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#217 チョロイ精霊。略してチョロイン

「……ふーん。ん? あんたが警備隊長?」

「その通りだが、それが何だというのだ?」


 待てよ。確か見張りエルフがあの豚Bの事も隊長だと言っていたような気がする。街の規模的に部隊が2つあるのは確かに理に適っているが、出来ればあの時にこっちに出会いたかったねぇ。


「なぁ。もっと太った――そこの豚くらいの女性隊長いただろ。そいつはなにしてんだ?」

「何を言っているのか理解できんな。この街の警備隊長で女はアタクシだけだ。それに、クライスティのように魅力的な外見をしてるエルフなど見た事がない」


 目の前の美魔女エルフの言葉が真実なんだとするなら、あの時の豚と目の前のが同一人物と認識しなきゃなんないので〈万能感知〉で確認してみると、確かに何重にも偽装工作を張り巡らせる存在は消えている。

 うーん。あんまり信じたくないんだけど、どうやらあのオネエルフが憑りついている間だけとんでもなく太っていたという事になる。何故そうなるの? って疑問が決して消える事はないが、答えてくれる人物はもうここに居ないのでいったん保留だ。

 そんな事よりもはるかに聞き捨てならん言葉が聞こえて来たんでな。


「……変な事を聞くけど、あんたにはそれが魅力的に見えてるのか?」


 そう言って豚の死体を指さすと、美魔女エルフは一瞬ビックリしたような表情をした後。頬を赤く染めて当然だろうと力強い説明を聞きたいと言っていないのに吐き出してきたけど、適当に頷いて一片たりとも記憶に残らないよう最大限努力した。皆も似たような表情をしてるんで同じだろう。


「奥様」

「っと。つい夫の事となると熱が入ってしまう。それで、貴様等は一体ここに何をしに来た。クリフがどうしても同席しろと言うものだからこうして来てやったが、アタクシは貴様等との面識などないぞ」


 ふむ。考えていた通り、オネエルフが憑りついていたと仮定している間の記憶がなさそうだ。


「それを答える前にいくつか確認だ。この街の北西5キロくらいの所に魔物を封じるために結界を張った事は憶えているか?」

「当然だろう。奴を封じるのに多くの同胞が散っていった。あの化け物をこの手で葬れんのが口惜――何故貴様のような人種がこの街の秘を知っている!」


 突如として殺気を纏い始めたが、こっちとしては綺麗な女性は極力攻撃したくないので、きわめて平静な態度を心がけつつ話を続ける。


「俺もそいつをぶっ殺すためにこの辺を調べ回ってたんだよ。そしたらあんたに親切丁寧に教えてもらったんで、さっき行って処分してきたところなんだよ。ここにはその報告として寄っている。感謝しろよ? 俺のおかげでこの森に平和が戻って来たんだ」

「馬鹿なっ!? あれを貴様の様な人種が倒したというのか! いや、それよりもアタクシが人種に自ら己の恥部を晒すような真似をした? 何故ありえないと言いきれない」

「その事だが、あんたの記憶が大きく欠落してるのは、恐らくだが魔族か何かに身体を乗っ取られていたか操られていたからだと思う」

「なんだと!?」

「女性にこういうのも何なんだが、昨日ここを訪れた際にお前さんの容姿は俺にだけそこの豚と非常に酷似していたように見えてな。覚えはあるか?」


 俺には豚に見えていたがこの警備隊長だが、横に座るサディナや後ろで寝転がるアンリエットやユニ。果ては2度目の死を体験中の豚町長や執事エルフまでもが一切気付いてませんよって態度だったんだ。きっと全員にはあの時も今も変わらず美魔女に見えていたんだろうな。幸せな事だ。


「魔族……ぐっ!? なるほど。どうやらアタクシはそいつに精神を乗っ取られていたようだ」

「思い出したのか?」

「正確にはそうなる直前の記憶を思い出しただけだ。忌々しい魔族め……」

「犯人が魔族だと何故わかるんだ」

「思い出した限りでは特徴を隠しもしてない事もあるが、自ら魔族だと名乗りを上げたからだ!」


 怒鳴りながら机を殴りつけ、忌々しそうに眉間にしわを寄せる。エルフとしてのプライドの高さが、魔族に乗っ取られたなんて無様が許せないんだろう。でも仕方ない。弱いんだもの。


「ふーん。とにかくその魔物を倒したから安心しろって報告だけはしておく。詳しい話が聞きたけりゃ部下の見張りエルフにでも聞くんだな。ほんじゃ」


 用事が済んだのでさっさと屋敷を出て街を後にする。帰る際にはちゃんと豚エルフを生き返らせてやってるから特に止められるようなうざったい対応はなかったんで一安心だ。

 ユニの忠誠も取り戻し、サディナを手に入れる為にちょーっと面倒な奴に目をつけられはしたけど、無事に解決したんで、道中で特に会話らしい会話をする必要性はないのでボーっとしていると、神妙な声色でうんうん唸ってるのが居るので振り返る。


