#246 この世界の仕事人間は手ごわいぜぇ……
それにしても言わないんじゃなく言えないか……。となると、折角流体金属の弱点とかが知れる絶好の機会だと思ったんだがな。これだけ強大なアンズを契約で縛るとは……相手は一体何者なんだろうな。
まぁ、神以外思いつかないけど、それを隠す事の真意は何だろうか。
現状、出会ってきた敵の中で、文句なく頑丈性だけは最強と言い張れるものの、戦闘力に関しては俺の率直な感想を言うなら箸にも棒にもかからない。頑丈さを前面に押し出しただけの戦闘は、一度タネが分かればある程度の実力があれば十分に避けられる程度しかない。
制作者はアンリエットが常々口にしているマスターなる存在が最有力だろう。
当の本人はすでに死んでるかもしれんけど、死後強くなる某ハンター漫画の力のごとく、元から強かったそれが強力になって、半ば幽霊のように生きながらえていると言う可能性は無きにしも非ず。何せ剣と魔法のせかいだからな。
あの感じだと、もしかしたらマスターとやらの全容を知ってるかもしれんが、契約に縛られている可能性を考えるとさすがに無理強いできない。
見た目はJK中身は婆。年齢に重きを置けば、年寄りはいたわるのが古来より連綿と語られてきた日本人の心の1つだからな。
「まぁいいや。とにかくビビッドに飯を食う許可を与えろ」
「はぁ!? なんであたしが駄目でビビッドが食べるのはOKなのよ。納得いかないわ!」
「彼女はちゃんと仕事をこなした。であれば休憩の間に食事を与えるのが雇用する人間としては至極真っ当な行動だろうが」
俺としては当たり前な意見のつもりだ。
ビビッドはユニとアンリエットを呼んでくるという仕事を過不足なく達成しただけじゃなく、ユニが居なくなった護衛の替わりまできちんと手配しているというのだから、礼の1つや2つはもはや決定事項だ。むしろこの恩に報いねば、俺がわざわざ閑古鳥食堂までひとっ走りしてまたここに戻って来るって手間をしなくちゃなんなかった。その礼として、ここにあるハンバーグにデザートとしてケーキも付けようと考えている。
もちろんこれはビビッドが女性だからである。これが野郎だったらせいぜいがおにぎり一個中身は可哀想だから鮭を入れておいてやろうってくらいに差があるという事を言っておこう。
つまりは、男にすら施しをやってもいいと思えるくらいにはいい仕事をしてくれた。それほどの優秀な部下が、たかがハンバーグを一足先に食べるくらいで目くじらを立てて否と声高に叫び散らすアンズのなんと器の小さい事か……きっとペットボトルのキャップくらいなんだろうな。
「駄目よ駄目よ。駄目ったら駄目っ! あたしが食べられるようになるまでビビッドも食べちゃダメなんだからね!」
「なんちゅう器の小ささだ。それでも用心棒を束ねるトップかよ」
「うっさい! そんなのは全部部下に押し付けて、あたしはずーっと楽しくもなんともない趣味に興じてたのよ!」
「楽しくない趣味って……こういう場合。テンプレとしてリバーシとかあるだろ」
異世界モノでの金稼ぎの方法として、最も多くの人間が触れているのがいわゆるリバーシ販売だと思う。
ルールが単純であるがゆえに教育水準の低い異世界の子供だろうと老人だろうと十分に理解できるし、木さえあれば比較的誰にでも作れてしまう単純な構造であるにもかかわらず、一生を賭しても極められないと思えるほど奥の深い遊戯。ロクな娯楽が男なら娼館。女性なら……なんなんだろう。リリアンとかか? うーむ……そのくらいしか思いつかないくらい、この世界の娯楽は――おそらく少ない。
故に中毒性が高い。一度のめり込んでしまったら後は転げ落ちるように深みにはまっていく。引き合いに出すのは不謹慎だが、これは副作用や死に直結しないだけに麻薬よりタチが悪いと俺は思う。
それさえ作っておけば、茶道なんて肩がこるような趣味をせんでも済むはずだけどな。
「リバーシって何?」
「え? 知らんのか?」
「あたしこういうファンタジーだっけ? って言うのよく知らないのよね~」
「こういうのだよ」
現物を見せた方が早いと出してしてみると、これを見たアンズはあぁ……オセロねと、一応知ってはいたみたいだけど呼び名とは直結しなかったようだが、ルールは超絶簡単だから知ってるとの事なので譲っておく事にした。
「来たわよ」
そんなやり取りを終えると同時に、また竹垣の向こうから大量の丸めた羊皮紙を抱えたボスがやって来た。そして、さっき感じた違和感の正体も何となく把握する事が出来た。
この茶室から竹垣までの範囲には結界が施されていて、あらゆる気配的な何かを遮断していると考えていい。そうじゃなかったら、アンズのバカ強い気配が〈万能感知〉でしっかりまるっとお見通しになるはずなのに、ここに足を踏み入れるまで微塵も気づかなかった。それだけ強力な結界という事になる。
何を考えてそんな事をしているのかは謎だけど、問うた所ではぐらかされるのは明らかだ。ならば最初から気付いてないフリをしておくだけだ。面倒事には首を突っ込まない。
「えっと……アンズ様、ですよね?」
「それ以外の何に見えるってのよ」
「失礼」
