#234 これがお前の……やり方か
「ん……っ。良く寝た」
気持ちのいい朝を迎えてコテージから出てみると、門番は昨日と同じマッチョハゲと新顔の豚獣人のぽっちゃりが立っており、こっちに気付いた様で軽く手を振って来たので社交辞令としてあいさつは返し、ちゃっちゃと魔道具の調理器具を並べてパパッと飯の準備を始める。
昨日は目の前で馬鹿みたいに肉を食う光景を見せつけられたからな。すっかり胸焼けですって訳なんで、俺はハム・玉子サンドで手早く済ませる。
アンリエットは肉一択なのでまずはこちらから。
朝は基本的に時間があるので、朝食の準備をしながらいつまた別行動をするか分からないんで、その為の作り置きも同時進行でやっておく。
まずはサッパリと冷しゃぶ。昆布出汁の中をくぐらせて皿に盛りつけるを大体20キロ。味付けはゴマダレが好きとの事でそれをたっぷりかけておく。
次にステーキを300。ミディアムレアに焼いてのバーベキューソースで20枚。これは時間が経つと火が通りすぎてウェルダンになるんで〈収納宮殿〉に。
ここらでようやくアンリエットの食欲にエンジンがかかるので、甘辛いタレを絡めたから揚げに、どっしりとした旨味がとろけるように広がる角煮。肉汁の洪水となったローストビーフにハンバーグ。それぞれキロ単位で作っていると、目をまん丸とした2人の門番が目に入った。
「おいお嬢ちゃん。そんなに作ってどうするんだ?」
「ウチは大食らいが居るんでね。このくらい作らんと満足しないんだよ」
「まぁ……そこに居るのが〈森角狼〉だブヒからな」
「残念。そっちじゃないんだなぁ」
「……マジか?」
「見てりゃ分かるよ」
3……2……1……
「おはようなの。お腹すいたのなの」
パーンと勢いよく扉が開かれると、電光石火の早業で椅子に腰を下ろして早速とばかりに飯の催促をするので、まずは冷しゃぶサラダをドンと置く――と既に中身は消えていた。
「「なっ!?」」
あまりの光景に門番2人が驚きの声を発したが、当然アンリエットは意に介さない。と言うか見られてる事に気づいてもないだろう。
それからも、次々に出てくる料理を飲み込むような勢いで食べ進めるアンリエットの姿に、おっさん2人は胸焼けしているかのようにそっと視線を逸らす。うんうん。初めて目の当たりにするとやっぱそうなるよなぁ。俺も随分となれたと思っているが、やっぱ体調がすぐれない時に見るのは胸にも胃にもクるからなぁ。
「主。ワタシの食事はどうなっているのですか?」
「あっと悪い悪い。ほれ」
そう言って出したのは、おかゆと昆布の佃煮にだし巻き卵に焼き魚にほうれん草のおひたしにデザートとしてミカンを1つ。人としては多いけどユニにとっては少ないんじゃないかって量を見た2人はそれだけ? って顔をしたけど、栄養学を知った今では余計なカロリー摂取や偏った食事は健康によくないと知っているからこれで十分。
それに――
「文句が?」
「「い、いえ」」
ユニがそう言うだけで門番2人はすぐに身を引く。そうしないと襲われるんじゃないかって思ってそうだからな。
程なく食事が終わり、今日と明日くらいはここに居る事にすると告げると、ユニとアンリエットはそれぞれ本を読んだり寝たりと思い思いの余暇を過ごすらしい。
俺は当然。周囲に顔を売って王都からやって来る予定の調査隊の連中を欺くために、片っ端から綺麗で可愛い女性をナンパしまくるのでシュエイ中を走り回り、夜になったら昨日は行けなかったあのお店に顔を出す予定だ。ついでにサキュバス姉妹の所にも顔を出しておくか。久しぶりにイジってやろうではないか。
「じゃ。しっかり門番業に勤しみたまへよ」
偉いさんのような振る舞いをしながらスラム街区から飛び出し、適当に歩き回っては俺基準で70点以上と判定が下った女性に片っ端からデートのお誘いをけしかけてみるが、やっぱ見た目女の子じゃあ本気と取られないみたいで、可愛いだのおませさんだの何だのと言われながら頭を撫でられたり抱きしめられて胸のふわふわを堪能させてもらったりと、恐らくこの世界に来て他に類を見ないレベルで幸せな時間が流れ続ける。
やはりユニが居ないと、俺と言う存在は圧倒的に他人を魅了してしまうようだな。自分のキャラメイク能力と妥協なき精神が恐ろしい。
「いや~マジで最高の時間を堪能してるぜ」
