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#23 大苦戦の名付け

 えーっと。これはどんな反応をすればいいんだろうな。いきなり森角狼ユニコーン・ウルフと言われ――じゃなくて書かれても、この世界に関する知識が一切ないからそれが何か? って回答しか出来ない。まぁ興味も大してないしな。

 という事で、いつものように2人に質問をするために振り返ってみると、こっちはこっちで脂汗をだらだら流していつの間にか5メートルくらい離れてる。


「何だよ。こいつの正体を知ってたんなら言ってくれりゃよかったじゃないか」

「名前を知っとるだけや。っちゅうかどうやって捕まえて来たんやアンタは」

「どうって……こう、グイッとだよな」


 森角狼に同意を求めると、何故か渋い顔をしながら頷く。


「信じられへん……アスカはんはそんなに強かったんか」

「魔族殺したくらいやからね」


 あの反応を見る限り、こいつもこいつでヤバい案件なんだろうとおおよその察しはつく。

 まぁ、俺に言わせればこいつが突然に飛びかかって来たんで軽く押さえ込み、馬車の牽き手にならないかと肉を食わせながらの交渉してあんなにアッサリ捕まえられたこいつにあそこまでビビる必要性を感じない。


「で? お前は一体何が言いたんだ」


 とりあえず実力で俺が上だと分からせているんだ。特に敬語を使ったりするつもりはない。おまけにこいつがとんでもなくヤバい魔物だと分かった今、このままギック市に行けば確実に大騒ぎになるのは目に見えてる。だからさっさと用件を済ませて退場願いたい。


 ――ワタシは貴女の従魔になりたい。なので許しが欲しい。

「断る。お前を街に連れて行って騒ぎになるのは俺の旅の目的に反する」


 こういうのはハッキリと伝えないとダラダラと話が長くなるだけだ。確かにこいつに牽いてもらう馬車は普通の馬の何倍も速く、世界を放浪する予定の俺にとってはかなり有益な存在だけど、街に入れないんじゃ可愛い女の子とお知り合いになれないどころか、国家反逆罪的なレッテルを張られて国際指名手配なんてなったらマジで最悪だからな。断固として受け入れるつもりはない!


 ――お願いします! 群れの長をしていたワタシが人間に敗北したところを見られた以上は貴女の従魔として生きていく以外に道はないんですっ!

「お前の事情など知らん。そんなのはなかった事にして何食わぬ顔で群れに戻るか、また1から群れを作って生きていけよ。人生は山あり谷あり。今が谷ってだけでそう悲観する事じゃない。いつかまた山の頂上まで登れる時期が来る。そう信じて俺を巻き込まない形で進んでいけばいいさ」

 ――それが出来ないからこうしてお願いしているんですよ! あと何言ってるか分かんないんですけど!?


 いつの間にか野生の獣としての荒々しさは完全に消えてなくなり、捨てられた子犬のようにつぶらな瞳をウルウルさせている。何だか俺が悪者みたいになるから勘弁してほしいんだよな。


「なぁ。こいつが従魔にしてほしいって言ってるんだけど、どうしたらいい?」


 さすがに。多少なりとも馬車を牽いてもらった恩もあるからな。殺すのも何だか申し訳ないんで、とりあえず2人に相談するしかない。こいつを従魔としても街に入れるのか。そして大事にならないのかどうか。それを確認してやるくらいならいいだろう。

 結論として、この狼を従魔にする事は簡単ではあるらしいけれど、こいつはランクAに該当するレベルの魔獣(魔物より知能もレベルも高い存在をそう呼ぶ)であるらしく、同ランクの冒険者のパーティーを3組用意しても犠牲なしには倒せないくらい強いと説明されたが、今のこの姿からは到底想像が出来ない。

 つまり。納得はできないけどこいつを従魔にするともれなく大騒動が待ち構えているという事だけはしっかりと理解した。


「という訳で、お前を従魔にする線は完全に消えた」

 ――そんなっ!? ワタシはどうすればいいんですか!

