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#248 つけもの

 朝もはよからやって来て、一晩中店の警護していた連中に発生した出来事を一通り聞き、報酬として金貨を握らせて帰還させる。

 ここから先は俺と言う存在が店に常駐するからな。迷惑をかけるような奴がいれば即座にギルティ。その後に裏でエリクサーで復活させて脅す。こうすれば余程アホな奴じゃない限りは二度と近づいてこないはずだ。


「さて。始めるとしますかね」


 とりあえずハンバーガーとフライドポテトと肉まんの用意は出来ているんで、今からやるのは昼限定の定食メニューの下ごしらえだ。

 まずは生姜焼き。

 薄切りにした豚肉の両面に小麦粉をまぶす。この時につけすぎるとおいしくなくなるからうっすらと。つきすぎた場合は叩いて余分な粉を落とす。それを弱火で表面の色が変わるくらいで一度皿にあげて余熱で火を通す。

 その間にボウルにみりん・醤油・すりおろした生姜・砂糖を入れて混ぜ合わせる。ごはんのお供やパンの具とするんで、味付けは少しだけ濃いめ。これを余分な油をふき取ったフライパンに適量流し込んで、豚肉を投入して絡める。

 後は野菜を盛り付けた皿にのせて、煮詰めたソースをかければメインは完成だ。これに副菜としてポテトサラダと汁物としてオニオンスープか味噌汁を付ける予定だ。ちなみにご飯とパンのお代わりは有料とする。限定100皿。

 次はエビチリにでも取り掛かるかねと食材を取り出しているところに、アンジェとリリンがやって来た。両者共に鼻をひくひくさせているところを見ると、どうやら生姜焼きの匂いで目を覚ましたようだ。


「今起きたのか?」

「ん。ベッドフカフカ。ねーちゃ。寝すぎた」

「いやー最高だったわ。あんなベッドがこの世にあっていいのかしら? リリンが起こしてくれなかったらまだまだ寝れた気がするわ」

「安心しろ。その場合は俺が蹴り起こしてやるつもりだったから」

「危なっ!? アンタなんかに蹴られたら永眠しちゃうじゃないの!」

「なら早めに目を覚ます事だな。さっさと飯を食って開店の準備を済ませろ。あっちの連中はこんな時間だってのにもう働いてるぞ?」


 ちらりと敵の店に目を向けると、まだ日も上り切っていないような時間だって言うのに、既に客が列をなしている光景がある。

 果たしてあれが食堂の正しい開店時間なのかどうかを知るすべは今のところない。何故なら昼食に向けての定食を作らなくちゃいけないし、そもそもまだ開店させる気はない。まずはガキどもがミニ肉まんを配りまくって知名度を上げてからじゃないと客なんか寄り付きもしないだろうからな。


「だったらお腹すいてるからご飯出しなさいよ。アンタがこの店何とかするって言うからこっちは協力しようとしてんじゃないの。そのくらいしても罰は当たらないわよ」

「おなかすいた」

「別に用意しないなんて言ってないだろうが。食った分はちゃんと働けよ。昼のメニューとして出す予定の物を食わせてやるから一つ選べ」


 今日のランチは

 豚の生姜焼き

 エビのチリソース炒め(甘口)

 海鮮丼

 オムライス

 この四つだ。どれもこれも素材をある意味厳選した一品でありながら、一応作るのが簡単な部類の料理という事でこれらを選んだが、明日は明日でまたメニューを変えるつもりだし、ディナーにはかなりの手間をかけた物を提供する予定だし、その仕込みも既に行っている。


「聞いた事もない料理ばっかり。なにが美味しいのよ」

「どれも美味いぞ。エビチリは少しピリッとするが甘みもあって、海老っつー海産物のプリッとした歯ごたえが病みつきになる奴もいるし。海鮮丼は生魚を食うのは抵抗があるかも知れんが、俺が用意した物は焼いたり煮たりしたら分からないコリコリとした食感にとろりとした舌触りはこの瞬間しか味わえない。豚の生姜焼きは俺じゃなくとも似たようなのは作れるだろうが、この甘辛い味わいを再現できないしこれとは美味さの次元が違う。最後のオムライスは卵を贅沢に使ってふんわりとした雲みたいに仕上げ、これはデミグラスソース・ホワイトソース・ケチャップソースの三種類を選べるようにしてあって、それぞれがそれぞれ唯一無二なんじゃないかと思うほどに合うんだが、どれにする?」

「そんなの聞かされて1つに選べるわけないでしょう!」

「でも、ぜんぶはむり」


 うんうんうなってちっとも前に進まない。こっちとしてはさっさと飯を食ってテーブルを拭いたり床の掃除をしたりしてほしいんで、最初からこうするつもりだった4つの料理を1食分になるように小分けにして2人の前に出す。


