#209 豚難去ってもう豚難
「旦那様……」
あれがこいつ等の主人か。
耳を見ればあぁ……エルフなんだなぁって理解できるけど、スレンダーで長身の敵って感じの認識をしてたのに、ドスドスと階段を下りてくる姿はデブでブスで性格の悪さがにじみ出ているどこか昔の俺に似ているように見えなくもないけど、俺はもうちょい顔面偏差値は高かった。それに体形ももうちょい筋肉はあった。つーかバスローブ姿で息が荒いって事は……誰かとヤってやがったのか!? むぐぐ……俺の将来の一夜のお供になってくれるかもしれない相手に手を出すとは許せんな。殺してやりたい衝動がメラメラと……。
そんな俺似エルフは、ぶっさいくな顔をこっちに向ける。
「殺気の原因は貴様等か?」
「だったらなんだってんだ。ってかお前誰だよ」
「フン。なぜ偉大で生物の頂点に君臨しているハイエルフであるこのワシが、魔物の糞便にも劣るほど価値のない害悪種族に名を告げねばらぬと言うのだ? これだからロクな教育も受けずに他種族を滅ぼす事しか能に無い人種は下等だと言うのだ」
なんか随分と上から目線で宣ってるようだが、この程度の煽りで怒りを覚える程挑発に乗りやすい性格じゃない。相手に怒りを感じさせるなら――
「ん? スマンが良く聞き取れなかった。俺ぁいくつかの種族の言語を操れる自信はあるが、豚語については全くと言っていいほど明るくなくてな。出来ればエルフ語が人類語でもう一度話してくれると助か――おっと。これも豚語で話さなきゃ通じないか? ぶひぶひぶー。ぶひひひ?」
瞬間。豚の外見に似つかわしいちんたらとした速度の魔法が飛んできたので難なく避ける。今のは〈微風〉か? 見た感じそこそこ歳食ってるような気がするんだけど、それにしては魔法がヘボすぎる。きっとハイエルフって事に胡坐をかいて鍛錬を怠ったアカンタイプの町長だな。
「ご主人様に……殺すのなの」
「落ち着け。あんなへっぽこ魔法に当たるほど弱くないからな」
アンリエットが真っ黒な瞳で全身から歯がむき出し始めるので軽く頭頂部にチョップを見舞ってそれを止めてやる。いくらデブでブサイクでクズ性格の町長だったとしても、こっちの問いに答えさせる前に死なれちゃ困る。特にアンリエットの場合は他の連中と殺し方が全く違うから、エリクサーの効果範囲外までやられると非常に困る。だから止める。同時に挑発する。
弱いだザコだと見下した表情でそりゃあもう煽る煽る。耐性の激高い執事エルフはビクともしないが、これは自分を偉いから何でも許される神にでもなったつもりでいる頭の悪い自己中豚町長であれば簡単に引っかかる。
「この偉大なるハイエルフの1人であるワシの魔法が弱いだと!? 世界の汚物たる人種のメス幼児如きが誰に何たる口を利いている! 死して償え!!」
「はいはいそーですね。偉い偉い。エルフの中のエルフバンザーイ」
「貴様あああああああああああ!!」
はい釣れた。
という訳でキモ豚エルフが魔法を放つよりもはるかに先走って首を斬り飛ばす。まぁ見た目的には何か変わった様子というのは分からないだろうけど、コンマ数秒間隔で噴き出す血の量が多くなっていけば自ずと何が起きたかを理解出来るだろう。
「さて。こうして町長は死んでしまった訳だが、生き返らせたいならばこっちの質問に答えてもらおう。と言うか答える以外に道はないのか? この際だから別の奴に町長をやらせるのも1つの手かもしれんぞ。まぁ、そうなったらそうなったで例として質問に答えてもらうがな」
当初はこのキモ豚エルフに質問するつもりだったんだが、このわずかなやりとりで無能な豚は只の豚という確信を得たので、さくっと殺して周りの優秀な連中から聞き出す方が早い。特に執事エルフは適任だろう。だから問う。生き返らせたかったら指示に従えと。
「……良いでしょう。問いに答えるので復活を」
「……聞いといてなんだが、こんな奴が町長でいいのか?」
俺としては、ここで代替わりをしておいた方が確実にこの街はいい方向に向かうような気がする。
「旦那様はハイエルフですので。長がハイエルフと言うだけで箔が付くので」
「腕が三流以下でもか?」
「ええ。仕事は全てこちらで請け負えば済むので、旦那様は普段から奥様を抱いて過ごしておられます」
「殊勝な心掛けだ。なら帰る際に復活させてやる」
ほんのわずか。こいつが町長が死んだ事で新たな町長としての野望をむき出しにして何やかんや的なルートの突入を危惧したが、理解しがたいが忠誠心がそこそこあるらしい。解せぬ。
とにかく。互いに殺気と剣を収めて広間に案内され、お茶と茶菓子を出された。一応歓待モードみたいなんでくつろぎモードに移行。
「それで? 何をお聞きになりたのですかな」
「まず1つ。コイツの街との交流があったのは知ってるか?」
