#261 俺が……来ました
「ばんばんばばんば~」
鼻歌混じりにゆっくりとした歩みで、俺は似非魔族が戦闘している場所に向かっている。
ちなみ徒歩なのには意味はない。単純にゆっくり向かった方が奴もビクビクしながら必死に騎士団共をなぎ倒してここから立ち去ろうとするだろうと思ってだ。
これで逃げられなかったら、騎士も叶わない奴を俺が倒したとして羨望のまなざしを受けるだろうし、もし逃げの体勢が整うようだったら、石畳が壊れようが建物が倒壊しようがお構いなしの力で疾走し、自重ナシのヒヒイロ剣+7割ステータスで殺す。
つまり、どっちにしろ似非魔族はここで散る未来しか待っていない訳だ。
それを知る由もない奴は、一般市民や騎士を相手に大立ち回りを繰り広げていて逃げる様子は見られない。あの――確か〈火矢〉じゃない名前があったはずなんだけど、覚えてないから〈火矢〉でいいか。それを撃って来た時に死んだとでも思ってるのか? だとするなら奴の探知は一時的な物で、既に俺を認識していない可能性もある……か。
「まぁいっか」
どっちみち殺すのは決まってるんだ。認識してないならそれが確実で簡単になるだけ。むしろ好都合だと言わせてほしい。まぁ、強さを比べれば騎士連中と似非魔族の間にはレベルで20から30くらいの差がある気がする。あくまで感覚。当たるも八卦当たらぬも八卦って奴ぅ?
なので、とりあえずは1割くらいにステータスを落として直接見られないように気にしつつぐんぐん距離を詰めていき、残り500くらいの辺りになってようやく封鎖をしている騎士らしき連中の姿を見かけるようになったんで、その中に丁度良く知り合いである眼鏡軍師のニールさんの姿を発見したんで一目散に歩み寄る。
「やっほーニールさん。元気してたぁ」
へらっと声をかけると、周りに居た数人の騎士共が腰の剣や握りしめた槍なんかを油断なく構えるが、特に気にしない。そもそもやられる可能性なんて無いし、先にニールさんが止めてくれるからね。
「メリーさん? お久しぶりですね」
「だね。それよりもリューリューにこういった魔物の退治を頼まれたんだけど、どうしたらいい?」
事もなげに引きずって来た元・ナイフ男の半身近い死体を見せつけると、大抵の騎士共はその異様な様相にドン引きしてたけど、ニールさんは表情一つ変えずに検分を始めた。
「ふむ……頭部に相当する場所の断面を見るに、奥の魔物とは別件でシュエイを騒がせていた魔物ですね。さすがメリーさんです。もう解決してくれたのですね」
「もっちろん。それでこれってどうする? まぁ、食べるのはオススメしないかな」
「そうですね……魔石もなさそうなのでそちらで処分していただけると助かるのですが」
「りょーかい。じゃあ次はあそこにいる奴をちゃちゃっと――」
さも当然のように殺して手柄を奪おうとした俺の前に、元・ナイフ男の死体で顔を青く白くさせていたひよっこ騎士共が立ち塞がる。いい度胸じゃないか。
「ここから先は騎士以外の立ち入りを禁じている」
「罪に問われたくなかったらさっさと立ち去りな」
「うるさいよ。こっちはもう寝てる時間に起こされてすごく気が立ってるんだ。それ以上邪魔をするって言うのなら、僕は男に容赦しな――」
「待ってメリーさん。彼等は訓練中の従士といえど、今の混乱から脱してないシュエイの防衛戦力。むやみやたらに数を減らされると困ります」
「それならすぐにどかしてくれるように言ってくれない? できれば5秒以内に。5……0」
最初から交渉するつもりなんて微塵もなかったんで、一気に全部の指を折るのと同時にファランクスを取り出して横薙ぎに全員を吹き飛ばす。ニールさんだけは顔なじみって事で当たらないようにしておいた。
「な……」
「ごめんね。だましだまし頑張ったけど、さすがにあと10分もしないうちに倒れると思うから、適当な場所に横にしておいて。それと、しばらくしたら人語を操るでっかい狼がここに来ると思うから、その時にはボクの身柄を差し出して」
