#268 重くしてありますからね~(意味不明)
結局。魔神についてロクな情報は得られなかったし、朝っぱらから嫌がらせのために肉を喰らうと言う少々ヘビーな寝起きを過ごし、今日の仕事はどうすっかなとボーっと考えていると、イクスがトコトコ近づいて来た。
「なぁ姉ちゃん。今日の仕事はどうするんだ?」
「今考えてたところだ。やっても客が来るような気もしないんだよなぁ」
「止めるなら知らせて来るぞ?」
俺の予想では、被害は今よりだいぶ少なく見積もってたし、建物だってガラスになって溶けるみたいな惨状になるとは露とも思わなかった。だから一応仕込みはしてあるし、従業員としてアンズの部下やガキ共に本日休業の知らせを出していないが、さすがに今からなしよ。なんでのは都合が良すぎるからな。
一応店に人は向かわせる予定だけど、さすがに無料肉まんを配るってのは自重せんといかんだろうね。
「いや。店は開けるが今日は肉まんを配る班は炊き出しをすっぞ」
「おれ達がか?」
「そうだ。今頃は騎士の中で動ける男連中は瓦礫の撤去作業で大忙しだからな。この街に住む人間としてガキであるお前等に出来る事は飯を作って配るくらいだろう。疲れた体と空っぽの胃の連中に、極上の飯を配りまくれば、今までお前等の事を煙たく思っていた奴等も少しは好意的に捉えてくれるかもしれないだろ?」
「そんなもんか?」
「さぁ? しかし、金を払う以上は何もさせないのはもったいないからな。今日はこれで決定だ」
「わかった」
予定が決まれば後は動くだけ。野郎連中がどれくらい働き詰めになってんのか知らんから、取りあえず飯はガッツリ系。サッパリ系。胃に優しいの3種に決定。それぞれ何を作るかは現場での要望でも聞いてから調理しても十分に間に合うだろ。
そんな訳で、ジジイ団長やリューリューやニールさんに炊き出しの許可でも形だけでも貰うようにするために一足先に被害現場に向かう事にする。
「さて……それじゃあ今日は一緒に行くぞ」
「はいなの」
「主と共をするのは久しぶりですね」
元・ナイフ男。似非魔族。魔神。それだけの連中を使ってシュエイにこれだけの被害を与えたおっさん商爵だが、今更これ以上の手勢があるとは到底思えないし、今日は俺が一緒に行動するんだから危険な目にあう可能性は極小と言える。
ま。それでも俺にこんな面倒な事をさせたんだ。おっさん商爵にはキッチリと反省してもらわんとこっちの腹の虫がおさまらんからな。
――――――――――
「おいっす~」
ユニに跨りながら悠々と現場に現れてみると、大抵の下級騎士が孤児を引き連れる俺を睨んだりしてきたが、興味もないしユニが代わりに睨みを利かせるんでへらっとしたままジジイ団長の側まで一直線。
「よっすジジイ。ちゃんと頑張っとるかね」
「なんじゃお主。まだこの街に居ったのか」
「居ったというか来たと言うのが正しい表現だな。それにしたって随分と派手にやらかしたなぁ。犯罪グループでも占拠してたのか?」
事情を知ってるけど知らないフリして聞いてみた。
昨日の一戦はあくまでメリーとして解決に尽力したのであって、今のアスカとなった状態の俺とこいつの面識はアンジェ達を助けた時にしかないからな。本気を出しゃあこのくらいの事が出来るのかって感じで関心した風を装う。
「違うわい。これはワシがやったのではなくちょっとした魔物が暴れたせいじゃ。と言うか何しに来たんじゃ。確か騎士団関係者以外通行禁止にしとったはずじゃぞ」
「知り合いに騎士団関係者が居るから通してもらったんだよ。で? 何してる訳よ」
「復興に邪魔なモンを撤去しとるんじゃ。今のところワシ以外にこれをどうにかできるやつが居らんからな。お主なら何とかできるかもしれんからやってみてくれんか?」
「どれ……」
物は試しとユニから飛び降り、地面に張り付いたガラスに手をかけて軽く引っ張り上げてみると、確かに多少力が要るものの、特に問題なく引っぺがす事が出来た。
それを見て騎士団の面々はかなり驚いてるようだが、特に気にもせずその一部をコッソリ口の中に放り込む。
「あの時のも思ったが、やはりお主は常人場馴れして……何しとるんじゃ?」
「ん……ちょっとな」
なになに……こいつは〈魔透石〉っていうのか。一体何に使えるのか知らんが、これを契機に〈品質改竄〉で色々いじくってたくさんの何かをが作りだせるだろう。今のところ使い道はないが、思わぬ形で空欄が埋められるのはちょっと儲けもの。
