#25 来たぜギック市
「我が名はディアナ。森角狼を従魔にせし少女よ。名はなんと言う」
「アスカと申します。こちらはユニ。お見知りおきを」
殺気がダダ漏れでユニが警戒しっぱなしだが一応礼儀を忘れない。何かして来たとしても〈万能感知〉があればすぐに分かるし、俺のステータスであれば反撃するなり回避するなりの反応するのに十分な距離がある。だからユニに寄りかかったままの姿勢を崩さない。
「アスカか……1つ聞くがお前はそいつより強いという事なのだな?」
『当然でしょう。しかし主に向かってなんと生意気な口を利くメスだ。殺していいですか?』
(駄目に決まってるだろ)
俺にしか分からないから、喋るのは〈念話〉だけにしてほしい。あぁ……部下の団員達がそれだけで恐れて俺という存在の脅威度が上昇してく音が聞こえる。
「だとしたらなんだというのですか?」
「強者と出会ったらな目的は一つ。死合ってもらおうか」
獰猛な笑みを浮かべた美女は腰に下げたレイピアを抜刀した。赤黒い刀身から湯気みたいに魔力が発生しているのを見るだけで、彼女の獲物がアダマンタイト製である事を教えてくれる。何故分かるかって? 既に俺も同じ物を手に入れてるんだよ。最も、こっちのはMPの関係上小指の爪ほどだけどね。
それに対して、ユニが明らかに敵と認識して戦闘態勢へと移行する。
「あぶち」
『おっとすみません』
いきなり立ち上がるから頭打っちゃった。別に痛くはないんだけど、いきなりだとビックリする。
「立つなら一声かけろよ全く……で? いきなりどうした」
『主。この思い上がったメスの鼻をへし折る許可をいただけませんかね? 殺しはしませんよ』
確かに。ユニであれば恐らくこの美女に――それこそ大人が子供を袋叩きにするみたいに簡単に勝てるだろう。
体格差はもちろんの事。2本足と4本足じゃそもそもの機動力に差がありすぎる。しかもここはそれを十二分に生かせる大草原。地の利は圧倒的にユニに軍配が上がる。
だからこそ止める。そんな事をして大騒ぎになられるのは勘弁してほしいから。
「断る。それを受けたところでこちらに何の得もないからな」
「街に入れてやろうではないか。私にはそれだけの権力がある。連れを待たせているのだろう? 断ればすべての門を閉ざして周辺貴族にお前という脅威をしたためた手紙を飛ばす」
「それを許すとでも?」
「もう遅い。既に飛ばしている。3日のうちにもう一度手紙が来なければ全軍をもって攻め入れとの一文を加えたものをな」
残念だ。俺の〈万能感知〉は文字通りかなりの事を感知する。
種族や数なんて当たり前。地形や距離。鉱石や水脈などから果ては人の感情や言動の真偽まで把握できてしまう。
まぁ、全てを常時オンにしておくとその情報量の多さに頭が痛くなるんでほとんど切ってるけど、今はたまたまつけていたので発覚した。今の発言は嘘であるとね。そこまでしてでも戦いたいってどんだけ戦闘狂なんだよ。
「それは貴女の独断ですか?」
「その通りだ。門兵から話を聞いた時は大層心躍ったものだ。なにせ騎士団長ともなると実力者と相まみえるような真似は軽々に出来ぬのだからな。男爵はそこの魔物を欲しがっていたが、貴様を殺せばその要望もかなえられるのだから文句はあるまいよ」
……どうやらこれは本当らしい。しかし……ユニを手に入れてクソ貴族は何をするつもりなんだろうな。侯爵に反旗でも翻して領地をそのまま全部頂いちまおうとでも画策してるんだろうか。一応強いとは聞いてるから可能なのかもしれんけどその辺は疑問が残る。
このまま無視してボケーっとしてても、いずれはしびれを切らして襲ってくる線が濃厚。そうなったらユニが暴れる未来しか見えんので、どうしたってこいつは実力で黙らせるしかない。という訳でさっき創造した鋼の剣を構える。
「はぁ……面倒くさい」
「そうだ。それでいい」
「言っておくが殺し合いは無しだ。致命傷たりえる寸止めを与えた方の勝ち。それで我慢しろ」
