#222 種も仕掛けもござい
「同行せずともよかったので?」
傷アリ獣人が居なくなってすぐ、草原に寝っ転がってボーっと空を見ているとユニが突然そんな事を言ってきた。
「何故だ? 頼まれたのは同行して盗賊団を鏖にするんじゃなくて、これから来る奴の護衛を頼まれたんだ。きっと俺を危険な場所に向かわせるのを躊躇ったんだろう。馬鹿だよなぁ。そっちを願うんだったらユニぐらい派遣してやったのに」
俺に頼まれたところで絶対に首を縦には振らんが、ユニを貸してくれと言うのであれば十分な対価を得ているから普通に同行させても良かったんだが、よほど切羽詰まってたのかそんなそぶりも見せずに走り去ってしまった。
「主の命令と言うのなら否はありませんが……あの程度の戦士ではワタシを御しきれんと判断したのかもしれません」
「あーなるほど。とは言えそんな提案はなかったんだからのんびり待つとしようや」
そう身体も起こさず目線も空から外す事無く告げ、ウトウトし始めたところでようやく近づいてくる足音が聞こえたので身体をひねって日曜休日の父親ポーズで見てみると、1人の執事と1人のメイド。それぞれの背にはガキと婆さんをそれぞれ背負ってる。
しかも、そのどっちもが一目で高級と分かる服を着こんでいるので貴族なんだろうとすぐに分かる。まぁ執事・メイドを従える一般人なんて存在しないか。
「あなた達が冒険者の言っていた新たな護衛の者かしら?」
「多分な。とりあえず事が済むまでゆっくりしとけ」
寝転がったままソファ(常識の範囲内で高級品)を取り出して着席を促すが、誰も腰を下ろそうとしない。そもそも態度からして気に入らないんだろうな。見た目だけで貴族と分かるだろって連中を前に、涅槃像みたいに寝転がったままなんだから。
表情からもそれを知れるが、俺には相手が何者であろうが興味がない。
綺麗で可愛い女性であればお近づきになりたいし。
気に入らない野郎は問答無用でギルティ。
それで当てはめれば、メイドは十分に可愛いけどアニーとかと比べると食指が動かないし、もう1人は綺麗っちゃ綺麗だけど婆さんだ。そっちの趣味を開花させるつもりはない。
「あの……出来ればすぐにでもここを離れてほしいのですが」
執事がちらちらと、しきりに後ろを確認しながらそう告げる。そうだろうそうだろう。現在進行形で盗賊団であろう連中がこっちに向かっているからな。どうやらあの傷アリ獣人も善戦したが最終的には死んだようで、残った一団がこっちに向かって進軍を始めた。
「無理。いまのんびりとする事に忙しいから」
とはいえ、全員が全員有象無象のザコばかり。1秒もあれば〈微風〉で圧殺出来る。だから逃げる必要なんてない。むしろいっぺんに事が済むんでウェルカムなくらいだ。
「先程の冒険者から話を聞いていないのか!?」
「聞いてるよ。冒険者に化けてた盗賊団におそわれたんだってな。金持ち並なりしてるくせに連中の素性をロクに素性も調べずに雇うからそんな目に合うんだよ。よかったな婆さん。今回の事はいい勉強になったな」
一目でやんごとなき階級の人間だと理解できるガキと婆さん。当然馬車も豪勢だろうから盗賊や山賊なんかにはすぐに目をつけられるので、護衛として私兵を引き連れるのは至極真っ当な流れのはずなのに、なぜ冒険者を雇ったのか。そこまで裕福じゃない? となると騎士爵とかの低位貴族かな。
「違うっ! 悪いのは全部グリュッセンだ!」
ケラケラ笑って連中のミスをより際立たせ、如何に馬鹿な事をしたのか分からせてたところに、我慢出来なかったのか、ガキが大きな声で異を唱える。まるで自分達が悪い訳じゃないと言っているようにも聞けるのが気に入らない。
「は? 何言ってんだお前。ソイツがどんな奴か知らんが、悪事を働かせるような環境に置いてたからこうなったんだろ。こうなりたくなかったらもう少しそういった事に気を配っとけ」
「何も知らない平民が知った風な口を利くな! あの男のずる賢さを知りもせずに……」
「そうだな。知らないし知りたいとも思わないが、怪しいと分かっていながらロクな対策を取らんかったお前等も悪いだろうが。無能なのか?」
俺のこの一言に、全員から殺気が漏れる。さすが少数とは言え盗賊団の追っ手を返り討ちにしただけの事はあるが、それでもアニー達にすら及ばない。もちろん平常時だからな。マジギレしたら俺だろうとマリアだろうとも手も足も出ない。あの時の驚いた顔は今でも忘れられん。
別に一戦やらかすつもりはなかったんだが、相手が俺の忠告を理解できないのなら仕方ない。婆さんとガキには悪いが一緒に1回死んでもらうかと腰を上げるその前に、すまし顔の婆さんがソファに腰を下ろす。
