#276 天国から地獄
完全なだらけモードに入り、ウトウトとし始めたところに謁見の準備が整ったとメイドちゃんが訪れ、その娘のお尻を眺めながら城内を歩き、道中でジジイ団長を拾う。
「なんで1人だけ別場所なんだ?」
「当然じゃろうが。お主等は女性でワシは男じゃぞ。家族ならまだしも同じ部屋に案内する訳が無かろう」
「へぇ~。そう言う気の使い方が出来るならジジイだけでいいと判断してほしかったな」
「アホ抜かせ。この世界のどこにたった1人で魔神を返り討ちに出来る奴がおんねん」
「それにだ。魔神と会話ができる存在などお主以外おらんのだ。正直、ワシがこの場に居る必要性など皆無と言うのに無理やり連れてきおって……」
俺としては普通に日本語での会話と全く相違がないので、ジジイにはどんな風に聞こえたのか気になったので尋ねたところを、俺の言葉はちゃんと理解できていたらしいが、魔神とやらの言葉はタダの音の羅列としか聞き取れなかったらしい。
普通にこの世界の言葉が話せりゃそれで十分だと思っていたんだが、〈異世界全語〉のスキルのせいで、こんな城に呼び出される羽目になった訳か。なんて迷惑なスキルだと一瞬思ったが、そもそもこれが無けりゃアニー達とロクな会話が出来ず、こんな風な関係になる事もなかっただろう。この歳で一から勉強なんてゾッとする。
「はぁ……面倒くさい。今からでも逃げていいか?」
リリィさんの前屈みになるほどのドレス姿は拝めたし、用事を済ませたらしいマリュー侯爵にアクセルさんもいれば、最低限魔神に関する説明が出来るジジイもいる。頻繁に表れるようなら対策のために多少時間を割いても構わんのだが、本人から今の所現れる可能性が難しいらしいとの事なので、逃げ出したいのが素直な気持ちだ。
「ウチ等のドレス姿見ておいて、むざむざ逃がすと思うとるんか?」
「ですよねぇ」
「あてとしては、逃げる素振りして欲しいですわぁ」
「断る! 出来ない事はしない主義なんでな」
「リリィの本気は凄いのなの」
「あれは人の限界を優に超えていた」
後ろでアニーがそれはそれは満面の黒い笑みを浮かべ、リリィさんが手をワキワキさせながら手ぐすね引いて待ち構えている。これは、どうあがいても俺に抵抗の余地が残されていない事を意味する。この2人を相手に勝利を収める事が出来れば、そいつは間違いなく世界最強の称号を菓子折り付きで進呈してやろう。
「お主等……王城の中だと言うのに騒ぎすぎじゃぞ。静かにせんか」
「へいへい」
そんな他愛のない会話をしながらたどり着いた謁見の間には、左右の前列に騎士が並び、その奥には肥え太った豚共もとい、貴族や重臣達であろう連中が奇異の視線を向けて来るそん中で、俺達は部屋の中央――赤い絨毯から青い絨毯へと変わる境目辺りで待機。少し離れた玉座に腰を下ろす連中に目を向ける。
1人はあの時助けたルクレール。中央が王だとすると、その位置は俺から見て右端。その背後には憎き魔王が護衛として控えている。
他には王の横に座るドエライ美人さん。年齢的には20後半か30前半くらいの綺麗だけど氷みたいな印象の女性。あれだけ綺麗な女性を娶った割には、メイドはまるで真逆の美人さんを揃えているのはどういう了見だ? 後は野郎ばかりなので説明する気は毛頭ねぇ!
ちなみにだが、例の第3王子とやらはこの場には居ない。
「さて……魔神と会話をしたと言うのはどの者d――」
「っ!? そこの娘でございます! わたくしはその場に居合わせただけの騎士にございます!」
威厳たっぷりな感じの王の問いに、一瞬だけジジイを差し出したらどうなんおかなぁと思ってちらっと眼を向けたが、どうやらニヤついていたせいで企みがバレたらしく、若干だけど王の言葉に食い気味に言葉を重ねて俺を売りやがった。惜しかった……。
まぁ、紹介されたのなら仕方ない。
「紹介されたアスカちゃんだよ♪」
物怖じせずにキラッ☆ 的なポーズを取ってみると、アニーやリリィさんを始めとした常識人グループは凍り付いたように固まり、アンリエットは俺と同じようなポーズを取り、ユニは我関せずとばかりに寝たまま。
そして、俺の本性をある程度知っているルクレールと従者の魔王は笑いをこらえるように下を向いて肩を震わせている。ウケてるウケてる。まぁ、そんな風に好意的に取ってくれる奴の方が少数派なので、あっという間にそこら中から殺気が吹き上がって、騎士連中が次々に柄に手をかける。
「き、きき……貴様あああああああああ!! 王の御前で何という無礼な!」
中でも頭つんつるてんの中年のおっさんの怒り方は半端がない。顔を真っ赤にしながらドスンドスンと肥え太った肉体を駆使してこっちに歩み寄って来た。
「なんだよ。ちゃんと挨拶しただろうが」
「そんなものが挨拶と呼べるわけが無かろうが!」
「じゃあどうやんだよ。手本見せろよ手本を」
