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#253 お前のようなババアが居るか

「さて……冗談はこのくらいにして、とりあえず店閉めるぞ」


 仕込みは、営業中に暇を見つけてはちょこちょこ作ってたんで十分な量があるし、何より〈収納宮殿〉にぶち込んでしまえば誰にも手が出せないので毒を混入される危険性はない。

 食器類は壊されたところでお代わりが無限に作れるし、イスやテーブルなんかも同じだから少し掃除を急がなきゃなんないぞ~って発破をかける程度で終わるので、問題らしい問題は最もわかりやすくて有効だけど事前の準備が大変な殺人って事になる。

 俺の実力はすでに晒してるんで狙ってくることはないと思うけど、他の連中はそうはいかん。へぼコックとおばちゃんは一般人。従業員として雇っているのは子供。おまけにどこかの生まれスラム街区育ち。悪そうな奴は大体が貴族と言う環境に居る事を考えると死んで困るような事にはならないだろう。故に躊躇いなく狙ってくる事は容易に想像出来る。


「ねーちゃん。終わったぞ」

「そうか。じゃあ帰るんで後は任せますね~」

「はいよ」


 ここで関係最悪の嫁姑みたいに重箱の隅をつつくように指をつい……とやって埃の有無を確認するような事はしない。

 元々この店はそこまで格式ばってないし、ガキ共の勤勉さを考えればそこまで細かく確認する必要性はあまり感じない。そもそも客自体が魔物の討伐での血で汚れていたりする生臭い世界。食材品質調査のあの時足を踏み入れた店ながらまだしもここは大衆食堂。そこまで神経質にならずとも良いと判断している。

 一応ぐるっと見渡してから、店を閉める。この辺りは長年閑古鳥食堂を守ってきたおばちゃんの役目なので、俺はガキ共を連れて店を後にする。その際にちゃんと用心棒は3人ほど用意してもらってるし、〈万能感知〉を見ても半径1キロ内に殺意を帯びた人物は確認できない。

 これで、後は多くの用心棒が投入されるまで耐えしのげれば、俺かユニが到着するまでの時間稼ぎくらいはやってくれるだろう。

 今はユニもアンリエットも無料配布の護衛でいないけど、一応パーティーチャットで襲撃者の可能性を教えてあるし、殺すにしてもエリクサーの関係性を考慮して、部位欠損は3分の1までにしておけと注意してある。これを破れば食事に関して楽しみにしておけよとだけ言っておいた。


「ちょっと。本当に大丈夫なんでしょうね」

「大丈夫だって。殺意を持ってる人間が近づいてくる気配なんかも特に感じないし、近づいてきたとしてもすぐにぶっ飛ばしてやるって」

「ま。貴女のその腕っぷしの強さだけは信用してるわ」


 範囲内に敵が入れば速攻で投石で殺戮するし、人海戦術で来るんだったらこっちも本気で相手をする。

 とはいえ、あのおっさん商爵にそれだけの度胸があるようには見えなかった。

 欲の皮が突っ張った狡い人間だとは感じたけど、後先考えずに復讐に走るかと問われれば、俺はNoと答える。

 もちろんやらないなんて選択肢は毛頭ないだろうけど、あそこまで派手にやられて短絡的な人海戦術ってのは滅茶苦茶分が悪い。何故なら雇った数だけ秘密がバレる可能性が上がるし、騎士団連中が出張ってきたり、最悪――伯爵の耳に入りかねん。

 こうなったら商爵の店には悪評が付きまとう。たとえガキ共全員を殺されても俺だけは確実に生き残る。そして騎士団の中には唯一アスカの存在を知ってるリューリューが居る。

 片や言いがかりと欲に突き動かされた三下。

 片や孤児解放と革命成功の立役者。

 どちらの言葉が相手に響くのか。そんな物は比べるまでもない。10・0で俺の勝訴は揺るがない。

 俺の情報は何もないからそこまで考えて行動しないとは思うが、騎士団が出張って来るほどの騒ぎは起こしたくないと思うだろう。

 なので襲撃は少数精鋭。それであればコッソリ石を投げて抹殺。死体を回収して可愛がりと言う名の拷問をして、依頼主の情報を吐かせればもう決まり。となるとむしろ今すぐにでも襲って来いと言いたくなってくる。


「ところで、今日アタシとリリンが泊まる場所ってどこなのよ」

「スラム街区にある俺のコテージだ。そこであれば仲間もいるし、何より金で雇った腕の立つ連中が相当数いるからな。余程の自信がない限りは入って来ないだろう」


 アンズの配下だけで1000は超えるらしいからな。別に全員を雇っても俺の資金が尽きるなんて事はありえないんだけど、それぞれにやる事があるらしいんで全員は雇えない。その中の1割でも追加出来れば体制は盤石となるんだけど、無い物ねだりは出来ん。

 はてさてどうなるかなぁと、アンジェ達とシュエイの街を栄養の足りてないガキ共と買い食いをしながらスラム街区に戻っている途中。そこそこ早い速度で接近する存在が〈万能感知〉内に飛び込んで来たのでそっちに目を向けてみると、鉄面皮のビビッドがそこに居た。


