#218 秒で回収
そんな訳で、シルフを捕らえている網を解こうとしたんだが、俺がのんびりゆったりとした歩調で近づいている間に相当暴れていたからな。滅茶苦茶にこんがらがってほどくのに時間がかかりそうだ。ハッキリ言えばチマチマやんのが超メンドイ。
「お前が暴れたせいで時間がかかる。ちんたらやってらんないんで斬るしかないからそのまま動くなよ。と言うか通じなさそうだからお前事両断していいか?」
「ちょっと待ちなさいよ!? この網のせいで全然実体化解除できないんだから、切ろうと思ったら切れるんだからねちゃんとやりなさいよ! と言うか何なのよこの網は……っ」
「その辺はお前が動かなければと注釈しておく。それとこの網については黙秘する」
ニヤリと笑みを浮かべながらはさみをチョキチョキさせると、シルフは目に見える程怯え始めたのを内心ほくそ笑みながら切り進める。
その間にサディナとシルフの会合をしてもらう。俺には関係のない事だからな。
「……で? 精霊が近寄らないって訳だけど、何が聞きたいの」
「え、えっと。聞きたい。原因。再発。可能性」
「なるほどね。まず初めに原因だけど、きっとその街に居た魔族が原因ね。奴等の魔力は闇以外の精霊は嫌悪感を抱きやすいのに加えて、今回の奴はそれを承知でより一層近づかないように結界を張っていたみたいよ。下級精霊に話を聞く限りだと、その街には大精霊であるアタシくらいにならないと近づけないわね。アタシくらいじゃないと!」
何か急にドヤ顔をして来たんで、静かにしろって意味も込めて顔のすぐ横の網を切るとすぐに顔を青くして石みたいに動かなくなれば、再び比較的隙間の多い場所へと鋏を向ける。
「原因……理由。欲しい」
「そこまでは分からないわよ。こっちだって現場を見てた訳じゃないし、そもそも闇精霊以外は魔族が嫌いなんだもの。興味なんて持つはずないでしょ?」
「だったら排除するなりすれば――って、無理だから放っておいたわけか」
相手は麻痺と毒の状態異常を掛けてくるうえ、かなりのダメージを負わせても怯んだり仰け反ったりする事なくまっすぐに向かっていては怒涛の攻撃を繰り出してくる。生半可な実力では一瞬も耐えられんだろうからな。いくら精霊と言えど分の悪い相手だ。
「違うわよ! 魔族が精霊避けの結界を張るのはいつもの事だし、今はそんな事に構ってる暇がなかっただけで、ちょーっと本気を出せば魔族の1人や2人倒せるに決まってるじゃない!!」
「はいはい分かった分かった。そう言う事にしておいてやるよ。俺1人まともに戦えないほどのザコが魔族相手に勝利宣言? 冗談にしては面白いからそう言う事にしといてやる」
「そっちがおかしすぎるのよ!! なによ、精霊語堪能でアタシやウィンディアより強いって……どう考えてもおかしすぎるわ」
「質問。魔族、来れば、同じ事?」
「当然でしょ」
「対処法」
「簡単よ。倒しちゃえばいいのよ」
「り、理解……」
シルフの物言いに「それが出来たら苦労しないわよ!」なーんて文句が聞こえてきそうな表情を一瞬したのを俺は見逃さなかったが、言った本人は興味がないのか全く気付く様子もなくこっちの様子をうかがっている。
そのまま何の収穫もなく5分後。拘束していた網が切れ、シルフは自由の身となった。
「うーん。やっぱり自由に動き回れるっていいわね」
「あーそーかい。で? 大精霊から見てあの場所の異常さはどうだった」
「凄いわね。あれほどの物は久しぶりよ。正直魔族をナメてたわ」
「ふーん。そうだ。その結界が消えた途端にそこそこの数の死体が出来たんだが、理由が分かるか?」
「どれどれ……うーん。魔法の残滓はなし……分かんないわね」
「役に立たねぇな」
「う、うるさい! アタシだって知らない事くらいあるわよ! って言うか用が済んだのならさっさと立ち去りなさいよ! 何で普通にここまで来れんのよ!」
「普通に進んで来ただけだっての。それよりも、また会う事があったらキッチリもてなせよ」
「アンタみたいな最悪人間なんかに二度と会わないわよ! 馬~鹿」
憎まれ口をたたいて霧のように消えてしまった。やれやれ。人が折角優しく接してるからって……また会う事があったらしっかりと躾をせんといかんな。今また罠を仕掛ければ引っかかるかもしんないけど、そこまでした所で俺に旨味がないからな。今回は見逃してやろう。
「さて。十分な情報を入手できたから帰るとするか。それにしても……なんだお前のあのカタコトの喋り方は。笑いそうになって思わずあいつの服とか切っちまうところだっただろうが」
「アンタ……本当になんなのよ。エルフ語も話せて精霊語も話せるっておかしいのよ! 滅茶苦茶難しい上にエルフ以外にはほとんど伝わってないそれを、どこでどうやって覚えたのよ!」
なるほど。全くと言っていいほど意識してなかったからすっかり忘れてたけど、そう言えば俺って駄神から〈異世界全語〉なんてスキルを貰ってたんだったっけか。だから急にカタコトになった風に聞こえてたのか。
