#214 最後のいたちっぺは、最悪の一言に尽きる!
「……って、よく見たら俺のじゃねぇな」
確かに瞬間移動みたいな動きと俺を吹っ飛ばす威力はたまげたモンだったが、さすがにその一撃程度で頭から目に流れ込む程の出血はしないっての。
むくりと起き上がって追撃のストンプを回避。後退しながら短剣を投げつけて一応の足止めで時間を稼ぐ。
「ペッ! ペッ! 口に入ったじゃねぇか。マジィし超臭ぇ」
あーあ。折角汚れる事無く完勝出来ると思ってたのに……最後の最後にとんだケチが付いちまったよ。この戦いが終わったらすぐに風呂に入って隅々まで洗わんと。って言うか今すぐ洗い流したいくらいだ。
「……思い出したわぁ。貴女、別の森でわたしの肉食華人を倒してくれちゃった娘だったわねぇ」
突然にチューニングがあったように声が鮮明になり、つぎはぎだったエルフ肉体は随分と小さくなり、1人前のエルフサイズ(野郎)になった。いや……口調が女っぽいからこの場合はオネエか。
「肉食華人? そんな奴見た事も聞いた事もないぞ」
全く記憶にないが、どうやら俺はこの黒親玉に迷惑をかけたらしい。とは言えマジでどんな奴だったか見当もつかない。だって大抵はまだ見ぬ位置からの投石で事をなしているからな。
「……本気で言ってるのかしらぁ?」
待てよ……もしかしたらさっきの黒い奴がその肉食華人とやらなんじゃないか? エルフを襲うって事は、それが食事だとするなら説明がつく。
「思い出した。そいつならさっき爆発で粉微塵に吹っ飛ばしてやったよ。あんなに弱くちゃあ倒されたって文句言えねぇって」
「そう……あくまでシラをきるつもりなのねぇ……」
……どうやらアイツとは別の奴だったらしい。
しかしそうなると、マジで何の事を指してんだか分かんなくなったな。サイズ的にはエルフ1人になったけど、目は真っ黒で足元には波打つ液体が深淵へ導くかのごとく触手となって蠢いて、殺気も随分と濃く。多くなって単純に強くなった気がする。
と言っても、まだまだ俺にゃあ及ばねぇよ。
「うーん。よく分からんが戦うって事でいいんだよな?」
「当然でしょぉ。このコの実験に付き合ってもらわないとぉ」
「実験ねぇ……」
どうやら声の主は別のどこかに居るようだ。あの豚エルフかな? ソイツが訳の分からん黒い液体魔物を作りだし、どれくらい殺傷能力があるのかとか。どこまで細かい命令を聞くのかとかをエルフで試していたんだろう。
「それで何匹目だ?」
「243体目よぉ。ちなみにぃ、貴女が殺してくれた肉食華人が233体目よぉ」
思ったより多いな。一瞬マスターという単語がよぎったので、ゆっくりとアンリエットが相手の視界に入るように動いてみたけど、全く反応を見せないって事は別人なんだろう。
「そっちは知らんて。ちなみにそれの小型の奴もお前のか?」
「242ねぇ。随分と面白い倒し方をしたわねぇ」
「それも見てたのかよ。いい趣味じゃないぞ」
「あらぁ。製作者としてぇ、作った物がちゃぁんと動いて働いてるか確認するのは次の実験のためには必要な事よぉ? だから手伝ってもらうわねぇ」
そう告げると、一瞬だけ吊っていた糸が切れたように膝が折れたが、また次の瞬間にはコマ送りみたいにオネエエルフの前のめりストレートが鼻先に触れるくらいまで迫っていたので、首をいなして無力化しつつ肩に向かってまずは通常通り――2割の力で振り上げる。
「ま。このくらいは防いでもらわんとな」
思った以上に硬いせいで斬り飛ばすまでには至らんかったが、取りあえず半分まで刃が食い込んだ。
とは言えこっちも無傷って訳じゃない。ダマスカス製の刃が欠けてしまった。これでも相当高品質のはずなんだが……とんでもない強度だな。
「凄いわねぇ。この身体に傷をつけるなんてぇ。貴女一体何者なのかしらぁ?」
「ふっふっふ。聞いて驚け! 女子を求めて東奔西走する愛の探求者・アスカと名乗っておこう」
「アスカねぇ。貴女はぁ、殺さないで解剖させてもらう事にするわねぇ!」
言うより早く、エルフの指先がメスみたいに鋭利で薄い刃物みたいに変化。
遠慮なく眼球や心臓なんかを狙ってくるので、さすがにこの状況だと回避に神経の大部分を割かざるを得ない。そうしないと、コマ割りみたいな動きで瞬間的に間合いが詰まるオネエルフの対処が非常に難しくなるんだよ。おまけに銀の針もそこそこうざったいし。
「うおっと!?」
ふーい。今のは危なかったな。それにしてもどうしたものか……。
〈万能感知〉でもオネエルフの動きは捉えられないし、かといって反撃しようにも最初の一撃で随分と警戒されてっから、浅い一撃だけですぐに離脱されてはたまったもんじゃない。
