#221 フってる訳じゃないのにやってくる。本当に迷惑存在の名は――
「うし。こんなんでいいか」
のんびりまったりとした速度で森を抜けたところで昼になったので飯の準備に取り掛かると、アンリエットがお肉お肉と騒ぎ立てるので夕にするか昼にするか聞いた所、今すぐ食いたいとの事なので用意に用意したのはメスで処女の松阪牛A5の1ヶ月熟成の高品質の物を牛3頭分。
このくらいではアンリエットが満足しないのだが、それでも少し腹が膨れるくらいは出来る。逆に言えばこれでその程度ってどんだけだよって思わなくもないが、いまさらだ。
「ふおおおおおお♪ 凄い沢山なの。これ全部食べていいのなの?」
「構わんぞ。と言っても、さっきの約束を破った場合はこの量に届くまで飯抜きだからな」
これだけはキッチリ何度も釘を刺さないといけない。何せ相手はあのアニーだ。エルフがあんだけビビるモンを創造してしまった事がバレた場合。俺は数日間は笑顔が作れないほど凹む。それはもうビックリするくらい――リリィさんレベルの美人を見てもなんとも思わないほどガチで。それ程までに、『あの時』のアニーはマジで怖すぎる。
なので、同じかそれ以上のキツイ罰をするとちゃんと宣言しておかなければ、アンリエットの場合はついうっかり口を滑らせる可能性がある。と言うかそれで何度か被害を受けてるし、その後数日は飯時以外起きないカロリー消費オフモードに追い込んだりしている。
とはいえアンリエットも成長している。これだけの量の飯をナシにされたらオフモードでも危険だと判断してる……よな? うん。そう信じる。
「うみゅううううう。美味しいのなの~」
うん。食べ終わったらもう1回くらい言っておこう。次はユニの番なので、その横腹を背もたれに〈万物創造〉を開く。
「最近は建築関係を読んでるんだったよな」
「ですがそろそろ別の専門書を読んでみたいですね。主は何かオススメの物はありませんか?」
「オススメねぇ……」
俺が読んでたのは漫画・ゲーム雑誌・同人誌・ライトノベル・水着写真集くらいなモン。そう言ったサブカル関係はユニの琴線に触れないらしくほぼ読まないとなると、知ってる知識を検索ワードに変えて探すくらいしか出来ない。
適当にいくつか探していてふと思い出す。
「そう言えばユニ。龍関連の本ってあったよな。後で貸してくれ」
「ワタシの物は主の物でもありますのでご自由に」
「おう。それで、こんなのはどうだ?」
こんな感じで数冊の本を見繕って、どうせ予定も切羽詰まってる訳じゃないんで少しのんびりするかと、今日はここで一晩過ごそうと決めて昼飯を満喫した。
「……」
「……」
「くぅ……すぅ……」
互いの息遣いとページのめくれる音。あとはアンリエットの寝息が聞こえるくらいで非常に静かな時が流れるのを意識すると、やっぱこういう何もしないでいるのが最高だなぁって実感する。
やわらかい風に熱くも寒くもない気温。この静かな環境にアニーとリリィさんをはじめとした美少女達が加われば桃源郷の完成なんだが、生憎と俺の身体は女。これでは楽しめるコトも楽しめないので、アレクセイが魔法に成功したら本気で考え、今はこの静かな時間を――
「血の臭いがしますね」
ユニも気づいたか。ま。俺の場合は〈万能感知〉だけどね。
それによると、風上の先およそ5キロほどの場所で突然戦闘――それも人同士でが発生したんだけど、この集団は俺のスキルの範囲に入った時から一部の連中がどうも怪しいと思っていたら、予想通りおっぱじめやがった。
襲われた方も抵抗しているみたいだけど、初撃で大黒柱でもやられたのかあっという間に数が――って、勝てないと判断して逃げ出したが何故こっちに向かって動き出すのか理解出来ん。
そうやって逃げれば、当然ながら襲撃者もこっちに向かってくる。
「関わりたくないなぁ」
「では去りますか?」
「どうすっかねぇ」
〈万能感知〉で見た限り、俺・襲撃者・逃亡者って感じの位置関係だった。
この状況で、普通なら襲撃者に背を向けて逃げるのが一般的であろう。わざわざ敵の懐に飛び込んでまで逃げ出す理由がない。そんな事をしても怪我をする可能性が増えるだけで、大した利点はない。俺がいると言う事を除いてはな。
つまり――そうすれば誰かが居ると分かっていたんじゃないかって思うし、近づいてくる襲撃されてる方の中で1人だけが先陣を切ってぐんぐんこっちに近づいて来るんだ。スキルか何かで俺達の存在を認識してると思うのが普通だと思う。そいつがヘタレでなければだけど。
