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#226 その名は未定

「ふむふむ。これが王都か……」


 マジで来たくはなかったんだが、全人類の20パーセントの中の綺麗で可愛い女性と永遠に出会う事が出来ないと言われてしまえばそうも言ってられないって訳で、夜も明けきらない時間に門を通らずに侵入。その際に少しだけ全身を舐めるように何かが触れた感覚を感じたのはきっと浄化魔法なんだろう。

 当然。そんな時間なんで人の姿なんてある訳がない。あったとしてもほとんど兵士に、ほんのひとつまみの店の掃除なんかをする丁稚が居るくらいで閑散としている。もちろんそんな時間を狙って来たんだから当然っちゃ当然だ。

 なので、ステルスでの散策が求められる。誰かに見つかりでもしたらそれだけで怪しまれる。何しろすでに忍者の格好なんだからな。


「ふむふむ。大した城だ」


 さすが人種の中心地と謳うだけはある。どこを見ても地面は石畳で整備されてるし、建物1つ1つも新品みたいに綺麗だ。アンティークな趣のある物がないのが何とも作り物っぽく感じてしまうが、街全体まで広げるともはや神の住まう地みたいな神々しさを持つようになる。

 中央辺りにある城も、幾つもの尖塔が天を突き、10メートルにも迫るんじゃないかってくらい広くて魔物みたいな反応がある堀に馬車が通れる必要最低限のサイズの跳ね橋があって、その入り口前には兵舎にしか見えない5階建てくらいの建物にざっと見200近い兵が常駐し、周囲に誰もいないってのに警戒を厳にしてる。

 それ以外にも、城を囲むようにそびえたつ外壁には懐中電灯みたいな物を片手に見回りをする兵士がゾロゾロ歩き回り。さらには〈万能感知〉に赤色のサークルが一定の速度で決められた動きを繰り返しているのまで確認できるが、数キロ離れたこの位置からじゃあ何が動いてるのかの確認が出来ないが、あそこに足を踏み入れては駄目だってのは理解できる。

 しかし……なんちゅう厳重な警備だろうか。これは真っすぐ向かうより一旦アニー達から城に関する情報を得てからの方がいいかもしんないな。

 〈万能感知〉で2人の所在を知ったところで、誰も彼も寝ている時間帯。それをこっちの都合で起こすのは気が引けるな。


「情報を入れとくか」


 取りあえず、町が賑やかになり始めるまでは城の外周をぐるっと回って、何か分からん赤い円の動きを観察したり。見張りの勤勉度合いや行動を起こす精度と速度を計ってみたりと、様々な実験を警戒心を上げないレベルで繰り返しているうちにあっという間に時間は過ぎて、気が付けば町民が外を歩き始め、そこかしこからパンの焼ける匂いが漂ってくるんで反応を頼りに一軒の宿屋に到着。

 窓から中をのぞいてみると、2人とも起きてたので軽く窓を叩いて存在をアピールするとすぐに招き入れられた。正確には引きずり込まれたんだけどな。


「ふおおおおおおお……アスカはんやアスカはんやアスカはんやぁ……」

「ちょ、少し落ち着いて」

「ふおおおおおおお……」


 あ……これ、駄目な奴だと俺とアニーは直感し、無視して話を進める事にした。


「まず……体の調子はどうだ?」

「今ンところは大丈夫や。それよりいつの間に王都に入っとったんや?」

「時間も時間だったんで朝方にひょいっと外壁飛び越えてな。見つかるようなヘマはしてないから安心しろ」


 けろっとそう白状すると、アニーはこめかみに血管を浮かべながら額を押さえている。まぁ何となく怒りたいんだろうなって気持ちは理解できるけど、そう長居する訳でもないし、きっと飛び越えるなんて思ってもなかったんだろうね。城と比べてかなりザルだったんであっさり侵入させてもらった。


「……まぁええわ。そんで? もしかしてホンマに第5王子に復讐するために来たんか?」

「復讐とは人聞きの悪い。俺は恩を仇で返すとこういう目に合うんだよって事を教えてやるために来たんだ。もちろんその罪はグリセリンにすべてかぶってもらうけどな」

「グリセリン? それがアスカの言ってたアテかいな。誰なんやそれ」

「知らん。確かあの婆さん達がそんな名前に謀られたとかなんとか言ってた気がするんだよなぁ。いかんせん女性が絡まない事は忘れっぽくてね。確実にこれが正しくはない事が分かってんだが、俺ン頭にゃこれで記憶しちまったんでな。そいつが女性でない限りもう修正は効かん」


 第一。これから迷惑がかかるであろう相手の名前なんてどうでもいい。完璧な変装に加えてこのタイミングでの襲撃は、高い確率でそいつの仕業と思うだろう。何せ王都付近にユニの姿はないし、俺は魔法の腕前しか披露していない。まさか既に内部に侵入されているなんて思いもしないだろう。

 グリセリンには悪いと――ペットボトルのキャップくらいの大きさで思っているとしても、銀河レベルで綺麗で可愛い女性と1人でも多く知り合いたいって思いの前には塵に等しい。


「もうええわ。どうせ止めぇ言うても聞かんのやろ?」

「え? アニーは善意で商品を譲ってやったのに後で盗まれたなんて言われて許せるのか?」

「そんなん許す訳あれへん。地の果てまで追いかけて自分が何したか骨の髄まで分からせるんが商人として生きるモンの定めや」

「俺の使用としてる事もそんな感じだ。という訳で城の情報が欲しいんだけどなんか知ってる?」


 そう問いかけてみると、アニーは侯爵に招待されて一度城の中に入っているらしい。内容は詳しく教えてくれんかったけど、帰りにもまた護衛を頼みたいと俺に伝えてくれと聞いたので、どうせ帰りも同じ道を通って行くんだし別にいいんじゃないかって事で、帰るタイミングはそれに合わせる事になった。

