#254 この場合……自爆テロでいいのかな?
「いやいや。分かり切ってるだろ」
年老いた婆さんに変装しているつもりだったんだろうが、どこをどう見たって異常と言わざるを得ない。と言うか、こんな異物が露店の中に混じっていてどうして誰もおかしいと感じないんだろうな。冒険者ですと自己紹介してきても何ら違和感のない風体なのに。
「クソッ! バレたからにはしょうがねぇ。テメェには死んでもらぶばあはぁ!?」
「はい捕獲~」
何やら斧を使うようだったみたいだが、そんな暇を与えるほど俺はお人よしじゃないんで、圧倒的な身長差をものともせずに腹の辺りに手を伸ばし、軽々と持ち上げてそのまま半円を描くように腕を半回転。ここで下回転じゃなくて上回転にしたのは復活させる手間とそんな手段を持っているというのを悟らせないためだ。
「が……!?」
「さて。大体わかってんだが、依頼主について詳しい話を聞こうじゃないか」
俺の攻撃とも呼べない動きに反応できない変装したデカマッチョは、身体の半分ほどを地面にめり込ませ、軽い呼吸困難と脳震盪に眼球の動きが怪しいその隙に心臓辺りを肋骨が砕けない程度の力で踏みつけつつ刃筋を首に軽く触れさせる。
「……お嬢ちゃんは人間か?」
「本当に失礼だよな。腕に覚えがあるのか知らんけど、手も足も出ないだけでこれだけの超絶美少女にむかって化け物だなんて。自分の弱さを棚上げるもんじゃないぞ」
「これでも裏の世界じゃ実力者として通ってるんだがな。とは言えその質問には答えねぇよ」
「なら素直になってもらうだけだ」
言うと同時に腕に剣を突き刺してみる。もちろん急所は外してあるんで血が多量に流れ出る程度でしかないからか、デカマッチョも痛みに顔を歪めてるけどそれ以上の変化は見られない。こういう事も計算済みで襲い掛かって来たんだろう。
「残念。こういう事は慣れてるんでな」
余裕の笑み――とまではいかないものの、この程度の痛みには全く屈しないとの強い意志は感じられる。まぁこんな仕事をしていれば、拷問の5や6受けていてもおかしくはないだろう。
とはいえ、何も痛みだけが拷問って訳じゃない。世の中には、色々な方法が存在しているので、まずは比較的健全な拷問。某漫画のバンドボーカルが最も得意としていたくすぐり地獄を実行に移す。もちろん野郎の手以外の肌に直接触れるなんておぞましい真似はしないし、泡を吹いて気絶するほどの威力を発揮できるほど腕前に自信がない。
そこで登場するのが〈品質改竄〉で魔道具へと究極進化した羽箒。ついでに〈付与〉で〈抵抗除去〉を追加してあるんで、俺の予想通りであればイケるイケる♪
――――――――――
「ふぅ……満足」
「……」
結局ロクな情報は手に入らんかったけど、漫画で見ていた通りの結果をたった5分出す事が出来た。まぁ……実際には1分くらいでギブアップして、デカマッチョが俺以外の人間にババアと認識されていたのは魔道具の力だと言う事をあっさりゲロってくれたんだが、ひと撫でするだけで大男が呼吸困難になるほど笑い転げる羽箒をガキ共が気に入り、結果として気絶した。無邪気のなんと恐ろしい事か。
後は服を斬り裂いて両手足を縛って私罪人。今……捕まえてほしいの。なんて事を書いた看板に抱きつくように固定しておけばOK。
「さて……さすがにこれ以上道草を食えなくなったから帰るか」
さすがに、襲撃があったのにのんべんだらりと屋台での買い食いを続ける訳にはいかんのだが、先制攻撃で一方的に襲撃者のデカマッチョを叩きのめしたせいか、ガキ共には怖いなんて感情がまだ足りない。それよりも、今まで生命維持に必要最低限の栄養しか摂取してこなかった分の栄養を取り込む事の方が圧倒的に重要らしく、俺の意見に対してブーイングが起きる。
「まだまだ食い足りないぜ」
「あと5軒分くらい食っても夕飯は食えるよ」
「ぼく達護るのがねーちゃんの役目」
そもそも、いつ殺されるか分かんないスラム街区で過ごしていたから、そのあたりの肝の太さはさすがとしか言いようがないか。
実を言うと、この辺りにはまだおっさん商爵が送り込んで来たであろう襲撃者だと思われる連中が残っているんだが、先のやり取りを見て腰が引けたのか連中達の方が動揺――中には恐怖すら抱いてる奴までいた。
これなら襲ってくる可能性はグッと低くなるし、万が一実行に移したとしてもその前段階である殺意などの高まりを〈万能感知〉が見逃すはずもなく、近づいて来るなら速攻で間合いを詰めて地獄に放り込むし、遠距離であれば矢だろうが魔法だろうが投石で対応できる。
だが、それじゃあいつまでたってもまっすぐ帰ろうなんて判断にはなりにくいんで、矢か魔法でも飛んでくればギリギリを装って恐怖を擦り込めるかもしれないのになぁ~なんて事を考えながら、漠然とガキ共の食事風景を眺めていると、殺気を隠そうともせずに近づいて来る存在が現れた。
