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#252 ウチくる?

「クソがっ!!」


 男が苛立たし気に手にしたガラス製のコップを投げ捨てると、床に激突してあえなく粉々となってただの廃棄物となる。その一つだけで銀貨5枚はくだらない贅を凝らした一品だが、男にとってははした金と呼ぶに等しい損失だ。


「……失礼いたします」


 音を聞きつけて現れたのは青年執事。常に笑顔を絶やさず、それでいて主の手となり足となり雑務をこなすために常駐しているが、常にパーソナルスペースに人がいると言うのは精神に多大なストレスがかかるもの。特に男は性格に難がある為に人一倍その広さが機嫌によって変わり、粗相を働いた物は例外なく罰が下るが、青年は一度も読み違えた事がない。

 だから部屋の主――アヴァルも執事の入室に気付いてはいない。


「ナツリー家はジョイ伯爵領で知らぬ者はおらぬ大商家であるぞ! それを相手に傘下に下れだと!? 少し成功した程度で調子に乗ったガキ如きが誰にモノを言っていると思っているというのだ! おまけにあのような屈辱を味合わされるなど……決して許せん!」


 ブツブツと呟きながら己の考えをまとめるアヴァルは、幼い頃から見切りの才と運に恵まれ若くしてA級商人となり、伯爵領の流通を掌握するほどに成長。その発言力は今では伯爵以上とも言われており、税として納められる作物に対し、その一言でいくつもの農家が買い叩きにあって借金奴隷に身を落とすほどの影響力を有する。

 それほどの力を手にした男は、更なる権力を得る為に王都へ商店建設の足掛かりとして、領主が代替わりしたという情報を各地に放っていた密偵から誰よりも早く得た事でシュエイに出店を決意。財産の多くを投入して商品と腕利きの冒険者を多数雇っての強行軍で到着。

 そこで、金爵というアヴァルからすれば成金貴族と見下す存在を知り、商爵たる自分に相応しい店はあれに負けられぬと、今の場所をグレーとブラックの境界線すれすれを平然と突き進んで多くの土地を捨て値で手に入れ、後は店の中央部に位置するであろうあの店を手中に収める事が出来れば、後は王都出店と言う覇道が待つのみ。

 そこに立ちはだかったのが、幼いながらもこの世の者とは思えぬ程の美貌を持った少女――アスカだ。

 それが現れる前までは、アヴァルも目的のための必要な損だと割り切って、ほぼ原価で料理を提供して客を徐々に奪い取って行ったところに、突然現れたアスカはたった1日でシュエイ中から客を集め、採算を度外視どころか自殺に向かっているとしか思えないほどの食材を惜しげもなく使用しながらタダ同然で振る舞っていた。

 あんな事をすれば、普通は損しか計上できずに即座に首を吊るしかなくなるが、アスカは当然ながら普通ではなかった。

 〈万物創造〉というこの世に存在しないといってもいい馬鹿げたスキルによって、ほぼ無から有を作りだすように食材を生み出しており、そんな事をしていると思い描けるわけもないアヴァルは部下をギルドや市場の調査に走らせた結果。閑古鳥食堂とアスカに呼ばれている店は一切の仕入れを行っていない事が判明した。

 その結果に、アスカは独自の交易ルートを持っていると判断。王都への足掛かりとしてそれらも手中に収めようとした結果、白昼堂々に天下の往来を全裸で駆け抜けると言う一生ものの屈辱を受けたアヴァルの怒りは大きい。


「また旦那様の慈悲を無碍にする存在が居たのですか」

「おおヴェイルークか。全く困ったものだ。情けでこの商爵が直々に傘下に加えてやろうと言ってやったにも関わらず、10にも満たぬであろう小娘が一時の勝利に酔いしれて、愚かにも断っただけでなく慈悲を与えようとしたこちらを謂われなき罪で怪我をさせられる始末。やはり成人もしておらぬ幼女など、娼館で働かせて金を生み出す以外に価値などないか」


 ぐふぐふと下劣な笑みを浮かべるアヴァルは、伯爵領で幾つもの娼館を経営しているが、その内情はほとんどがブラック半歩前と言う手段でもって、農家や商家から借金奴隷に落とされた女性で構成されている。

 そこには、税が払えぬのならその身体でもって領民としての義務を果たせと言う、アヴァルとしては弱者救済を謳った事業であるが、それを強制させられる娼婦にとっては地獄と形容するほかない。

