#269 はぁ……また面倒が増えた
「おらガキども。仕事の時間だから働け」
全ての仕込みを済ませ、時間も丁度昼時になって来たし、瓦礫の除去作業や新たに見つかった遺体にエリクサーを吹きかけて、生き返れば身元を確認して避難所まで連れて行き。反応がなければそのままどこか知らぬ場所へと運ばれていく。
そうやってきりきりと働いている騎士連中だが、鍋から漂ってくる甘辛い牛丼の匂いに焼きおにぎりの焦げた匂いなんかがさっきからずーっとしっぱなしだからな。大して偉くもない木っ端連中は遠くからチラチラとみているだけだが、そこから多少なりとも偉くなってくると普通に近づいて来て鍋をのぞき込んだり何を作ってるのかを聞いてきたり、中にはつまみ食いをしようとする不届き者が居たりもしたんで、その辺りの愚か者共には鉄拳制裁による人身御供として犠牲になってもらった。
そんなちょぴっとのアクシデントがありながらも、ようやくの昼時。ジジイ団長にも飯を振る舞う事を言っておけよと念を押してあるんで、食事休憩を取る旨を伝えて解散となった途端に大の男共が我先にと争うように走って――来ることはなく、まずはジジイ団長を始めとしたいわゆる上司連中だ。
「見た事もない料理ばかりじゃな。どれをどう食うたらええんじゃ?」
その要望に応えてそれぞれの料理をデンとジジイ団長の前に出してやる。
「まずこれが牛丼。若い牛の肉と玉ねぎって野菜をいくつかの調味料を加えた汁で煮込んだ物をご飯って穀物の上に乗せてかき込む。肉・野菜・米・汁の量は自己申告を受け付ける」
牛丼を見た多くの人間がごくりとつばを飲み込んだり肉山盛りで食うぞとかってざわめいている。まぁ野郎共が多いんだからこれが一番人気になるだろうとの予想はしてるんで、3つの中でも一際大きめの鍋で作ってある。
「こっちの奴はおにぎりって言って、米の中に具材を入れて形を整えただけだ。ちなみにその中身は鮭って海の魚を焼いてほぐして米と混ぜつつ中央に食いごたえのあるサイズを入れた物。さっきの牛丼にも使った醤油を表面に塗って焼いた物の中には大根って野菜の塩漬けが入ってる」
どんな魚が入っているのかと、実物として生鮭を取り出して見せると多くの奴等がビックリしたように目を見開いたり息を飲んだりしている。シュエイに入って来る多くの魚は乾物だし、生だったとした場合は滅茶苦茶高価になる。
そんな魚を惜しげもなく無料提供する豪気さに感心する目を向ける一方で、腐ってんじゃないのかって目を向ける奴も当然いる。この辺りは閑古鳥食堂で海鮮丼を出していた時も一定数居たんでその辺は気にしない事にする。
「最後のこれはおかゆってもんで、多少見た目は悪いかも知れんが食欲のない奴でも食える非常に淡白であっさりとした味わいが特徴の一品だ。これには濃い味付けのサイドメニューがこうして少量づつ付く予定だ」
これについては説明の必要性はあまりないだろう。なにしろ、ほとんどの人間に白くてドロドロした不気味な何かってしか捉えられてないんだからな。
確かに始めて見る人間にはかなり受け入れがたい容姿をしているが、これはこれで慣れると美味い食べ物なんだよな。
「ふぅむ。ではワシはこのおかゆと言うやつを貰おうかのぉ」
「ほぉ珍しい。どのくらい食うんだ?」
「まずは適量じゃな」
「だとよ」
「「任せとけ」」
俺の合図でガキ達が一斉に動き出す。器を手渡し。お玉でよそい。トレーを用意し。佃煮を小鉢にとって乗せていく。
「ヘイお待ち」
「ふぅむ……見た目からは想像できんほのかに甘いええ匂いがするのぉ」
「配膳の邪魔になるから食うならそっちで食えよ」
「そんな事は分かっておるが、少々お主と話したい事がある。時間を貰えんか?」
フム。本来ならむさ苦しいジジイと顔を突き合わせての食事なんて拒否したい行動ではあるが、どうやら割とマジな話――おそらくは魔神に関する事なんだろう。まぁ……仕込みも調理も終わったし、特に俺が必要になる場面はなさそうだから別にいいか。
「少しくらいならいいぞ。聞かれたくないなら別室を用意するがどうする?」
「そうしてもらえるならありがたいが、可能なのか?」
「じゃあついてこい」
特に隠すつもりもないんで、普通にコテージを取り出して中へと案内する。ちなみに俺の部屋に男を入れるのは誰であろうと無理なんで、空き部屋の1つにテーブルと椅子を置いた。
「こんなものまで持っておるとは、本当にお主は規格外じゃな」
「そう言う無駄話はどうでもいい。で? 何について聞きたんだ」
「うむ。他の連中も居ったからあの場では言えんかったが、魔神撃退について感謝したい」
「……気付いてたのか?」
「ああ。魔神の生み出した太陽と見紛うばかりの球体で焼けた桃色の髪とその銀髪を見て、同一人物であると確信に至った」
