#259 親の顔が見てみた――見てたわ
「おおっとぉ?」
速度はまぁまぁ。一体どんな攻撃をしてくるのか分からんが、近づいて来るってんならまずは例のごとく投石攻撃で様子見という事で、通常運転である2割での力を込めて投げつけると簡単に穴が開く。
「ゴガアアアアア!!」
うーむ。叫んでいるがそれに構わず突進してくるんで痛がっているのか分からんし、どっから声が出てるのかもわからんが、怯む気配もないと言う確認が取れたあたりで元・ナイフ男の間合いとなったみたいで、振り落とされる巨腕を左の剣で受け止め、右の剣で胴を薙ぎ払ってみる。手ごたえは多少あるな。
「グ……ガ!?」
「お?」
骨の折れる感触は伝わってこなかったが、肉は十分に斬れて体液がドバっと噴き出したので、それが体に付着しないようにすぐさま蹴っ飛ばしたが、元・ナイフ男は身体をくの字に折り曲げて数メートル吹っ飛んだ辺りで、距離が開くのを嫌ったのか二つの巨腕を地面に突き刺して強引にストップをかける。
馬鹿だなぁ。そんな風に隙だらけな状態をこの俺が放っておくわけないだろう?
とりあえず、肥大化した頭部に死蔵してあった血を噴出させるために中を空洞にした槍をこれでもかと言うくらいに投げ込む。すると当然のように体液が撒き散らされるのですぐに退く。
「うわっ!? 臭い……」
服についたら二度と取れないんじゃないかってくらいの鼻を突くような刺激臭に自然と眉間にしわがよるが、それ以外は特に問題はなさそうかなーと思っていたのも束の間。冒険者か何かの死んだ残骸であろう革鎧が突如として石化。次に微風が吹いた程度でそれはさらさらの砂になって空の彼方へと消えてしまった。
「わわわ。これは危険だね」
とりあえず原因はあの緑の液体だと思うんで、暴れる元・ナイフ男の頭部から空洞槍を引っこ抜いてポーションをぶっかけて傷口を強制的に塞いでおく。
さて次だ。あの体液の煙を石化毒と仮定すると、こここで不用意に傷をつけたりするのは絶対にしてはならなくなってしまった。
臭ぇって認識してる時点で十分に石化毒を吸い込んでいる俺であるが、当然のように〈万能耐性〉がキッチリ仕事をして微塵も効果を及ぼさないとしても、他の連中はどうにもならんだろう。
人を殺すには十分すぎる戦力なんだが、それにしたってここまでするか? こんな事までしたんだ。あのおっさん商爵には石化を防ぐ方法があるにしたって、一歩間違えば儲けを生み出す住人を根こそぎ殺してしまう――と言うかそれに向かって突き進んでるか。おまけに犯人だと知られてしまえば確実に地獄に支店を出す事になる。
それはそれで俺の知った事じゃないんでどうでもいいんだが、とりあえずこの毒を周囲に散らさんようにする必要があるな。まだ見ぬ綺麗で可愛い女性が砂になるのは嫌だからね。
「まずは上かな」
とりあえず捕縛する手段は持ってるんで、本体にダメージを与えるのは後回しだ。とりあえず触手は切っても問題ないのは事前に調べがついてるんで、これから行うのは再生速度や煙が出るかも知れない限界なんかの確認作業。
これによって、追加で神壁を創造する必要があるかないかを知る事が出来る。
「〈微風〉」
一本一本触手を斬り飛ばしていくのは面倒なんで、魔法でもってまとめて切り刻んでみると大量の触手が塊となって降り注いでくるんで、ひょいひょい避けつつじっと動向を見守ってみると、そこそこ根元付近に魔法を放ったが、石化毒は全く発生しない。どうやら本体に傷をつけなければ発生しないとみていいだろう。
ならば、イソギンチャクから伸びる触手を全て断ち切り、上下左右を最低限の神壁で防いでしまえば、影響の少なそうな場所で解放からの討伐の一連の流れをこなせば、晴れて依頼完了って寸法だ。
「さてと。次は――」
「そこの貴様! ここは立ち入り禁止区域だぞ。一体何をしている!」
今から始めようかねって所に、馬鹿デカい声が後ろから叩き付けられたんで仕方なく後ろを見てみると、5人くらい部下っぽいのを引き連れた槍使いの丸岩みたいな騎士がずしずしと重い足取りで近づいて来る。
後ろからって事は、確実に石化毒の影響が及んでると思っていたが、一定以上の距離があると効果がなくなるのか? だとしたらわざわざ閉じ込めんでも良かったな。
「ボクはリューリューって騎士から魔物退治の依頼を受けたのさ。だからあの魔物を殺しに来たんだよ。話聞いてない?」
「チッ。あの女か……平民上がりの団長如きがこのおれさまと同類と思い上がりやがって」
「ふーん。君も団長なんだ」
まぁ確かに。装備はいいモンを持ってるようだけど、〈万能感知〉で見る強さの点で言えば、部下達の方が随分とレベルも実力も倍近く高い。これで何だって団長なんて地位にいられるんだろうな。今の伯爵はまだしも、おっさん団長がこんな装備だけ良質のザコを団長に据えるようなクソ采配はしないと思っていたのに……非常にガッカリだよ。
