#231 再び登場伝道師
「おーおー。相変わらず賑わってんねぇ」
アンリエットとユニをあの門の横に残し、軽い足取りで闘技場前までたどり着くといつも通りの熱気が。いまからあの中に突撃していかなきゃなんないのが面倒くさいなぁと感じる。
だがしかし! 俺には金爵から貰ったパスがある。これを印籠のごとく見せつければ、すし詰め状態の一般観客席ではないVIP御用達の貴賓席へと案内されるのだよチミィ。
「うむ。良き眺めだ」
ここにたどり着くまでに多少長い階段を上らされたりはしたけど、そうしただけあってリンクを上から覗けるような位置にいるし、下々の視線にさらされる事のなく悠々と戦う姿を眺める事が出来る後ろには、軽食や飲み物の乗ったワゴンを押す少女メイドが1人。
「ありがとうございます」
いったい何に対しての感謝なのか知らんけど、こっちとしてはこのメイドさんがここに居る間ずっとこうして付き従ってくれると言う事実があるだけで、ここに来ただけのリターンは十分に得られたが、元々ここにはリエナは元気かなぁって思って顔を出してるんで、さすがに確認せずにはいさようならって訳にゃいかん。
まぁ3・4日で何が変わるん? って思わんくもないが、一度プロレスの形の1つを長々と見せてやったんだ。あの優秀な解説が居れば少しだろうと形にはなるんじゃないか? って期待が僅かにある。
そう思っていた時が俺にもありました。しかしだ。行われる闘技のなんと粗末で雑な事か。
最初に見た時は多少は楽しめたはずの一試合一試合が、明らかにつまらねぇ。
実力差があまりにも合ってないから一瞬でカタが付いたり。
ザコ同然の魔法使いがクソみたいな魔法を撃ちあっていつ終わるとも知れない超長期戦を続けたり。
敵が大層活躍したり。
敵が大層活躍したり。
敵が大層活躍したり。
正直言って、あの時に見た面白さの半分にも達していない。ハッキリ言えばマッチメイクがヘタクソすぎるんだ。そりゃ強者が弱者を一方的に痛めつける光景は、サディスティックな楽しみになったりするだろうけど、こういったエンターテイメントはやっぱ万人を楽しませてなんぼだろう。
同じ内容の試合ばっかりは、日本だったら完全に金返せって暴動が起きるレベルの最悪具合だっての。
「なぁ……最近の試合っていつもこんな感じなのか?」
「何かご不満がございますか?」
「いやいや。あんな何の盛り上がりもない試合見ててつまんなくね?」
素直な感想をメイドちゃんに告げてみるも、不思議そうに首をかしげるのみ。眼下に広がる観客連中も、こんな残無い試合で良く盛り上がれるな。俺が酔ってたらヤジの100や200くらい怒鳴り散らしながら建物ぶっ壊すレベルだぞ。
「まぁいいや。それよりもリエナ――チャンピオンっていつ戦うんだ?」
「本日はすでに終えております」
「マジかよ……じゃあこんなとこに用なんて無いから、裏で会うから案内してよ」
リエナが出ないのなら、こんなドスベリ戦闘を見ているなんて苦行をしているつもりは毛頭な――
「チャンピオン出てこいやあああああああああ!!」
あまりのそのバカ声がうるさくて癇に障ったので、一瞬だけど殺してやろうかなんて思って下を覗き込んでみると、ゴリラがリング上を所狭しと暴れ回っていた。その相手はまたあっという間に倒されたんだろう。場外で壁に向き合って動く気配がなく、今はこの闘技場の警備が蟻みたいにうじゃうじゃ出て来ては取り押さえようとしているが、剛腕を横薙ぎにするだけで5・6人が吹っ飛ぶという。俺としてはさして珍しくもない光景が繰り返されている。
「そこなメイドさんや。あのゴリラは一体何だ?」
「彼は昨日チャンピオンに挑戦して完膚なきまでに叩きのめされたオーラ・ウータンですね」
「ややこしいな」
「何がですか?」
「こっちの話だ。それよりもあんだけ暴れてんなら戦わせてやればいいだろ」
警備の人間とゴリラとじゃあ明らかに実力にも体格にも差がある。
良い所180程度がマックスの警備に対し、ゴリラは脅威の300超え。おまけに横にも広いせいでMMOのレイドボスを彷彿とさせる。懐かしいなぁ~。