「フン。それは……私に勝ってから言え!」
美女が地を蹴ると同時に小さい爆発が発生。そこそこの速度で俺のと距離があっという間に縮まり、相手にとって最も得意な間合いになるとすぐに赤黒い無数の剣閃が襲い掛かって来る。
――が、〈身体強化〉を2割解放した視覚が全てを捉えたうえに回避を易々とさせてくれる。たとえ直撃しても大したダメージにはならないだろうけど、アダマンタイト製の武器が直撃して大したダメージがないなんて光景を目の当たりにされたら、ユニ以上の異常者として今より酷い惨状が待っているだろうからちゃんと避ける。そして反撃する。
「ここ」
「ぐうっ!?」
『お見事』
さすがに一発で終わらせるのは、相手のプライドとかこれからの身の振り方とかを考えると危ないんで、当たる直前に力一杯剣を停止させようとしながら叩きつけたけど、それでも結構吹っ飛んだ。
どうやら後ろに飛んで回避してくれたみたいだけど、随分とダメージはデカいらしい。フラフラと起き上がる姿はかなり無理をしてるっぽく見えるし、何より口の端から流血が確認できる。
「あーっと……大丈夫か? 一応寸止めするつもりだったんだが止めきれなくてな」
「実に愉快だ! 反撃を受けるなど一体何年ぶりだろうな! 痛みに血が騒ぐ。血の臭いに心が滾る。あっははははははははは!! 貴様は相手にとって不足がないぞ! さすが森角狼を従魔にしているだけはあるというものだ!」
「うわぁ……」
そこそこのダメージが入ったと思うのに、相手は血を吐きながらも平然と立ち上がって狂ったような笑い声を上げながら、もはや美女というだけじゃあ擁護しきれないほどの戦闘狂が、さらに剣速を上げて俺に襲い掛かる。
別に他人の生き方を否定するつもりはないけど、やっぱり女の人である以上はもう少しそれらしく振る舞ってほしいな。何だかこの人からは男の嫌な部分だけを模倣しているような印象が見える。ダンスの相手としては少し荒々しい。
それからもしばらく相手の剣を受け続け、彼女の顔からは滝のような汗が流れ。俺は淡々とそれを捌く。一定のリズムで響く金属同士の激突音は、突然に終わりを告げる。
「っせえええい!」
「おっと」
何度目かの受け流しの時に美女の刺突を弾いた瞬間。剣が中ほどからあっさり折れて宙を飛んだ。
同時に、騎士団連中からは歓声が上がり。美女は嬉しそうに笑みを深めてここ一番の刺突が襲い掛かる。こういう時にと手の内を隠しておいたんだろうけど、残念ながらその程度じゃ俺には届かない。
「なっ!?」
「良い一撃だったぞ。俺に届かせるにはあと50倍くらいスピードを上げないとだけどな」
必殺の一撃は威力は絶大ながらも大きな隙が生まれる。そしてそれを見逃してあげる程、混浴が待っている今の俺は優しくない。メンドイってのもあるけど、十分に動き回った訳だからこの辺りで勝っても特に文句も出ないだろうと判断する。
という訳で、鳩尾辺りに向かって寸止めパンチの風圧を叩き込んで吹っ飛ばす。やべ……鎧にヒビ入っちゃった。なんか高そうな気もするが……び、備品だよ備品。
「が……は!?」
「ディアナ小隊長おおおおおっ!?」
小隊長だとう!? てっきり騎士団長か何かくらいに偉い奴だとばっかり思っていたのに、不意を突いて出てきたその正体はまさかの中間くらい。よくもまぁそんな中途半端な地位の人間が自分の判断で俺との死合いをしようとしたもんだな。全くもて理解の外だ。
「死んだりはしてないはずだから安心していいぞ。さて諸君。誰がどう見ても勝負は俺の勝ちだから、約束通り街に入れてもらう。文句があるなら屍になる覚悟を持ってしろよ?」
「……」
ここで俺の足を止められる人間はいない。既にそれが出来ると期待したディアナは意識を失って目を覚ます気配がないんだ。その部下でさっきまでのやり取りをほどんど目で追えなかったんだからその実力は分かり切ってるんで、悠々と連中の横を過ぎ去って門前へ。
