#245 年齢? ナニソレ分かんなーい
自称元・魔王のアンズの見事な土下座を目の当たりにしたんで、とりあえず人選が終わるまで飯抜きと言うあって無いような罰を与えておき、俺はそんなのとは無関係なので目の前で堂々と飯を済ませていると、〈万能感知〉にユニとアンリエットの反応が急に飛び込んで来た。
「ん?」
おかしいな。別に常時展開してる訳じゃないけど、さすがに飯時なんだ。到着と同時に飯が食えるようにと思って〈万能感知〉を使っていたのに、気が付けば敷地内に入って来て放置してた魔道具キッチンの前に2人が居るじゃないか。
考えられる原因はそう多くはないが、別にオレに関係がある訳でもないし、やかましくなりそうだから今はとりあえず飯の準備だ。
「随分遅かったな。一体何があったんだ?」
茶室からのそりと現れると、よだれをだらだら垂らしてハンバーグを見つめるアンリエットとユニの他に、最初に茶室に入って来た桃色ショートの何族なんだろう。牛っぽい角は生えてるけどその胸元はアニーに勝るとも劣らない残念ぶりから牛じゃないのは明白。綺麗な人だけどどこか近寄りがたい雰囲気がある。
その表情は無に近いがわずかに――と言うか〈万能感知〉で確認する限り非常に疲れ切っているように見受けられる。だから問う。
「食堂で子守をしていたらそこの娘が主が呼んでいると言うのでやって来たのでついて来ただけです」
「否。被告の発言は一部虚偽アリ。真実は子守りを抜け出さんがために当方が半ば強引に連行されたと意見いたします」
……きちっとしてるっつーかなんつーか。異様なほど堅苦しい。淡々とした口調もピクリとも笑わない鉄面皮も機械かよ! って突っ込みたくなるのをグッと我慢する。さすがに気にしてるかもしれないからそこを突くのはデリカシーなさすぎだよな。
「なるほど。ところであんたの名前を聞いてもいいか?」
「解。アンズ様にお仕えしておりますビビッドと名乗っておきます」
「ご丁寧にどうも。俺はアスカってケチな旅人だ。有益な情報提供には感謝するが、食堂は今どうなってる?」
夕飯の時間なんでついうっかりいつものようにユニとアンリエットを呼び戻してしまった訳だが、本来の役目はガキ連中の子守兼護衛で閑古鳥食堂に置いていたんだった。
今やっている事は、ただの掃除とより多くの人が入れるようにするための準備。傍から見れば一応は悪あがきをしているように見えるが、そんな閑古鳥食堂が突如として子供とは言え大勢の人を雇い、あわただしく動いている。
普通ならリニューアルでもするのかな? とかって意識を向けてくれりゃ御の字だけど、相手はあの辺一帯を買い占めて何かしらしようと企んでいる相手。またあのノリツッコミが出来る獣人トリオみたいな連中が邪魔をしてくるかもしれないからとわざわざ置いて来たのに、代わりに用心棒か何かを立たせるみたいな交渉をするのをうっかり忘れていた。
なのでどうなっているか。ユニが抜けた穴をこのビビッドなる女性はどんな対処をしたか。気になったので訊ねてみた。さすがな商人だろうと人死にが出るような事まではしないだろうが、怪我の1つや2つ。営業妨害の3つや4つはしてくると思うんで、出来れば身代わりを置いておいてほしいところだ。
「解。食堂は営業時間を終了させ、入手した情報を統合した結果。武力に信の置ける配下2人に不寝番をさせる事を独断で実行に移しました」
「そりゃ助かる。礼になるかどうか分からんが、あんたも食ってくか?」
作ったハンバーグはそこそこの数がある。もちろんアンリエットが食うのであればこの10倍近い量が必要になるだろうが、今は罰の真っ最中だから1つだろうと食わせるつもりはないし、アンリエットもそれが分かってるからせめて匂いだけでもとそばから離れようとしない。
そんな暴力的な匂いを撒き散らす俺が手掛けた最高に近い食事。金額にしたらどれだけ取れんのか知らんが、少なくとも銅貨じゃ食えないのは明白だ。それを好意で食うかと尋ねてみると、ビビッドは躊躇いなく首を左右に振った。