「いいだろう。先ず片膝をつき、王の命があるまでは決して頭を上げてはならぬ。そして面を上げろとの指示を受けて初めて顔を上げ、王の膝辺りに目を向けながら自己紹介をする」
「どんな風に?」
「リキルク・サー・シャドワールと申します」
「うむ。苦しゅうないぞ」
「ははぁ……って! 何でこのワタシが貴様ごときに挨拶をせねばならぬのだ!」
タマゴおっさんのノリツッコミに、周囲の人間は完全に肩を揺らして笑いをこらえ、王族に関しては王と王妃以外はゲラゲラ笑っているところを見るに、相当に偉い立場の人間なんだなあって知る事が出来た。意外と才能があるかも。
「リキルク。もう良い」
「は、はっ!」
王の一声であんだけ喚き散らしていたおっさんが一瞬で静かになり、元の位置へと帰還する。
そうなると、自然と俺と王の間には何も遮るモンがなくなって、視線が重なる訳だ。
病気……って訳じゃなさそうだけど、そこそこガッシリとした肉体を持ってるのに随分と痩せこけてる感じがする。王の仕事ってのはよく分かんないけど、忙しいのか元気もなさそうだし、きっと疲労が溜まってるんだろう。
「お前が魔神を倒したと言う情報に相違ないか?」
「倒したってのは誤解があるな。正確には元の場所に帰ってもらったって感じだな」
「貴様ぁ!」
「アスカ!」
「よい」
「しかし!」
「余が許すと申しておる。何の文句があると言うのだ。アスカよ、その小さき体躯で魔神を圧倒した実力の証明、出来るな?」
「相手によるな。俺としては綺麗で可愛い娘に相手をして欲しい。あの人とか」
チラリと目を向ける先には、大きな胸を半分以上露出させ、身体のラインがハッキリと分かる位のタイトで深いスリットの入った黒いドレスを身に纏ったTHE・大人の女性って感じの魔法使い。あの王の趣味を考えると妾って可能性は低いので、きっと実力のある魔法使いなんじゃないかと判断した。
連日の夜の蝶通いで、俺の童貞レベルも随分と下がってきている。今ならば、接近してあの胸元に顔をうずめたりするくらいならためらいなく実行に移せる気がする! というか、こんな場所に2度と来る予定はないので、憂いなく立ち去る為に絶対にやりたい。
「アマディウスか。お主はどうだ?」
「……正直に申します。勝てる気がいたしません」
「それほどか」
「はっ。内包している魔力はさほど感じませぬが、女の勘と言うのでしょうか。たとえワタクシレベルの実力者が10人一斉に最大の魔法を撃ち放ったところで、傷つける事すら困難でしょう」
アマディウスさんの迷いなき発言のせいで、辺りがざわめいてしまっている。マズイな……このままだと不戦勝の流れになってしまうじゃないか。なんとかして戦えるような流れに舵を切らないとあの感触を顔で味わえないじゃないか。
「ちょ、ちょっと待ってくれよおぜうさん。俺の実力を高く評価してくれんのはありがたいけどさぁ、やっぱちゃんとした勝負をしないと納得しない奴とかいると思わないか? あのおっさんとか凄ぇ胡散臭そうな顔で見てんだぜ」
「その通りだ。アマディウス! 貴様は人族において最高位の宮廷魔導士筆頭であろう。そんな貴様が戦いもせず背を向けるなど許されようはずがあるまい! さっさと構えろ!」
ここまで来て何のご褒美もなく帰る事なんてできるか! なんとしてでもあの柔らかそうな感触を顔じゅうで堪能したいので、タマゴおっさんをダシにそう言う方向へと持って行くように努力する。
こうなると、背後のアニー達は俺の目的なんて完全に理解して白い目を向けているだろうが関係ねぇ。常日頃から俺はそう言った目的のために日々生きていると公言しているからな。むしろご褒美と発想を転換させる。
「アマディウス。構えろ」
「……それが王命とあらば」
よし! なんとか戦闘に持ち込む事が出来た。後は転んだフリでもしてあの桃源郷に飛び込めば……ぐふふ。楽しみで仕方ねぇ。すぐギブアップされてもいいように、一瞬でケリをつけるかと意気揚々と軽いストレッチをしていると、少しだけ慌てた様子の騎士が王の下へと駆け寄り何やら耳打ち。
「そうか。アマディウス下がれ」
「はっ」
「ちょっと待てよ! 今から戦おうかって時に何だって下がらせるんだよ」
「アマディウスより強者が登城した。その者に相手をさせる」
「だったらそいつと2人同時でお願いしたい。是非とも!」
俺からすればこれから向かってくる女性の強さも大した事はない。むしろ2人分の感触を堪能できるのであれば、むしろ願ってもいない展開だ。こんなクソな場所にやって来た不運を回収するかのように幸運が舞い込んできてやがる。
俺のそんな発言にあっち側の連中がざわめくが、俺としては既に〈万能感知〉のおかげで、城内にアマディウスより強いと言ってもたかが知れてる奴しかいない事が分かっているから、どんな綺麗で可愛い娘が来てくれるのかとワクワクしながら待っていると、ようやく扉が開き――
「あーっ! テメェはあん時のクソガk――」
「チェンジで」
すぐさま蹴り閉じた。