「ごめんなさいね。わたしはお婆ちゃんだから長旅で疲れて、あまり長く立っていられないのよ」
さらりとそう告げる婆さんのふんわりとした空気に、誰もが殺気を霧散させていく。
「……構わんよ。元々そう言った目的のために取り出したんだ。喉が渇いてるなら飲み物を。腹が減ってるなら好き嫌いがなければすぐに食い物を用意してやるぞ」
「あら頼もしいお嬢さんね。それじゃあ両方頼めるかしら。嫌いな物はないけど食べやすいモノお願いしたいわね」
「はいよ」
ニコニコ笑顔でそう要求してきたので、高級な紅茶とそれに合うお茶菓子と軽食を取り出していく。もちろん弱っているだろう歯でも十分に食べられる物をチョイスしている。そう言った心配りは守備範囲外でも女性に対して忘れない。
「あら美味しい。屋敷で食べるパンと違って随分と柔らかくほのかに甘いのね。それと中身のハムとチーズも凄く食べやすいわ。よほど高級品なのね」
「全部いたって普通の食材だよ。ハムは薄切りにして端を取り除いて切れ目をいくつも入れて、粉状にしたチーズを片面につけたんだ。こうすれば弱った歯でも食えるだろ」
「あらごめんなさいね。こんなお婆ちゃんを気遣ってくれて」
「はっはっは。女性に気遣うのはジェントルメンのたしなみみたいなもんですよ」
「うふふ。お嬢ちゃん面白い事を言うのね」
なーんて和やかな雰囲気を楽しんでいると、まずユニが。遅れて執事やメイドも気づいて座ろうともしないガキを背に隠すように構えて程なく。30人ほどの盗賊団がやって来た。
「ハッ! こんな所で休憩たぁ生きる事を諦めたってか?」
発言したのは髭面の50代くらいの多少体格がいいくらいの薄汚れたおっさん。それを合図にそこかしこからガハハゲヘヘ何て笑い声が聞こえる。
「ようやっと来たか。あんまりにも遅いんで寝ようかと思ってたところだ」
「待ってただと?」
「ああ。死にたいと思うほど酷い目にあいたくなければ、誰の依頼でこいつらを襲ったのか言え。そうすれば生きて帰してやるよ」
当然挑発するつもりで大口を叩き、相手もそれが強がりか何かと盛大に勘違いしてくれたんだろう。数秒の沈黙の後。爆笑が巻き起こった。そうなる事を狙ってたんで怒りはない。
「面白ぇガキじゃねぇか。お嬢ちゃんが俺達全員をそんなひどい目にあわせるってのか?」
「そうだな。それで答えはどうなんだ?」
「否に決まってんだろうが!!」
「〈微風〉」
ダラダラと迫る一撃に、俺はそう呟くだけで全員がエメラルトの壁に叩き潰され、現場は一瞬で血に染まって鼻の奥に鉄臭い風を運んでくる。
「な……」
「嘘……」
これで傷アリ獣人に頼まれてた依頼は完了。全滅させた以上は襲ってくる馬鹿もいなくなった。後は適当に人力車でも出してやれば、勝手に目的地まで向かうだろうが、面倒ってのは表面だけ掬っても意味がない。証拠を押さえないと。
「さて……確か黒幕は……グリセリンだったっけ?」
「グリュッセンよ。嬢ちゃん」
「そうそう。そのグ――なんたらの仕業かどうか確かめてみよう」
「どうやって確かめるのかしら?」
「まぁ見てな。言っておくが他言無用だぞ」
一応釘を刺してからエリクサーを取り出し、さっきのおっさんだったであろう潰れた肉塊に一滴垂らすとあら不思議。くしゃくしゃにしたストローの紙包装が水を吸い込んで膨らむがごとく復活を果たした。
「っな!?」
「死者が……まさか!」
「エリクサー……でもあれは」
「……あ? ぐえっ!」
「よくやったユニ」
復活させたはいいが、拷問と言う名の質問をする際に暴れられたくない。ならば押さえつければいいんだが、目の前のおっさんは長年盗賊業をやってたのか非常に汚いし臭いので単純に触りたくないので、いくつか剣を取り出して四肢を地面に縫い付けてやろうかと思った矢先に、ユニが生き返ってボーっとしているおっさんを背中から踏みつけて押さえつけてくれた。
「さぁさぁ。お前さん達はこれから始まる俺の質問行為は少し刺激が強いから、あそこの馬車にでも乗って耳を塞いどくといい。心に傷を負っても一切責任は取らんからな」
俺的には人を斬り殺したりする方がよっぽど刺激が強いんだが、アニーやリリィさんは俺の発言に時々マジで引く事がある。ユニやアンリエットは自然の厳しさを知る者と単純に無知な者としてそこまで反応しない。
だからこれは、やんごとなき連中に後々いちゃもんをつけられないための予防策。こう言っておけば、これから行う事で吐こうが精神を病もうが、先に言ってたよなっていい訳が出来る。
予想通り、全員がその場から逃げるような事はなかったので、面倒だから始める事にした。




