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#233 お口の中が……肉肉祭りじゃああああああ

「見るがいい! 現・チャンピオンは無様にもワタシに頭を垂れて服従を誓っているようではないか。やはり人の領域を抜け出せぬ存在。ワタシに敵うような――好敵手たりえる存在はこの世には存在しないのだろう」


 両手を広げ、神にでも存在をアピールするかのように振る舞う。

 その一方で、ようやくオーラの増大が終息したリエナがゆっくりと起き上がったので振り返ってみると、目の前には鱗の生えた拳が迫っていたので、観客を楽しませるためにあえて受け――


「おぉ?」


 掠るよりさらに一歩深く。リエナに肉の感触を与えながらも大きく首をいなして直撃した風を装ってみたが、思いの外速度が増していたせいもあって1メートルほど吹っ飛んだ。ひりひりと痛みを訴えて来る頬に、目算を誤った事を詫びながらも笑みを深める。

 そんな俺の姿を目にした観客は爆発したかのように大盛り上がり。そこかしこで「いいぞ!」なり「やっちまえチャンピオン!」なんて声が爆弾の様に大気を震わせ熱気を撒き散らす。

 うんうん。やっぱ闘技場ってのはこういう風に盛り上がらないと面白くないよな。

 さて。ひとしきり観客の反応を調べたから、次は目の前のリエナだな。

 大した理由は発見できてないけど、腹にワンパン入れてから急変。表情自体に変わりはないけど、目は病気かってくらい真っ赤だし、口の端から牙みたいに鋭い歯が顔をのぞかせてるし、両手の指先から手首あたりまで鱗が生えてるし……どう考えても若干龍になって強化してるよね。

 それに、さっきから何も言わず、一心不乱に両手両足を動かしてるように見える。これってもしかして――


「聞こえてるか?」


 ……うん。反応なし。完全に理性が飛んじゃってますなこりゃ。

 ここで、俺の取れる行動はいくつかある。


 1――このまま30分殴り殴られ蹴り蹴られの応酬を続ける。


 2――どうにかして目を覚まさせる。


 3――これ幸いとあんな所やこんな所を触ったりクンクンぺロペ――は色々とマズイのでしない。


 俺としては是非とも3を実行したいところだが、どうにも自分からそこに手を伸ばすという事にまだまだ抵抗を感じるんだよな。これも俺の童貞レベルが高すぎる事が理由なんだろう。く……っ! ガッツが足りない!

 とかなんとか考えながら一進一退の攻防に見えるような動きを繰り返しつつ、次の展望に思いをはせる。

 ここで殴り殴られ蹴り蹴られを続けるのは却下だ。30分経って正気を取り戻した時に記憶がなくなってる可能性が否定できないからなって訳で、ここはいっちょ暴走を鎮めるとしますかね。


「ふん!」


 リエナの一撃をかすめるように躱しつつ、エリクサーの瓶を口の中に突っ込み、即座にアッパーを叩き込んで強引に瓶ごと噛み砕かせる。それだけであらゆる異常が即座に消え去り、真っ赤だった目は元に戻り、手にあった鱗は溶けるように体内に消えていったのはちょいとグロかった。


「……あれ?」

「隙あり」


 ぴたりと動きが止まったので、やっぱ今までの流れを完全に理解してないのが明らかだったので、事情を聞くために組み合う事にした。


「どこから記憶がない」

「……アスカにお腹殴られてから」

「何が起きたか説明できるか?」

「多分。〈龍の血〉が暴走した」

「なんだそりゃ」

「スキル。自分の血を見ると記憶が消える。だけど強くなる」


 一種のバーサーカー的な感じだろう。それにしても自分の血を見るとそうなっちまうとは難儀だな。もしかして、こうなる事がないように金爵がマッチメイクしてたのかもしんないな。どうとでもできる俺には関係ないけどね。


「なるほどな。ちなみにあと15分だけど、勝つ見込みはあるのか?」

「大丈夫。頑張る」

「じゃあ仕切り直しとするかね」


 とりあえず、ああなった原因に対する情報が手に入ったんで、いつまでも組み合ってると面白くないから一度放り投げて状況を動かすためにまた手招きをする。


「むふーっ。もう一回」


 一度〈龍の血〉なんて厄介なスキルのせいで、深い集中がリセットされちまったからな。これは結構大変だぞ。何しろあれは、もはやゾーンと呼んでいいレベルにまでたどり着いてたからな。それをまたって言うのは才能があるかどうかに寄るんじゃないか?


