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#216 =くさったしたい

「ん~っ。新しい朝が来たぜ。希望の朝がよぉ。って事で回収回収」


 夕飯を食った後すぐに就寝しようとしたが、サディナが見張りはどうするんだとしつこく聞いてきたので出した〈神壁〉を収納していく。

 これを見た時はペラ紙一枚程度の薄さしかない壁に大層見下したような顔をしていたが、俺の5割パンチを叩き込まれてもビクともしない光景を見てその表情が驚きに変わった。

 しかもこの〈神壁〉は、サイズや形状も思いのままという親切設計。おかげで寝る時は豆腐拠点にすれば、どんな奴が現れたところで危険なんてテレビの中の出来事が如く近づかないし、こうして朝を迎えた時はポケットに収まるサイズにして胸にでも忍ばせておけば、これが銃弾から俺を守ってくれた……という漫画・ドラマ・アニメではよく見るシーン。それが再現できる。

 まぁ、共感してくれる存在はいないし銃なんてこの世界にありはしないだろうから、普通に〈収納宮殿〉に放り込むんだけどね。そもそも通じない肉体を持ってるし。

 それと、説明する必要はないだろうが魔物なんざ一匹たりとも近づいてこなかったのは言うまでもない。勝負は見事俺の勝利って訳だよ。


「なによその妙な表現は」

「特に意味はない。さて、これから朝飯を食うがお前はどうする?」


 ちらりと目を向ける先に居るのは見張りエルフ。

 昨日は森の中で木の実やら果物やらを収穫して飢えを凌いでから戻って来たらしいが、サディナにとんでもなく損をしたわねと言われ、何だか悲しそうな顔をしていたのは心の中でほくそ笑んだからな。その鑑賞料として、野郎だとしても朝食一回くらいは恵んでやっても構わん。


「用意するというのであれば」

「面倒だからサディナ同じ物でいいか?」

「動物の類が入っていないのであれば問題ない」

「へいへい」


 という訳でパパッと用意したのが野菜サンドに、おかずとしてナスとピーマンの味噌炒めだ。

 ちなみに俺は焼き魚に味海苔に味噌汁の和定食。

 アンリエットはステーキソースだっぷりの極厚霜降り肉60枚。

 ユニは消化に言いおかゆにおかかや梅干しと言った付け合わせ数品。

 飲み物は朝という事で牛乳にお茶にコーヒーでいただきますだ。


 ――――――――――


「着いた~……が、こりゃ酷い事になってるなぁ」


 飯を食べ終わり、食事休憩としてのんべんだらりと数時間過ごしてようやく豚エルフの街に戻って来たわけなんだが、行きと違って足を踏み入れたくないような雰囲気が綺麗さっぱりなくなった代わりに、何とも嫌な臭いが漂ってくる。

 〈万能感知〉で見てみると、至る所に転がっていた死体が動いてるのでゾンビにでもなったかと少しワクワクしながら門をくぐってみると、生き残ったエルフがそれらを処理するために右往左往してる。予想と違って少し残念だ。


「これだけ酷い臭いってなると、相当数のエルフが死んでるわね。まさかあの魔物が?」

「それはないって。あの死体共は最初っから転がってたからな」


 オネエルフの作った魔物が来たのであれば死体の理由は納得がいくが、奴の関心は現状。俺にしか向いていない。

 しかも1度(自覚ナシ)ならず2度(こっちは自覚アリ)までも自作の魔物を殺されたんだ。その執心具合と言ったらもう……どのくらいか知らんけど、さっきの具合から感じて相当な物だと仮定しておく。

 そんな奴が、何のためにここに居たの知らんけど居なくなったんだろう。仕掛けて来るとは考えにくい。

 第一。街を守る柵も建物も何一つ破壊さた形跡がないどころか争った形跡すらない。そんなお行儀のいい魔物はユニくらい頭が良くないとあり得ないし、第一。ここまで酷い臭いがたった1日程度で充満する訳がないからな。ちらっと見た一体だけでも、その乾燥具合から見て少なくとも数か月は放置されてると俺は見る。


「最初からって……聞き込みをしていた時の事を言ってるの!?」

「それ以外にいつこの町に来たってんだよ馬鹿。もう少し頭を働かせてから口を開けよ。そんな短絡思考でよく全人類の頂点とかほざけるな。俺だったら身の丈に合わな過ぎて恥ずか死するぞ」


 速攻で豚エルフの反応を探ってみると、なんの裏切りもなく一方の反応だけが消えていた。ちなみにもう1つはエリクサーを使ってあるからピンピンして普通に誰かとヤってやがる。美人だったら殺してやろう。


「アンタは答えを知ってんの?」

「確証はないけどな」

「さすが主です」

「ご主人様凄いのなの~」

「はっはっは~」


 2人の褒め言葉にえへんと胸を張りながらひとしきり堪能したところで、屋敷に向かって歩き始める。

 死体はこの街の全人口の大体2割くらい、それも――死後数日は経ってスミスとなってしまった物が少なくない数いるからこれだけ酷い臭いが充満しているんだろう。俺は大丈夫だが、サディナが病気になる可能性があるので、魔道具だと嘘を付いてガスマスクを装着させる。

 ちなみにユニはここを出て行った後にエリクサーを飲ませる予定なので数に入れていない。犬用のガスマスクなんて物がないのも理由の1つ。

 見張りエルフ? 野郎に慈悲はない。

 アンリエットは人じゃねぇし俺は〈万能耐性〉持ちだ。

 安全対策をしっかり済ませると、すぐに担架っぽい物で半分以上スミスになっているモノを運ぶエルフ連中に遭遇。するとそのうちの前を担当していた方が見張りエルフが顔見知りだったようで足を止めた。