それで、少しでも気を抜くと急所を狙ってくんだからよく見てるよ。
と言っても、このまま一方的な展開になるのは望ましくない。多少強引でも終わらせるか。
「おい見張りエルフ! 聞こえるか」
ちらりとそっちに目を向けると、すでに全員がまったりタイムを終えてこっちを見ていた。
その中でも結界に一番近い位置に居たのは見張りエルフだが、オネエルフとの戦闘を目の当たりにして大口を開けている。
「き、聞こえている。聞こえているが……その動き、貴様本当に人種なのか? それと、何故裸なのだ?」
「問題なく人種だぞ。ところでこの結界って後どんくらい張れるか言え」
「現状のMP量を考えれば同種を5つも張れば魔力欠乏で倒れる。何をするつもりだ」
「今から少しだけ本気を出すんだが、その際にほぼ確実に結界が割れる。そうなるとここに充満している麻痺・猛毒の霧が散らばっちまうんだよ。多少加減はするが、すぐに何とかしないとお前等死ぬぞ?」
「……なんでその毒の中でアンタは平然としてんのよ」
「それは主が主であるからですね」
「ご主人様は凄いのなの」
「納得のいかないわ。でも、アンリエット様が仰られると納得できる自分が居るわ。これも毒されたって事なんでしょうね」
さすがに会話に混ざって来たか。すでに毒は9割方〈収納宮殿〉に取り込んであるが、さすがに銀の針をこの至近距離で取り込むと怪しまれるので自重している。それとアンリエット様ってなんだよ。いつの間に完璧すぎる主従関係を築いちゃってる訳? 恐ろしい娘っ!
「生まれつき人より頑丈でね。この程度の毒は日常と何ら変わんねぇんだなこれが」
「一応魔族ですら身動きできなくなるレベルのはずなんだけどぉ……これは次のコを作る時は魔族でも殺せるくらいの強ぉい物を仕込まなくっちゃあ」
オネエルフが気ン持ちの悪い笑みを浮かべながらそんな事をぽつりと呟きやがった。まぁそれを作れたとしても、きっと俺には効かないんだろうなぁと思う。口に出さないのはせめてもの情けだ。
そんな俺の脅しもあってか、見張りエルフはぶっ倒れるくらい頑張って1枚多い6つの結界を展開させた。これなら多少暴れても大丈夫だろう――多分。
「は、張り終えたぞ。これ以上は無理だ」
「なら可能な限り離れてるんだな」
結界展開の確認後、すぐに蹴りを叩き込む。
するとすぐにオネエルフは吹っ飛んで結界の一枚があっさりと砕け散った。4割くらいで砕ける強度か。であれば――
「〈火矢〉」
詠唱と同時に、真紅の閃光がオネエルフに向かって駆け抜けて心臓部分を撃ち貫いたけど、そこが致命的な弱点かどうかは知らん。これは単純に慣例に倣っての攻撃に過ぎないのだよ。
だから平然と立ち上がる姿を目の当たりにしたところで、恐怖にも思わないし別の場所を狙えばいいだけ。
「〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉」
っと。また結界が割れてしまった。もう少しはイケると思ったんだが案外ヘボい。これで残りは4枚か。
既にオネエエルフの肉体は穴だらけで、普通なら一発目で死んでいてもおかしくないが、気ン持ちの悪い笑みを浮かべたままのコマ割り戦法に一切の陰りはない。
「うふふぅ。このコの動きに対応できるうえにぃ、Lv3クラスの魔法まで使えるなんてぇ……これはますます解剖のし甲斐があるわぁ♪」
「HAHAHA。野郎なんかに身体をまさぐられんのは趣味じゃないんでな!」
そろそろコマ割り戦法にも慣れ始めてきたので、タイミングを合わせての連斬は威力が出過ぎてしまったせいで、その余波で真空波が出てしまった。
一瞬ヒヤッとしたものの、結界はギリギリ持ちこたえ、それだけの威力を込めただけあってオネエルフは何の感触も残さず細切れに出来た。
眼がギョロリと動いたり笑みを崩さないところを見ると死んだというにはほど遠いみたいだけど、さすがに立ち向かってくるほどの余裕はないようで、細切れになった口からため息一つ。
「凄いわねぇ……このコは結構自信があったんだけどぉ、まるで貴女に届く気がしなかったわぁ。本当に人種なのよねぇ?」
「どこをとっても混じりっ気ナシの人種の超絶美少女にしか見えねぇだろうが」
「うふふ……貴女、面白いわぁ。今回は負けを認めてあげるけどぉ、次は絶ぇっ対に解剖できるコを作るからぁ、楽しみに待っててねぇ」
ニコニコ笑顔でそう告げ、俺以外が卒倒するんじゃないかってくらいのバカみたいに濃い殺意を残して気配がなくなり、エルフだった全身が爆散。至近距離に居た俺は避ける間もなくそれに巻き込まれて身体中鼻が曲がるほど臭ぇ血まみれになった。
「次に会ったら……絶対にぶっ殺す!」




