#270 手土産って大事だよね? 解せぬ……
他に特筆すべき情報もなかったし、ジジイ団長も飯を食い終わったのでコテージを出てみると、予想通りと言うかなんというか、簡易食堂の周りには騎士連中だけじゃなくて魔神の魔法で家を追われた被災者らしき少し薄汚れた人間の姿も多く確認できる。
「おいっすお前等。どんな問題があった?」
「問題がある前提なんじゃな」
「当然だろ。こんだけ人がいてまぁまぁ美味い飯がタダで振る舞われてんだぞ? 何か起きない方がおかしいに決まってんだろ。で? どうだったんだ」
「何人か横入りしたりもっと肉をなんていうおっさん達が居たけど、ユニがあっちで逃げないように見張ってるから大丈夫だったぞ」
「な?」
実際に閑古鳥食堂でも肉まん配布所でもそこそこ頻繁に問題は頻発していた。まぁ大抵は俺が出張ればどうとでもなったから問題ともとらえてなかったけど、青空食堂じゃ列らしい列も作るつもりもなかったし、被災者に飯を振る舞う予定もなかった。
絶対的な量が足りないのに数ばかりが増える。となれば飯を巡って諍いが起きるのは当然なんで、ある程度事のあらましを記憶している1人のガキを引き連れて少し離れたところに居るユニの所まで行ってみると、確かにルールを守らなそうな態度の悪い頭の悪そうで自己中だろう野郎共が全部で15人か。思ったより少ないな。
「主。これらは主の善意を勘違いした不届き者共です」
「ご苦労」
とりあえず目が反抗的なんで、全員の顎を蹴り上げてから片腕を粉砕骨折。この辺りは騎士だろうが平民だろうが被災者だろうが関係ない。どんな状況だろうと盗みは立派な犯罪だし、分別のある大人であれば自制するのが普通だと言うのに、話を聞く限り、こいつ等は横暴な態度や給仕が子供だからと脅したりなどの目に余る行為を再三注意されたにも関わらず繰り返したために、こうした目に合っている。
激痛で次々に悲鳴が上がれば、当然人の目はこっちに向き始めるものの、俺はそれを微塵も気にも留めずに全員の顎と腕を砕いてから向き直る。
これは一種のデモンストレーション。ルールを破って自分達だけが得をしようと考えた結果、とんでもなくひどい目に合うぞと言う俺からのメッセージ。
「さて。お前等もよく見ておけよ。ここは騎士連中のための飯を作ってる場所だとは言え、行儀よく並んでこっちの指示に従うってんなら、無関係なお前達が食う事を特別に許してやらん事もないが、横入り・過度な増量・強奪。これらに対して再三の忠告を受けたにもかかわらず改善が見られなかったら、容赦なくここに居る無能連中みたいになると思え」
ここまで言っておけば、本当のバカじゃない限りは同じ行動を起こす気も起きないだろうし、出て来る前に自然とあっちで潰してくれるって思おう。
「おいそこの暇人。こいつ等の治療をしてやれ」
さて……気は進まんが、騎士の何人かの首根っこを掴んで強引に医務室に連れて行かせてやった。
そんな俺を見て、ジジイ団長が何とも腑に落ちないって顔をしている。
「手ぬるいのぉ。見せしめをするんじゃったら全員殺せばよかったじゃろうに」
「だったらジジイが死ぬしかなくなるぞ」
「何故ワシじゃ? 何もかかわっておらんじゃろうが」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。本来こういうのはお前等騎士の仕事。それを放棄してただただ飯を食うって馬鹿としか言いようがない。そんな無能連中にしか教育できていないお前の所業は罪に当たるので、当然のように1回死んでもらう」
いの一番に行動したユニは当然ながら強い。有象無象の連中など歯牙にもかけぬほどの圧倒的な差があるとはいえ、シュエイにいつまでもいる訳じゃない。この街の治安を維持するのはここに住む騎士団の仕事。
それを真っ先に奪われたのはまぁ仕方ないとはいえ、手伝いくらいするのがこの街に生きる人間として当然の行動のはず。まだ復興作業してる連中はまだしも、見張りを放棄するような育て方しかできないような無能は、いっぺん死んで心を入れ替えさせるしかないだろう。
「確かにお主の言い分に一理あるじゃろうが、これほどの魔も「ワタシは従魔だ」には近づくなと厳命してあるんじゃよ。団長クラスが居るならまだしも、平騎士が〈森角狼〉に敵う訳がないからのぉ。人を襲わん確証がある訳じゃないからのぉ」
「何だと? このワタシが主の指示なく弱者を喰らう愚かな行為をすると言いたいのか?」
「人語を操れても魔物はどこまで行こうと所詮は魔物じゃからな」
「なるほど……つまりは死にたいという訳だな。おいぼれよ」
途端にピリッとした空気が漂うが、特に興味がないんでそれぞれの飯の減り具合を確認に向かうと、やはりと言うか当然と言うか牛丼が残り少なく、おにぎりは簡単に追加が作れるからそれほどでもなかったけど、おかゆがそこそこ減っているのは予想外だ。
