#262 アスカ。殴るの。好き~
「止まれ小娘!」
「あ?」
ジジイが突然そんな声を張り上げたが止まる訳もなく、ほぼ反応できていない似非魔族の肩に俺の剣が叩きつけられ、腰のあたりまで一直線に――
――ぼすん。
「へ?」
なんだ? 今の間の抜けた音は。確かに全力って訳じゃなかったけど、少なくとも布団をぶっ叩いたみたいな音が鳴るようなへぼ武器じゃないし、銀塊で肋骨辺りをえぐった事から似非魔族はぬいぐるみの類でもないとの確認は取れている。じゃあなんだってあんな変な音が――
「死ね」
「むが……っ!?」
おっと。あまりに戦闘に似つかわしくない音を聞いてボーっとしていたせいもあって、似非魔族の拳打が顔面にクリーンヒット。鼻の奥がツーンとする痛みと身体が後ろに引っ張られる様な浮遊感は久しぶりに味わったな。
「ほぉ……今の一撃で死なないか」
「あんなんで死ぬかって。それよりもなんだよお前のその身体は」
殴られた感触は硬かった。少なくとも、どれだけ綿を圧縮させようが決して到達しないレベルの硬さで、少なくとも表面だけは綿じゃないのは分かったが、あれだけ勢いをつけた上に鋭利な剣を携え、おまけに駄神から〈剣技〉のスキルまで分捕った俺の一撃が、燕尾服一枚斬れないなんてそれはもうビックリ。
「答えてやる義理はない」
「確かにね」
斬れないのであれば突くまでだ。最初の一撃で肉体の一部をえぐりとれたのであれば、突きは有効と言えるはずだろう。
「ぐお……っ!?」
駄目か。突きの勢いで派手に吹っ飛びはしたが、そもそも吹っ飛んでいるって時点で貫けてないのは明らか。じゃあさっきの一撃は何だって通ったんだ?
そんな事に思考を割きながら追撃しようと飛び出した俺の横を、ジジイ団長が追随する。
「退け小娘。奴が空を飛べない今であれば、ワシの力の方が相性がよかろう」
「何言ってるのさ。物理的な攻撃効かないなら、魔法を使えばいいんだよ」
並ぶジジイを置いてけぼりにする速度で似非魔族の懐に飛び込むと、反撃とばかりにパンチが飛んで来たが戦闘に意識が向いている俺に当たるはずもなく、少しかがんでから打ち上げるように剣を振って空高く浮かせ、〈火矢〉を数発撃ちこんでみると、一発目は見えない壁みたいなのをなぞるように放射状にはじけたものの、二発目はそれがひび割れるような音を奏で、三発目でそれを貫いて本体に次々と後続が撃ち込まれたが、結果から言えば大したダメージを与えたという実感はない。
直撃は当然した。貫通もしたんだが、余裕の笑みを浮かべたままダメージを負った様子が〈万能感知〉からも伝わってこなかった。つまりはノーダメってことだろう。
「もう終わりか? 所詮は人種。この身に傷をつけるなど不可能なのだよ」
「いやいや。そのお腹と羽は僕にやられたやつじゃん。だったら攻撃が通じる何よりの証拠なわけで、同じようになるまで斬って斬って斬りまくるだけだよ」
「だから無駄じゃて。ワシ以外の武器で奴に攻撃が通じるのはほんの一瞬。その一瞬もいつかが分からん限りは本体ごと消し飛ばす以外に葬り去る方法などありはせんぞ?」
「……なるほどぉ」
今のところ分かっているのは、魔法も物理も通じるのは一瞬。しかしその条件は不明らしいが、何となくだけどそれに思い当たるふしが俺にはある。
しかし……それが真実だった場合、俺が奴を殺す可能性は限りなくゼロになってしまう。
とはいえ、このままずっと手をこまねいているのは睡魔の猛攻を許す事になるからな。別に死にはしないだろうけど美少女であるからな。何をされるか分かったもんじゃねぇと考えるとなりふり構ってらんない。
「おじいさん。ちょいと耳を拝借」
「何じゃこんな時に」
「馬鹿が。敵であるものの前で作戦会議など愚かとしか言いようがないな!」
「だったら攻めて来れば? 一発も当てられないのにそんな態度が出来るって凄いよね」
確かにダメージらしいダメージは与えられはしないだろうが、攻撃自体を当てる事は造作もない。だって実力が違いすぎるんだから。
なので。俺に襲い掛かって来るのは当然ながら、俺を無視して別の奴や建物を破壊しようとする時にも同じように間合いを詰めて黙らせる。殴る蹴る斬るで地面に叩きつければ詠唱は簡単に中断できるし、ダメージを負わないまでも無様に土を食んだり転がされるのは腹に据えかねるだろう。これは後に続く作戦の下準備の一環だ。
