#228 俺って凄い事したはずだよね? ねぇ?
「相変わらず賑やかな場所だなぁ」
久しぶり。と言ってもほんの3・4日しか離れてないんで変化らしい変化はない。相変わらず広いしうるさいし人がごった返してる。
しかし。俺はユニを引き連れて歩いてるんで、その巨体に完全にビビってる連中が自然と割れて歩きにくいと言った事にならずに済んでいる。済んでいるんだが――
「おっ。そこのお姉さん。俺と酒場で一杯飲みませんか?」
「い、いえ……わたしは少し忙しいので!」
「じゃあそこの猫耳のお嬢さん。そこの店で俺とスイーツでも――」
「ごめんにゃさい。これから用事があるのにゃ!」
「でしたらそこの――」
「ワタシ彼氏がいるの~っ!」
とまぁこんな風に、声をかける端から速攻で嘘と丸わかりの言い訳を叫ぶように発しながら逃げて行ってしまう。理由は言わずもがな。少し後ろを歩くユニの存在だ。
馬よりもデカく普通に従魔なんで、行列に並ぼうとしたところに速攻で一部の高ランク冒険者がユニを見た途端にAランクの〈森角狼〉だ! なんて叫び、臨戦態勢を取りやがったから、従魔だと言うよりも早くあっという間にそれが広まってだーれも近づかんくなってしまったのだよ。当然、そのお礼としてちょっと裏で1回ころ――げふふん。痛い目を見てもらったけどな。
従順とまではいかんかったが、俺を敵に回すとこの世界で生きていけないってくらいには脳に刻み込む事が出来たはずだ。
それで幾分か気が晴れたとはいえ、根本的に問題が解決した訳じゃない。綺麗で可愛い女性と知己を得るには、どうしたってユニの存在は邪魔になる。あいつ等があんなことを言い出さなきゃ、ユニを見ても一目散に逃げるまで恐れたりしなかったはず。
だからって外で待ってろなんて言えば、万が一こんな町の近くでAランクの魔獣が出たぞなんて騒ぎから、実はテイムされた従魔でその飼い主が俺だなんてコンボになれば、この程度じゃすまないと思う。だから渋々連れて歩いてる訳で……。
「さーて。どうすっかな」
一応周囲の注目を浴びると言う目的は十分すぎるくらいに達成してるし、これからもその波は加速度的に広がっていく予定だ。こっちが意図した方向とはだいぶと違うけどな。
だから、ここで放っておいても俺と言う存在は王都から聞き込みにやって来た風の魔法使い共の耳に簡単に飛び込んでいくだろう。そしてそのアリバイに俺と言う存在を犯人リストから消し去れ!
「ご主人様おなかすいたのなの」
「そうか。ほんならまずは宿でも取るか」
〈万能感知〉を開き、ゲーム画面風の設定に切り替えるとすぐに宿屋なり武器屋なりと言ったドラ〇エ的な表示が現れるので、目についた端から飛び込んで宿泊の交渉をする。別に高級だろうが見た目ボロの木賃宿でも一向にかまわない。だって寝るのは自前のコテージなので、その扉を置いて床が崩れない程度の強度があれば十分よ。
しかし――
「すまんな。ウチの宿じゃその従魔は泊められんよ」
「申し訳ございません。本日は部屋の方が満室でございまして……」
「泊められる訳ねぇだろ。そんなデカブツが居たんじゃ宿に客が寄り付かねぇだろうが」
軒並み拒絶。絶対にどっかのクソ冒険者が腹いせに俺のない事ない事を言いふらして回ってやがるな。じゃなかったら、そこそこ高級な宿にユニの半分くらいのサイズの従魔がいる場所にユニ2人分の空きスペースがあったんだからなぁ!