 問題の王城の厳重体勢だけど、理由はやっぱ俺の襲撃を警戒しての事らしい。昨日の今日で早すぎんじゃねぇかって思わなくもないが、中には転移魔法――所謂〇ーラが存在する事を知ってる連中がいるらしい。

 とはいえそれを行使できる使い手は少なく、また例外なくどこかの種族の王や高位貴族に仕えているとの事で、当然俺も使いたいと思っているがいかんせんレベルが足りないから出来ない。

 使えるのは精々全属性Lv1くらいなもので、一体どこまで行けば使えるのか……道のりは長いなぁ。

 少し話がそれたな。とにかく。城の厳重警備は俺が転移魔法でやってくるのを恐れての事で、どこかで討伐されたなりの話が届けられない限りはいくら住民が不信に思おうとこれを解除する気はないらしいとの情報が侯爵づてに送られてきたので、もしかしてと俺に連絡を寄越したらしい。


「なるほど。だったら住民に迷惑をかけるのも悪いしさっさと終わらせるか」


時間をかければかける程正体が俺なんじゃないかって方向に傾く。そうなるともう払拭するのは難しい。それこそ人類滅亡レベルを排除しないといけないくらいには信頼度が落ちてしまう。それは超絶怒涛に面倒なんで絶対にお断りだ。

 なので今すぐ。出来れば今日中に終わらせるのが一番疑われないと俺は思っている。


「ええか。くれぐれもやりすぎるんやないで」

「大丈夫だ。万が一死んでもエリクサーがある。だから無問題」


 という訳で、今だよだれを流しながら頬擦りしてくるリリィさんを精巧なアスカちゃん人形を差し出す事で辛くも逃れ、適当な建物の屋上に身を隠して〈万能感知〉で城の動きを確認してみると、やっぱ日が昇ってきた事もあって内部で動き回る人の数が随分と増えた。

 つまりは侵入がより困難になるって事になるんだろう。普通の人間にとっては。


「……よし」


 たっぷり30分観察した事で、サーチや見張りの動きはある程度把握した。あとはその隙を縫って一気に迫るのみなので態勢を整える。場所は城から一番遠い建物の屋上だ。


「……ふっ!」


 強く床を蹴って飛び出し、次の建物の屋根を蹴ってさらに加速。それ何度か繰り返せばすぐに超高速となって街並みを駆け抜け、全身を空に似た色の布を被る事で跳ね橋前の兵舎を抜け、堀を飛び越えて外壁に直撃する寸前に地面を蹴って上空まで飛びあがり、一度やってみたかった風呂敷でのムササビ飛行で少し位置を変えてから急速落下。


「完璧だ」


 兵舎と堀を抜ける時。

 上空に飛び上がる時。

 城に着地する時。

 この3点においてのみ、俺と言う存在が明るみになる最大の懸念材料だったけど、最初はまだしも他の2つは音にしても微かにしか聞こえないし、まさか上空から来るなんて考えてもいないだろう。これで気づける人間がいるなら、俺の考えが甘かっただけだ。

 なのでその確認のために少しの間ここで待機する。

 1分……2分……。


「ん。大丈夫だったみたいだな」


 騒がしくなった様子は無し。となれば後はあの馬鹿王子を見つけ出して反省させるだけなんで、さっさと〈万能感知〉で辺りをつけた場所に向かってみると、結構な数の護衛が詰めかけているものの、俺に言わせれば無駄な事としか言いようがない。


「ほいっと」


 使用したのは一種の睡眠ガスを出す魔道具。無味・無臭・無煙・無副作用。速攻で効果を表し長時間に渡って『対象』を眠らせておきながら記憶の齟齬を補完してくれる非常に便利な一品なので、5分もしないうちに例外なく床に倒れ、その音を聞きつけて飛び込んで来た連中も一呼吸で倒れる。

 そんな光景が終わったのを見計らって足を踏み入れ、覚醒の魔道具と言う名の激クサ布を鼻先にぶら下げる事数秒。くわっ! と目を見開いたかと思えば逃げるようにベッドから這い出し、あまりの臭いに身の危険を感じたんだろう。近くに置いてあった剣を引き抜くと同時に俺と目が合った。

 ちなみにだが、この激クサ魔道具に触れる際にはゴム手袋を3重に装着した上に使用後は衣類を焼き捨て、風呂で入念に体を洗わないといけないくらいに臭いが落ちないが、効果範囲は1メートルと非常に狭い。その分威力は折り紙付きだけどね。


「な、何者だ!」

「……殺し……請け負った」


 そう告げて鈍く光る小太刀を抜き、瞬時に懐まで踏み込んで悲鳴を上げないように口を塞いでから太ももにそれを突き刺す。


「――――っ!?」


 あまり痛みを受けた経験がないんだろう。全身を駆ける痺れるような感覚に加え、大量に噴き出す血を見てあっという間に気絶してしまった。

 ……中に血糊を仕込んだ、刃が引っ込むおもちゃの短剣を押し付けただけでこうもあっさりと終わるなんてな。


「さて……仕上げだ」


 眠りこけてる兵士のうち適当に選んだ1人だけに少しだけ傷をつけてからいくつか置き土産を残し、誰に気付かれる事なくミッションを完了させた。

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