#255 思想の押し売り? 鉄拳をもって拒絶する
「さーて。ここまで来れば安心だろう」
さっきの地獄絵図の場所から、直線距離で500は離れたからな。今頃、現場は逃げのびるなり食われるなりして相当数人が減って静かになっているだろうが、今居る辺りはそんな事が起こっているなんて思ってもいない――いつもと変わらない日常の風景が流れている。どうやらこの辺りから区域が変わっているようで、遮音結界が力を発揮して悲鳴や断末魔なんかが届いていないようだ。この辺りは改善の余地アリか。
「ちょ!? 何で貴女がここに居るのよ!」
「何でって、安全にお前等を帰すためだろうが」
従業員の安全を守るのは店主である俺の仕事だ。ゲームと同じ扱いにするにはちと気が引けるが、都市を経営するにあたってバットイベントの1つや2つ発生するのは当たり前。それに対してどんな風に安全・迅速に住民を守れるのかはどれだけそれを重要視しているかがプレイヤー――この場合は新伯爵の腕にかかっている。ラッキーイベントとしてせめてヒントだけでも出してやるかと、2つくらい通りを挟んだ先にある兵舎に向かって爆竹に手紙と火をつけて放り投げる。もちろんこうするのは俺が投げたと知られないようにするためだ。
「さて、帰るぞ」
「待ちなさいよ! あの化け物、放っておくって言うの?」
「え? だって俺が生み出した訳じゃないし、ここには騎士団も居るんだ。どうして無関係な俺がそんな面倒を引き受けなきゃなんない。万が一――いや、億は一俺が奴を消し飛ばすにしても、お前等の無事が確保できてない現状じゃそうはいかん。それに眠いしな」
〈万能感知〉を見る限り、今のところ相手に動く気配がないが周囲の反応は着実に減って行ってる。このまま放ってけばどうなるか。もしかしたらよりヤバい状況になってしまうかもしれんけど、最優先は従業員とリリンの安全確保。これが成された後でまだ事件が解決出来ていなかったら、メリーにでもなって手助けくらいはしてやろうと思わなくもない。
しかし今は、こいつ等をスラム街区に送り届けるのが最優先だ。何せ襲撃者があれだけで終わるとは思っていない。そう言う油断が命取りになる場合がるからな。エリクサーひとたらしで解決すけど。
そう言うったことを説明すると、アンジェも納得はしていないが理解は出来たようで駆け足となって人波をかき分けて突き進む。
「1人で先に進むな。手が回らなくなる」
そうやってガキ共と歩幅を合わせるように注意しながら半分ほど進んだ頃、ようやく〈万能感知〉に多くの人間が地獄へと向かう反応が飛び込んで来た。これで数居る旅人の1人としての役割は果たせたと言っていいだろう。
爆竹で衆目の目を集め、同封された手紙に化け物襲来を知らせる一言を添えてある。筆跡で身バレしないようにこれもテンプレの1つである新聞紙の切り抜きスタイルを利用しているので、多少怪しいと思うだろうけど確認に行かない訳にはいかない。
何せ領主が変わって間もないんだ。ここで俺の手紙をいたずらと決めつけて被害が拡大。支持率を失ってまたどこかの可愛娘ちゃんが立ち上がって、どこかの超絶美少女が下心丸出しで手伝うかもしれんからな。
だったら無駄足だったと向かった兵達に文句を言われようとも、住民の――問題が起きたら迅速に兵を向けてくれる現伯爵様って素敵♪ って思われた方が利になるだろうし。
そんな訳で、あいつを捕縛するなり殺すなりって仕事は騎士団に任せるが、おっさん商爵に対する復讐は俺がきちんと済ませるつもりだ。こんな騒ぎが起きてしまったら数日はまともな商売が出来ないからな。売り上げがガクッと落ちるのは目に見えている。
程なくしてスラム街区に到着した訳だが、入り口前には10数人の騎士らしき格好をした連中が並び、そいつらの侵入を阻むようにいつもの倍の数の門番が立ち塞がっていた。
妙に物々しい雰囲気を感じるが、こっちには何の関係もないので平然と横を抜けて中に入ろうとしてるってのに、どこの世界にも空気を読まずに邪魔をしてくる馬鹿が居る。
「貴様等! その中に入るという事はそこのクズ共の仲間という事に相違ないか」
「あ? それって……俺達の事を言ってんのか?」
「他に誰が居る!」
「……確かに」