「あーあ。ムカつくからこの街を滅ぼしたくなって来たな」
「ご主人様落ちつくのなの。そんな事すればアニーとリリィに怒られるのなの」
「そうですよ。それに、いくら滅ぼしたところで現状が改善する訳ではないのですから」
「まぁいい。あのクソ共のせいで何となくこうなるだろうなぁって思ってたからな」
やはり高ランク冒険者。あの程度のかわいがりでは復讐を止められんかったか。別にこの程度の物を復讐と思うかどうかは個人の自由だけど、俺はしっかりとこれを復讐と捉える。何せ行動の阻害をしたんだからな。
奴等には後で楽しい時間を迎えてもらうとして、今は宿だ。
「ではどうするのですか? ご命令とあらば邪魔者全てを喰らい尽くして見せますが」
「心配すんな。宿に泊まれないんだったら別の場所に行けばいいだけだ。ついて来い」
普通の方法で宿に泊まれないんだったら、違う手段でコテージの置ける場所を確保すればいい。ほんの500キロの扉だ。スペースなんて椅子を2つ並べたくらいあれば何も問題はないし、そんな場所をポンと貸してくれるだろう知り合いは存在する。金爵とかレジスタンスとかこの街の領主とか。
そこら辺に頼めば大丈夫だろうと意気揚々と進んだのもほんの2時間ほど。
「……」
「ご、ご主人様……しっかりするのなの」
「さすがに同情を禁じ得ませんね」
そう。俺の知り合い連中にすべて当たったまではいい。一応全員俺を覚えててくれたし、要求に対しても今までの宿屋の連中共と違って歩み寄ってくれる姿勢も見せてくれたが、それでも駄目だった。
金爵の所は、伯爵をぶっ殺したせいで色々と都合がつかなかった新たな商業ルートの開拓で大忙しらしく、馬車も頻繁に出入りしててそんなスペースは用意できないと不在の主に代わって秘書子ちゃんに頭を下げられた。
次に向かったのは兵舎。
そこでは、リューリュー達が革命成功の功績によって新たに伯爵となった例の貴族の下で騎士団の一員となって、日々起きる元伯爵に寄生していた貴族連中が雇ったゴロツキや山賊・盗賊と言った犯罪者の反乱行為に対して忙殺されており、幾人かの間をたらいまわしにされた結果、最後には見た事もない兵士にそんな場所はないとばかりにけんもほろろに扱われ、手伝ってやった貴族も順番待ちの連中を押し退けて面会は受けてくれたが、今は多くの部下が寝る間も惜しんで働いていて場所を提供できないと断られた。
あんだけ手伝ってやった――ってか、俺が居なけりゃこんな忙しい目に合わなくて済んだって言うのにこの仕打ち。さすがに堪えるぜ。
「……いつまでもこうしていたって事態は好転しねぇ。こうなったらユニが悠々と歩き回れるくらいでかい空き家を借りれるかどうか商人ギルドで聞いてみっか」
別にギルド員って訳じゃないが、相手はある意味金の亡者と言って差し支えのない相手だ。恐らくだが、金さえ出せばそのくらいの事は喜んで案内してくれんだろ。たとえ出来なくても、出来る場所でも教えてもらえるはずだ――ってか言わせる。
目的が決まったところでさぁ動き出そうと一歩進んだところで、アンリエットの腹が盛大に空腹を訴えてきた。
「うにゅ……それよりお腹空いたのなの」
「そろそろ昼食の時間ですからね。どこか適当な場所で一度食事をし、それから泊まる場所を探すとしましょうアンがもちません」
「そっか。だったら、少し道を逸れるが近くに廃公園だったはずだから、そこで飯にすっか」
こんな往来で飯の準備を始めようモンなら、新しい店か何かと勘違いされる可能性があるからな。丁度スラム街区も近く、害悪貴族も多数排除されているらしいので一体どう変わったかあのガキどもに話を聞いてみるのも悪くないって訳で、アンリエットを背負って秘密の入り口でもあった公園へ。
「まぁ……そりゃそうだよな」
あん時は暗かったら全体像が見えてなかったが、こうして明るいうちに見てみると本当に何もないな。池らしき場所もあるみたいだが生物も水草も水すらない。何か変わってるかなぁと期待したが、さすがに3日くらいしか経ってないし、何より優先度が低そうだ。
しかし。飯を作って食う分には十分なスペースはある。
「さて。何を食う?」
「お肉なの~」
「そうですね……先程まで主の速度に合わせて移動したのでカロリー消費が大きいと思いますのでワタシも肉を。それとどら焼きを5つほど」
「へいよ」
さて……と。調理開始と行こうかね。
さすがに毎食毎食手抜きのステーキってのは味気ないし、何となく腕が錆びる感じがするから今日は少し手の込んだ肉料理を作ろうではあーりませんか。
まずは骨付きの肉の骨を避けてカットして、水を張った圧力鍋に生姜と共にぶち込んで10分ほど煮込んでからいったん取り出し、中の水は豚のエキスをたっぷりと吸い込んでるんでスープに使うから別の鍋に移す。
そうして空になった圧力鍋にまた肉を入れて、今度はパイナップルと醤油と水をどぼどぼ注いで蓋をして今度は20分煮込んでいる間に、スープに使う用の煮汁から余分な油を取り除いて野菜各種を放り込んで煮込む。味付けは肉が濃い目なんで塩胡椒でシンプルに。
20分の煮込みが終了したので、今度は蓋を開けて煮汁が煮詰まるまでじっくりコトコト煮込んでいく。味は……少し甘めになったがアンリエットが居るからこんなもんだ。
「うぅ……早く食べたいのなの」
蓋を開けてる事で煮汁の甘辛い香りがふうわりと風に乗ってアンリエットの食欲を刺激するが、皿に盛っていただきますをしてからじゃないと食べてはいけないとちゃんと叩き込んであるからな。多少拷問のようになるかもしれんが躾として教育してるんで問題ない。
万が一それを無視してむさぼり喰らうような事をしようモンなら、神壁に閉じ込めて3日3晩飯抜きにした挙句に毎食毎食目の前でこれ見よがしに肉をむさぼり喰らうと言う悪魔の所業を繰り返す予定ではある。実際に一度やってるからその効果は覿面なはずだ。
「……よし。もういいだろ」
十分に煮汁が煮詰まり、とろりとしたソースみたいになったので皿に盛り付け、スープは弱火で火にかけたまま。俺はご飯でユニはパンをそれぞれ食卓に並べてさて食べようかねという所で、ユニが耳をひくひくと動かすので目を向けてみると、そこに居たのはあの時一緒に下水道に行ったガキだった。




