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#220 うっかり爆弾

「待たせたわね。準備の方は出来てるの?」

「当然だろ。その前に床の修繕費な」


 こっちも普通には手に入り難いSSRレベルの建材を提供してやろうかと思わなくもなかったが、やっぱインパクトを大事にしたいからそこは自重。普通に金貨での支払いで済ませる。


「確かに。それにしてもユグ金貨なんて珍しい物をよく持ってたわね」

「知り合いからちょっとな。お前等もそっちの方がいいだろ?」

「否定はしないわ。それよりもあのソファはどこ行ったのかしら?」

「ん? あれならもう使わんだろうからアンリエットの腹の中に入れてやった」


 俺がそう告げると、サディナは一瞬眉間にしわを寄せたが、相手が格付けが済んでいるアンリエットでは強く出れないのは知っている。相変わらず納得できんがね。

 とはいえそれはサディナだけであって、もう1人の〈鑑定〉持ちであろう野郎エルフはそんな事情を知らないので、あからさまに侮蔑するような目をアンリエットへと向ける。


「あれは中位の河川龍(サーペントドラゴン)の革を贅沢に使用した至高の一品。それを食べたと!? なんて事を……これだから教育の行き届いていない人種は質が悪い。物の価値も図る事が出来ない無能共に我々エルフを納得させるだけの品が用意できるとは到底思えません。これであれば部下でも良かったかもしれませんな」


 眼鏡をくいと押し上げながら大きな大きなため息をつく野郎エルフは、撫でつけたようにぴっちりとした7・3分けに片手に本を抱え、黒のベストに白のシャツ姿と言うちょっとしたバーテンダーみたいな恰好をしている。


「お前が〈鑑定〉持ちのエルフか」

「貴様が至高の一品を破壊した言う無能極まる人種か。フン。見れば見る程知能の低そうな顔をしている。やはりエルフこそが至上の存在と言えるでしょう」

「そういうのいいからさっさと〈鑑定〉しろよ。時間の無駄だ」

「……大した自信を持っているようで。ならばその一品を見せてみるといい」

「おう。腰ぬかすなよ」


 取り出したのは、全体的にエメラルドっぽい色のソファだ。一応取り出す時に手触りを確認したけど、牛革なんて目じゃないほど滑らかで、水龍のだからなのか若干ひんやりしていたような気がする。

 座り心地もグッド。人を駄目にするってレベルじゃないけど、なんかこう……すやぁ。


「おい!」

「おおっ!? 油断した」


 こいつぁ危険なソファだぜ。ついさっきまで寝てた俺を再び眠らせるとは……なかなかの強敵だ。座ってるとまた眠りそうなんで退避しておこう。


「ふむ……翡翠色か。人種にしては良い選択をする」

「どういう事だ?」

「エルフは森に棲む種族としてこういった色合いを好むのよ。その中でもこのソファみたいに透き通ったような物はアタシみたいなハイエルフ達が使うには申し分がないわ」

「ふーん。そりゃ運が良かった。じゃあ代用品としては合「この程度で代わりになるなどと思うな」」


 まさか食い気味に否定されるとは思わんかったな。おかげでユニもアンリエットも鑑定エルフに良い感情を持ってないどころか殺意満載だから、俺の一声であっという間にこの世から消え去ってしまう。なーんで未来がもう目前に迫っているとも知らず、淡々と調査を進めて行く。


「ふむ……河川龍の代わりに水龍とはまた芸のない。しかし不思議とこの座り心地は……ううむ」


 なんか……思ってた〈鑑定〉と違う。っつーかアニーはちらっと見てすぐに素材とか品名を言い当てて怒鳴り散らしてくるのに、このエルフは眺めたり叩いたり座ったりとリサイクル店の買い取りみたいな感じの査定をしている。

 俺とアニーの光景を何度も見ているユニもアンリエットも不思議そうに首をかしげているので、仕方なく俺が先陣を切る事にしようじゃないか。


「なぁ。〈鑑定〉ってもっとぱぱっと済むもんじゃないのか?」

「そうですね。正直言って時間がかかりすぎです」

「ノロマなの」

「何を期待してるのか知らないけど、ルリシアは高レベル〈鑑定〉持ちで、あれでも早い方なんだけど。アンタたちの知り合いの方が適当な仕事をしてんじゃないの?」

「あれでか? 俺の仲間の商人はいつも一目見ただけで色々と教えてくれてたぞ。そいつは獣人なんだけど、こんだけ遅いとお前はそいつ以下って事になるなぁ。いやぁ~偉ぶってるエルフってのは口だけは立派だねぇ。関心関心」


 おかげで何度適当に創造した魔道具やら薬品やらがバレて滅茶苦茶怒られた事か。おかげで日の目を見なかった奴がどれだけシュエイの時にお亡くなりになられて……。まぁいつでも作れんですけどね~。

 3人でケラケラ笑いながらそんな事を話していると、こめかみに青筋を立てながらようやく鑑定を終えたのか鑑定エルフが、目ン玉飛び出すんじゃないかってくらいにビビり倒してその場にへたり込んでこっちに顔を向けている姿のなんと情けない事か。たった1つ〈鑑定〉しただけで息切れするなんて……ってか、あれってMPとか使ってんのかな?


