#26 キレちゃいました
まずは材料。といっても用意するのはジャガイモに塩。それと揚げるための油。たったこれだけだ。
手始めに油をなみなみ注いだ鍋に火をかけてから、じゃがいもを水で洗う。
次に、俺は皮付きが好き派なのでそのまま切り分けて行く。ファストフードみたいに細いのじゃなくてある程度のボリュームを持たせるために大きめにカット。
『それはバレイの実ですね。確か中には毒を含む物があると本で読んだ事がありますが、大丈夫なのですか?』
「あぁ。その毒ってのは古くなった物から出て来る芽だからな。取っちまえば何の影響もないんだよ。俺の場合だったら魔物にでも食わせちまえば処分できるしな」
『さすが主です。そのような事まで知っておられるとは』
そんな確認をし、油が十分に温まったんでそこに一気に投入。ユニも食べたそうにしてるんで少し多めに3人分。
ある程度揚がってきたら楊枝で火の通り具合を確認。十分なのでキッチンペーパーに次々取っていき、最後に少しだけ強めに塩とバジルを振れば完成。好みでケチャップやチーズをかけてもまた美味いけど、今は塩の気分なんで用意はしない。
「熱いから気をつけろよ」
『はふ……ほふ……。外はカリカリで中はホクホク。単純だけど先の店で食べたバレイの揚げ物よりずっと美味しいです』
「当然だな。材料も油の鮮度も料理の腕前もこっちが遥かに上だからな」
俺も一口。うん……少し強い塩味がジャガイモの甘みを引き立てて、これは酒が進む。缶ビールをプシュリと開けて喉奥に流し込む。かーっ! この為に生きてると言っても過言じゃないね。やっぱ揚げ物は新鮮な油で作らないと美味くないよなぁ。
『……主』
(まぁ落ち着け。そこまで大事じゃないから)
ユニが少しばかりイラつきを見せたけど、これは最初から想定済みの事態だ。
明るくきらびやかな大通りから少し離れれば住宅街なんかに突き当り、そこからさらに外壁へと近づいてくと、自然と貧しい階級の住民達の姿が多くみられるようになるのはラノベなんかで学習済みなんでな。
ギック市ほどの大都市になれば、冒険者としての依頼も大量にあるだろうし、商人だ鍛冶だ縫製だなどと一攫千金を求めて多くの人間が訪れるようになるのは自然な流れ。
もちろん成功すれば有名冒険者として注目を集めたり大通りの様な目抜きに店を構えたりすることができるだろうけど、全員が全員そうなる訳じゃない。当たり前だけど失敗する人間だっている。
そう言った連中が、言い方は悪いけど都会というステータスにしがみついていたり、故郷に戻るのが恥ずかしいや物理的に不可能だったりした連中が、食い扶持を稼ぐために細々とした仕事をこなしたり犯罪を犯すようになる。
つまりここは、そんな連中が集まるスラム街の一角という事になり、俺の〈万能感知〉に敵意ある反応が近くにいくつかあると知らせているのだ。
(いいんですか?)
(相手は子供だ。それにもう食べ終わる)
最後の一つを口に放り込み、それをビールで一気に流し込む。後はさっさと片付けをしてこの場から立ち去れば手を出してこないだろう。そう考えて広場から出ようとする俺の前に、1人の少年が木の棒を手に現れた。
「う、動くな!」
「なんで?」
「動けばこ、殺す」
「ふーん……」
年齢の頃は俺と同じ10歳くらいかな。少しがっしりとした身体は確かに荒事に向いているかもしれないけど、ユニを目の当たりにしてなお向かってくる勇気と根性は素直に称賛できるし、その言葉通り。廃墟となった背後の建物から、弓をこっちに向けて引き絞っている子供の気配もある。
(主。ワタシがやりましょうか?)
(ここで問題を起こせば犯罪者になるかもしれんから駄目~。お前も1日と経たずに契約解除されたくないなら大人しくしてろ)
(うぐ……っ。ではどうするのですか?)
