#227 前門の虎後門の狼? そんな生易しいもんじゃねぇよタコ!!
「おいっす~」
時間が時間なんでさっきと同じようにって訳にもいかんので、普通に真正面からアニーとリリィさんの知り合いであると告げて呼んでもらうと、5分もしないうちに2人が来てはリリィさんは後ろから抱き着いて膝に乗せられて後頭部に顔をうずめて過呼吸か! ってくらい荒々しく――アスカ成分なるものを吸い込んでいるんだろう。
そんな熱烈な歓迎を受ける一方で、アニーはと言うと難しい顔をしながらこめかみ辺りを指で押している。
「あんま確認したくないんやけど、終わったんか?」
「おうよ。こういうのは迅速に済ませるのが一番証拠を残さない。ある意味証拠は残してきたけどな」
「……ここやと怒鳴られへん。部屋に来ぃ」
「え? ちょっと待てよ。事前に――」
「え・え・か・ら・来・い」
「……ハイ」
嘘ぉ~ん。ちゃんと第5王子ボコってくるって言ってあったはずなのに、どうして怒られにゃいかんのだろうか納得できぬ。ここは――
「そのリリィから逃げられる思うてるんか?」
「はふーっ! アスカはんのにほひ……最高やああああああ!!」
うなじに顔をうずめながら、公衆の面前であるにもかかわらずそう叫ぶ。
確かにこの状況から逃げおおせる事が出来れば、俺は恐らくだが世界最速の逃げ足を持つ者という称号を手にする事が出来るだろうが、この状態になったリリィさんを相手にいくら全力を出したところで未来永叶わないのをハッキリと確信している。
俺を追って走れば光速を凌駕。
抱きしめる力はドラゴンであろうと両断。
世界の反対側からだろうと正確に位置を察知する嗅覚。
この状態を俺達の中では無敵モードと呼んでいる。俺の数少ない天敵だ。ちなみに後はマジギレアニーが俺のもう1人の天敵。
「……リリィさん。部屋に行きたいんだけど」
俺的にはいたって普通の対応をしたつもりだったが、その言葉を聞いた瞬間。明らかにリリィさんの空気が変わった。どう変わったかと言えば、現状でさえ手も足も出ないって言うのにさらに強力に――端的に言うなら神すら殺し得るって感じだ。
今は完全に背後を取られてるんで表情をうかがい知る事は出来ないが、気配だけでそれを見るのはヤバいと本能が警鐘を鳴らしている。マリアであろうと泣きながら逃げ出すだろう。
「アスカはんからのお誘い!? え、ええんですか? あて……そないな事言われてもうたら――」
「朝っぱらからなに口に出そうとしとんねんアホォ!」
ここで、アニーからハリセンでの強烈なツッコミがさく裂した。
さすが関西弁を使うだけあってそのツッコミの腕前は超一流。建物内に響き渡るほどの完璧としか言いようのない音を出しての一撃は、周囲から拍手をいただくくらいに凄かった。
「ハッ!? すこぉしアスカはん成分取り込みすぎてもうた」
「正気に戻ったみたいだな。まずは解放してくれんかね。身動きが取れない」
「そのまんまでええ。リリィ、アスカ離したらあかんで」
「なにを当たり前の事を言うとるんやアニーちゃん。あてがアスカはんを手放すなんてありえへんわ。そないな事言う奴は……きっと魔王でも殺せる自信があるわ」
何の淀みもなく紡がれる言葉には一切の濁りがない。1点の曇りのない心の底からの発言なんだが、その内容が俺に対する狂信的なまでの執着と言うのが何とも締まらない。
結局俺は、リリィさんに抱きしめられながら部屋に戻って来た。すぐに鍵がかけられ、壁に吊り下げられている紐みたいなのを引いた途端。アニーの顔が般若になった。ヤバい……マジギレアニーだ。
「ええかアスカ。王城は今アンタが来るかもしれへんっちゅう事で過去に類を見ない厳重な警備をしとる。それは言うたな?」
「お、おう。確かにそう聞いた」
物々しい雰囲気があったし、魔道具で第5王子の護衛連中を眠らせた時も随分とゾロゾロと――砂糖に群がる蟻のように出て来るのをこそっとのぞき見していたからな。
