#258 聞こえる……聞こえるぞ! 俺を呼ぶ美人の声が!!
「ちょっと!? 今はシュエイの滅亡がかかっているかどうかの一大事なのよ! 眠いだなんて言わないで手伝いなさいよ!」
「じゃあ……目が覚めるような理由をくれ」
現状。俺は滅茶苦茶眠い。今はアンリエットが肉断ちの刑の真っ最中だし、ユニも魔法鞄に入ってるだろう料理から自分で今日の運動量とかを考慮した物を選択して食べるくらいには栄養に関しての知識は豊富。
だから、1日くらいは飯づくりをサボタージュしてぐっすり眠ってても何も問題はない。それに、今がマックス眠い状況なだけであって、今から1~2時間も仮眠を取れば少しは動けるようになるから、報酬が適正かつそれまで耐え忍んでくれれば、メリーにでもなって手助けくらいはしてやれる。その被害を最小限に抑えるのがリューリュー達騎士団の仕事。俺は勇者じゃなければこの国どころかこの世界の人間じゃないから、そう言う慈善事業はノーサンキュー。
そんな俺の目をシャッキリとさせるには、人の生き死になんて生半可な理由ではビクともしない。普通であれば一大事だろうが、なにせ俺の魔法鞄にある伝説(笑)の霊薬エリクサーでほとんどが何とかなるんだからな。むしろ死んだところを助ける方が好感度が上がりそうだ。
「理由!? えーっと、うーんと」
「隊長っ! そのような小娘に何が出来ると言うのですか。さっさと用件を済ませて戦線に向かいませんと、被害が歓楽区へと広がり始めているとの報告があります」
どうにかして俺の目を覚まさせようと悩んでいるリューリューに対し、部下としてついて来ている(確認していないから数は知らんが1人は野郎)奴が声を荒げながら文句と報告をしている声が聞こえるものの、俺を起こすほどの物じゃない。
「だったらそっちは貴方がやりなさい」
「……了解しました」
まぁ……普通に考えて、これほどの超絶美少女にリューリューが執心している理由は分からんだろう。これが平時であれば、せいぜいがこういう娘が好きな人間なんだろうと言う結論に落ち着くが、今は非常時だ。きっとあの分隊長と違ってこいつ等は裏家業連中の力を借りに来たんだろう。
それほどの状況にあって、職務をほっぽり出して俺に手伝ってくれなんて交渉する行為は馬鹿馬鹿しく映るが、一刻を争う事態なのか門番に二言三言告げると気配が遠ざかっていき、入れ替わるようにユニがやって来た。となると、当たり前だけどその存在を知る由もないリューリュー達が一気に飛び退いて臨戦態勢を取る。
「小娘共……我が主に何をしようとしていた」
「喋る……〈森角狼〉が従魔!? 貴女一体何者なの」
「時間切れ。ユニ~動きたくないからコテージに運んで~」
「しかし――」
「……運べ」
「かしこまりました」
何か言いたそうなところを問答無用で黙らせ、首のあたりを軽くくわえられてユニの背に乗せられる。ちゃんと手入れを欠かさないだけあって毛並みはサラサラで暖かい。こりゃあ抵抗なんてできないな。
「待って! その娘が居ないとこのシュエイは一匹の魔物に壊滅させられてしまうの。だから何とか目を覚まさせてくれないかしら?」
「何故ワタシが主でもない貴様の言葉に従わねばならない。そもそもこの街を守るのは騎士である貴様等の仕事だろう」
「そうかも知れないけど……」
「もういいじゃないっすか。とりあえず交渉はカシューに任せて、おれ達はおれ達で加勢に向かいましょうって」
「っすっす。きっと今もミランダちゃんがおいらの助けを待ってるっすよ」
「お前は相変わらず馬鹿っすね。ミランダなんて金目的だけじゃないっすか。それに比べてシンシアちゃんはマジ天使っす。母親のために夜の蝶をするなんて泣かせるじゃないっすか。そんな健気な娘を魔物に殺させる訳にはいかないっす」
「そっちこそアホっす。あんな腹黒女の嘘に騙されて金を落として……今頃はドレスになってるっす」
「やるっすかテメェ!」
「いいじゃないっすか。受けて立つっすよ!」
「……なるほど。そいつはいいことを聞いたぜ」
「アスカ?」
「主?」
つまりだ。今の状況からナイフ男をぶち殺してシュエイをもう一度救って見せれば、夜の蝶達が感謝のしるしとして、流石に生まれたままの姿が見たいなんてのは無理だろうが、水着なりコスプレなりと言った範囲の要求は飲んでくれるだろう。なにせ命を救ってくれた俺(予定)と言う存在のお願いを無理のない範囲で聞いてくれるだろう。
そんな未来が待っていると聞いて、むざむざ眠ってなんかいられるかよ! むしろそっちに思考が向かわんかった少し前までの俺を全力でぶん殴ってやりたいくらいだ。
「行くぜ行くぜ行くぜぇ……その魔物をぶっ倒し、夜の蝶のお姉様方の好感度総取りさせてもらう」
一瞬で覚醒状態まで意識がはっきりした俺は、すぐに思考する。
リューリューはさっき、魔物一匹にシュエイが滅ぼされると言った。あれだけ金をかけた門をくぐって魔物が侵入してくるとは考えにくいし、そもそもこの距離で大砲の音とかが聞こえない時点でその線は除外できるんで、恐らくだがその正体は元はナイフ男なんだろうと今のところは実際に目にしてないんでそう仮定する。そうなると、あの人を食う行為は食事の為じゃなくて、魔物化するために必要なエネルギーか何かを得るためにやっていたって事か?