何度も繰り返し、「終わるまで動くな」と耳にタコができる程言い続けながら作戦会議は終了。これを聞いたジジイ団長は疑わしそうに眉間にシワを寄せる。
「そんな事で上手くいくんか?」
「駄目だったらおじいさんにあれを殺させてあげるからさ」
俺の仮説が合っていれば、ほぼ確実にうまくいく。あと必要なのは――
「ようやく死する覚悟が出来たか」
「君……それ本気で言ってるの? さっきまであんなに土をお腹いっぱい食べたり、無様に転げ回ってたのによくそんなカッコいいセリフが言えるよ。もしかして……そんな事があったなんて覚えてられないの? だとしたら可哀想で仕方ないな。よよよよよ……」
「……殺す!」
俺の芝居がかった憐れみと挑発に、顔を真っ赤にしながら飛び込んで来た。どうしてダメージを受ける心配がないと油断してる馬鹿は簡単に間合いを詰めて来るんだろうな。俺も同じような戦法をとるが、こっちは〈万能感知〉で相手のある程度の強さの度合いを確認し、問題ないと判断してるからやっている訳で、目の前の似非魔族のように瞬きすると記憶が飛んでいくようなアホと違って称賛のある飛び込みなのだよ。
「楽勝~」
なので、奴の攻撃を避けて簡単にカウンターを合わせられる。
そのまま吹っ飛んでいく似非魔族を追いかけ、握りしめた2振りの剣でミンチ肉を作るがごとく滅多打ちで反撃する暇を与えないように攻め続ける。
「……疲れた」
「ウガアアアアアア!!」
あまりに一方的すぎるとマジで眠くなるんで、ここらで1つ手を止めてやると憤怒の表情をした似非魔族が反撃してきたが、その時にはすでに5メートル離れてるんでかすりもしない。
「ザ~コザ~コザコ弱すぎる~。そんなに。弱くて。ど~するの~」
歌いながら距離を詰め、起き上がった似非魔族にまた乱打を浴びせ続ける。ダメージを一切受けなかろうが、目障りなほど剣閃が駆け抜けては俺の姿を捕らえるだけでも一苦労だろうし、全身に衝撃が襲い掛かってはどこにいるのかも分からず、無理に繰り出した攻撃は明後日の方向。そもそも一発打ち込めば簡単に軌道がズレるんでどうしようもない。
さて……このままされるがままで居続ける程プライドが低くなさそうだったような感じがするけど、一体何が出来るか見てみたいもんだ。
「……を捕らえよ! 〈闇牢〉」
瞬間。俺と似非魔族の足元に黒い魔法陣が展開。すぐに四方を囲むように黒い板っぽい物が現れて足元から黒い水が噴き出し始める。
どうやら……フルボッコされてる間に防御を固めて魔法で対処する道を選んだって事か。
しかし……何だって自分ごとだ? こんな狭い空間でクロスレンジバトルを挑んだところで結果は目に見えているだろうに。
「お?」
とりあえずの礼儀として脱出を試みようとしてみると、足元から湧き出す黒水は非常に粘度が高く足を上げるのも一苦労する気がするとは言え、今のところは水嵩も高くないんで壁となった黒い板を壁蹴りの要領で踏み込――
「のわっ!?」
ぐにょりとした感触で片足が一気に膝まで埋まった。すぐに退き抜こうと力を込めてみるも、反対側から美幼女を発見したリリィさんのごとき力で引っ張られ、体勢が不格好なのもあってか徐々に板の中に引きずり込まれる。
「馬鹿が! 時間をかけて落としてやろうかと画策していたが、まさか自ら飛び込む愚を犯すとは……やはり人種と言うのは脳の成長が家畜と大差ないな! 脱出不能の牢獄で絶望に沈むがいい!!」
「確かにそうだな。こいつは俺のミスだ。まさか瞬き1つすれば過去を忘れてしまうような能無しにこんな手段を持っている事を覚えていられる記憶力があったなんて……驚きだよ」
いたって真面目な事を言ったつもりだったんだが、相手はどうやら挑発と受け取ったみたいで怒りに顔を歪ませながら全力であろう蹴りが腰に叩きつけられる。いかな実力差があっても片足が動かずつま先立ちで支えている現状。おまけに背後からとあってはどうにも出来ん。
「へぐっ!?」
痛み自体は、後ろから知り合いが肩をポンと叩いて来た時くらいのまるで無痛の感覚だったけど、勢い自体はどうにかなるもんでもなく、とぷんって音を立てて真っ暗な世界に落ちていった。