そんな事を数時間続け、都合50人ほどの女性に声をかけたから、多少なりとも俺の存在をシュエイという街でアピールできたとは思うが、やっぱこれだけの大都市ともなるともう少し確実性が欲しいな。かと言ってお上の連中に目をつけられるのは嫌だから、何か方法を考えんと。
冒険者は面倒くさいし時間がかかる。
街で暴れるのは国際指名手配になりそう。
闘技場でチャンピオンは一つ所に縛られると言う意味で領主になるのと何ら変わりない。
うーん。てっとり早く目立つってのは案外難しいモンだのぉ。
色々と考え事をしていると、やはりずっと歩き続けてたせいだろう。空腹を知らせる音が鳴った。時間的にはまだ早いけど、朝は軽くしか食ってなかったんでいいだろ。丁度あのサキュバス姉妹にも会おうと思ってたところだし、あのシェフがちっとは腕ぇ上げてるかどうか見てやるとしますかね。
――――――――――
記憶を頼りに裏路地をてくてくと歩いてそこにたどり着くと、あの店はいつも通り閑古鳥が鳴いているに近い客の少なさを保っていた――って言うか、座ってんのは店員だから実質ゼロじゃねぇか。
そんな中を、相変わらずロリ体形のアンジェがせっせとテーブルを拭いてたので、わざとそこに腰をおろしてやると、顔を上げたとたんにうげっ! て顔をしやがった。
「おいおい。客に向かってその顔はなんだ。笑顔でいらっしゃいませだろうが」
「い、いらっしゃいませ」
「笑顔がないがまぁいいだろう。それにしても……相変わらず客が居ねぇなぁ」
「貴女には関係ないでしょ! 邪魔するなら消えなさいよ!!」
「人話を聞かんサキュバスだな。俺は客だと言った。メニューを持て。あと水な」
「ぐぎぎ……しょ、少々お待ちください」
ギロリと睨みながらもアンジェは厨房の奥に。1分もしないうちに出て来てメニューと水を乱暴に叩きつけたのを見てもうひと悶着起こす。そうすると女将さんらしき恰幅のいい女性にパコンと殴られる。いつになったら学習するのやら。
「女将さん。あれから客の入りはどうだい?」
あの時に、ここにあるメニューで十分すぎるくらい美味い料理を作ってやった。それはつまり、こんなみすぼらしい店で集められる食材でも、俺レベルには届かなくても店としては十分にやっていけるはずなのだ。
「変わんないよ。あの娘等目的で何人か常連は居るけど、それ以外はてんで駄目さ」
「はぁ? マジで言ってんのかよ……」
だと言うのに、女将さんからの返答に耳を疑う。どういう事かと問うてみれば、なんの事はない。コックがそれを認めていないだけだったとの事。
ゴミみたいな腕前のくせに、長年コックとして厨房に立ち続けてきたと言うちっぽけなプライドが、俺みたいな絶世の美少女に完膚なきまでに叩きのめされたのが相当に堪えたらしい。なんじゃそりゃそりゃ。
「何度か説得したんだけどね」
「ふーん。だったらどのメニューの料理も随分と味が上がったんだろうなぁ! 非常に楽しみだ!」
わざとらしいほどの言い方をしてからザックリと注文。苦々しい顔をしながら厨房へと向かうアンジェの後姿を眺めていると、件のプライドの高い料理長の恨みがましい目を発見したんで、三日月笑みで反撃しておいてやった。
あの時と同じようにラノベを読みながら待つ事暫し。料理を乗せたトレイを持つアンジェの他に、明らかに憎んでますよって感情を隠しもしない料理長がお供みたいな感じで近づいて来た。
「よく来たな」
「そう言うのは、俺を唸らせるものが作れるようになってから言え。折角骨を折ってやったってのにそれを無視しやがってるらしいな。三下如きが図に乗ってんじゃねぇぞ」
「だったら食ってもらおうじゃねぇか」
並べられる料理は、今のところ変化はない。強いて上げるならスープの灰汁の量が減ったくらいか。それは進歩と言っていいのかね。
正直に言わせてもらえば、これらの料理は口に運ぶまでもなく不味いと断言できる代物ばかりだが、無駄なほどにプライドの高い馬鹿には行動で示さんとどうにも納得してもらえんだろうからな。
「まぁいいや。どれどれ」
まずはハンバーグ的な物。次に魚の香草焼き。サラダ。スープ。デザートと一通り口に運ぶ。
その間の料理長はと言うと、自信満々に胸を張ってはいるが、やっぱコテンパンにやられた記憶がしっかりと残ってるんだろう。ちらりちらりと様子をうかがう目が不安そうになっているが、俺の判断は変わらない。
「うん。マズイな」