(まぁまぁ。ここはこれが一番だよ)
幸い懐には余裕がある。というか余裕しかないので、さっさと終わらせるために少年に向かって金貨を何枚か放り投げる。
「っ!? なんのつもりだよ」
「ちょっと案内してほしい場所がある。それはその代金だ」
「案内?」
「そ。冒険者ギルドってところに用があるんだけどなにぶんこの街に来るのは初めてでな。適当に歩いてたらこうして道に迷ったって訳だ」
「だから案内しろと? 馬鹿も休み休み言えよ。そんな嘘を鵜呑みにするほどおれ達は馬鹿じゃない! 迷って困ってるくせにこんな場所で飯を食う馬鹿が居る訳ないだろ!」
「ここに1人いるだろ。まぁそれは置いといて、ならどうするってんだ? お前みたいなガキが俺に喧嘩を売って生き残れると本気で思っているのか? こっちにはこうして強そうに見える『実際に強いのですが?』ユニもいるし、お前の持ってる木の棒と違って一撃で命を奪える鋭利な武器を持ってんだぞ? そこら中に居るガキ共なんかあっという間に惨殺よぉ」
この場に居るのは全部で15人。しかも全員が子供なんだ。ユニ1匹だろうと瞬時にこの世界から消し去る事が出来る。薄汚れ具合からこのスラムで暮らして1日2日ってレベルじゃない。それが分からないほど目の前の少年は修羅場をくぐっていないと思いたい。
ただの自殺願望じゃないとしたら、俺が考えられるのは一つ。金銭要求だと思っている。と言うかテンプレだもんそれしかないもんな。本当なら孤児院みたいな場所で出会い、巨乳なおっとりシスターとのイベントなんてのを期待してたんだけどな。
スラムで暮らす子供達。そのリーダーだろう少年はどうしても下の子を育てるために金が要る。
しかし働き口は少ない。
ならばどうする? 犯罪に手を染めるしかない。現状がそうなんだから。
今選べるのは2つだけ。
俺の言葉を信じて金貨を取るか。
嘘と決めつけて死ぬか。
もちろん殺すような真似をするつもりはないけど、無傷って訳にはいかない。そんな事をすれば、これだけの危機を無事に切り抜けたって事実は少なからず油断を生む。認める訳にはいかないけど、これからも同じ事を続けるつもりだろうから、その油断が死につながる可能性がない訳じゃないからな。
30秒くらい待ったころ。少年は金貨を手に取った。
「約束しろ。チビ達には手を出さないって」
「俺にロリ趣味はないんで安心しろ。それに、案内したくないならギルドまでの地図をここで描けばいい。要は目的地に着ければいいんだからそれで十分だ」
「そんな物のためにこんな大金払うなんて、貴族様の考える事は分かんねぇや」
「俺は貴族じゃなくて旅人だ。目的は綺麗で可愛い女性と深い関係なる事を目的としている」
とりあえず交渉は成立した。
そして少年は案内じゃなくて地図製作を選択した。
スラムで生きるにあたって必要なのは、逃走経路の確保だ。これがシッカリしていなければ子供の身で犯罪に手を染めるのは難しい。その為にはこの街を知り尽くしていなければならない。勿論情報提供は漫画やアニメのサブカルだ。
だから地図を頼んだんだが、予想通りとても詳細で分かりやすい地図をあっという間に書いてくれたし、飯のマズさを口にしたらオススメの飲食店や宿などの情報もついでに教えてくれた。芸が細かい。
「――とまぁこんな感じかな。そしてここが冒険者ギルドだよ」
「なるほどよく分かった。それにしても随分と街に詳しいよな。こういうのを作って売った方が商売になるんじゃないのか?」
地図というのは、それだけで絶大な情報源となりえる。しかもこれだけデカい街の物となれば、俺みたいな初見の人間が安い宿や飯の美味い場所。綺麗な女性が働くぼったくりのない店などの情報を得るにはかなり有用だ。俺としてはタウン誌の体を取ってクーポン券なんかを付けて発行すれば十分に商売が成り立つと思うんだけどな。
「無理だよ。あんたみたいな貴族――じゃないんだったな。そうじゃなくても金持ちならこんな真っ白で書きやすい紙も簡単に手に入るんだろうけど、おれ等はスラムの人間だ。羊皮紙を買うくらいなら食い物に使う。そうじゃないと生きていけないからな」