うーむ。たかだか1つの店を潰すために魔物までけしかけてくるとは……いや、この場合はあの男の覚悟だな。あんなおっさん商爵はそこまでさせる依頼主か? それとも受けざるを得ない事情があった?
「……まぁいいや。とにかくその魔物は俺がブチ殺してやる。死にたくなかったら邪魔すんなよ」
「本当にやってくれるの!?」
「任せとけ。この街の綺麗どころの好感度は全てこの俺がその魔物をぶっ殺す事で掻っ攫ってやる。まぁ、もちろんお前等からの報酬も受け取りに来るから、連中にもちゃんと言っとけよ」
「そこはシュエイを守る為って言って欲しかったんだけど?」
「分かってないな。そこに綺麗で可愛い娘が居なかったら、王都だろうが片田舎の村だろうが俺には等しく無価値なんだよ。俺にとっては女性がすべてだからな。特にこの街の女性達は綺麗だった。彼女達を魔物に食わせるのは忍びない」
「相変わらずね」
「たった3・4日で性格がねじ曲がったらそれこそおかしいだろうが。って訳でサラダバー」
助けを求めてる時点でまだ討伐はされてないだろうけど、物事に確実ってのはないからな。万が一にでもあの〈物質消去〉のジジイ団長に先を越されては好感度稼ぎが出来なくなる。その前にどうしてもナイフ男を殺さねばと全力で駆けだす。
「あーらら。こりゃ凄い事になってんだな」
眠さのあまりまったく気にしてなかったが、ナイフ男が自決した場所を一足先に〈万能感知〉で確認してみると、濃密で禍々しい気配が四方八方に延びて蠢いていて、それに触れた人であろう反応が一瞬で消える所を見ると、被害は相当だろう。
さて。とりあえず夜のお姉様方の好感度を得る為にあいつをぶち殺すのは決定事項で覆る事はありえない。あり得ないんだが、アスカとして目立つのはやっぱり可能な限り避けたいんで、自然と別人になるしかないんだけれども、そうなると今度はアスカとして直接かかわってないんで好感度の上昇率が低くなってしまう。
「ま。よくも知らん連中に頼られるのはマジで嫌だからな」
気分が合って報酬が良ければ依頼を受けるのもやぶさかじゃないけど、やっぱアスカっつー存在は女性の味方であって、勇者みたいに偉くて威張り腐った連中の味方じゃない。別に今回だけしか好感度稼ぎの機会がない訳じゃないからな。
屋根を飛び回りながらアスカからメリーへと姿を変えて地上に降り立ち、すぐ近くを逃げていた夜の蝶らしき美人さんに迫る触手を切り刻む。
「大丈夫?」
「え、ええ。助かりましたぁ」
「スラム街区の方に逃げると安全だから、そっちに行くといいよ」
「あ、ありがとぉ。そうしますねぇ」
ふふふのふ。美女に危機に颯爽と現れて救ったとなれば、その好感度は限界突破で上がり続けること請け合いだ。特にこの娘はゆるふわな金髪とウサギ耳が何ともキュートな女性だから当たりと言っていいだろう。
そんな女性とニコニコ笑顔で分かれ、ずんずんとナイフ男の元まで突き進む。
道中に逃げ惑う女性が居れば極力助けてはスラム街区の方に逃げろと提案し、野郎には武器を持たせて老人やガキを守れと檄を飛ばし、俺の好感度稼ぎの邪魔にならないようにも配慮しつつ中心へとたどり着く。
「うわぁ……凄いや」
迫る触手を切り飛ばしながら周囲をうろつくナイフ男――いや、元・ナイフ男と対峙する。
割れて触手が出て来ていたはずの頭部は今やイソギンチャクみたいなのがブドウみたいに幾つも連なってて超気持ち悪ぃし、右腕は地面を引きずるほど長く太く所々先端に炎が宿る爪なのか棘なのか分からん鋭利な物がいくつも伸びてて、左腕の方はまだ人らしさが残っているサイズだが色は肩から手首まで黒い紫色っぽく染まってる。
足も足で右は巨大化の影響かヒビ割れていて、その隙間からマグマみたいなドロリとしたオレンジ色の液体が流れ、左足は黒紫の毒々しい色でヒビ割れからは煙――きっと毒か何かが吹き出してる。
そんな元・ナイフ男が、俺を視界? に入れると同時に突っ込んで来た。