「ディエライズ! お前今までどこに居た!」

「隊長の指示でこれ等に例の魔物の場所まで案内していた。それにしてもこの惨状はどういう事だ?」


 ここから見えるだけでも路上だろうと店内だろうとお構いなしに死体が転がっているから確かに惨状と言えるくらいに酷い有様だが、俺からすれば昨日となんら変わらん景色だからな。連中が慌てて死体の処理をしている姿は滑稽に映る。

 しかし……謎の精霊忌避の効果が無くなったせいか、適度に風が流れるようになって腐乱臭が凄いな。アンリエットにもすぐにマスクを装着するとユニが恨めしそうな目で見て来たんで、エリクサーを煽りつつ獣でも装着できる消臭魔道具をつけてやる。


「こっちが聞きたいくらいだ! 原因不明だった精霊の消失が解決したかと思えば、突如として住民が次々に死体となったとの報告が山のように届けられてその対処に追われている。とてもじゃないが手が足りないんだ。そんなゴミクズ共に構っていないでディエライズも手伝え」

「しかし……」

「行っとけ行っとけ。こっちはこっちで用件済ましたらさっさと帰る予定だか市目的も分かってるから案内は要らん」

「……分かった」


 少し間が開いたけど、結局は同僚であろう担架エルフに急かされるように去って行った。

 ちなみにだが、そのエルフ共は俺の口調に大して明確な嫌悪感を露わにして睨み付けたりもして来たんだが、こっちはこっちで見下すように鼻で笑い、残念そうに肩をすくめて頭を左右に振りながら一言――


「マジ無様」


 そう告げてさっさと立ち去る。ここで怒りを爆発させて向かってくるなら容赦なく返り討ちにするが、連中が運んでいるのは同胞の死体。それをほっぽり出していいほど連中は暇じゃない。

 確かここには1000ぐらいのエルフが暮らしていたから、最低でも200は前後死んでる計算。それだけの数の死体を一刻でも早く処分しなければ病気が発生し、もっと多くのエルフが死ぬ。それを理解していないのか、さっきの担架エルフABは愚かにも俺に喧嘩を売って来た。この街の滅亡――ひいてはエルフという種族の滅亡がかかっているかも知れないというのにだ。そりゃ無様と言われても受け入れるしかないだろ。かっかっか。


「いやぁ~忙しいって大変だねぇ」

「アンタ……本っ当に良い性格してるわね」

「何を言う。あそこで担架エルフABが突っかかって来なかったら、俺は何も言わん無かったし何もしなかったってのに、連中は馬鹿の一つ覚えみたいに存在価値のない人種と見るや粉をかけてきた。そりゃあ分からせてやるってのが上に立つ者として教えてやるのが優しさってモンだろ」

「ご主人様優しいのなの」

「優しい……と言えるのでしょうか」

「さてな。とにかくこっちは奴をぶっ倒した事を一応教えといてやろうとわざわざ足を運んだんだ。さっさと終わらせて帰るぞ」


 ってな訳で町長の屋敷の一室。相も変わらず熱烈な歓迎を受けてのんべんだらりと豚エルフの来訪を待つ事30分。人を待たせて一体何戦してやがったんだとの怒りの表情を隠しもせず扉を睨んでいると、入って来たのは首を斬り飛ばした豚と、見覚えのない目つきは悪いが彫刻みたいにナイスバディな美女エルフの2人。


「随分と待たせてくれたなぁ。何様のつもりだ?」


 俺の先制悪口に、豚エルフがやれやれと言った様子で肩をすくめながら口を開く。


「ほぉ……害悪にしかならん人種にしては悪くない。慈悲を乞うのであれば偉大でエルフの最高傑作である我が種をくれてやるぞ?」


 ピキッ。


「冗談だろ? 養豚したいならちゃんとした雌豚にしてろ。なに家畜が人間様に盛ってんだ。分を弁えろっての」


 ピキッ!


「愚かしいな。貴様はたった今、地を這う駄虫から生存が許された愛玩動物程度にはなれる機会を自ら失ったのだぞ?」

「はぁ? 寝ぼけてんのかお前。何で人間であるこの俺が、豚の種なんかで孕まなきゃいけねぇんだよ。きっとエルフ語を使えるようになって増長したんだろうな。そっちの美人さん。知恵がついて思い上がるようになった豚はさっさと廃棄処分した方がいいぞ?」


 ビキッ!!


「……調子に乗るなよ。たかが魔物の1体や2体倒した程度で我等と同席できるだけでも歓喜にむせび泣くのが、無能たる貴様ら人種の仕事だ。それも出来ぬ貴様は死ぬしかないな」

「やれやれ……本当にお前は無能だな。よくそんなんで街の統治が出来るもんだ。よほど部下が優秀なんだろうな。じゃなければこんな場所はとうの昔に滅んでるか。あっはっは」

「きさ――」


 ようやく挑発に乗って襲い掛かってこようとしたんで、正当防衛を主張してまた首を斬り飛ばす。

 そんな光景に顔色一つ変えずにこっちを見つめる瞳と視線を重ねる。

 エルフの見た目年齢は全くあてにならないので何とも言い難いが、人間換算で言えば40オーバーくらい。歳を重ねてるけどそれを感じさせないくらいには美容に気を付けてる印象がある。


「ようやく静かになった。で? あんた一体誰なんだい」

「アタクシは、この街の警備隊長でそこな豚の妻ををしておるエリリアニスである」

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