「さっきから何なんだ鬱陶しい」

「いや……結局のところ、どうして精霊があの街に近寄らなかったのか分かんないのよ」

「今のところ考えられるのはその魔族がなんかやってたってのが最有力だな。ってか現状じゃあそれ以外に思いつかんだろ」


 ウィンディアに精霊を攫う奴がいると聞いているが、1ヶ所集中でそんな行為に及ぶとは到底考えづらいので、きっと別な要因――この場合はオネエルフ魔族のせいだろう。


「だから困ってるのよ。別にその魔族が原因だったのなら悩む必要なはないのでしょうけど、別の要因があった場合は凄く困る事になるじゃない」


 確かに。風車で製粉とかをしてるんだったら、食糧事情に大きな痛手を被るのは間違いない。

 今回はこの俺のおかげでそこまで酷い有様になるような事にはならんかったとはいえ、またどこかで発生するとなると見ず知らずの美エルフが息絶えてしまいかねない……か。


「ふむ。こうしていても埒が明かなそうだし、だったら精霊に直接聞いてみりゃいいだろ」


 幸いにも馬鹿シルフと妙れ――げふふん! お姉さんである精霊母・ウィンディアと出会った場所はちゃんと覚えてる。そこでマナたっぷりのサラダを餌におびき寄せれば真実が明らかになるかもしれない。まぁ……あの馬鹿に聞いたところで期待薄だから、狙いはお姉さんのみ!

 しかし。俺の提案に対してサディナは難色を示してる。


「アンタねぇ……精霊がこっちの質問を理解して回答してくれるのは大精霊クラスよ? そのくらい強大な精霊が居るのは火山地帯とか深海の底とかの到達困難な場所に居るの。そんな所までどうやって――って、一体何してるのよ」

「その大精霊をおびき寄せる為の餌の準備を少しな」


 そう告げながら最高品質の――精霊的にはマナが大量に含まれた食材を軽くちぎってボウルに放り込んでいく。ドレッシングは見てるこっちが気持ち悪くなるんでナシだ。


「馬鹿言ってんじゃないわよ。気位の高い大精霊がそんな――それほどの野菜を前にしたところで食事を必要としないんだから役に立つ訳ないじゃない」

「なら一足先に帰ってていいぞ。これで精霊が居なくなった件を聞けたら覚えてる限り教えてやるから」


 そう告げてさっさと馬車に乗り込むと、少し悩んだけどサディナも追いかけるように乗り込んで来たが特に何も言う事無く、ユニに目的地をナビゲーションしながら30分ほどで到着。

 もしかしたら普通にいるんじゃないかって淡い期待をしてみたけど無駄だった。アレが同じ場所に何の理由もなくじっとしてるようには全くと言っていいほど想像できないからな。


「さてと。この辺りでいいか」


 やる事はサラダを置くだけ。そして、幾つか仕掛けをした後に近づいてきやすいように気配を消しながら茂みに隠れてひたすら待つのみ。


「ちょっと。本当にこんなんで大精霊が来るって言うの?」

「さぁな。確実とは言えんが、わざわざメンドイ場所まで行くならこれを試してからでも手間じゃない」

「……確かに精霊の力が感じられる場所だけど、だからって大精霊レベルの御方が――」

「ギャアアアアアアアアア!!」

「よし。かかった」


 サディナが何か言ってる途中だったが、目的の奴が滅茶苦茶アッサリ飛んできてむさぼり始めたので、近くでピンと張ってあったロープを切るとあら不思議。上から落ちてきた網で精霊を捕まえる事が出来るんですねぇ。


「なにコレ!? 全然逃げらんないじゃない!」


 必死に暴れている小人――シルフに近づき目線を合わせる。


「そりゃそうだろ。マナに干渉して精霊が通り抜けらんないようにしてんだからな」

「あーっ! あんたはあの時のムカつく人間じゃないの!」

「覚えてたのか!? 馬鹿そうだからてっきり忘れてんだとばっかり思ってた……」

「馬鹿ですって!? アタシは風の大精霊シルフ様なのよ! 100年も生きられない人間如きが知識でアタシに勝てると思ってるの!」


 ニヤリ。思った通り単純な奴だ。本当によくこんなんで大精霊やれてるよな。その内どっかの誰かに適当に言いくるめられそうでおっさんは心配ですよ。迷惑を被るであろう契約者の方がね。


「それなら丁度いい。ここから南東に30分ほど行った先に村があるんだが、どういう訳か精霊がそこに近づこうとしなくて困ってるらしくてな。優秀で賢者な大精霊シルフ様なら当然それに対する明確な答えをくれるんだよな?」

「当然じゃない! アタシは大精霊だもの。って言うかアンタも答え知ってるんじゃないの? 教えてあげればいいじゃない」

「エルフに人間がか?」

「あぁそういう事ね。それならあんたの代わりに答えてあげてもいいけど……とりあえずこの網退かしなさいよ!」

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