「なるほどな。ちなみに……この街にここまで詳しいのはお前だけなのか?」
「いいや。おれはまとめ役だから一番詳しいけど、チビ達はそれぞれ担当が違うからそれぞれ知ってる情報は違うかな。飯に詳しい奴。宿に詳しい奴。武器防具に詳しい奴とそれぞれの穴を補うようにしてある」
「って事は、その担当であるならお前より詳しいってことになるんじゃないのか?」
「そうだけど……だったら一体なんだってんだよ」
「何でもない。じゃあな。また会う事があったら挨拶くらいしてやるよ」
とりあえずそのあたりの事は今は置いておこう。まずは冒険者ギルドに行かないと。さすがにこれ以上遅れるとアニーやリリィさんに怒られそうだってわけで、話を切り上げて地図を受け取り、俺はスラム街を後にする。
――――――――――
「ここが冒険者ギルドか。随分と賑やかだな」
『ええ。闘気と殺気は随分とお粗末ですが、人の身であればこの程度が妥当でしょう』
地図を頼りに何とかたどり着いた建物は、よく言えば歴史を感じるたたずまい。悪く言えば廃墟寸前のボロ小屋。
それでも訪れる人間は後を絶たず、青銅の全身鎧を着こんだ男や漆黒のローブを纏った魔法使いなど、まさにRPGと言わんばかりの光景じゃないか。大人になった今じゃそれほど感動はしないけど、やっぱり感慨深いものがあるね。
「おいクソガキ! そこに突っ立ってると邪魔なんだよ!」
「おっとすまんね」
怒鳴り声に謝罪をしながら振り返ってみると、赤髪の胸当て戦士を筆頭に、5人くらいのパーティーと思われる集団がいた。全員男で汗臭そうだけど、それなりの実力は持っているように見受けられる。勿論常人レベルで考えればって前置きが付くけどな。
さて……ここで騒ぎを起こして騎士団とかを呼ばれるのは勘弁してほしい。万が一にでもあのおっさん隊長に出張って来られるとバレるんじゃないかって不安が出て来るからな。
なので、文句を言ってきた野郎を通すためにさっさと横にズレて通り過ぎるのを待とうとしていたっていうのに、リーダー格だろう赤髪の男がいきなり俺の手首をつかんで来た。
「ヘッ。本当に悪いと思ってるならその身体で俺達に奉仕しろや。身体は小せぇが顔が良いからな。2晩でも3晩でも楽しませてやるからよぉ」
無理矢理引き寄せようとするその力は、俺の外見年齢を考えるなら明らかに強すぎる。もしかしたら恐怖と痛みによる従属を期待していたのかもしれないけど、生憎と簡単に振り払える程度とはいえ、騒ぎになるのは遠慮したいんで一応引き寄せられたふりをしておく。
「悪いな。知り合い待たせてっから相手してらんないんだ」
「そんな連中は放って――いや、そいつらがここに居るのか?」
「当然だろ。待ち合わせ場所だし、なにより少し遅刻してるんで急いでんだよ。ギルマス同席だから遅刻はあんま褒められたもんじゃないからな」
魔族の報告なんだ。木っ端の職員に魔族倒しました程度で済む話じゃないのは明らかだからな。それをどう解釈したのか知らないけど、握る力がさらに増したように感じる。確証がないのは差異をほぼ感じられないから。そう思ったのは表情に若干ながら焦りを見つけたから。
「そんな奴放っておいてさっさと宿に行くぞ」
「断るなんて言わないでげしょうね?」
「ワシ等は〈赤の一矢〉だ。媚を売っておいた方が得になるぞい?」
口々にそう言いながら俺との距離を詰めて来る。正直汗臭いし加齢臭もそれなりにするから鼻をつまみたくなるし、男に言い寄られるのはマジで気色悪いからイライラする。
目立たずこいつ等を撃退するにはどうしたもんかいのぉと頭を悩ませていると、一際大きな地響きがすぐそばで発生したので俺を含めたその場にいた全員が顔を向けてみると、ユニが憤怒の表情で地面を深く踏み砕いていた。
「下等生物共が……我が主に汚い手で触れた挙句娼婦の真似事をしろと。そう言っているのか!」
どす黒いオーラを纏いながら牙むき出しで連中を威嚇しまくってる。いきなり襲い掛からないだけユニにしては理性が残ってる方だけど、それももう我慢の限界らしい。これは困った事になって来た。