「姉ちゃん。あれ放っといていいのか?」
「いいんじゃないか? こんな場所で暴れるようなら俺が物理的に黙らせるだけだし」
「まぁ……姉ちゃんなら出来るか。だったら牛丼だったっけ? これの具を追加してくれよ」
「しゃーないな。少し待ってろ」
行儀よく待っているというのであれば、追加の牛丼を作ってやってもいいかと汁を追加でもう2つ用意し、そこにガキがめいめいに切った牛肉や玉ねぎなんかをぶち込んでいく。後は丁寧に灰汁取りをしながら火が通ればそこそこ食える牛丼にはなる。
後はおにぎり用の鮭を焼けば十分だろ。想像していた物よりだいぶ大規模な昼飯になったが、それを全員に配るなんてはなからするつもりが無い。
別に被災者のために用意した訳じゃないからな。俺にどうして食えないんだと文句を言うのは筋違いだし、そう言うのは騎士団かこの都市の領主にでも言ってほしい。
俺はあくまで、魔神の情報を得る為の代償として昼飯を提供したに過ぎない。なんの見返りも得られない相手への施しなんて、それこそ勇者や王侯貴族の仕事だ。何せこういう人達から税金を徴収してんだ。こういう時にこそ民草への施しをして求心力を高めるはずだからな。
「アスカ。少し話があるんだけどいいかしら?」
結局。ジジイ団長とユニはバトル展開になる事なく収束し、騎士団員数名が連中を兵舎にある治療院へと連れて行ったのと入れ替わるように、何故かリューリューが少し慌てた感じでやって来た。
「どしたよ」
「ここじゃちょっと」
何やら重要な話があるらしいので、ジジイ団長の時みたくコテージに案内する。相手が女性だから、場所はもちろん俺の部屋だ。
「で? 話ってのは何だ」
「こんな事を聞くのもどうかしてると思うんだけど、アスカって一度ここを離れた後にどこに行ってたの?」
「どこにって、普通に王都に行ったり、ちょっと野暮用で魔族領を旅したりもしたぞ」
別に道程については隠すほどの事でもないからな。続けて何をしていたのかと聞かれるようなら黙秘権を行使するが、どこを旅してどこで女性をナンパしようが俺の自由だからな。
「………………まぁ、アスカならそれが可能そうだから驚いたりしないんだけど、やっぱり王都に行ってたのね。それって何日前くらいか覚えてる?」
「えーと……1週間くらい前か? 何だってそんな事を聞いてくんだよ」
あんま詳しく覚えちゃいないが、大体そんなもんだ。王都と言うセリフが出たんで、とっさの判断で3日前にもう一回訪れてクソガキを痛めつけた事を完全に隠した。って言うのも、この話題が出たという事は高い確率で王都からの使者が俺を探しにやって来たと踏んだからだ。そうじゃないとわざわざそんな話題を上げる理由がない。
「アスカだから話すんだけど、実はほんの3・4日前くらいに王城に居た王子が何者かに襲われたらしいのよ」
「それと俺のなんの関係があるんだよ」
実は滅茶苦茶あるんだが、知らんぷりをすると決め込んでるんで眉間にしわを寄せてあえて遺憾であると言う態度で接する。ちょい罪悪感があるけど、そう言うのはあの馬鹿ガキにでも言ってくれ。
「何でも。王子が王都への道すがらに王族を王族と思わない無礼極まる大きな犬を連れた女の子に大怪我を負わされたらしくてね。丁度アスカも大きい犬――まぁ〈森角狼〉何だけど連れてるじゃない? 信じてはいるんだけど、そういった事を王都から来た騎士が聞いて来てるのよ」
「まぁ……確かに特徴は似てる。しかしリューリューよ。お前は王都からシュエイまで何日かかる」
「普通に馬を走らせて2日。急を要する案件であれば、最悪馬を潰してもいいと聞いてるから、それなら1日で何とかならない事もないわね。そして〈森角狼〉であれば、それより早くたどり着けるんじゃないかしら?」
「まぁそうだろうとしてもだ。3日前って事は、こっちは魔族領近くのエルフのトコに居たんだぞ? そこからここまで何日かかるか分からんほど馬鹿じゃないだろ。信じられないってんなら、近くの森に棲むエルフ達にアスカって女が来たかどうか聞いてくりゃいい。ついでにシルフって馬鹿な精霊もいるから、こいつを土産に使っておびき出して話を聞いてみるといい」
一応俺の知り合いである証として、精巧なアスカ人形と馬鹿シルフ用に野菜の詰め合わせをデンと机に上に置く。この2つがあれば、きっと無碍に扱われる事はないだろう。もしそんな事をすればあの集落がどうなるのか。分からないほど馬鹿じゃないだろう。
そうして用意した物だが、リューリューは机に突っ伏してピクリともしない。一体どうしたんだろう。
「もういい。アスカには今からたっぷりと常識ってモノを教えてあげる」
何やら強い決意を持って発現したリューリューは、俺の手を引いてニールさんの所へと連行された。