「多少はマシになったようだが、ワタシに深い一撃を与えるにはまだまだ貴様の実力では届かぬ。故に少々稽古をつけてやろう」

「ん。倒す!」


 ゆったりとした歩みの俺に対し、リエナは全力で飛び出してからのストレートを撃ち込んでくるので軽く避けてみると、その勢いを今度は即座に横方向へと強引に捻じ曲げる裏拳へとシフト。今度は受け止めようと手を出したが、それをスルー。あれ? と思う間もなく脇腹に衝撃が走る。


「……いい蹴りだ」


 これが俺じゃなかったら、きっと場外まで吹っ飛んでただろうけど、生憎とそこまでステータスが低くないんでな。今のリエナじゃ多少足の位置がズレる程度が関の山。それでも褒めたのは直撃を食らわされたからだ。

 と言っても、そんな称賛を素直に受け止める程リエナは真っすぐじゃない。俺の一言を聞いた途端に眉間にしわを寄せて怒りをあらわにする。


「……ムカつく」

「だろうな。だが事実なんだから少し胸を張ってもいいぞ」

「もっと。蹴る!」


 意図せず挑発になってしまい、リエナはムキになって迫って来る。そうなってしまうと集中どころの話じゃなくなるから、結果として30分が経過して、観客に怪しまれない。しかしリエナには分かるようなレベルの派手さで場外まで吹っ飛んで試合終了の運びとなり、本日の闘技上は閉館となった。

 しんと静まり返ったリングの上。そこには調理台を前にしている俺とふくれっ面でプイとそっぽを向きながらも椅子に腰かけているリエナが居る。


「いい加減機嫌直せって」

「や! まだ戦えた!」

「しつこいなぁ。最初から30分の約束だっただろうが」

「そんなに経ってない!」

「いいや経ってた。そうと分かるように魔道具も持たせてやったろ」


 耳を触りながらそう告げてやると、その表情に苦虫を噛み潰したようにしわが走る。

 この世界にある時計と言うのは、一般的に街に点在する時計塔の事を指し、数時間置きになる鐘の音で一般人や一般兵は大体の時間を把握し、貴族や大商人になると所謂懐中時計的な物を携帯するようになるらしいと、俺がおちゃっぴぃで作ったボタンを押すと目の前にディスプレイが展開する腕時計を手にマジギレしているアニーから聞いた事がある。ガクブルで聞かされたからキッチリ脳細胞に刻み込まれている。

 なので、やっぱ時間に関してはこうなる事は予測済みだったんで、秘密兵器としてピアス型のアラームを貸していたので、今でもその耳に赤い宝石っぽい物が嵌められたピアスが揺れている。

 もちろんそう簡単に信じられるものでもないだろうって事で、リエナの部屋に何故かあった砂時計で何度か確かめさせての投入だ。


「う……」


 リエナも散々確認したのでそれを分かっているようで、耳からそれを外して恨めしそうに睨み付けている。そんな事をしたって魔道具なんだから何の反応もしないぞ。


「まぁとにかくだ。今後は〈龍の血〉とやらを制御できるように努力するといいぞ。あの速度と威力はいい感じだったからな」

「頑張る」


 少なくとも2割の常時運転でなら、なかなかにスリリングな戦いが出来る。もちろん意識がぶっ飛んでる分、攻めが単調だからそこは正気を保っていられればって注釈が入るけど。

 そんな新たな一面と今後の課題が見えたんで、取りあえずお疲れ様って事で一食だけ御馳走する事にした。ちなみに仲間になる件はまだ贖罪が終わってないとの事らしくまだ保留。正直言って、こんな環境で〈龍の血〉が制御できるようになる気がしないのは黙っておこう。


「さて。それじゃあ何を食うって聞くのは野暮だな」

「ん! お肉!」


 目をらんらんと輝かせながら子供のようにテーブルを叩いて催促する。そんな姿をほほえましく眺めながら取り出したのは国産の最高級サーロインを熟成させてある、俺が持つ肉の中でトップ10に入る一品だ。

 10数キロの塊からまずは500グラムを切り分けると、リエナがあからさまに不満そうな顔をしたが無視を決め込む。別に全部食わせる予定だけど、まずはシンプルに塩胡椒のステーキだ。


「へいお待ち」

「少ない!」

「そうあっせるなよ。まだまだ肉は用意してあるから心行くまで食え」

「じゅるり。アスカのお肉。全部食べる!」


 ギラリと目を光らせると同時に、500のステーキが一瞬で皿の上から消え去り、後に残るのは頬をパンパンに膨らませながら嬉しそうに目を細めて居るリエナのみ。

 次にから揚げ。とんかつ。ハンバーグ。すき焼き。ジンギスカン等色々な肉を満足するまで存分に食わせてから、闘技場を後にした。

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