あの時かぁ。冷静に考えれば、〈万能耐性〉を持っていた肉体ですら焼け爛れる程なんだから、ただのウィッグ程度じゃ一瞬で燃え尽きるのは当然っちゃ当然か。
「知ってるのは?」
「あの場でまともに動けたのはワシだけじゃろうから、恐らくは他に誰も知らんはずじゃ」
って事は、こいつの口を封じちまえば俺の存在を知る物は居なくなるって訳か……。
まぁ、この場で今すぐにってのは明らかに俺犯人でぇ~すって言ってるようなもんだからな。とりあえずある程度は泳がさんとな。
「で? お前さんはあいつが持ってた人形みたいなのを見て随分と慌ててたが、あれを知ってるって判断していいんだよな?」
役立たずの元・魔王と違って、こいつはこいつで藁人形の役割を知っていたふしがあったから魔神に関する情報を持ってるかもしれん。
また大きく好感度を稼ぐときに役立ちそうな情報がもらえればいいんだけどなぁ。とか考えてボーっとしてると、ジジイ団長が何の脈略もなくいきなり頭を下げてきた。
「勿論じゃ。本来であればこの内容を提供する際には王族の許可が必要なのじゃが、魔神を返り討ちに出来る実力者であるお主であれば大丈夫だろうとこの場を設けてもらったんじゃ」
「なんか面倒臭そうな事に巻き込まれそうなんで聞きたくねえな。俺は綺麗で可愛い女性からの好感度を稼ぐためにやっただけであって、世界の平和とかには微塵も興味がねぇんだけど?」
「それでもこのシュエイを救った事に変わりない。この事は王に伝えて正当な報酬――この場合は恐らくじゃが爵位くらいはもらえるかも知れんな」
「そう言うのはマジ興味ねぇってさっき言ったよな? 死にたくなかったら俺の情報は墓場まで持って行け。そしてさっさと本題に行け」
「……あくまで仮説じゃが、魔神とはその昔に人が戦争のために作りだした偽りの存在らしい」
「へぇ~」
あれが人工的ねぇ。あれだけの化物が作れる過去の技術には驚くばかりとは言え、どう考えてもこの星が滅亡しそうな実力を勤勉な六神が見逃すはずがないにもかかわらず、天罰を落とさなかった事に少々疑問を感じる。
奴は俺に向かって神の使いかと聞いて来た。
アレを考えると、魔神は六神達――又はあの駄神を知っている事になる訳で、下層領域とか宣ってたから、多分だけどこっちよりはあっち側に近い存在という事になる。
まぁ、だとしても確証がある訳でもないんでそれを口に出すような真似はしない。したところで意味がないのは明らかだし、そもそも俺が神の使いってのに勘違いされると余計に面倒くさい事態が舞い込んできそうな気がするから。
「魔神は存在するだけで人を殺し、呼吸1つで街が崩壊。魔法など撃たれてしまえば国が滅ぶとまで言われておるまさに災害と呼ぶに相応しい化物じゃ」
「呼吸1つでってのは誇張があるが、確かに魔法はそのくらいの破壊力があったなぁ。あの時の奴は、俺じゃなかったらきっとシュエイは滅んでただろうよ」
何しろ〈万能耐性〉と7割の〈身体強化〉ですら痛いと感じる程の熱量で、数百メートルも打ち上げてなおあの惨状だ。街中であれが炸裂したらと考えると、一体どれだけの美人が犠牲になっていたのかと思うとゾッとする。
「……何とかなっておる時点でお主がおかしいんじゃからな? 過去の手記では魔神が現れた場合は死を受け入れる以外に方法がないと書かれておったらしいからの」
「存在するだけで死ぬんじゃ当たり前だな」
「お主はなぜ無事だったんじゃ?」
「その辺は秘密だ。それよりも魔神を呼び出したあの人形はまだ存在してんのか?」
願いに応じたと言ってはいたが、ただ祈るだけであんな化物がぽんぽん出現してくるようならとうの昔に六神達のテコ入れが入っている。憎悪や憤怒などの負の感情プラスあの藁人形が揃い、命ごと捧げてようやく魔神を召喚できるんだとしたら、あんな物がなければ二度とこっちの世界――あいつ等の言葉を借りるなら下層領域にはやって来ないだろう。
「ワシが知る限りは王都の宝物殿の最奥で厳重に保管されとるのと、獣人の皇帝が所持を公言しとる物の2つ。後はまだ存在しておるのかその2つが最後なのかまでは知らぬ」
「そうかい。それにしても〈愚具〉っつったっけか。その所持を公言するとはな」
天罰が下らないって事は、その〈愚具〉は偽物なんじゃないかって疑問を感じなくもないが、そう楽観できるような代物じゃないからな。真偽のほどはいつか獣人領にでも行った際にそれとなく探りを入れてみればいいだろう。
「獣人達は、身体能力は飛び抜けて優秀じゃが、反面。魔法に精通できる物が少ないせいか他の種族たちに下に見られる事が多いからの。そう言う物で武装して対等な関係を築こうとしとるんじゃよ」
「ふーん」
とりあえず情報らしい情報はそこそこゲットできた。後はちびっと復興作業を手伝ったら、そろそろオレゴン村に帰りたいな。
しばらく更新を止め、良くなるか分かりませんが今までの話の手直しに集中します。