正直言って相手になんてしたくはないが、そうしなければより面倒臭くなりそうな気がしたんでため息交じりに返答してやると、別に気に入られるつもりなんて微塵もないので眉間にしわを刻まれようが殺意を纏われようが気にも留めず、念のために最後尾を位置取ってガキ共を奥へと通そうとしたところに、風の矢が飛んで来たので打ち落とす。
「誰が中に入っていいと言った」
「ほぉ……たかが木っ端騎士が大層な口を利くじゃないか。元反逆者如きがこの俺に対して命令するたぁ随分と躾がなってねぇな」
やれやれ。こいつが何をそんなにイライラてんのか分かんねぇけど、とにかく俺の邪魔をしてるって事だけは十二分に分かった。
そうであるならばやる事は1つ。誰に刃向かったのかを完膚なきまで叩きのめし、その魂に刻み込んでやるだけの簡単な躾をするのみ。
「「「え?」」」
騎士共は全員がそこそこ防御力が高そうな金属鎧。であればさほど遠慮しなくてもいいだろうと、強い踏み込みで距離を詰めての掌底を、ナマな口を利く野郎の腹に打ち込んで吹っ飛ばしたら、一瞬で廃墟をぶっ壊した。
「さて……お前達はここで一体何をしているんだ? 用があるならさっさと済ます。用がないならさっさと帰れ。じゃないとあいつと同じ運命を辿らせてやるよ」
ハッキリ言ってここに居られると通行の邪魔だ。あのナイフ男に対する防衛のために居るんだと言うのであれば多少は納得できる理由だけども、俺が来た時はそいつが来るであろう側に背を向けて立っていたところを見ると、そんな言い訳が通用する訳がない。
当然。任務なんだろう到来の理由に最初は口を閉ざしていたが、2人3人と吹っ飛ばされていくうちにようやく口を開いた。
「……とりあえず約束してくれませんか。殴ったりしないって」
「内容次第だ」
ここで、ここら一帯を潰しに来ましたなんて言おうもんなら、俺のために存在している労働力が失われるから全力で排除するし、メリーとしてリューリュー達ンとこに踏み込んで、ストレス解消のために軍事訓練じゃーといって全員フルボッコにしてやる。
「我々は12騎士団第7師団6分隊の――」
「そう言うのいいんだよ。さっさと用件を言え。用件を」
「じ、実は先程。何者かによってこの都市で化け物が現れたとの報告があったのだ」
「それで?」
「それが通信魔道具で全隊舎に伝えられたのだが、何を思ったのか我等が分隊長が……その、犯人はそこの奥に居ると言って聞かず……」
「強引に入ろうとしたところに、俺がやって来たって訳か」
「はい」
更に詳しく話を聞いて行くと、どうやらこの分隊長は、一本気で曲がった事が大嫌い。おまけに融通の利かない頑固者であるから人の言葉なんてまともに聞かない。だから、騎士団がスラム街区に炊き出しなどの施しをする事にあまり良い印象を持っていないらしく、裏で騎士団と裏家業の連中が繋がっている事も恥だとして壊滅するように騎士団長などに何度も嘆願しているらしい。
「大変だな、お前等」
「分かってくれますか!」
「腕もいいし部下思いな所もあるんだけど、全く融通が利かないんすよ」
「ワタシも不条理に何度も怒られたものですよ」
「それはお前が朝方まで女遊びしてるからだろ」
「ノンノン。あれは巡回であって遊びではありません。貴方もどうですか?」
「結構だ。男に色目を使って商売する女など汚らわしい」
俺が少し同情しただけで出るわ出るわ不満の嵐が。中には聞き捨てならん言葉があったが、人の考え方はそれぞれだ。実害が出ているようなら問答無用で叩き潰しているところだが、身持ちと女性に対する考え方が堅苦しい騎士を見ればそういった事はしていなそうだ。
「まぁなんだ。とにかくこいつ等はそんな悪い事はしないからさっさと帰れ」
「そうはいかぬ!」
さすが金属の鎧。加減した一撃だったとはいえ立ち上がれるとはね。とは言え立っているのだけでやっとの状態だ。今なら部下連中の力だけでも何とか出来るだろ。
「止めとけ止めとけ。立ってるのがやっとのお前じゃなくても、俺にゃ手も足も出ねぇよ。さっさと帰って治療でもして貰っとけ」
「黙れクズ。貴様等みたいな人を人と思わん下郎が正義である街の秩序を守る一助となっているなど、決して認めぬ!」
やれやれ。こういう手合いは面倒で叶わん。別に俺が代表って訳じゃないんだが、いつまでもここに居据わられると邪魔以外の何物でもないんで、さっさとご退場願いましょうかね。