すぐに外門にいた見張りの1人にさっきのデブ隊長を呼び出してもらい、面倒なんで首根っこを掴んで連れて来た騎士団員の1人にちゃんと説明させて街へ入る許可を得たが、身分証明書の発行にはもう少しかかると言われたものの、その辺りは捕まえてきた騎士の1人の身分証を剥ぎ取れば済む形だ。
「何か聞かれたらこれ出すんで、後始末はそっちに任せる」
「おいおいおいおい……さすがにそれは認められないぞ」
「だったらあの小隊長のモンを持って来い。ここで暴れられたくないだろぉ?」
あえて言葉に出しておけば、人語を理解するユニにはすぐに我が意を得たりと牙をむき出しに2人に迫ると、団員Aは飛ぶように走り去って言ったので、後の事はデブ隊長に金貨を渡して全てを押し付ける事にしてさっさと門をくぐって街の中へ。
「やっぱオレゴン村とは違うなぁ」
薄暗い外壁トンネルを抜けた先に広がっていたのは、石造りの店舗がどこまでも続く大通り。そこをこの世界に来ていまだ見たことがないほどの大量の人が行き交い。商売に。客引きに。美味に。様々な楽しそうな喧騒に包まれ、たった一歩。足を踏み入れただけでその賑わいが俺に襲い掛かって来たが、抵抗するつもりはない。
通路も多くの人が行き交えるように広く取られていて、オレゴン村では見かけなかった街灯らしき建造物や、当然ながら建物の作りも圧倒的に頑丈そうだし何より造形美がある。本当にファンタジー世界に降り立ったんだなぁって実感がより強くなって〈写真〉をパチリ。
『主。いい匂いを嗅がされてお腹がすきました』
『やっぱあれだけじゃ少なかったか』
『ええ。主の出した食事は今まで食してきたどんな物よりも美味でしたが、もっといっぱい食べないといざという時に戦えなくなるので、出来れば先程食べた量の5倍はいただきたいです』
『ならいくつか露店を回ってみるとするか』
という訳で、冒険者ギルドに向かう道中にさっそくギック市内を散策だ。アニーとリリィさん? 2人はこんなに早く事が済むと思ってないだろうからしばらくは無視の方向で。
これだけ人が多くてもやっぱりユニの存在は多くの人の目を引いたけど、俺の言う事を聞く光景を見せつければ大抵の商人やこの街の住人なんかはそういうもんなんだと勝手に納得してくれて、ちゃんと買い食いも出来た。
「……不味」
噛み切れないくらい固い肉串。
まるで甘みの足りない干し果物。
何日も使い続け、酸化した臭い油で揚げた胃にもたれるような揚げ物。
この説明で、どれだけ食生活に不満があるのか分かってもらえただろう。
食のすべてが集まってると言われている日本で生まれ育った俺としては、どうしたってこの世界のレベルの料理は満足できる物じゃない。ユニは美味しそうに食べているけど、やっぱり俺の料理の方が美味しいと向かう屋台の度に口にする。
それは嬉しい事だけど、やっぱ美味いモンが食いたい。もう我慢出来ん。
かといって、いきなりこんな場所で料理を始めたらそれこそ露店か何かと間違われて人だかりが出来そうだし、営業許可証もないのにそんな事をするのは厄介ごとの未来しか待っていない。
「もう我慢ならん。ついて来い」
『料理を作るのですね。もちろんお供します』
という事で、通りから外れた人通りの少ない場所を少し歩き回って見つけた何もない広場で簡単な間食を作る事にした。それで遅くなるのはアニー達には悪いけど、作ったものの余りを差し入れて許してもらおう。
「この辺りでいいだろ」
『主。一体何を作るんです?』
「そうだなぁ……何にしようか」
さっき昼食を食ったって事もあってそんなに腹は減ってないから、ガッツリ系はNG。だからと言って甘い物は時間も手間もかかるから今の状況には向かない。
手間もかからず。
簡単につまめて。
美味い物。
「うん。フライドポテトを食うか」
これなら単純に揚げるだけ。少しの手間は必要だけどさっと作れる代表格みたいなものだ。