#224 行動は計画的に
しっかり30分ほど尋問を行った結果。おっさん達盗賊団は、獣人領にほど近い場所で盗賊業をやっていたらしいんだが、すぐに目をつけられて討伐隊に全滅させられそうなところを命からがら逃げだし、この辺りで盗賊行為を再開しようと言った計画を立てていたところに、やんごとなき連中の命を奪うために護衛の依頼を受けたふりをして殺してくれないかとの依頼を受けたらしい。
なぜ連中の命を狙うのかと言えば、当たり前だけど詳しい話は一切聞かされていなくて、どうやらあの婆さんとクソガキは相当に高貴な人間であるらしく、今回は王都に目的があって向かおうとしていたらしいので、誘拐して殺せと言われていたが、欲が出て身代金を要求しようとしていたとの事。
肝心の黒幕については、こうなる事を予想していたのかどうかは知らんが、明らかにパイプ役と分かる目深にフードをかぶった正体不明の男からその全てを聞かされ、怪しいとは思ったが想像以上の大金を前に依頼を受け、こうして俺に完膚なきまでに壊滅させられた。
「――とまぁこんな感じが、奴から聞き出せた情報の全てだ」
「「「……」」」
一連の顛末をただ黙って耳を傾けた婆さん達は、何とも言えない表情をしていた。
とはいえ、そこから先は俺の出る幕じゃない。依頼した冒険者も死んでしまったし、襲ってきた盗賊団も全て地面の下だ。ばっちい奴に触りたくなんて無かったんでユニにやってもらったけどね。
「さて。もう盗賊団も襲ってこないがここも安全とは言えない。しかし、俺が受けた依頼はここであんたらを守れってモンだ。それを達成した以上は予定通りしばらく待機する」
「王都までは送り届けてくれないのかしら?」
「それは報酬次第だ。金と権力は要らないからそれ以外で俺が受け取りたいなぁって思う物を今すぐ用意するってんなら、その願いを叶えてやるよ」
おっさんからもらった短剣はアニーの良い武器になるだろうと思って受け取りはしたが、それで受けた依頼はもう完遂してるから、新たに依頼を受けてほしいのであればそれ相応の報酬が必要なのは明白。
別に追いかけて来た少数の盗賊を返り討ちにしたメイドと執事の実力であれば、大した距離でもないし2人を守りながらの旅なんて不可能じゃないだろう。
歩いてどれだけの時間がかかるか知らんが、王都に近づけば近づくだけ魔物の数は減ると信じられてるし、何よりザコしか出なければ気を張らんでも十分に生存の可能性はあるから、これを拒絶しても俺は一向にかまわない。
「そうね……それじゃあこの子との婚約とかどうかしら?」
「「大奥様!?」」
「冗談だろ。誰がそんなクソガキの嫁になるんだよ。報酬どころか刑罰だっての」
「なんだと貴様! ボクは――」
「はいはいうるせーうるせー。お前が何者だろうとこちとら微塵の興味もねぇんだよ。ってか、命助けられたくせに俺によくそんな口が利けるな。親の教育が悪いのか頭が悪いのか……」
やれやれとわざとらしく頭を振って拒絶の言葉といかに間抜けで馬鹿かという事を教えてやると、ガキは余程甘やかされて育ってきたんだろうな。顔を真っ赤にしながら隠し持っていたであろうナイフを握りしめて突進してきた。
「父上と母上を馬鹿にするなぁ!!」
「止めなさいメディ!」
「しゃーねぇだろ。馬鹿なんだから」
ひらりと躱してそのどてっぱらに蹴りをねじ込む。婆さんの制止の声が聞こえたがもう遅い。そもそも野郎である以上は容赦など一切しない。まぁ死なないように加減はすっけどな。
「あぐ……ぐぅ……か……」
感触から相当なダメージを与えた自覚がある。蹴られたガキも腹を押さえながら苦しそうなうめき声をあげてのたうち回ってる。
そして、そんな姿を見てユニとアンリエットが何やってんだかって感じでため息をつく。
「やれやれ。主に盾突こうなど愚かの極み。盗賊団をあれほど圧倒的に鏖にして見せたというのに……」
「少しは考えて行動するといいのなの」
「さて婆さん。アンタは王都までの護衛に何を支払う? 明日まではここでのーんびりゴロゴロしてっから、決まったら声をかけてくれればいい。それまでの間は依頼を受理したままにしといてやるから、近づく敵性生物の脅威に対してだけは安心していいぞ」