「否。当方は任務の真っ最中。故に、決められた時間以外に栄養を摂取するのはアンズ様の決めた規定に違反すると考えます」
「だそうだ……がっ!」
「はぐあっ!?」
毅然とした態度で未練なく断るのを見て、俺は欲望に忠実に行動してハンバーグにかぶりついているアンズの脳天にたんこぶが出来る程の拳骨を振り下ろしながら問いかける。
「誰が食っていいと言った。まずは手を洗っていただきますだろうが!」
「うぎゅう……だからって殴る事ないじゃないの! 第一。ちゃんと全員来たんだから約束は守ってるじゃない! だったら問題ないでしょうが!」
「そう言う問題じゃねぇ! 手洗いは病気を防ぎ。いただきますは食材への感謝のしるしだ。それを怠ったお前には天に代わって俺が罰を与えるのが正しい。ってか俺くらいしか出来ないだろうからな」
漫画・コーラ・ポテチの毒で婆みたいに枯れ果てていたアンズは完全に若さを取り戻した。それに比例して、何となくだけど強さが増したように見受けられる。
元々化け物みたいに強いアンズがさらに強くなってしまったら、ここに居るメンバーで痛みを与えられるのは俺だけになる。心にも身体にもな。だから殴ったし、漫画も没収した。本当ならコーラとポテチも没収したかったけど、それは相手の方が一足早かった上に同じような異空間に収納するスキルを持っていた。
そこに隠されてしまっては、いくら六神の上に立つ? 駄神の力と言えど関与できない。出来たらアンズを更なる地の底に叩き落とせるかもと試したら出来なかったんだよなぁ。
「マジで痛かったんだけど。ダメージなんて久しぶりに負ったわ。ホント化け物ね」
「やかましい。とにかく手を洗っていただきますをしろ。そうすれば食わせてやる」
「ご主人様あちしは?」
「駄目に決まってんだろ。ちゃんと専用に食事が用意されてるだろ?」
指さす先には山盛りのサラダとおひつにパンパンのご飯とおかかや昆布の佃煮と言った渋いおかずがざっと10種類。多すぎても罰にならないし、少なすぎると罰になりすぎるからその丁度いい具合が大体10種類。それが常人の茶碗一杯によそってある。飲み物は甘い味がするからと〇ミー。
そんな食事を目の当たりにしたアンリエットは、キラキラと輝かせていた目からす……っと光を消し去り、機械的な動きでもしゃもしゃと食事を始めた。
いつもの肉オンリーと時と違ってその速度は途方もなく遅い。某青い髪の少女の如く吸い込むように食べ進めるいつもの勢いは全くないが、罰なので可哀想って感情は微塵もわかない。
「ちょっと。さすがにあれは酷んじゃないの? なんでハンバーグ食べさせないのよ。ってかご主人様ってなによ変態ロリコン」
「その不名誉な二つ名を出すな。これからも漫画が読みたければな」
「じゃあなんだってあんな子供にご主人様とか呼ばせてんの。男であたしより年上って分かってんですけど。マジキモイんですけど」
「今はお前の方が上だろうが。つーか〈邪真贋〉なんて厨二臭いスキルがあるんだからあれが何なのか分かってんだろ」
癖なのか自動なのか知らんけど、アンズがアンリエットとユニを視界に入れた途端に右目が紫色になったのを見逃さなかった。
時間にして一秒にも満たない。発見できたのは〈万能感知〉が事前に怪しい動きをキャッチしていたんで、それを観る事が出来た。
「サテ、ナンノコトヤ――痛だだだだだだ!! ごめんなさい知ってます知ってましたぁ!」
「よろしい。それで? 何か心当たりはあるか」
長い時を生きているらしい自称元・魔王のアンズであれば、〈流体金属〉について何か知ってるかもしれない。
「そうね。あたしが言えるのは――随分と懐かしい。これだけね」
「ふーん3桁か?」
「言ったでしょ。言わないんじゃなくて言えないのよ」
表面上は平静を装っているけど、俺の問いに対して〈万能感知〉は若干反応を示した。
つまりは、アンズが魔王として世界を暴れ回っていた――少なくとも1000年以上前には存在していた計算になる。それは今日に至るまでに一戦交えた馬鹿2人の言動からも十分に理解はしてたけど、いったいどのくらいのレベルなんだろうと考えるとうんざりする。