「さて。俺はひもじいお前等に特別美味い飯を作りにやって来てやったんだ。タダで食いたけりゃすぐに場所を寄越せ。その位の権力は持ってんだろ?」
「何ともいきなりじゃのぉ。しかし飯を作ってくれるのはありがたい限り。場所は邪魔にならんのならどこでも好きな場所を使えばええ。ワシが許可する」
「あいよ」
ジジイ団長から言質は得たんで、もし邪魔をするような馬鹿が居たらその場で半殺しにした挙句おっさん商爵のように全裸にひん剥いて多くの目に留まりそうな場所に転がしてやろうなんて考えながら陣取ったのは、床が日を反射してキラキラ光る〈魔透石〉の中央。ここであれば3種の調理場で全方位に目を向けられるし、ジジイ団長以外に排除できないのであれば邪魔だと言われるのは当分先だし何より目立つ。
「ここで始めるぞ」
「おい。ワシの話を聞いてなかったのか?」
「聞いたからここにしたんだよ。もしかして……お前はたった1日であの端からここまでこれを排除できるとでも言いたいのか?」
いつこの作業が始まったのか知らんけど、俺が寝て起きてここに来るまで多く見積もっても10時間。それだけの時間があって除去出来たっぽいのは多くても5キロそこら。範囲にすると100メートルもない。
それだけしんどい物があと直径1キロ近く広がってる。復興を考えるなら当然橋から攻めるのが定石。その点で考えれば爆心地にキッチンを拵えるのはなにも間違ってない。
「むぅ……っ!?」
俺であれば一時間と掛からず全回収できるが、このジジイが俺並のスキルとステータスを持っていない限り、これから調理を始めるであろう爆心地までたどり着くのには途方もない時間がかかるはずなんだから、邪魔になりようがない訳だよ。
「分かったか? 分かったなら回れ右でもしてさくさく消しとけ。飯が出来たら呼んでやるからせいぜい腹をすかしておくんだな」
「ぐむむ……」
「姉ちゃん。まだ作らないのか?」
「今用意するから待ってろ。って事だから、調理の邪魔になっからさっさと立ち去れ」
しっしっとハエでもい払うようにジジイ団長を立ち去らせ、試しに広く薄く〈魔透石〉を〈収納宮殿〉に取り込んでみると、あっさり回収する事が出来た。やはりチョロい。
まずはキッチン。コンロも水道もオーブンも完備の魔道具式の最高品質の物。それを3つほど三角形になるように並べる。
「さて、まずは時間がかかるガッツリ系の仕込みを始めるか」
働く男の飯と言えば、早い・美味いの丼物。それも簡単に作れる牛丼がいいだろう。
って訳でイスとテーブルを取り出し、その上に包丁と牛肉をデンと置く。
「おお~。凄ぇデカい肉だ。これをどうすんだ?」
「スライス――薄く切れ。どうせ野郎の口に入るもんだからそこまで薄くなくてもいいが、せめてこのくらいが限度だ」
見本としていくつかのスライスを切って見せる。これが女性相手であれば全て自分の手で作り上げる所だが、肉体労働に駆り出されてるのは野郎ばっかりだから、玉ねぎも米の研ぎも全て他人任せ。一応具材を煮込む汁に関しては俺が担当する。この辺の見極めだけは〈料理〉を持つ俺にしか出来ない。つっても全部自動だから難しくもなんともないんだけどな。
次は軽食。忙しくてじっくり腰を据えて牛丼が食えないほど忙しい奴だっているはずだと言う前提で話を進めてるので、文句は一切受け付けない。
軽食と言えば当然ワンハンドグルメ。その中でもハンバーガーは閑古鳥食堂ででも食えるから、ここは別な物――しかも牛丼で獣肉を使ってるからこっちは魚でサッパリと行きたいと考えると……うん。米も研いでる事だしおにぎりにしよう。これならある程度誰でも形にする事が出来るから余計な手間もかからない。
追加として海苔と魚介類数点創造し、捌きと焼きはこっちが受け持つ。さすがに何もせずにボーっと立ってるだけだとあのジジイに除去作業の手伝いを乞われるかも知れんからな。そんな面倒よりまだ料理の仕込みの方が動き回らないだけマシだ。
「こっちの手伝いは米が炊けてからだな」
「なんだよ。全然仕事ないじゃないか」
「お金くれないつもりか?」
「仕事させろ~」
「うっせぇ黙ってろ。後で嫌って程やらせてやる」
最後は胃に優しいの代表格であるおかゆ。これであれば惨状に対する精神的ショックから食欲のない連中でも口に運ぶ事が出来るだろう。
その仕込みってなると……米を出汁で煮込むだけだから、正直言ってやる事が何もないから、必要になるまで遊んでろとボードゲーム数種類を投げて一時待機だ。