「あぁ……スキルスキル」
「言語を操るスキルなんて聞いた事ない!」
「なんと言われようが持ってるんだからしゃーない。ってか会話になってたんだからお前も十分に理解してんだから同等――とまではいかんだろうが十分だろ」
「アタシが分かるのは魔王とか倒せとかの単語だけよ」
「ふーん。まぁ喋れたからと言って俺には関係のない話だ」
俺が生きる目的において、精霊と会話ができるなんてのはランキングトップ50にも入らないくらいどうでもいいことだ。
万が一そんな連中と契約なんかでもしちまったら、必ず厄介ごとに巻き込まれる。そう言うのは勇者とかに全てくれてやる予定だから、その代償として俺の邪魔にならないところでドンパチをやってほしい物だ。
「関係ないですって!? アンタほど喋れればシルフ様クラスの大精霊と契約できるっていうのに……本当に人間――いえ、この場合はアンタね。やっぱり頭がおかしいわ」
何か普通にディスられたけど、目くじらを立てる程でもないんでスルーしとこう。
とりあえず、今後も同じような事が起きるかも知れないって分かったんだ。あとは逃げるなり魔族に立ち向かうなりすればいいだけだ。まぁ……少なくとも知り合いの魔族がエルフにちょっかいを出すような事はないので、こっちが尻拭いする必要性はない。それも勇者達の管轄って事で。
「じゃあ……用も済んだし帰るとするか」
「ええ。思いがけず大精霊に出会ってしまったせいで気疲れしたから、馬車で休むわね」
あんなお馬鹿精霊に気疲れする必要性無いような気がするんだが、その辺はエルフと人間の違いかね。
とりあえず馬車に設置してあるコテージの俺の部屋を貸してやり出発する事にして幌に腰を下ろしたんだが、隣にはなぜか件のおバカ精霊がちょこんと座っていたが、その顔は眉間にしわを寄せてるからそこそこ険しい。
しかし。俺からすれば格好のいじりポイントな訳だよ。
「おんやぁ? こぉんなところに精霊が居るように見えるなぁ。しかも間違いじゃなかったら俺に馬鹿で最低で二度と会わないとか吐き捨てていったと記憶してんだけどなぁ。そぉんな事も忘れる程精霊ってのはおバカさんなのかなぁ?」
「ぐ……っ。こっちだってアンタみたいな最低最悪の奴の顔なんて二度と見たくはなかったわよ! けど、ウィンディアがアンタにどうしてもこれを届けなさいって」
渡されたのよく分からん形をした小箱をくれたんで早速開いてみると、中にはエメラルドグリーンの宝石が入ってる。
「なんだこれ」
「精霊石よ。アタシとしては、アンタみたいなクソ無礼な人間如きになんて絶対にあげたくないけどね」
「ふーん。なんかよく分からんが、お前が嫌そうな顔をするから貰う事にする」
取りあえずもらったからには売っ払う訳にもいかないんで、〈収納宮殿〉に放り込む。コイツにより詳しい説明を求めるのは本能がストップをかけるので自重。後でサディナかアニーにでも訊ねてみればいい。
「じゃ。渡したから」
「ならお返しに野菜くれてやるから持ってけ」
「だったらあの赤かくて丸い野菜が欲しいわ。トマトっていったっけ? あれを寄越しなさい」
「別に構わんが、あのお――姉さんはキュウリだったっけか」
日本人として、何か貰ったからにはお返しをしなければいけないという精神がある。
まぁ、昔だったら金がかかるし貰う相手もいなかったんでやったりしなかったけど、今の俺には〈万物創造〉って便利スキルがあるので、元手ゼロなのでノーリスクハイリターンで好感度稼ぎや恩売りが出来る。
「良い心掛けね。精霊に貢物をするのはこの世界に住むアンタ達に課せられた使命なんだから、その辺はちゃんとしてるようね。褒めてあげるわ」
「あーそーかい。こんなもんか」
「まだよ。もっとも~っと寄越しなさい」
「持てんのか?」
シルフの大きさはせいぜいが人形サイズ。トマトときゅうりを詰め込んだ普通の巾着袋だ。重量もさることながら、到底持てるサイズじゃあない。
一応飛べるようだから身体にひっかけられるように紐があるんで、1つなら何とかなるだろうけど2つ3つとなるとさすがにねぇ……
「馬鹿にすんじゃないわよ。アタシは風の大精霊なんだから、こんな荷物の10や20くらい魔法で浮かせれば何の問題もないに決まってるじゃない」
「あぁなるほど」
そんなに言うなら20の巾着袋(トマト10きゅうり10)に満載した物を出してやると、シルフの周囲にエメラルド色のもやみたいなのが現れ、ほどなく全てが宙に浮いた。
しかし……果たしてこれは凄いのかね。あの量だったら魔法鞄〈大〉に収まる量だし、何より〈収納宮殿〉があるからドヤ顔をされても反応に困る。
「どうやら持てるようだな。ほんじゃ、2度と会わないとか言ってた大精霊よ。さらばだ」
「あーもう! だから来たくなかったのよ!」
含みを満載させた笑顔での見送りに、吹き飛ばされそうなほどの突風を俺に叩き付け、シルフは去って行った。




