#244 美しさ4 姿勢3 心5
ご注文通り、この世界に来る前に読んでいた漫画を創造。その総数は有に1000を超えていてちょいと引いたが、アンズの言い訳がましい説明では、この世界に来たのは神の勝手な都合で魔王にされてしまったとの事で、だからどうしても続きを読みたかったがそんなスキルもあるはずなく、怒りの矛先は当然のように神へと向かい。嫌がらせをするかの如くこの世界を滅ぼしてやろうとかなり頑張って多くの地を支配下に置いたらしいが、何やかんやあって今はこの四畳半で暮らしながら、裏家業で人材派遣の頭取をしているらしい。
「なぁ。まだか?」
「もうちょっと待って! 今いい所なの」
現在時刻は19時。漫画を出してやってから2時間は経ってるんだが、アンズは今までの遅れを取り戻そうとするかのように漫画を読みまくり。別途注文してきたコーラを浴びるように飲みまくり。これまたコーラとこれはセットだと言って自家製のなんちゃってピザ〇テトをむさぼるように食いまくっている。
正直さっさと帰りたいんだが、元・魔王の力でもってしがみついて泣き喚くんで、妥協案としてユニとアンリエットをここに呼べるように手配しろと言うと、すぐさま部下を閑古鳥食堂へと走らせた。
ちなみに雇用の話は全く進んでいない。
「はぁ……とりあえず飯の準備するから庭使わせてもらうぞ」
「ご飯っ!? わたしビーフシチューが食べたい!」
「なんでお前の分まで作らにゃならんのだ」
「いいじゃない。3人分が4人分になっただけなんだから大して変わんないでしょ」
「だからって作ってやる義理はねぇ。それにあれは時間がかかるし作り置きしてないからないしな」
「えーっ。じゃあハンバーグが食べたい。依頼料少しおまけするから作って」
「はいはい。じゃあ飯が出来たら呼ぶから。そん時までに使えそうな人材を見繕っておけよ」
「はいはーい」
最後にボソッと――できてなかったら飯抜きだからなとつぶやいただけで、また別の人材を呼び出して俺の条件に合う奴を60人リストアップしろと指示を出し、出された方は上の命令なんだからすぐさま行動を開始したが、アンズが大量の漫画に埋もれてコーラをがぶ飲みしながらピザのポテトを押し込むように食う姿にドン引きしていた。
おまけに口調も、漫画読んでコーラ飲んでピザポテ〇食ったせいで潤いが戻ったのか、あの婆臭い口調からJKくらいの見た目通りであろう口調になってるし。げに恐ろしきは〈万物創造〉か……
さて……それじゃあ今日の晩飯はリクエスト通りにハンバーグにするか。付け合わせは当然ライス。
まずはひき肉。どんなんがいいのか聞いたら美味しいのってしか言わなかったんで、ここは豚と牛の合い挽き・牛のみ・豚のみも3種類作る事にする。
みじん切りにした玉ねぎを炒めてきつね色になったらいったんボウルに開けて粗熱を取る。その間にパン粉に牛乳を浸しておく。
程よく熱が取れたらひき肉・卵・パン粉・塩・胡椒・ナツメグを混ぜ合わせて白っぽくなるまで混ぜ合わせる。この時に手を冷やしながら熱が伝わらないようにするのがコツらしい。こうするとジューシさが段違いなんだとか。
そうして出来上がったタネに、今回はチーズをたっぷりと埋め込んでチーズインタイプのハンバーグをたっぷり用意する予定なんで、食いきれなくても〈収納宮殿〉にでも押し込んでおけばいつでも温かな物が食える。
次は焼きの行程だ。俺の携帯する携帯コンロは、〈品質改竄〉でオーブン機能も備わっている最高品質の魔道具にまで昇華させてるんで、手始めにフライパンに乗るだけの数の表面を強火で焼いて旨味を閉じ込めてから、オーブンの中に入れてじっくりと焼き上げる。
その間に副菜の準備だが、特にリクエストはなかったんで簡単にシーザーサラダに落ち着いた。イメージ的に女子ってそう言うの好きそうじゃん?