「んな事知るか。お前の人生なんだからお前が決めろ。さっき言ったみたいに1から群れでも作れ。もちろん俺に迷惑がかからないようにするのが大前提だぞ。まぁ、それが守れなかったら殺すだけだけどな」


 こっちは村娘達との混浴が待ってるからさっさとギック市で魔族の報告をしたいんだ。こんな訳の分からん言い争いで時間を無駄にしたくない。

 って訳で、森角狼をぺいっと放り投げ、さっさとギック市に行くとしますかね。


「……なぁアスカ。そいつ、従魔にしたったらどうや?」

「そうですなぁ。さすがに可哀想になって来ましたわぁ」


 2人がそう言うのも無理はない。狼は現在。結構遠くに放り投げられたにもかかわらずすぐに戻って来て俺にしがみつくようにしながら引きずられてるんだからな。まぁ。いくらデカいっつっても〈身体強化〉された前じゃあせいぜいが何も乗ってないプラスチックのソリを引きずってる程度の重みしか感じないけどな。


「だったら2人のどっちかが従魔契約を結べばいいだろ」


 そうだよ。なにも俺がこいつと契約を結ぶ必要性はないじゃないか。

 俺とアニー達は現在パーティを組んでいる。

 俺は長距離を歩きたくないから。

 アニー達は俺の作りだす物で商売をしたいから。

 この関係は、程度の差はあれどお互いにメリットがあるから余程の事がない限りは解消されない。つまりはこの中の誰かがこいつとその従魔契約とやらを結べば、結果的に優秀な足が手に入ったままで俺が咎められる心配はなくなる。最高の未来じゃないか。

 しかし。俺の最高と思える問いに対し、アニーもリリィさんも。果ては従魔になりたがってる犬コロすら首を横に振りやがった。


「そら無理ですわ。従魔契約はその魔物に自分が上や見せつけなあかんのです。そんな事をあて等やろう思うたら一呼吸の間もなく殺されんのがオチですよて。レベルが違いすぎます」

「だったらわざと負けてもらえばいいだろ。手伝うぞ?」


 俺の従魔にならないのであれば、脅すなり四肢を斬って胴体を地に縛り付けたり瀕死に追い込んでアニー達に契約するように迫らせる。当然簡単に納得しないだろうが、他にも八百長に首を縦に振らせる方法はいくらでもある。


「そんなんで従魔契約が出来る訳ないやろ。相手が心の底から敵わん。従魔になりたい思ぅて初めて成立するんやからな。万が一出来ても逆にウチ等が下僕になってまうわ」

「今言うた方法やと、やっぱアスカはんに服従する思います。その魔物が森角狼と知ってしもうたあて等は、こうしてるだけでも恐ろしぅて立っとるのもやっとです」

 ――お願いします。貴女の従魔になれるなら馬車牽きでもなんでもしますから。


 この狼……いつの間にか2人を味方につけやがったな。これでこれ以上断り続けてたら2人の心証も悪くなるし、最悪の場合は折角稼いだ好感度が地に落ちてしまうかもしれない。

 しかしこの巨体に有名度合い……貴族同士の権力争いとか国家間の戦争とかに駆り出されそうで嫌なんだよなぁ。提案されても普通に断るけど。

 好感度を取るか自由を取るか。非常に悩ましい所だ。心の天秤がマジで平行線のまま動く気配がない。かと言っていつまでもうんうんうなってたんじゃ話が前に進まない。

 うし。こういう時は――運任せだ。


「よし分かった。それなら俺と勝負をしよう。と言っても、力比べなんてすりゃ俺が指先一つでぶっ倒しちまうからなぁ……そうだ。運の勝負といこう」

 ――運の勝負?

「そ。今からこのコインを投げる」

「って金貨やないかい! なんでそないな大金を持っとんねん!」

「なぁに。前にもらった銅貨を使ってちょちょっとな」


 銅貨を貰ってからちょこっと作ってみたが、大してMPも消費しなかったんで勢い余って100枚くらい創造してある。もはや資金は潤沢なのである。


「もう何でもアリやな」

「次に裏か表か互いに決めて、出た目の方の要件を受け入れる。そんな勝負だ。俺が勝ったら文句を言わずに元居た場所に帰ってもらう。これでどうだ。ちなみに呑めないならここで死んでもらうからそのつもりで」

 ――分かりました。ワタシが勝ったら従魔にしてもらえるんですね。

「ああ。俺が死ぬまで傍に居させてやる」

 ――受けます。それでしか納得させられないのなら。

「なら先に選択権をやる。その方が納得できるだろ?」


 さんざん悩んだ挙句。狼は表を選択。俺はその逆って事だ。

 ちなみに公平を期すために、お互いにコインの軌道を変えるような妨害はご法度で、使う硬貨はこの世界で最も厳正に製造されているというゴン硬貨。それを俺が創造した物じゃなくて2人が持っていた物を使用しての一発勝負で恨みっこなし。


「ほないくで」

「いつでもいいぞ」

 ――こちらも覚悟はできました。

「……っせい!」


 甲高い音と共に銅貨が天高く舞い上がる。

 現在は無風状態で雲一つない快晴。

 周囲に魔物の気配もなく、外的要因になりえる物は何一つない。純粋なのかどうかは知らないけど、単純な運勝負であればこれだけの美少女と一緒に旅が出来て数々のチート能力を有する俺の豪運の前に、運悪く俺の前に現れた狼の脆弱運で勝てるはずがない。

 ちなみに表が是非お近づきになりたいくらいの美人女性の横顔が細工がされている方で、裏が炎と爪の細工がされてる方。

 勝利の女神を先にとられたのはちょっと痛いけど、キモデブからこんな姿に転生できた俺の悪運の強さの前に敵はいない!