「おれさまは領主の息子だからな。本来であれば優秀であるがゆえに総団長が妥当な地位なのは当然なのだが、愚かな民草共にはおれさまが功績もなくその地位に座るのは理解できぬと父に言われ、仕方なくこうして団長の地位に甘んじているにすぎん」
「へー」
道理で弱い訳だ。あの体形と装備を見る限り、この丸岩は七光りの威光を笠に着たただのザコに贅を凝らして用意した物をくっつけただけの完全お荷物の存在。こんなのにかかわっていても一銭の得にもならないどころか損にしかならない。
七光りが連れてるのは全員が野郎なので、生きていようが死んでいようが一切の興味はないし、俺の邪魔が出来る程の実力者でもないので、すぐに視線を元・ナイフ男へと向き直ってみると、最初の魔法で斬り飛ばした触手部分は2メートルくらいまで再生していて、神壁を破壊しようとしてるのか結構な鞭打音が絶え間なく奏でられている。
そして、魔法で切り刻んで地面に散乱してる触手に関しては、消える事もなければ何かの毒を発する素振りもないので放っておく。実害がないなら後で連中に回収させればいいしな。
四方を囲んだ結果としては、頭がイソギンチャクになったからのか薄いオレンジに光る神壁を一心不乱に殴り続けていると言う何とも頭の悪い行動を繰り返しているので、さっさと街の外に運んでそこでぶち殺すとするかと一歩を踏み出した途端――
「さあ行け! 奴を討ち倒し、おれさまの功績として来い!」
「邪魔すんなよ!!」
こっちが折角仕事を始めようという所に、七光りが素っ頓狂な号令を出して部下として連れて来られた運のない連中に指示を出すので、その腹を蹴っ飛ばす。俺が死因ってなったら色々面倒くさそうなんで、もちろん死なない程度に加減しているぞ。
「っが……は。げほっ! ごほっ!」
「ジーゼル様!」
「あれを倒すのはボクの仕事だから取らないでくれるかな? 君達は邪魔にならないように住民の避難でもしておいてよ」
俺としては、むしろそっちの方が邪魔にならないし、近づかれて石化でもされたらただただ邪魔なだけなので、それであれば住民の救助活動をしてもらっていた方が何百倍もこっちが楽になる。
「よい……しょっと」
〈身体強化〉を3割にしてゆっくりと持ち上げると、相手もわざわざ獲物が近づいて来たと思っているんだろう。再生を続ける触手がドンドンゴンゴンと神壁を叩きまくるが、最低でも〈身体強化〉の8割解放くらいの威力がない限りは、こいつにはヒビ1つはいらんし、万が一そうなったとしても瞬時に修復するから、マジで破壊が難しいので安心安全に無視したまま担ぎ上げる。
「動くな小娘ぇ!」
「何だよ。まだ何か用がある訳?」
「そいつはおれさまの獲物だ。大人しく置いて帰ると言うのであれば、腕一本斬り落とす程度の罰で見逃してやらんこともないぞ。おれさまは寛容だからな」
どうやら治癒魔法が使える部下が居たみたいで、なんとか口が利けるくらいまで回復した七光りがふらつき、声を張り上げながら槍を構えるが、素人の俺でも分かるほどへっぽこだ。構えも視線も重心もなんもなっちゃいない。
「アホくさ。君みたいなザコが千人いようが万人いようがボクに傷一つ負わせられないって。団長なんて地位に居るんだったら、少しは相手の強さを確認できるようにならないと犬死するよ」
まぁ、後ろの部下連中からしてみれば死んでほしい上司筆頭なんだろう。口には出してないがその表情が物語っている。よほどのクズ野郎って事だ。
そしてそう指摘された丸岩団長は、怒りでみるみる顔を赤く染め上げながらこちらを睨んでいる。
「こ、このおれさまが……ざ、ザコだと!?」
「え? 他にどう説明したらいいの? 無駄な脂肪が多いし槍を構える姿も素人に近いじゃん。そんなんだったら普通に立ってる後ろの人達の方が10倍くらい強いって。勝ってるのは装備の豪華さと弾除けになれる面積くらいかな?」
「馬鹿を言うな! おれさまは一度だってこいつ等に負けた事なんかない!」
「そんなの当り前じゃーん。君が万が一に訓練で怪我でもしたら、その見るも無残な性格からしてすぐ父親である領主に嘘の報告を並び立てて罰則を与える光景がはっきりと目に浮かぶもん。そうなりたくなかったら誰だって加減するに決まってるじゃん。そんな事にも気づけないから、君は無能でザコで馬鹿なんだよ。分かったら仕事の邪魔だから、住民の避難に尽力して少しでも未来の領主様はいい人って印象付けなよ」
こんな簡単な事すら見抜けないなんて、あの父親は一体息子にどういった教育をしてんのかね。あの時はそこそこ出来そうな人間って印象だったけど、こんなカス息子しか生産できないような無能だったなんて……人と言うのは見た目とは違うんだなぁと思った今日この頃。