「……」

「どうしたよ。そんなソファ1つ〈鑑定〉したくらいでへばってんのか? よくその程度で町一番の鑑定士なんて大口を叩けるなぁ。情けなすぎんぞ」

「……しい」

「あ?」

「おかしいだろこんなの!! 貴様一体どうやってこのソファを――この皮を手に入れた!」


 何を怒っているのか知らんが、鑑定エルフが突如として立ち上がって胸倉を掴んで来た。別に避けられない程じゃなかったとは言え、それを実行に移すとユニとアンリエットに消されてしまうんで実害らしい物もないし黙って受け入れてやった。


「もちろん秘密だ。野郎如きになんでんな事言わんきゃならん。頭悪すぎだろ」

「ぐ……っ。確かにそうだが納得できない!」

「ちょ、ちょっとなんだってのよ。アンタがそんなに取り乱すなんてどうしたって言うのよ」

水歌龍(リヴァイアサン)だ」

「へ?」

「このソファに使われている革は、水歌龍の皮が使われているんだ!」

「はあああああああああ!?」


 突然の大声にユニとアンリエットが顔をしかめる。まぁそれだけのレベルの代物を用意したんだから、驚いてもらわにゃ困るってモンだ。それにしても水歌龍か……こいつ等の反応を見る限りだと、アニーがこの場に居たら滅茶苦茶怒られてたんだろうなぁ。後で2人に口止めをしておかねば。


「どうやら代償としては十分みたいだな。さぁて帰るか」

「ちょっと待ちなさいよ! アンタ水歌龍の革なんて本当にどうやって手に入れたのよ!」

「だから秘密だって。何で仲間でもなんでもないお前等にそんな事を教えてやらにゃならんのだ」


 やれやれと首を振りつつサディナの手を払いのけて、足早に部屋を出て行くと2人もそれに続くがその目はじっとりと責めるような色合いが強い。やっぱ短くない時間生活を共にしていると色々と分かられてしまうものだ。


「……主」

「ご主人様。またアニーに怒られるのなの」

「アニーには絶対言うなよ」


 この事がバレた場合。俺は間違いなくとんでもない目に合う。これは〈身体強化〉や〈万能耐性〉でどうにかできる問題じゃない。『あの時』のアニーであれば、きっと魔王だろうと尻尾を巻いて逃げ出す。言っておくが本気で怖いんだからな!


「分かったのなの! 絶対に言わないのなの」

「はぁ……っ。ワタシもうるさいのは嫌いなので心にとどめておきます。ただし! 多少こちらのワガママに対して便宜を図ってくれるのでしょうね?」

「わーってるよ。今日の夕飯と本をいくらか豪勢にする」

「じゃあねじゃあね。あちし、とろけるお肉がたべたいのなの」

「ワタシは当然本です」

「へいへい。それじゃあ夕飯食う時間になったらな」


 取りあえず口止め完了。証拠もここまで来なければ発見しようがないし、そもそも連れて来ないようにすれば何の問題もない。ネットやSNSがある訳でもないし、エルフは閉鎖的な種族であるから、これで完全犯罪? の完了だ。


 ――――――――――


 アスカ達が帰ってすぐ、サディナとルリシアは自身の置かれた状況に愕然としていた。


「間違いないのね」

「ええ。何度〈鑑定〉しても結果は変わりません。これは間違いなく水歌龍の革が使われている。しかもつぎはぎの見られない一枚革……いったい白金貨何枚出せば――いや、価値をつける事すら不可能なレベルとしか」


 水歌龍――それはこの世界の海の3分の1を支配する女王とされ、ひとたび海上に顔を上げれば津波が起きるとまで言われる巨体に、海中であれば魔王ですら手を出せないとの武勇が語り継がれているほどの災害級の魔物。

 当然。討伐するなんて口に出す輩など存在せず、その海域を安全に航海するためにあらゆる国が供物を差し出すのが1年に1度の祭りとして催され、その存在を知らない者はいないほど。

 ソファのサイズからすればほんの微々たる物ではあるが、それを入手しているという時点で、アスカと言う存在がどれだけ化け物じみているかと言う想像が勝手に独り歩きしてしまうのも無理はないのと同時に、そんな大それた事をしでかして水歌龍の怒りを買っていないかと気が気じゃない。

 何せそこは全人類にとって最も安全とされている海域だ。その行いでどれだけの被害を被るかと思うとこのソファは人の目の届く場所に置いておくにはあまりに危険極まりない。一歩間違えは同族以外――いや、同族からすらも殺されかねない。


「く……っ。とんでもない爆弾を押し付けられたものですね」

「やってくれるわね。今度会ったら文句の2つや3つ言わないと気が済まないわ」


 だがアスカは、神より勝ち取った〈万物創造〉と言うスキルでMPを代償として呼び出したに過ぎないのだが、そんなスキルがあるなんて100年1000年生きているエルフであろうと想像の範疇を越えている為、アスカ自身がバラさない限り生涯たどり着けない。

 そしてもう1つ。それに匹敵しないまでもとてつもない事実に対しても彼等は気付く事なく、流れてゆく。

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