そう言えば、ガキ共のくすぐり地獄をしている間に何人かが〈万能感知〉の範囲外に逃げ出してたっけか。きっと連中はより上の存在に助けを求めたんだろう。そこそこ時間がかかったのは俺みたいな超絶美少女が倍以上の体格を持つデカマッチョを手玉に取ってくすぐり地獄に叩き込んだという説明を呑み込めなかったからだと思う。
とはいえ、やって来た以上は俺の存在感にいち早く気づいて殺気や警戒心を跳ね上げ、視界に入るころには二の足を踏んでいた連中をも従えてパッと見、冒険者の一団っぽい集団となっていた。
「冒険者だ」
「かっこいいよなぁ」
「ぼくも成人したら冒険者なるんだ」
目ざとく連中を発見したガキ共は、男特有の力に憧れるって感情で目をキラキラさせながら自分達を殺しに来ている冒険者達を眺めながらそんな事を口に出す。
そんな連中との距離が3メートルほどにまで近づいた瞬間。魔法使いっぽい格好をしたしわがれた爺さんが杖を高々と掲げて頭上に大きな火の玉を生み出した。
「ん?」
そんな行動に対し、俺はきちんとジャイロ回転を加えた串を爺さんの喉に向かって投げて詠唱を中断させ、抜剣したドワーフの顎を蹴り上げて上空から襲い掛かって来ようとしていた鳥獣人に叩き付けて一瞬の内に3人を戦闘不能にしたころにようやく、襲撃者達のリーダー格であろう男の一閃が飛んできた。
「君が世間を騒がせている食堂の店主だな?」
「確かに間違いじゃあないが、そんな事をそんなあっさり口に出したら駄目だじゃないか。わざわざ自分からそんな事を聞れたら……じっくりと話を聞けなくなるだろうが」
これじゃあ自分達が商爵の依頼を受けてやってきましたと言わんばかり。
もしかしたら、あの地獄の光景を目の当たりにしてすっかり心が折れてしまったとも考えられなくもないが、この場合は……俺を格下とみなし、どうせ死ぬんだから冥土の土産にと口にしたんだろう。
「その余裕……いつまで持てるだろうな」
「いつまでもだよ」
軽く男を弾き飛ばして距離を開け、左腕を前に突き出して魔法を撃つって感じのポーズをしてみると、相手はその誘いにことのほかアッサリと乗って距離を詰めようとしてくるのでこちらもそれに合わせて前方に飛び出し、突き出した腕をパーからグーに変えてどてっぱらに叩き込む。
「ぐ……ぁあ!」
「遅すぎるって」
どうやら、最初から玉砕覚悟で特攻してきたみたいだけど、俺相手に常人がいくら頑張ったところで攻撃を当てるなんてほとんど不可能。
なので、振り下ろされるナイフに対して平然と腕を掴んで背負い投げの要領で強烈に地面に叩き付ける。それこそ背骨が折れようがどうしようが関係ないってくらいの勢いでだ。
「が……ぐ……」
「おーおー頑丈だねぇ。今の出大抵の奴は死ぬなり背骨が折れたりして再起不能になるんだが、まさか呼吸困難程度で済ませるとは思いもせんかった。褒めてやるよ」
「う……があああああああああ!!」
ニコニコ笑顔で拍手をしてやると、男はそれはそれは大変に悔しそうで絶望に満ちた表情をした後、何を思ったのか突然懐から抜いた紫色の刀身を持つ何とも禍々しいナイフを一瞬の迷いもためらいもなく己の首に深々と突き刺した。
別に死なれたところでエリクサーがあるから意味ないんだけどなぁとボケっと眺めていると――
「あれはっ!!」
「取りあえず逃げろ。危ないと判断したら迷わず使え」
アンジェが何やら焦ったような声を出したので、きっと霊族由来の何か如何わしいもんなんだろうとあたりはつけられるが、今は俺以外の安全の確保が最優先だ。
ここでケチるつもりはないので、アンジェには閃光手榴弾やハイポーションの詰まった魔法鞄を投げ渡し、全員を走らせ俺は殿を務める。
「ギャアアアア!!」
「うわあああああ!!」
「来るな……来るなあああああ!!」
悲鳴を聞いても分かる通り、この場は猛スピードで地獄になり始めている。
原因は自分の首に短剣を突き刺した男の身体。
頭部は見る見るうちに縦に真っ二つに分かれ、中からは緑や黄色と言った触手が現れて周囲に居る人間を手当たり次第に捉えては、腹部から飛び出したライオンの頭みたいなそれが減らしていくと、途端に鉄錆みたいな臭いが風に乗って鼻腔を刺激。視覚効果によってさらなる混乱と恐怖をばらまきながら触手は人を捕らえては食らい続ける。
これに対して俺がする事は特にない。人助けを趣味にしている訳でもないし、周りの人間から護衛依頼を受けた訳でもない。もちろん勇者なんて一銭の得にもならないゴミみたいなジョブを得ている訳でもない。
たとえあいつをあっさり殺す事が出来ると分かっていても、ここであれを退治するのはリューリュー達の役目だ。それが前の伯爵を殺して今の席を手に入れた人間のする事。ここに留まったのはアンジェ達を安全な場所まで逃がすためでしかなく、今は腹を満たすためなのかその場からあまり動く事がないので、さっさと立ち去らせてもらおう。




