃないよ。王に仕事を抜けられたんじゃ国家運営が滞って仕方ないじゃないか。せめて半分くらいで我慢してもらわないとこっちが過労死しちまうよ」
「やれやれ。折角自由が手に入っても余の生活は変わらんのだな」
そんな和やかな空気が流れるのはとても良い事ではあるものの、俺としては黙って見ていられるほどお人よしでもないんでね。とりあえず柏手一発で豪人に注目をこっちに集める。
「さて。王の足が治ったんだ。ちゃんとこっちの約束は果たしてもらうぞ」
「ああ。可能な限りお前の情報を外部に漏らさなければ良いのだな?」
「その通り。あと、お前の忠告を聞かずに刺客を差し向けた馬鹿共は殺していいよな?」
「確実な証拠を掴み、ここに居る全員が了承したら許可しよう」
俺としては〈万能感知〉があるから、刺客を差し向けたか? と聞くだけで嘘かどうかが一瞬で分かるんで、発覚次第サクッと殺って従順になるまで滔々と語りかけるとしよう。もちろん肉体にだぞ?
「じゃあこの話はもう終わりって事で帰っていいよな?」
「待て。騎士の治療のためのエリクサーはどうなるのだ。つい全て飲み干してしまったのだが」
「おっとそうだった。ほらよ」
一応使い方をレクチャーし、用も済んだのでさっさと宿に戻る事に。
結果としてアマディウスさんの胸の柔らかさも十分に堪能できたし、バカ貴族やザコ騎士共から俺の情報が余所に漏れる心配も可能な限り少なくしたし、全員の用事も済んだならこんな場所にいつまでもいてやる道理はない。サクッとエルグリンデを経由して混浴を満喫するとしようじゃないか。
「戻ったよーん」
「お帰りなさいなの」
「随分と早かったのですね。大丈夫でしたか?」
「大丈夫やあらへんでしたわ。アスカのアホがやらかしてくれましたわ」
「いいじゃねぇか。結果として俺の目的は達成されたんだ。アニーが居なければ言葉なんて交わさずにサクッと殺して従えてるって」
「そないな慰めの言葉なんぞ要らんわアホ!」
アニーがどれだけ重要だったかの説明をしたのに怒られてしまった。まぁ、マジギレしてる訳でもない場合はすぐに機嫌を取り戻してくれるんで、さっさと宿を引き払ってしまおう。
まだシュエイのおっさん団長が残ってるけど、野郎をわざわざ送り届けてやるほど俺はお人よしじゃないし、すっかり魔神に関する報告を忘れちまったからな。せいぜい俺の代わりに有益な情報を王族に献上する役目をしっかりと担ってもらいたい。
その役目を押し付けられないようにすぐに宿をチェックアウトし、逃げるように王都を後にする。
しっかし……この世界は随分と危険が多すぎる気がするな。アンリエットの様な流体金属を作りだしたマスターなる人物に、別領域に居る駄神を知ってやがる魔王ですら倒せねぇ魔神とやら。あとは精霊攫いなんかもいるんだったっけか。全部この世界の人間と勇者たちだけで解決してほしいけど、まぁ……無理だろうな。
「アスカ。寝とるんか?」
「いや? どうかしたのか」
「いや、魔物が見えとるけど一向に死なへんからどないしたんかなって」
おっと。どうやらぼけっと考え事をし過ぎたせいで魔物の接近に気付かんかったらしい。アニーに指摘されて外に目を向けてみると、相も変わらずザコそうな普通のゴブリン数匹がこっちに向かって走ってきている。
あの程度の数ならここに居るマリュー侯爵以外なら1人でも余裕で討伐できる相手だとは言え、俺の仕事でもある。だからひょいと幌の上に飛び乗り、いつものように石を創造しては投げつける簡単なお仕事に精を出す。
――――――――――
「さて……どうしたものか」
そう呟くのは、アスカが旅立って数日後の王都の一室で書類仕事に奔走している今代の王。
アスカより提供されたエリクサーによって死体となった騎士も1人残らずいつものように訓練に励み、生まれつき動かなかった脚が動くようになった事で、少しづつではあるが杖やメイド・執事の助力を必要としない時間が増えている。
「どうするもこうするも、急いで対処しないとまずいだろうさ」
「しかし……これは厳しいぞい」