「わ、分かりました」
よし。これで何の憂いもなく似非魔族を殺せる。
意気揚々と歩き出し、ゆっくりとした歩調で距離を詰めていくと、この辺りになってようやく俺が死んでいない事に気付いたのか〈万能感知〉に奴の動揺が見られ、そんな隙に騎士の1人の攻撃がヒット。ダメージを負ったようだけどほんのわずかで次の瞬間にはもう回復してた。
「――クソ人間共があああああああああ!!」
大気を震わせるほどの絶叫と共に、いくつかの爆発が起きて数人の騎士らしき反応が〈万能感知〉から消え去る。大規模と言うよりは小規模の物を連発したって感じか。それにしても魔族ってのは短気な奴が多いよな。かすり傷程度で怒鳴り散らすほどかよ。
「到着~」
その場には決してそぐわない気の抜けた宣言に、まぁ突っ込むような余裕のある奴なんて居るはずもなく、それどころか俺が来たという事にすら注意を向けていない。それも無理はないか。そこら中の建物は倒壊。反応があるのに人の姿が見えないところを見ると、きっとこの下にでも埋まっているんだろう。
騎士達もそれは理解しているようで、50くらいの数の中の10くらいが武器を装備してないからな。
さてと……お? 今日は随分と懐かしい顔を見かける日だねぇ。
「あーっ。あの時のおじいさんじゃん。元気してた?」
緊迫した空気をぶち壊すように、お気楽に手を振りながら〈物質消去〉のジジイ団長に近づいて行くと、その声に反応した本院は俺を姿を見る否やものすごく嫌そうに表情を渋い物へと変えた。
「桃の小娘か……なぜここに居る」
「女性の助けを求める声が聞こえたから。随分と苦戦してるみたいだけど、そんなに強いの? 見た感じ……弱そうだけど」
ここで初めて似非魔族に目を向ける。
黒髪黒目に執事服。背中には蝙蝠みたいな羽が幾分ボロボロって感じで生えていて、表情は怒りに染まっている。肌的には俺達とそんな変わらん色だし、魔力的にも出会った魔族共と比べるとやっぱり薄いし小規模だ。
「大した事はないが、いかんせん空を飛ぶ上に素早いからの。ワシでは相性が悪くてのぉ」
「だったらボクがやっつけてあげるよ。だからおじいさんは瓦礫に埋もれてる人たちの救助を優先させるといいよ」
とりあえず空中に居座られると会話もままならんからな。落とすためにサッカーボールサイズの銀塊を取り出し、それを力づくでさらに押し固めて両端がそこそこ鋭い楕円形――やり投げの槍みたいな形にして投げつける。もちろんジャイロ回転でだ。
「っぐ!?」
ふむ。怒りに囚われていたにしては随分と反応がいい。一応空気抵抗を無くした上に魔法の爆発音に紛れ込ませての投擲だったんだが、似非魔族は心臓を貫かれる即死ではなく肋骨数本と片翼えぐり取られる程度で切り抜けた。
「落ちた落ちた。聞きたいんだけど、君がこの変な魔物を生み出した張本人?」
「なっ!? そ、それは……人の手で倒せる代物ではないはずだ!」
「あっさり自白しちゃった。これから素直になってもらおうと思ってたけど手間が省けてよかった」
これで睡眠にたどり着く他の時間が短縮された。後はサクッと殺すだけ。
「い、一体どうやって……」
「秘密に決まってるでしょ。冒険者は誰にも言えない奥の手の10や20を隠してるもんだよ。と言う訳で君にも死んでもらうね」
いつまでも話に付き合ってやる筋合いはない。こいつを殺した後は一秒でも長く寝て明日の最終日に備えなければならないからな。
こんな事があったから確実に来客数は減るだろうが、こっちには天下無敵のエリクサーがある。それをダシに騎士団共の財布から金をふんだくり、命を助けられた住人達からも金をふんだくる。となると、むしろ来客が少ない方が有利に働くじゃあないか。
ウハウハな未来を想像しながら踏み込み、ダマスカスの剣を振り下ろした。




