#267 拝借させていただきました
『クソッタレが。とんでもない事してくれたなぁ』
全身重度の火傷で酷い有様だが、現場はもっと酷い。
たった一発の魔法で100以上の建物が圧潰。避難勧告は出ていたみたいだから人的被害は1000には届かなかったとはいえ、この魔物蔓延る世界基準で言えばその数は甚大な被害と言ってもいい。そしてその全てが炭化どころかガラス状にまでなっている。
パッと見た感じはとても幻想的で観光スポットと言えなくもないが、その過程を知っている身ともなればさすがにデートスポットなんかとして選びはしない。女子好感度もガン下がりだろうからな。
だが、これほどの被害を与える程の魔法をぶっ放した牛頭は既に下半身が消え去り、その勢いは遅々としていながらも止まる気配はない。
『まさか吾輩の魔法をあのような方法で完全と行かないまでも防いでしまうとはな。下層領域の生物とはいえ神の使い。やはり侮れんか』
『こっちもここまでやられるのは初めてだよ。出来れば二度と会いたくないからもう出てくんなよ』
今回はたまたまうまくいったが、またこの程度で抑えられるとは限らない。
あの魔法がもしあんなサイズの火球じゃなく、台風レベルの風魔法だったら? きっと何も出来ずにシュエイをなぎ倒すのを見ているしか出来なかったはずだ。
そう考えれば、今回の勝負は運が良かっただけ。勝ちはしたが内容的には負けも同然。出来れば六神達の介入を期待したんだけど、ここまでやられて反応ナシって事は問題ないと判断したと思っていいか。
『この領域に〈愚具〉が残っているなら再び見えるであろう』
『マジかよ。そう言えば結局のところ、お前は一体何者だったんだ?』
あの時の死神と違って会話らしい会話がちゃんとできていたし、そもそも詠唱も魔法名もなかったからそっちの線は薄い。おまけにしきりに下層領域とか宣っていたから、次元の違う存在――にしては簡単にダメージが入ったしなぁ。
『吾輩はディアヴロ。魔神・佐官クラスである』
『佐官か。そりゃ強いはずだ』
魔神ってのはよく分からんが、少なくともコイツの上には将官クラスに位置する存在がいる可能性が高い。佐官でこれだけ強いってなると、その上の魔神が出てきたら世界が滅ぶんじゃないのか? シュエイの騎士団長連中すら勝てないんじゃ、今の勇者なんかじゃ噴き出すオーラに触れただけで死にそうだ。
『久方ぶりの有意義な時間であった。吾輩の記憶にその名を留めておく事を許可しようではないか。名を名乗るがよい』
『パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・メリーだ』
『……なんだと?』
『パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・メリーだ。親が唯一無二の名前をって考えて付けたらしいぞ。また会うかどうか知らんが記憶すると言ったからにはキッチリ覚えとけよ』
『く……っ。これだから下層領域の生物は……いいだろう。再び見える時があれば、その名を一字一句違わずに言い切ってやろうではないか!』
『期待せずに待っててやるよ』
こうして、嘘のフルネームを覚える事に必死になった魔神が完全に消え去ったが、馬鹿みたいな被害が元に戻りはしないものの人的被害は何とか出来るからな。
〈念話〉でユニに応援部隊を呼ぶように手配して、俺は一足先にエリクサーで騎士団を元に戻して手数を増やしつつ、ある一定の所まで増えたあたりで後日回収する旨と、虚偽の報告をしたら戻した分の野郎の命を奪う事をキッチリ明言してからコテージに戻り、しばらくぐっすり。
「ん~っ。よく寝たと思う」
1回10時間寝てるから対して眠れないかなぁと不安に思ったけど、子供の身体ってのはビクともしないんだな。今回は今回でしっかり8時間寝たので気分よくコテージを出ると、相も変わらず元気のないアンリエットと硬貨を握りしめながら俺の飯を心待ちにしているアンズが出しっぱなしの椅子に座っていた。
「やっと起きて来たわね。今日は純和風の朝食が食べたいわ。もちろん納豆は要らないから!」
「朝からやかましい奴だな。目覚めて一発目のあいさつがそれか? もっと別なのがあるだろ。復興具合はどうなんだ?」