「さっき言った俺のセリフがこの料理の説明だ。これをさらで言えるように掃除をしながら覚えろ。右から順にエビチリ。豚の生姜焼き。海鮮丼。オムライス(アンジェはデミグラス。リリンはホワイトソース)だ」

「これがエビチリ……真っ赤じゃないの。海鮮丼って言うのも本当に生魚……」

「ぶたのしょうがやき。いいにおいがする。オムライスふわふわ」

「さっさと食え。仕事でミスったらベッド没収もあり得るからな」


 その言葉を聞いた途端。2人の目がキラリと光り、こっちには聞こえない声量でブツブツと何かを呟きながら黙々と食事を始め、俺はそんな2人の表情を味付けの観点から見逃さない。

 4つ一気に食わせるので、一応ランチで出す物と比べて味付けは薄めにしてあるが、それでも日本とこの世界とじゃあ調味料や調理技術に食材の保存法や輸出環境等々。あらゆる面において比べるのも馬鹿らしくなるほど劣ってる。

 そんな中にこの料理だ。勿論目的はそれで虜にし、シュエイ中の味覚を修復不可能なまでにぶち壊す予定だから、一口一口に舌鼓を打つ2人の姿はいわば前哨戦。ここで少しでも不満げな顔をすればその理由が気になるし、不快な思いをさせればそこから件の紹介がどんな手を使ってくるか分かったもんじゃない。


「どうだ?」

「すっごく美味しいわ。特にアタシはこのエビチリって言うのが気に入ったわ。このプリッとした食感に甘辛いソースがパンにとてもよく合うわ。でも生姜焼きもパンに合うわね」

「リリンは海鮮丼。このさかな……なつかしくかんじる。おむらいすもおいしい」


 どうやら問題はなさそうだな。後はメニュー表に生魚だが安全な事や、エビチリは舌にピリッとした刺激があるが毒じゃない事なんかの注意書きを記しておけば、最低限の危険回避は出来る。


「じゃあメニューを作っておくから、2人は店内の掃除をしておけ」


 各100食を作り終えたんで、次は小粋なカフェなんかでよく見かける黒板で出来てる看板に色とりどりのチョークでオシャレにハンバーガーの絵や肉まんなんかの絵を描いて入り口の人の目に留まりやすいであろう位置に置いておけば完了。


「おはよーございまーす」


 ようやく準備を終えたガキ共がやって来たので、半数はアンジェ達と同様に掃除を。もう半数はハンバーガーやフライドポテトの作り方をレクチャーするためにキッチンに呼び込み、朝食もかねて自分達で作らせ、それが済んだら掃除をしていた半数と入れ替わって同じように仕込む。

 最後にウェイターとしての挨拶の基本を叩き込むが、この辺りはバイト経験皆無なので漫画なんかで聞きかじった――この場合は読み齧ったが正しいか。の知識をフル活用し、いくつかの受け答えにオーダーなんかの通し方を一通り練習させたところで、閑古鳥食堂をオープンする事にした。


 ――――――――――


「暇だ」


 開店から1時間。一応無料肉まんを配る予定のガキ共には鐘が鳴ったら配っていいぞと言ってあるから、そろそろこの店に来てもいい頃なんだけどな~とか考えていると、ようやくおばちゃんとへぼコックが店にやって来た。


「随分騒がしいと思ったら、まだ店を開けるにゃ早い時間だよ」

「3日の間だけだが店を任されてるのは俺だ。いつ開けようが閉めようが俺の裁量次第だから文句を言われる筋合いはない。だからあんたにはさっさと飯を食ってさっさと店員としての準備をしてもらいたい。但しへぼコック。テメェは手を出すな」

「ハッ! 言われなくとも出す訳ねぇだろ。ここには飯を食いに来ただけだ!」

「なら作り置きの軽食があっからそれでも食ってろ」


 作り置きとは言っても、そのほとんどが焼き過ぎてぱさぱさになった肉だったり、揚げ過ぎて焦げたポテトだったり、蒸し過ぎて生地がべちゃべちゃの肉まんだ。もちろん食べたって何の問題がある訳じゃないが、これが失敗作だぞと言う意味で残しておいた物。

 もちろんへぼコックが作る物より比べようがないほど美味いんで、処分代わりに食わせても問題ないと思っていたところに、数人のガキが駆け寄って来る。


「待ってくれねーちゃん! だったらそっちのにーちゃんを客として接客の練習がしたい!」


 なんて事を宣った。

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