それを人数分。アンリエットのだけは親の敵とばかりにてんこ盛りにしておく事を忘れない。まだまだ罰は続いてるんだぜ。
程なくしてハンバーグが焼き上がった頃だろうと竹串を刺してみると、濁りのない肉汁があふれ出て来たんで取り出して皿に並べ、旨味がたっぷり残ったフライパンを火にかけ、赤ワインとケチャップを煮詰めて作った即席ソースをかければはい完成。
それを手に茶室に戻ってみると、アンズは相変わらず漫画を読んでボロボロ泣きながらコーラを飲んでピザポ〇トをむさぼり喰らう。
「そんなに飲み食いしてて飯が入るのか?」
「もうできたの? うわー良い匂い。これよこれよ。いっただっきまー」
「の前に用心棒の準備は出来たのか?」
「知らな~い。わたしあんまり働いてなかったし~。そもそも女子高生だから人の上に立つとかマジ無理だし~」
何という事だ。ほんの少し漫画とコーラとポテチを差し出しただけでここまで駄目な人間――いや、元・魔王か。になってしまうとは。自業自得とは言えさすがに罪悪感が……あるわけない!
「なるほど分かった。それじゃあ罰としてすべて没収~」
某アナウンサー人形が下に落ちていくときの音楽を口ずさみながら、茶室に詰め込まれた漫画を一瞬で〈収納宮殿〉に取り込むと、アンズがこの世の終わりとばかりの悲鳴を上げながら消えゆく漫画へと無意味に手を伸ばす。
俺は飯が出来るまでに人材を見繕えと言っておいた。それが守れなかったんだ。罰は当然の報いと言えるのでハンバーグもなしだ。
「酷いっ! こんないたいけな女子高生をイジメて何が楽しいの! おっさんってそんな趣味の人間な訳? マジ最悪なんですけど」
「生意気な奴が泣き崩れる姿は見ていてS心に火が付くんだよ――ってのは冗談で、お前がちゃんと仕事しないからだろうが。働かざるもの食うべからず。ちゃんと人材紹介が済めば、漫画も読ましてやるしハンバーグも食わせてやる。それまではこの俺が美味そうに食う姿を見て悔しがるんだな」
がっはっはと笑い、ハンバーグにかぶりつく。
歯を立てると表面こそ強火で焼いただけあってわずかに抵抗されるが、サクッ! という音と共にすぐに突破。
すると次に襲い掛かって来るのは洪水のごとくあふれ出る肉汁が舌の上に広がって、脳にお前は今美味い物を食ってるんだぞと教えてくれる。
ソースに使ったケチャップの酸味と赤ワインの渋みも、ともすれば重く感じる肉の味を絶妙なバランスで抑え込んで飽きさせないように仕事をしていた。
トドメに、中心に埋めたチーズがとろけて肉とは違った濃厚な旨味が満腹中枢を刺激し、ソースと混ざる事でクリーミーになっての味変が楽しめる。96点。
「はんばーぐ。わたしのハンバーグ!」
「……コーラとポテチも没収されたいか。残念だ」
ハンバーグのためにゆらりと立ち上がったアンズが、今まさに襲い掛かろうとしてきたんで近くのコーラを消し飛ばすと、動きがピタリと止まり――抱きかかえるように未開封のコーラとポテチを集めて、俺の〈収納宮殿〉みたいに歪んだ空間へと放り込んだ。
「ふふふのふ。そっちの〈収納宮殿〉なんて化け物収納には劣るけど、こっちだってちゃんとそう言うのを神から貰ってんだからね!」
「別にそれはどうでもいい。とはいえ、お前のさっきの一撃は俺を殺そうとしていた訳だが、あんなへなちょこでどうにもならん俺とはいえ、万が一にでも死んでいたらまた漫画もコーラもポテチも手に入らなくなっていたんだろうなぁ~」
「っ!?」
ほれほれ~。ここを貫かれると死んじゃうんだろうな~なんて言いながら心臓辺りを指さす。ここに向かって自称元・魔王のアンズが全力で貫手を繰り出せば、もしかしたら死ぬかもしれない。
しかし! それをすれば1000を超える漫画は二度と手に入らないかも知れない。おまけにコーラやピ〇ポテトも二度と味わう事が出来ない。人間。金が潤沢にありながら一度覚えた物が手に入らないとなると、想像以上に短絡的な行動に出る。ネットで暴利と思える値段でも躊躇いなく買う奴がいるように、この世界で日本の物が手に入るのは今のところ俺のスキルのみ。
さて。ここで俺の不興を買ってもうあーげないなんて言われたら、アンズはきっと卒倒する。それはもう肉体のほとんどをコーラとピザのポテトで形成させているのだから生きる気力を奪われたも同意。なればとれる行動はおのずと決まって来る。
「申し訳ございませんでした」
綺麗な所作からの流れるような土下座。あの駄神のアクロバティックな土下座技と違ってこちらには美しさがある。
動の駄神。
静のアンズ。
アプローチの違いは正反対ながらも、両者とも負けず劣らずの段位を有していると言ってもいい。さすが自称元・魔王。神に肩を並べるとはやるじゃねぇか。