「その厳重な警備をこない短時間で抜ける訳あれへんやろ!! 白状せぇや。一体何やらかしたんや。ドンだけの人間殺して進んだんや!」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺ぁ別に誰も殺してないぞ?」
「嘘つくなや! あんだけドエライ警戒網の中を殺しもせんで抜けられる訳ないやろ!」
「いやいやマジだって。その耳は飾りじゃないんだろ? もしもそんな事が王城で起こっていたんだとしたら、ここまで静かな訳がないだろうが」
俺が手をかけたのは第5王子と運が悪かった兵士1人だけ。その2人にはそこそこ手酷い怪我を与えたが命に別状はない。おまけにそれをグリセリンであると判断してくんないかなぁってために、結構質のいい物をそれとなくいくつか置いて来てある。
これの内の1つでも該当するような事があれば、フクロにしたのは俺じゃないってなるし、その後にでも俺がどこか別の場所でナンパをしていたなんて目撃情報が流れるようになれば、距離と時間の関係上どうしたって不可能だろうって結論に至り、俺は晴れて無罪放免って流れになる。はずだ。
そんな事を正面切って堂々と行えば、間違いなく戦闘になる。元々俺を何とかするための警戒網だ。当然のように取り囲み、殺すため(笑)に総力を挙げて襲ってくるだろう。
これを返り討ちにするのは簡単だけど、当然騒ぎになる。それはもう王都中を巻き込むようなとてつもない騒ぎになるのは必至だが、今はどこにでもある街の喧騒レベルの賑やかさしかないはずだ。はずだと言うのは、この部屋に入ってアニーが紐を引いてから一切音が聞こえないとはいえ、〈万能感知〉で外に目を向けてみればそんな素振りは全くないから。きっとあれは防音的な魔道具なんだろうな。
その考えは合っていたようで、アニーがもう一度紐を引いて耳をピコピコ動かして音を拾っている。あぁ……あれを心行くまでモフモフしたいなぁ。
「……ホンマや」
「だろ? あんな大量に人がいるだろう場所にわざわざ真正面から突っ込むなんて事しないって。全滅させるのは可能だけど、いちいち1人1人殺して回るのは面倒だからな。余程の事がない限りは必要最低限の事しかしねぇのが俺だ」
「……まぁ、誰にも気付かれずにやってもうたいうなら信じたる。せやけどアスカがやった言う疑惑が残らんわけやないやろ。その辺はどうするつもりや?」
この世界は魔法が蔓延っている世界。〇ーラみたいな魔法が使えなかったとしても、色々と王都に侵入する方法はあるようで、この程度であればまだ疑いが晴れるとはならないらしい。
なので、作戦は第2段階へと移行する。
「ここを出てすぱっと適当な街に入ってナンパする。存在をアピールするならすぐそこのシュエイが妥当だろ。俺ほどの美少女がそんな事をすればきっと目立つだろうし、ついさっき襲撃起きたのに俺は別の場所。距離と時間を考えれば犯行は難しいと思わんかね」
「時間による。どんくらいでつきそうなんや?」
「ユニに合わせれば、ここから1時間もかからずシュエイまで行けるな」
大して多くない経験則だが、本気で走れば数百キロくらいなら10分もあればお釣りが来ると言っても、数キロごとのクレーターなんて物が形成される事をいとわなければって前提がつくので、7割くらいに抑え、森の中を最短距離で突き進む予定である。これならユニとアンリエットを担いでも1時間程度で到着できる。
そして、そこで1人でも多くの女性に声をかけていけばこの容姿なのだからまず間違いなく目立ち、自然とその時間はここに居ましたよってアリバイが成立するだろう。
「確かにそないな事が出来れば理屈は通る。せやけど魔法を見せてるんやろ?」
「風魔法だけな。それも一番レベルの低い〈微風〉だけだぞ」