そう問い。首をかしげる執事エルフにサディナが街の名前を口に出すと思い出したように懐から数枚の書類を取り出した。入るスペースがなさそうに見えるんだが、きっと魔法鞄的な機能が内ポケットに備わってるんだろう。そう思っておく事にする。
「あぁ……確かに交流が断たれていますね。しかしその原因はそちらにあると記されていますね」
「詳しい原因ってのはなんだ」
「お待ちを……どうやらそちらのエルフに幾度か襲撃されたとの事。死者も数人でているようですので当然の措置かと」
「ちょっと待ちなさいよ! いくらなんでもそんな事ありえる訳ないじゃない!!」
執事エルフの説明に、サディナがテーブルを叩いて猛抗議する。
だが執事エルフはいたって平静だ。
「しかし実際に報告は上がっております。本来であればこういった事はいけないのですが、ご自分の目でお確かめください」
サディナの怒声をさらりと流して一枚の書類を差し出して来たので俺も覗き込んでみると、そこには確かに同族から襲撃を受けた事の他に、10人ほどの死者が出た事や唯一の生き残りが、なんとサディナの街の名前を出して去っていったとの証言が残っている。ハッキリ言って滅茶苦茶怪しすぎるだろ。
「なぁ、エルフには倒した敵に馬鹿みたいに正体バラして逃げるのか?」
「んな訳ないでしょう! というかアンタ精霊文字も読めるのね。一体どこで学んだのよ」
「そう言うスキル持ってるだけだ。で? どう見るよ」
「普通に考えておかしいのは明らかよ。でも、この日に街の外に警備隊が出ていたのも事実で、数も背格好も証言と一致するわ」
「なら決まりだろ」
「そんな訳ないでしょう!! アタシ達エルフはゴブリン共のように馬鹿みたいに生まれないんだから同族殺しなんて禁忌中の禁忌をする訳ないでしょうが! そこのアンタもそんな事少し考えれば分かるはずでしょう。どうかしてんじゃないの?」
ちょいと口をはさんだだけでこのマシンガン文句。おまけに執事エルフにまで飛び火する事態に発展。大した文句マスターだよ。
まぁ、だからと言ってもその程度で俺も執事エルフも感情はピクリともしない。だから頭を軽く小突いて強引に文句を断ち切る。そうしないと全く話が進まなくなるからな。
「次だ。ここ一月以上前からこの森一帯に黒い人型の魔物――と言っていいかどうか知らんがそこそこ強い何かが現れているのは知っているか?」
「……ふむ。確かにそんな報告が上がっているようですが、無事討伐したとの情報もございます」
ほぉほぉ。この街にはサディナより強ぇ奴がいるのか。どれどれ……。
「ふむふむなるほど。こりゃ嘘の報告書だな」
「何を根拠にそうおっしゃられるのですかな」
「まず1つ。これには魔法も矢も効果が薄いと書いてあるが、生半可な距離じゃ攻撃のモーション――体勢を取るだけでそいつの身体には間違いなく穴が開く」
「しかしエルフ族は――」
「200メートル。それだけ離れた位置にいる奴に対して、お前は矢を射れるのか? 魔法を撃って致命傷を与える事が出来るか?」
「手練れであれば」
「それは何人いるんだ? そしてそいつらにオリハルコンを曲げる程度の威力の魔法を、奴から攻撃を受けきる前に放つ事が出来るのか? これによると、エルフにも負けない速度で森を駆けると書いてあるじゃないか」
俺の追及に、執事エルフは黙ってしまった。俺が普段使いしてる程度の低い魔法であれば無詠唱でも十分だが、規模が大きくなるにつれて必要になってくるのだとか。てっきり補助的なモンだとばっか思ってただけにこれにはビックリだ。
ちなみにその時間はLv1が0秒。2が5。3が10で4が30。5が180くらいだとリリィさんから聞いている。
この世界だとLv3まで使えれば大魔導士として尊敬を集めるらしい。ちなみにリリィさんは4で、エルフでも5なんてのは勇者か精霊母レベルの加護を得ないと無理だそうだ。
つまり。どう考えたって無理な話って訳だが、レアスキルとして〈詠唱短縮〉や〈無詠唱〉があればなんとかなるだろうが、駄神のスキル一覧にもあったけど結構ポイント高かったから持ってる奴は少ないだろうなぁ。
「まぁいいさ。とりあえずこの報告書を書いた奴に会えるか?」
「今は難しいでしょうね」
「見回りか?」
「いいえ。旦那様のお相手をしてましたのでお休みかと」
「……そいつは美人か?」
「ワタクシの口からは何とも……」
「そうかい」
まぁ……あの豚に抱かれる相手であればそこまで綺麗で可愛くはないだろう。たとえそうだとしてもそう思う事にする! だってそうじゃないとあまりの憎しみで生き返らせる事が出来なくなってしまう。
だがしかし。会わない訳にはいかない。
「なら仕方がない」
執事エルフにいつ会えるのかを交渉という名を借りた脅迫をしようかと口を開きかけた時。外が騒がしいことに執事エルフが気付き、失礼。と言い残してから部屋を出て行き数秒後。面倒くさそうにため息をつくと同時に足を踏み入れたのは、さっき殺した豚とはまた別の豚だった。




