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#247 キレイキレイ

「……なるほど」


 持って来てもらった履歴書的な羊皮紙にざっと目を通した結果。何も分からんと言う結論に至った。

 どうやら全員文字は書けるようだが、記されてるのは名前と簡単な略歴だけ。その中でも出自がはっきりしている者は1割にも満たなくて、そう言った連中はキッチリと俺が望む情報が記されてんだけど、ほとんどが孤児院やスラム街を生き残っていたからなのか、小さい頃にゴブリンを倒しただのダンジョン都市で地下10階まで到達した事があるだのと言ったホントか嘘か分からん武勇伝ばかり並べられている。


「この5人は合格だから今すぐ連れてきてもらっていいか?」

「了。残りは?」

「どうすっぺな……」


 時間はもうすぐ22時。夕方から夜に代わる物悲しい一時ではあるけど、そろそろ料理にも取り掛からんといけないし、ここから試験をやって人となりを確認するには時間が圧倒的に足りない。かと言って誰かに任せるのもそこまで信頼してる訳じゃないし。


「ならあたしが代わりに見繕ってあげるわよ?」


 そこに名乗りを上げたのがアンズ。口の端からこぼれるよだれを見れば、どう考えても代償として食い物を要求してくるのは目に見えているが、奴には俺が男であるとまで見抜ける〈邪真贋〉なるスキルがあるから、ここに記されている連中の人となりをきちんと見抜いてくれるだろう。


「じゃあ頼む」

「ならチョコレートケーキが食べたいわね。1ホールでいいわ」


 ついでに、そいつらが何かしら不正を働いたりした場合は、〈収納宮殿〉に人質ならぬ本質として押し込んである漫画が時空の彼方に消え失せるからなとの忠告を残して茶室から閑古鳥食堂へと移動し、見張ってくれている2人のガラが悪そうだけど何となく優しそうな印象を受ける用心棒に俺が依頼主でである事やアンズの名前を出すとすぐに中に入れてくれた。


「さてと。始めるか」


 さすがにガキ連中は全員帰っていたが、確認した所、食材の下ごしらえだけはちゃんとやってあったので、残り活動時間も短いからさっさと肉まんを作る事にした。

 味付けされたタネを生地で包んで蒸し器に次々に放り込んではキッチンタイマーで時間を計り、完成すると同時に時間停止機能のついた魔法鞄(ストレージバッグ)に詰め込むと言う単純作業を5時間ほど続けて2000個ほど作り上げておしまいとした。他の料理の下ごしらえもしなきゃなんないからな。

 さすがに手の込んだ料理を作ると店の回転が悪くなるんで、メニューとして選んだのはハンバーガーにフライドポテトに試食用の倍のサイズの肉まんを作る事にした。これなら素人でも手順と時間と分量をメモしておけば作る事が出来る。その為の下ごしらえを1時間ほどして眠くなったので、護衛の連中に頼んますよとの意味も込めてダブルチーズバーガーを差し出し、コテージに戻るや否やベッドに倒れ込んで朝まで爆睡。

 翌日。いつものように目覚ましにマジ殴りをぶちかまして起床。軽くストレッチをしてから着替えを済ませ、さて朝飯でも作ろうかねと外に出でみると、なぜか扉の前には武装済みの老若男女入り乱れた連中が列をなしていた。その数は60人。

 そしてそことは別の集団として、ガキ連中がざっと見た感じ200以上いる。


「なにこれ」

「解。依頼主である其方のご注文通りの人材であると答えます」

「あぁ……」


 そう言えば人選をアンズに頼んであったんだったっけ。

 ぐるっと用心棒連中の顔を見てみると、大抵の奴等は何を聞かされたのか知らんがおっかなびっくりと言った感じで直立不動を保っているが、ほんの一握りの連中は若干ながら反意とも言えるような雰囲気を感じ取ったので、アダマンタイトの剣を取り出して寝ぼけ眼のまま軽々折りたたんでアンリエットに向かって放り投げると、ゴリゴリと音を立てながら胃の中に取り込んだ。


「えーっと。知ってるとは思うが俺がお前等の依頼主のアスカだ。今日から3日。お前等にはそこのガキどもの命を守ってもらう。何か質問はあるか?」


 そう問いかけると数人が手を上げたので、当たり前だが女性を指名する。


「規模を教えてもらってもよいだろうか」

「畳――と言っても分からんか。縦で3人。横でお前等の列くらいの場所を20ヶ所。それを各所3人でだ。ガキの数を見るに大体10人くらいだな」

「時間は?」

「出来れば配り終えるまでは頑張ってほしいが、ガキに無茶はさせられんから1日6時間くらいかな。その間に休憩は1時間取ってもらう予定だが、護衛の順番やいつとかってのは各々で話し合って決めてくれ」