 何せ商売としている以上、アヴァルには儲けを出したいと言う商人として至極真っ当な結論を求める。これ自体は何ら間違っていないのだが、問題なのは営業形態。さすがに孕ませるのは利益回収が滞るので許しはしなかったが、それ以外はあらゆることが黙認されている。

 薬物を投与しようが。

 死なない程度に切り刻もうが。

 複数人で1人を使い回そうが。

 死なず。孕まず。病気にならない限り、娼婦は借金返済を名目に働かされる。

 当然。借金の完済などとても望める訳もなく、例外なく孕み・病に侵され、死を迎える。

 それでいながら、表向きはクリーンな娼館として支持を得ている。もちろん普通の人間は足を踏み入れることが許されない特別な娼館である事を記しておく。


「左様でございますか。では部下に指示を出しておきましょう」

「奴は卑劣な手を使う。お前が失敗するとは到底思えんが、奴はニュルクを一撃で倒したからな」

「御心配なさらなくてもこのヴェイルーク。あのような無頼者と違い、執事として旦那様のご希望にお答えするのが業務でございます。では、早速行動に移したいと思います」


 隙のない会釈をして部屋を後にしたヴェイルークは、にこやかな笑顔のままとある一室へと足を踏み入れる。


「さて……ちょうどよい実験成果を出してくれるとよいのですが」


 そこは壁一面どころか至る所に本棚があり、書庫である事がうかがい知れる。そんな中を迷いなく突き進み、一冊の本を手に取った途端。ヴェイルークは書庫から姿を消した。


 ――――――――――


「ん……っ。今日も終わったな」


 いつまでも居座っていた最後の客を放り投げ、ようやく2日目の営業が終了した。

 本日も満員御礼でひっきりなしに客が押し寄せ、ウェイターとして狭い店内を駆けずり回っていた連中は全員グロッキーで椅子に根を張ったかのようにピクリともしない。


「だらしない連中だな。この程度でへばってるようじゃ明日の地獄は生き抜けないぞ」

「う、嘘でしょ。今日だけでも限界なのにまだ上があるって言うの!?」

「そりゃそうだろ。おっさん商爵に天下の往来を白昼堂々フルチンで走らせたんだぞ? 復讐するために手駒の10や20くらいけしかけて来るに決まってんだろ」


 ノリツッコミトリオの実力はそうでもなかったけど、最初に突っ込んで来た長身痩躯の黒衣の男は、常人の尺度に当てはめるなら、3対1でも余裕で勝利を収めるだろう。そんな連中が明日か――早ければ今晩にでも亡き者にしようとやって来るだろう。

 そうなると夜間の警備は2人程度じゃ到底足りないので、あとでビビッドにでも言ってとにかく腕の立つ奴と言う条件でいくつか追加雇用したいと打診しておこう。


「ちょっと待ちなさいよ! そんな相手が来るなんて聞いてないわよ」

「あくまで可能性の話だって。まぁ確実に来るけどな」

「へいき?」

「任せろって。薄汚ねぇ野郎共なんかに、リリンの肌に指一本触れさせたりしないぞ」


 少し不安そうなリリンに対し、男前(主観)な声でサムズアップしながらそう告げる。実際にグラマラスボディのリリンを狙う冒険者連中は多かったが、実行に移した馬鹿を使って見せしめにと全員の前で半殺しにしてやって以降。誰も手を出さんくなったし、馬鹿な真似をする新規に対してきちっと教育が行き届く。

 そんな未来を見据えた優しさを目の当たりにしているリリンは、ホッと胸を撫で下ろしてぺこりと頭を下げてくれたと言うのに――


「なんでそこにアタシが入ってないのよ!」


 ロリボディの姉はギャーギャーとわめき、アタシも守れと俺に掴み掛ってがっくんがっくん揺らしてくる。


「お前も一応守ってやる。が、あくまでリリンのついでだ。ありがたく思えよ」

「ムカつくーっ!! ここはアタシの魅力を全開に――」

「あっちのねーちゃ。きらい」

「うそうそ。ちょっとした冗談じゃない」

「とりあえず今日は俺と一緒に来い。さすがに最強無敵の超絶美少女である俺でも睡魔には勝てんからな。少なくともこの世界で最も安全な場所に連れてってやるよ」

「アンタの側って時点ですごく危険な臭いがするんですけど」

「大丈夫だ。少なくともお前には興味ない」

「うがああああ!!」


 こっちもサムズアップしての満面の笑みで答えると、腰の入ったえぐり込むようなアッパーが打ち込まれた。ごちそうさまです!

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