「あんたのおかげでほとんどの住民及び騎士は生き返ったって。建物の方はやっぱり駄目らしいって報告が上がってたから後で資料を渡すわ」
うん? 見た感じ建物が単純に超高熱でただガラス状になっただけだとばかり思ってたが、意外とあっちの常識とは違った結果になったのか? あまり首を突っ込みたくないが、そこに美女の家があるなら話は別だ。
とりあえず朝飯の準備でもしようかと思った矢先、背後からアンリエットが抱き着いて来た。
「ご主人様。お肉が……お肉がたべたいのなの! もう悪い事しないのなの! だからお肉が食べたいのなの~!!」
「駄目だ。別に肉を食わんでもお前なら生きていけるだろ。それに肉以外にも美味い物は多い。不味い物を食わせてないだけありがたいと思え」
「いいじゃないの。正直言って、あんたが居ない間ずっと肉肉叫んでて超うるさいんだから、黙らせる意味でもさっさと食べさせてよね」
「うるさいねぇ……」
ちらっとアンリエットに視線を向けると、首を竦めながら逃げるようにアンズの背後に。
「よ、余計な事は言わないでほしいのなの!」
「事実じゃない。っていうか、アタシはあんたに肉を食わせてやろうとしてんのよ」
「本当なの!?」
「なるほど。つまりお前も野菜定食が食いたいって事か」
「聞きたいんじゃないの? 昨日街を襲ったアイツ――魔神に関して」
「……興味ないな」
「嘘ね。あれだけの被害をもたらす存在を放っておけば、必ず美人が被害に合う。あんたはそれを良しとするような奴じゃないっしょ? それに、魔神に関する物は1000年以上の前の古い情報過ぎて、あたし以外からだとエルフか龍種以外から手に入れるのはまず不可能よ」
「……なら、聞いてからメニューを決めるとするか」
先に飯を出した結果、箸にも棒にもかからないクソ情報でしたなんて言う可能性が無きにしもだからな。すっかり俺の料理に毒されたアンズが不味い料理を自分の意思で食いたいなんて思わない限りは、そこそこ有益な情報が手に入るだろう。
「まず。魔神に攻撃は通じないわ。このあたしの全力ですらかすり傷一つつけられなかったからまず間違いないわ」
「ん? 俺は普通に足斬り飛ばしたりしたぞ」
「え? 嘘でしょう。それが本当だったらあんたレベルいくつな訳」
「25くらいだったかな」
「低っ!? あたしの560で駄目なのになんでそんな低レベルで魔神相手にどうやってそんな無傷で撃退出来たって言うのよ! 死の瘴気とかすんごくキツかったんですけど!?」
「俺は何ともなかった。あの魔法はさすがにキツかったがな」
「信じらんない……神にどんなスキル貰ったのよ」
「その辺は秘密だ。それよりもロクな情報が得られなかったって事で、お前もアンリエットも今日の朝食は野菜スティック定食だな」
よくもまぁ、あの現場で得られそうな情報を得意げに喋れたもんだな。賜暇も敵からこっちの戦意を折る目的でわざわざ喋ってくれそうなものじゃないか。
そしてそんなクソ情報を話した結果に、アンリエットとアンズがギャーギャー言いながら喧嘩をしている。
「みゃああああ!! より酷くなったのなの。どうしてくれるのなの!」
「うっさいわね! あたしだってこいつがこんなに化け物じみてたなんて知らなかったんだからしょうがないでしょ!」
「お前役立たずなの! 邪魔しなかったらまだ別の食べ物が食べれてたのになの!!」
「知りません~。もとはと言えばあんた自身が変な事したのが悪いんでしょ~」
「……ご主人様、こいつ殺していいのなの?」
「やるっていうなら受けて立つわよ。街中だから魔法を撃てないけど、これでも自衛隊だったアニキから格闘技を学んでたから腕は立つんだからね」
「そうだ。俺が切り刻んでやった魔神が佐官クラスとか言ってたんだが、心当たりはあるか?」
「え? 別におかしい事なんて無いでしょ。あたしが戦った相手は尉官クラスだとか言ってた記憶があるし、それが連中の中で常識なんでしょ」
駄目か。この貴族世界で何で軍隊の階級システムを採用しているのかの理由が聞ければ希望通りの朝食を用意してやろうと思っていたんだが、いくら数千年生きてきたといっても女子高生は女子高生か。
背後で喧嘩をしている2人を無視しながら食事の用意を済ませ、2人にはご注文通りの野菜スティック山盛りの定食。一方で俺は、多少胃に無理をさせての豚の角煮定食を見せつけるように押し込んだ。