 それからも、仕事内容の詳細やどの程度の相手にどの程度まで痛めつけていいのかなどの細かい情報のすり合わせを済ませてから、そいつらにはなるべくバランスよくチームを組んでもらい、仕事先の地図と長テーブルを早い者勝ちで取ってもらう事にして、次はガキどもだ。


「おう姉ちゃん。何でも金稼がせてくれるんだって?」

「その通りだ。お前等にはこの料理を無料で配ってもらいたい」


 サンプルの為と取り出した大皿の上に乗る小ぶりな肉まんをみて、誰ともなくごくりと唾を呑み込む音が聞こえた。血走った眼でしっかりアンリエットも睨み付けている。


「別にいいけどさぁ。何だって無料なんだよ。こんなに美味そうな匂いのする食いもんなら銅貨15枚はするんじゃないのか?」

「じゃあ分かりやすく知ってもらうために、お前ら1つ食ってみろ」


 俺の許可を得たと同時に、ガキ連中が一斉に小ぶり肉まんに群がり、そこかしこからグルメ漫画化と思うようなリアクションが巻き起こる。そうなるだけの一品だから当然っちゃ当然だ。


「うんまっ! 何だよこれ! こんな美味い物食った事ねぇよ!」

「なぁ姉ちゃん。もっとないのか?」

「そうだよそうだよ! こんな小さいのじゃ全然足りないって!」

「タダなんだろ。もっとくれよ!」


 うんうん。よく分かってるじゃあないか。俺が目指したのはこの光景なのだよ。


「――と言うように、俺の作った本気の料理はこのくらいに美味い。それを食った訳だが当然物足りない。ではどうする?」

「買う」

「貰う」

「盗む」

「おおむね正解だ。そこでとある食堂の場所を教えるんだ。そこでなら一品銅貨1枚で同じくらいに美味い食い物が食えると聞けばどうなる」

「そんなの決まってんじゃん。銅貨1枚でこんなに美味い物が食えるなら行かない手はないぜ」

「その通り。だからそれを無料で食わせ、その食堂に客を呼び寄せるのだよ」


 一口サイズの肉まん程度で、この騒ぎだ。ハンバーガーや肉まん。後は少し手の込んだ生姜焼きやエビチリなどと言った定食スタイルの料理も昼のランチとして提供するし、夜になったらディナーとして多少格式ばった料理も出せる。大衆居酒屋みたいに酒を出していつまでもやかましくされると睡眠の邪魔になるからアウトオブ眼中。

 女性であれば甘くて飲みやすいのにアルコール度数の高い物を勧めて、後はホテルで――なんて未来が待ってっかもしんないけど、ガハハゲヘヘ笑いながら朝まで飲み明かそうとする野郎共に提供する酒なんかねぇ!


「さて。これからお前等には店員として働いてもらう訳だが、食堂の接客は汚れた身体じゃ出来ねぇんで、これから風呂に入って綺麗な格好をしてもらう。それが嫌だと言うなら去れ」

「お風呂ですってぇ!?」


 けたたましい怒声を張り上げながらアンズが茶室から飛び出し、俺の胸倉を掴んでがっくんがっくん揺らしてくる。普通の奴ならこれだけで脳震盪を起こすどころか死にそうなレベルだろうけど、俺は平気とは言え朝っぱらやられると気分が悪いしなによりやかましいから、背負い投げで地面に思いっきり叩きつけて黙らせる。


「さて。お前等の中に風呂を知っているやつはいるか?」

「しらなーい」

「食べ物じゃないの?」

「えーっ。なんか不味そう」


 大したタマだな。こんだけの光景を目の当たりにしながら何事もなかったかのようにこっちの質問に答えるなんて――と、こいつ等の未来にちょっと大物になる予感を感じながら風呂を取り出す。


「これが風呂ってやつだ。ここに湯を張って浸かる」

「おれ達茹でられるの!?」

「姉ちゃん人を食うのか!?」

「説明が面倒だ……アンズ、風呂の入り方をレクチャーしてやれ」

「ほいきた! あぁ……お風呂なんて久しぶりねぇ。〈潔癖(クリーン)〉があれば問題ないけど、やっぱ日本人ならお風呂に入らないと綺麗になったって気がしないのよねぇ。ほらあんた達、服を脱いでこっちに来なさい」


 一応気を使ってつい立てで風呂を囲み、脱ぎ散らかされた服は片っ端から処分。代わりに男なら執事服。女性ならメイド服をそっと置いて、ひとまず用心棒連中を仕事場所に向かわせ、俺も俺で閑古鳥食堂に向かう事にした。

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