王の呟きに返すのは、人族領の運営を担う財務卿と人族領の騎士を統括する軍務卿。彼等も困った表情で一枚の書類とにらめっこをしている。
その内容は――第3王子暗殺未遂がアスカによるものであると断定し、即座に賞金首として全冒険者ギルドに通知しろとの嘆願書。その発案者はタマゴハゲと罵られた重臣で、他には王を王と思わぬその態度に憤りを感じている十数名の貴族の同意書も添えられていては、王の一言で沈めるにはあまりに力を持ちすぎている。
これを力づくで止めることは難しい。仮に成功したところで、「王は我等より小娘1人を選ぶのか」と認識されてしまえば、余計な内乱を生み出して他種族に侵攻の切っ掛けを与えてしまう。
だが、この嘆願に許可を出してしまえば、そう遠くない未来に約束を違えたと知られ、魔神を討伐せしめた武力が王都に向けられるのは必定。
一応条件を設けてはいるものの、それが目の前に提示されてしまえば、それなりに鍛え上げられた騎士200名に騎士団長・魔導士長・勇者すら足止めにもならず、万が一捉えたとしても皮膚どころか体毛すら傷つけられないのであれば、それは存在しないも同じ。
どちらを選んでも王としての基盤が揺らぎかねない。それほどまでに2つの選択肢は重要である。
「お前達であればどちらを選択する」
「そうですのぉ……ワシなら敵対を選択しますかのぉ。確かにこの事が知られれば王都までやってくるじゃろうが、あの娘も完全なる情報統制が不可能と知っておったようじゃしの。言葉さえ間違えなければ納得はするとワシは判断しますかの」
「こっちはあの娘につくよ。下着1つとってもあれだけの物を手に入れる伝手を持ってるからね。交渉次第によっては、より利益になりそうな物の販売権が手に入るかもしれないからね。それをこんな1枚の紙きれで棒に振るような事はしたくないからね」
「……困ったな」
ここでアスカの実力を示せればよいのだろうが、アスカ自身が情報を漏らすなと言っている以上はそれすらも叶わない。いくら賢王と称されていても、答えの出ない問題など山ほど存在する。これはその中でも国家存亡を左右しかねない超難問の1つ。
全員がうんうんと頭を悩ませながらも各自の仕事を淡々とこなしていると、そこに新たな人間が加わる。
「お父様……お呼びとの事ですが?」
「ルクレールか。確かお前はマリュー侯爵と懇意であったな」
「ええ。もしかして彼女が何かしたのでしょうか」
「いや。聞きたいのはアスカについてだ。あの時は本人が居る為に不要と思っていたが必要になった。侯爵からあの娘について何か聞いてないか? どんな人間で何を好んでいるかなどだ」
「そうですね。マリューから聞くにですが、アスカさんはとにかく綺麗で可愛い女性が好きで、レオンの様な顔立ちが整った男性は嫌悪どころか殺意を抱く程だそうです。それでいてダンジョンスタンピードをあの数で鎮静化させてしまい、エルグリンデは大変に救われたと聞いております」
ルクレールの発言に、3人はすぐさま何故アマディウスとの勝負に異常なほど固執し、騎士200人を惨殺しておきながらわざとらしいほどまでに接近して躓いては豊かな胸へと顔をうずめていた事を思い返す。それであれば、最悪の場合は人身御供として見目の麗しい女性を手配すれば難を逃れられるかもしれない。そう判断した。
「よき情報だ。下がってよいぞ」
「失礼いたします」
ルクレールが去り、しんと静まり返った室内は先程までと違い、重苦しい空気は感じられない。
「さて……アスカには悪いが、しばらくの間手配犯となってもらおう」
「ですな。まぁ、あの実力であれば殺される事もないじゃろうからな」
「一応、あの娘に手配犯になった旨の手紙を出しておくとしようかね」
「それはどうだろう。自分が手配犯になったと知ったらすぐこちらに向かってくるかもしれぬぞ?」
「ちゃんとお詫びの品を用意しとくに決まってるだろ。そこまでケチじゃないよ」
そうして数時間の会議の末、アスカは人族領に限っての手配犯となり、その懸賞金は金貨50枚となった。