「これは――表やな」

「表に間違いないわ」

 ――ワタシの勝ちですね♪


 馬鹿な……この俺が負けるだと!? 信じられない。これだけの豪運の元に生まれたこの俺が……俺が……って! よくよく考えたら死んだ理由はピザを喉に詰まらせただし。理想通りの姿に生まれたけど性別は女だったし。元に戻る為の手掛かりは謎の逃走をされてる。つまりはあと一歩何かが決定的に足りてないって状況が何度も身に降りかかってる事を失念していた。今回も勝利の女神を先に取られていたではないか!

 がっくりとうなだれる俺をよそに、2人と一匹は嬉しそうにしてやがる。


「約束は約束やで?」

「まさか破るなんて言いへんやろ?」

「ああもう! 分かったよ。約束は約束だ。お前を従魔にしてやる」

 ――あ、ありがとうございますっ!


 という訳で、非常に不本意な従魔契約をする事になった訳だけども、当然そんな知識が俺にあるはずもないんで、リリィさんに教わりながら早速始める事にした。

 まずは魔法陣。これはリリィさんが代わりに展開してくれたので狼と共に中に足を踏み入れる。全身が少しピリピリするけど互いの情報をある程度共有する為の物らしいので、5分ほどそのまま待機。

 そしてピリピリとした感覚がなくなったら次は主従の決定。本来ならここが一番時間のかかる所らしいんだけど、既に俺が主だとお互いに了承しているのでアッサリと次の段階へ。

 次は名付け。これを行う事によって前段階で決まった主従の関係をより強固なものにするために必要な物らしいんだけど、ここが長かった。


「ポチで」

 ――嫌です。もっと可愛い名前がいいです。

「なんだと貴様! 俺が契約してやろうっていうのに名前に文句をつけるのか! それにポチは十分に可愛い名前だろうが!」

「いや。さすがにポチはないわ」

「ホンマですよ。犬やないんやからもう少しマシなんつけたってあげないと」

「そもそもお前はオスなのかメスなのかが分からん」

 ――メスです。

「んなっ!? メスが狩りをしとる言う事は……あんたもしかして特殊個体ユニークモンスターか?」

「なんだそりゃ」


 何でも、魔物(この場合は魔獣)には数万体に1体程度の割合で、通常より数倍強力な能力を持って生まれて来る存在がいるらしい。

 そもそも森角狼はオスを頂点として狩りや縄張り争いをするらしく、2人ともがどうやらポチ(仮)をオスだと思っていたらしく、その回答にはかなり驚いていた。


「ふーん。お前凄い奴だったんだな」

 ――主には敵いません。目を見ただけで死を覚悟したのは主が初めてです。

「じゃあポチでいいだろ。主である俺がつけてやるんだぞ?」

 ――そこは譲れません。気に入らないので。

「ぐぬぬ……じゃあ希望があるなら言ってみろ」

 ――ワタシに決定権はありません。そっちの亜人にもありませんしワタシが納得しませんので、納得できる良い名前をご自分でお考え下さい。

「アスカはん。早ぅしてくれんと魔力が切れてまいそうや……」


 困ったな。昔っからネーミングセンスというものが欠片もないと言われて育ってきたからな。獣とは言え女性の名前を付けるというのは結構な難題だ。しかも気に入らなければ拒否するという生意気ぶり。

 これがオスであったなら、問答無用でぶん殴ってでも納得させるところだが、相手は一応メスらしいからな。暴力で言う事を聞かせるのは俺の本意じゃない。2人も見てるしな。

 って訳で色々な名前を提案しては首を縦に振らず、イライラを募らせながらリリィさんが立っているのもやっとという状態にまで疲弊しきった頃。ようやく納得のいく名前だったようで、渋々ながら頷いてくれた。


「じゃ……今日からお前の名前はユニだ」

――はい。


 こうして。非常に不本意ながらもユニという森角狼が俺の従魔としてパーティーの一員に加わった。

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