今日はぐーたらする日と決めたんで、明日まで動くつもりは毛頭ない。あんましつこいのはイラッとするけど、いくらでも報酬に対しての相談は受け付けるつもりだ。
「その前にメディを治してくれないかしら? こんなでもかわいい孫なのよ」
「報酬に上乗せって形になるが構わんな?」
「貴様……っ」
「やるか? 初めに手を出したのはそっちだぞ。それに加減はしたから今日明日くらいなら死にはしないって。まぁ……3日4日ってなると保証は持てないけどね」
別に回復魔法やポーションを持っていれば何の問題もない。ガキの内臓に甚大なダメージを与えたかもしれんが、俺はあくまで正当防衛をしたに過ぎない。
ここが日本だったなら明らかに過剰防衛だと世間は炎上するけど、幸いな事にここは異世界で日本の常識は通用しない。ましてや誰の目もない大草原の一角。殺されたところで証拠を隠滅せずとも魔物が勝手にやってくれるし、万が一おっさん達とは違う盗賊団なり山賊なりが通りかかれば、これまた勝手に金目の物を拝借して自らやってもいない殺人の犯人として名乗り出てくれるだろう。
つまり、ここでの決定権は俺が握っていると言っても過言ではない。ガキが馬鹿な真似などせずに黙っていれば、少なくとも婆さん達だけで王都に向かうという選択が取れたはずなのに、今じゃ絶対安静の重体。これでは移動などままならないし、放っておけばいずれは死に絶える。ほぼ詰んでいる。
一体どうするんだろうとボーっと眺めていると、やがて1人が立ち上がる。執事だ。
「ネフティ。大奥様達を頼む」
「まさか……」
「勘違いするな。馬車にポーションを積んでいたのを思い出した。それを取りに戻るだけだ」
おっさん盗賊団の連中が荷物らしい荷物を持っていなかったので、大した物もなかったんだろうと少し考えたけど、旅をするにあたってちゃんと必要になりそうな物は積んであったらしい。どうしてそいつらが持ってこなかったのか不思議に思うが、その確認するしてなかったな。
「せいぜい頑張れよ。そんじゃひと眠りするとしますかね」
何せこっちは、ぐーたらする事に忙しいんだからな。そっちで何とか出来るってんなら渡りに船だ。これで心置きなくぐっすり……ぐぅ。
――――――――――
「――ま。ご主人様起きてなの」
「ん……っ。よく寝たなぁ」
アンリエットに揺すられて目を開けてみると、うっすらと暗くなり始めている。やっぱ子供の身体だからかね。これだけ寝ても目をつむればまだまだ夢の世界を楽しめる自信はあるが、起こしたのがユニじゃないってだけで、それは許されない。
「じゃあ飯にするか」
「もうおなかぺこぺこなの」
俺達の食事の時間は大抵アンリエットで決まる。
良く動けば早くなるし、エコモードになれば遅くなる。とは言えあまりに遅くなりすぎると今度はユニから健康に良くないとの指摘が飛んでくるんで、最低でも22時までには食事を作るのが最近の流れ。そして今の時間は20時。食うには悪くない時間帯。
「……ところで、あの婆さん達はどうなったんだ?」
「執事が童にポーションを何本か飲ませた後に旅立って行きました」
ぐるっと見渡してもその姿はなく。〈万能感知〉で見ても確認できない。もちろん死体としてもだ。最大範囲まで広げれば確認できるかもだが、そこまでする義理は俺にはない。
生きてるならそれでよし。
死んでいたとしてもそれでよし。
決めたのは連中で、俺じゃない。
「そっか。今日は何が食いたい?」
「お肉い~っぱいなの!」
「ワタシは……今日はさほど動いていないのでいつもより3割ほどカロリーを控えめに」
「はいよ。それじゃあ少し待ってろ」
アンリエットには少し手の込んだスペアリブを50人前。
ユニには豆腐を使ったなんちゃって肉定食。
俺は、これからすぐにまた寝るんで軽めにおにぎり2個とマルチサプリ。
「「「いただきまーす(なの)」」」
『アスカ。今ええか?』
糧となる全てに感謝を示してからいつも通り食事が始まったそんな時に、パーティーチャットからアニーの声が聞こえて全員が一瞬で凍り付いた。
まさか……と思う。アニーの第六感はとてつもなく鋭く、同時に商人として感情の微妙な機微を読み取る才にも長けている。少しでも怪しい素振りを見せれば一瞬で気づかれる。全員と視線を合わせて努めて平静に……平静に……。
「お、おう。大丈夫だじょ」