別に本気を出せば逃げ切るなんて容易。万が一1人でも生き残って冒険者ギルドなんかに文句を言ったところで、俺は冒険者でもないし護衛の依頼を受けた訳じゃないので、責められる筋合いは1μも存在しない。しないんだが、相手が女性だった場合はこのまま見殺しにするってのも寝覚めが悪い。
特にこういった場合、襲われるのは金を持った美少女ってのが異世界転移・転生物のテンプレだ。是非とも颯爽と現れて知己を得たいと思う反面。そう言う連中が貴族や王族だってのもまたテンプレ。だから悩む。
「態度で決めたらいかがです? 血の臭いがするという事は危機に相対しているですから」
「それもそうか」
下手に出て誠心誠意懇願するなら助けるのもやぶさかじゃないけれど、思い上がった貴族連中みたいな自分達を助けるのは平民としての義務だ的な事を言おうもんなら、襲撃者の代わりに命を刈り取ればいい。という訳でしばし待機。
その間に最初の襲撃地点に居た連中は全滅。そいつらも残った獲物を求めるように逃げた連中を追いかけ始め、最初から追いかけていた数人は逃亡者に返り討ちにあっていた。
実力的には襲われた方が強いんだろうが、多勢に無勢で逃げたってところか。
そんな結論で考えるのを止めてボーっと空を眺めていると、ようやく先頭を駆けていたであろう存在が俺達の数メートル手前までやって来たところで、ユニが一歩踏み出し警戒する。
「止まれ! それ以上近づけば強盗行為をみなして殺害する」
「っな!? 喋る魔物だと!」
「ワタシは魔獣だ! 主、礼儀も知らないこいつを食いちぎってもいいですか?」
「うむ。許可する」
あっさり許可を出したのは、ひとえにこいつが人類の敵であるからだ。
綺麗なスカイブルーの短髪に右目から口にかけて刀傷らしき跡がシッカリ残ってて、獣人の証である頭上の耳は片方が半分以上消えている。
体格は、近接戦闘を得意とするようなしっかりとしたものじゃなく、どっちかってーと中・後衛で槍とか弓を持ってないんでスカウトとか斥候だろう。じゃなかったらあんな速度で走ったりできないっての。
「ま、待ってくれ! こちらに交戦の意思はない」
「じゃあ何しに来たんだ。随分急いでるようだが」
「冒険者に扮した盗賊団に襲われ危機なんだ。悪いのだが俺に代わって依頼主をしばし守ってもらえないだろうか。もちろん報酬は支払う」
「別に構わんが報酬は前払いだ。お前がその盗賊団の一員じゃないって確証がないんだからな」
ま。既に連中の境遇は理解してるからって、馬鹿正直に足止めをしていた連中は全員死んじゃったもんなぁなんて口を滑らせれば、どこかに向かうまでの護衛まで頼まれかねない。こちとら用事が済んだんで、アニー達から連絡が来るまでは飽きることなく日向ぼっこにでもしゃれ込もうとする事の障害となるものは極力排除せねばならんのだ。
「ならば依頼主より代金にと預かったこの短剣を差し出す。売れば金貨100枚はくだらん名品らしい。依頼料として十分なはずだ」
投げ渡されたそれを受け取るのは当然俺。何か仕掛けられていた場合を考慮すれば、あらゆる異常に対して完璧な耐性を持つし、魔族の攻撃すら意に介さない耐久力があるから死にもしない。
第一。その短剣には何の仕掛けも施されてないので安心して受け止めてすらっと抜刀すると、刀身が僅かに緑の光を纏ってるように見える。この手の類はいくつか作ったから正体もハッキリしてる。
「魔法剣……色からすると風か?」
「ああ。何でも依頼者の家宝らしいが命には代えられんと託してくださった」
「誰が俺達を見つけたんだ?」
「私だ。〈遠視〉と言うスキルで君達の姿を発見し、これほどの魔も「魔獣だ。噛み殺されたいのか?」獣を従えているのであれば賊如きに負けないだろうと判断し、こうして話をさせてもらったんだ。受けてもらえるだろうか?」
「ふーん。まぁ取りあえず貰っといてやるが、お前はどうするつもりなんだ?」
「仲間が逃がすために命を張ってる。その救助に向かう」
「あっそ。なら餞別にいいモンをくれてやるよ」
別に野郎が死んだところで何の痛手にもならんのだが、こいつまで死ぬとその盗賊団とやらがこっちに来て殺さなくちゃいけないって面倒事を片付けなきゃなんなくなるから、特別にハイポーションをくれてやる事にした。
「これって……」
「あっさり死なれるとそのしわ寄せがこっちに来そうだからな。それでも飲んで精々1人でも多くの盗賊団を殺しといてくれや」
「……助力感謝する」
そう告げて、傷アリ獣人は踵を返してさっさと敵しか残っていない死地へと去って行った。