「金爵の指示でして、チャンピオンは日に5度しか戦闘させてはいけないと言われておりますので」
「なるほど。そいつぁ少しマズイかもな」
「特に問題はありませんが」
あのゴリラを完膚なきまで叩きのめせるって事は、あれよりは遥かに強いって事は証明されてるけど、リエナが満足に運動できるような相手なんてそうそういるもんじゃない。絶対に運動不足だろうし、それによるストレスもたまっているんじゃないか? そのあたりの事を金爵はどう考えてんのか知らんけど、これが長く続くとよくない気がする。
なんて仮説を、眼下のゴリラを眺めながら語っていくと、メイドちゃんは納得したのか少し顔色が悪くなったが、ここから先はこの闘技場を運営する立場の人間が考える事なので、特に何かしようとは思わない。だって解決策はリエナを存分に戦わせる事だけなんだしね。
「さぁて。リエナの所に行くとしますかね。案内して」
「は、はい」
さすがに物理だけじゃあどうにもならないと理解し始めたんだろう。ようやく魔法使いらしき人材が投入されてきたのでもう大丈夫だろうとこの場を後にする。
また1階まで降りて来て、今度は関係者以外立ち入り禁止の地下に向かう扉をくぐって地下1階へ。左右から怒鳴るように飛び交う俺の容姿に対する称賛の嵐を涼しい顔でスルーして、目的の地であるリエナの個室へと突入する。
「おいっす。元気してたか?」
「ひっ!?」
元気いっぱいって訳じゃないが、まぁまぁ普通のテンションで入ったはいいが、隣のメイドちゃんは完全にビビっちゃってる。なんたってストレスを発散するためか部屋中ボロボロなんだからな。むしろこんだけ暴れてよく建物が無事だったよなぁって言いたい。余程頑丈に作ってんだろう。
そんな部屋の中央で、不機嫌そうにしているのがリエナ。久しぶりに見るその姿は運動不足がたたったのか若干だけどふっくらとしてるけど、その程度でその美しさが陰るような事はない。
「……アスカ?」
「おう。世界一の美少女アスカちゃんだぞ」
えへんと胸を張ってそう答えたのはいいが、ゆらりと幽霊みたいにゆっくりと立ち上がったと思った時にはもうこっちに向かって飛び出して来たので、軽く受け止めて地面に押さえつける。
胸を張ってからリエナを地面に叩きつけるまでの時間は半秒。普通の人間。この場合はメイドちゃんの事を指してるんだが、その目にはきっと瞬きをした時にはもうって感じだと思う。
「……」
「えーっとだな。とりあえず息抜きさせたいから上のリンクを使える状況にしといてくれ。観客は居ても居なくてもいいが、命の保証はしないと伝えておいてくれよ」
「え…………あ、はい!」
取りあえずは落ち着かせないといけないんだが、そのためにはやっぱ大きくガス抜きをしてやらんとまともな会話にならないと判断し、上の闘技場で心ゆくまで――はこっちが面倒なんで、30分くらいは付き合ってやろう。
しかし。アスカのまま現れるのは人の目がある場合は極力避ける。やがて訪れる世界ハーレムの未来の為には、この存在はあくる日のために出会った女性にしか見せたくないのだよ。やれ敵を倒せだやれ魔王を何とかしろって言われたくないからな。
なので、メイドちゃんが居ないこの間にシュバババっと着替えを済ませる。その格好ってのはもちろんあのみんな大好きプロレスマスター・スーパーストロングメアリーである。きっと観客の連中も俺の登場を今か今かと待っている事であろう。
「はっ!?」
「起きたか。やっぱ龍族ってのは頑丈だな」
「……アスカ?」
「違うな。この姿の時はスーパーストロングメアリーだと言ったはずだ」
「長い」
「……ちなみにこの肉はA5ランク一ヶ月熟成松阪牛メスの処女のサーロイン500グラムと言うんだが、一言一句間違わなかったら食わせてや――」
「A5ランク一ヶ月熟成松阪牛メスの処女のサーロイン500グラム」
「随分と記憶力いいじゃねぇかコラ」
さらりと言ってのけたリエナの頬を引っ張ってにこやかに怒りを表現している俺に対し、当の本人は見せびらかされた肉を生のままもぐもぐしていた。