「着。追加依頼に対する報告に来た」

「随分と早かったな。それでどのくらい追加できるって?」

「解。今当方の派閥は忙しく、割ける戦力は30それを金貨3枚と解答しろとアンズ様より受けたと返答」

「30か……多いのか?」

「解。否と返答。予想外の事態に備え、戦力を残している」

「さすがに無茶は言えねぇな」


 この数は……どうなんだろうな。

 もちろん実力に関しては文句を言うつもりはない。何せ、その辺りに不備があれば俺から齎される日本で食べ慣れていた食事が断たれるんだからな。これでも限界ギリギリまで割いてくれたと判断しよう。下に恐ろしきは食と言う名の強欲か……。


「分かった。ならそいつら全員をあの食堂と持ち主の護衛に回してくれ。代金はアンズに好きなモン食わせてやると伝えといてくれ」

「了」


 簡単な指示でビビッドは闇の中に消えていった。

 これで安心だろうと再び歩き始めるとアンジェとリリンの足が止まっていた。


「貴女……よく平然と受け答えできたわね」

「いきなりでてきてびっくりした」


 そうか。俺はアンズのそばにいるからよく見てるし、ガキ共も朝にちらりと見かけていたからそこまで驚いたりしなかったが、初対面ともなるとさすがに驚くか。おまけに、あのおっさん商爵が刺客を差し向けて来るなんて言ってあったから余計にビックリしたんだろう。


「今のは俺が雇ってる用心棒連中の隊長格みたいなモンだ」

「だったら出て来た時にそう言いなさいよ」

「言ってたつもりだったんだよなぁ」

「なぁなぁねーちゃん。今度はあれが食いたい」

「ぼくもぼくも」

「いい匂い……じゅるりるら」

「よく食うなお前等。後で他のガキ連中に詰め寄られても知らんぞ」


 そう告げてみると、ガキ連中は全く悪びれる様子もなく運が悪いだけと言い張って屋台に突撃していった。食い物の恨みってのは恐ろしい物だと思うんだが、当の本人達にその意識は低いように感じる。スラムなんて食い物のロクに無い場所で生きて来たゆえの常識なのかね。

 ま。野郎が痛い目にあったところでこっちには関係ない。将来有望な幼女は全力で守り通すが、野郎ってのはそういった事を経験して強くなって行く物なのさとそれっぽい言葉を残しておこう。


「おっさん。今やいてるの全部くれ」

「へい毎度。銅貨15だ」

「ほいほい」


 金の受け渡しが終わると同時に、ガキ共が一斉に群がって料理を手に取る。

 焼かれていたのは肉と野菜の串焼き。とりあえず一口食べてみると少し獣臭い。しかしこれは……血抜きの処理が甘かったとか言った理由じゃない。元々そう言う肉なんだろう。これはこれで野性味溢れると表現すれば聞こえはいいかもしんないけど、現代人の俺には辛い。

 野菜の方はまだ食えるレベルだけど、肉の臭いが移っててやっぱキツイ。なので野菜だけ食って近くの幼女に手渡す。こっちの連中は特に気にした様子もなく美味い美味いと言って食べ進めている。


「……あれ? リリンはどこだ」

「ああ。あの子ならあっちに居るわよ」


 アンジェが指さす先には、星が装飾された髪留めや猫っぽい形のネックレスと言ったアクセサリー類を販売している露店があり、その前でリリンは目をキラキラさせながらじっとそれらを眺めている。


「下着あげた時も思ったが、リリンはああいうのが好きなのか?」

「もちろん。霊族領に住んでいた頃はたくさん持っていたけど、今は全くないわ」

「……なにしたんだ?」

「言うと思う?」

「確かに」


 こっちも聞けると思って問うてない。単純にリリンの趣味が気になっただけなのに、結果が少々ヘビーだっただけに過ぎない。言葉を続けたのは口が滑っただけだ。

 これに関してはもう終わりと言う意味も込めて歩み寄り、次の瞬間には店番をしていた店員を蹴っ飛ばす。


「んなっ!?」

「あすか!?」


 驚く周囲をよそに、俺は〈万能感知〉から齎される殺意の反応を微塵も疑う事無く、起き上がろうとする店主に抜刀して振り下ろす。


「ぐ……っ!?」

「ほぉ。今のを避けるとは僅かに出来る奴みたいだな」

「な、何故分かった」


 間一髪でそれを避け、苦々しそうにそう問うてくるのは、身長は180ほど。肉体はがっしりとしていて顔は年老いているかのように深いしわがいくつも刻まれており、俺の加減した一撃を避けたところからも実力の高さがうかがえる。

 なぜ分かったのかと問いかけてくるところを見るに、こいつは間違いなくおっさん商爵から送り込まれた刺客なのだろう。

 しかし……しかしだよ。どこの世界に筋骨隆々で180ババアいるんだっての。

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