たった一発で盗賊団30人を圧死させただけ。それくらいしか魔法を使ってはいない。そしてそれ以外の荒事はユニやアンリエットに任せたので、連中には俺が魔法だけの口の悪い超絶美少女にしか見えないだろうと思っているが、どうやらリリィさんにはそう見えてないらしい。
「甘いでアスカはん」
「甘い? 別に砂糖水に浸かったりしてないけど」
「そないな事せんでもアスカはんの体液はあてにとったら甘露やで♪」
「「……」」
「――ごほん。ええですか? 確かにアスカはんは〈微風〉と唱えとるけど、結果は明らかにLv3相当の魔法になっとる。しかも無詠唱ときとります。これがどないしてそうなっとるんか分からんのやけど、大抵の魔法使いやったらそれがすぐに分かってまうんや。そしてそんだけの使い手やったら、〈飛翔〉っちゅうLv2になると使える高速移動の魔法を使ったんやないかって疑われる可能性がある思います」
「色々と聞き捨てならんことがあったけど今はいい。〈飛翔〉ってなんだ?」
「足に風の力を纏わせて、文字通り飛翔するように駆けられる魔法や。熟練のモンになると王都からシュエイまで1日で駆けるらしいですわ」
「ふーん」
あの距離を1日って言うと、俺の2割――普通くらいの速度だな。それで熟練ってなると、本当に俺ってチート。自分のくじ運の強さに惚れ惚れするぜ。
「……どれだけ凄いか分かってへんやろ」
「まぁ……俺が普通に走ったくらいとそう変わらんし。本気だしゃ10分くらいで着くぞ?」
1日と1時間の差はデカい。それだけあれば100人以上には声をかけらるから、その内の10人の泊まっている宿なりを聞き出し、その中の1人くらいには将来の一夜が確約できるやもしれんと考えれば、こうのんびりしていても平気なのだ。じゃなかったらわざわざ2人の前に姿を現したりしてないって。
「ええですか。この際やから言うときますが、王都~シュエイ間を1日で駆ける言うんは命がけや。そんだけの速度出す言うたら文字通り全て絞り出さな不可能な距離なんや。主に急を要する伝言を伝える為に使われる緊急の一手。これを使うと魔法使いは魔力欠乏になって数日は使いもんならなくなってしますよって」
「だらしないな」
「そう言えてまうアスカはんが凄すぎるだけや。とにかく。シュエイに行くんやったらそれだけは頭の隅に入れといた方がええっちゅうことや」
「だな。確かに有益な情報だったかもしれん。助かった」
これを知ってるのと知らないのとじゃ、結果にわずかな齟齬が生じる所だった。
確かに1時間でシュエイまでたどり着けるとは言え、そこまでする必要はないだろうと踏んでた。どうせ相手は格下。本気を出すまでもないと高をくくって2日3日かけてのんびりと向かおうかと思っていただけに、この助言はありがたい。
「なーに礼には及ばへん。アスカのおかげでいろんな事に融通が利くようになったんや。こんな事でしか恩を返せへんのが心苦しいわ」
「そう思うんだったら、もう少し作った物に対して寛容になってくれんかな」
「それとこれとは話が別や。あんなモンをポンポン世に出してまうと世界がおかしなってしまうわ」
「へいへい。そんじゃあ俺はシュエイに向かうんで帰るわ」
最初に比べて、リリィさんは随分と正気を取り戻した。これならばと少し強めに離れようとしてみると拘束はすぐに解け、晴れて自由の身となった。
「ええっ!? も、もう行ってしまうん?」
「だって急がないとその魔法を使ったんじゃないかって疑われるって言ったのはリリィさんだろ」
「せ、せやけどもう10分だけでも……あっ!?」
名残惜しそうに抱きついて来ようとしたリリィさんに、アニーがハリセンを見舞ってから羽交い絞めにした。
「どうせすぐに会えるんやから大人しぃせぇ。ほれ、さっさと行った方がええで」
「ありがとな」
そんなかんじでサクッと王都を後にした俺は、地中からユニとアンリエットを引っ張り出してパパッとシュエイに飛び込んだのは第5王子襲撃からわずか2時間後である。