俺の条件に合う人選の書類を手にしている白髪で色白の三白眼が黄金色に輝くこと数秒。抱えていた羊皮紙をビビッドに預けたかと思ったら、真っ白な長ランみたいな服ごと己の腕を手刀で斬り落としてしまった。
「え? いったい何やってんの」
「これは罰です。この世界で唯一敬愛しているアンズ様を本人ではないと毛の一筋程でも疑い、あまつさえ〈鑑定〉で真偽を確かめると言った愚行を行ったのです。本来であればこの命をもってしても償う事の出来ぬ大罪ではあるのですが、愚かな塵芥であろうとそれを行うはアンズ様にご迷惑がかかるので、こうしているのです。なので邪魔をしないでいただきたい」
淡々とした語りを続けながらも、真っ白ボスは足に向けて手刀を振り下ろそうとしているのでそれを止めている最中だ。
こっちとしては野郎――特にボスクラスのイケメンともなればこっそりと闇に葬り去るところだが、今は飯の時間だ。そんな前でこんなグロ行為をさせるのは食欲の観点から見ても到底見逃す事は出来ない。
「そういう事はここじゃない別の場所でやれ。今から飯を食うのに気分が悪くなる」
「……二度は言わん。邪魔をするな」
「その言葉。そっくりそのまま返してやるよ。飯の邪魔をするな」
互いに引くつもりはないし、目的を果たすためなら相手を殺す事も視野に入ってる――いや、それが一番手っ取り早いとすら思っているだろうから、この真っ白ボスは濃度の高い殺意を俺にだけ叩きつけて来てる。扇風機の弱くらいの強さだ。
「んまぁい! 久しぶりのハンバーグはやっぱ最高っ♪ しかもチーズまで入れるなんて、あんたはあたしの好みをよく分かってるじゃないの。褒めてあげるわ」
さて。これからどうボコってやろうかなんて考えている最中に、アンズのそんな声が聞こえたんで顔を向けると、こいつが来た時点で仕事が済んだと認識したんだろう。三種のハンバーグをそれぞれ3つも積んではご飯をかきこんで味噌汁で流し込んでいる。
「おい。誰が食っていいと言った」
「ん? だってちゃんと人事の紙が来たんだからわたしの仕事は終わったじゃない。だからこうして食べたって別に問題ないじゃないの」
そう宣いながら、ホカホカの湯気を上げる釜からご飯を山盛りよそって食べ進める。
「主。その様な些末者よりも先にワタシの食事を用意してもらえると嬉しいんですが?」
「……そうだな」
よくよく考えれば、ここにいる奴で人が目の前でダルマになるくらいで食欲がなくなりそうなのは人となりをよく知らんアンズだけだが、目の前に血を流す腕があるのに平然としているところを見ると大丈夫なんだろうという事で、病んでる部下の腕を離してちゃっちゃとユニの希望であるブリ照り定食を差し出し、俺は既にハンバーグで済ませてあるんで、書類に目を通す。
あ。ちなみにアンズがハンバーグを食ったからもう大丈夫だろうとビビッドにも食事を提供してある。もちろん許可は取ってあるんで、躊躇いなくハンバーグを口に運んでは美味しそうに表情を――緩ませないんだよなぁ。
食べ進めているから一応口にはあってるんだろうけど、こうも美味いのかどうかが分からんと不安になるが、わざわざ美味いか? なんて聞いてもビビッドの性格を考えると「解。食べやすいと具申します」くらいの事しか返ってこなそうな気がする。
「ビビッドが無心で食べるなんて珍しいわね。美味しいの?」
「解。栄養摂取として些か不便ではありますが、味覚を刺激するという点においてこれは非常に素晴らしい料理と言えますが、アンズ様をお守りするにあたっては時間がかかりすぎる為、当方には不要と判断いたします」
人間の食事としては合格点だが、必要なのかどうか知らんがアンズを護衛するという点においては不合格であると言いやがった。
そりゃあ確かに立ちながら食うもんではないけど、かなりの一品を無表情で平らげられるとどうにも負けたって気分になるんだよなぁ。ここは一発……携帯食と言えばのあれを出す時が来たようだな。
「ならこんなのはどうだ?」
取り出したのは黄色い箱でおなじみのあの携帯食品――の模倣品だ。
〈レシピ閲覧〉で作り方を学び、それを〈品質改竄〉でアニーのOKが出た物なので、栄養学的にもこの世界の常識的にも高品質ではあるけどおかしいレベルではないから背筋もヒヤッとしない。ちなみに一口サイズで、それ1個で1日に必要な栄養素の5分の1が賄えるすぐれものだが、何個食べてもそれ以上の栄養が別の食事でとらなきゃなんない。まぁ……だからこそOKが出たんだけどね。
「調……泥みたいだと意見します」
「チョコ味だからな。一応甘い味付けがされていて、それを一つ食べると1日に必要なエネルギー――栄養が5分の1ほど賄えるが、何個食べてもそれ以上はどうにもならないんだがな」
「驚。この泥の塊1つでとはとても思えませんと疑います」
「まぁ信じる信じないはそっちの勝手だ。とりあえず1日1個計算で1年分くれてやるよ」
投げ渡したのは黄色い箱の栄養補助食品サイズの魔法鞄で、中にはもちろん言った通りの数の物がちゃんと入っている――はずだ。
それに対してビビッドは感謝の言葉を述べてくれたが、やはり最後までその鉄面皮が変化する事はなかった。ちくせう。




