#208 ソレは食事ではない。だから許す!
取りあえず街の異常さは理解できた。きっと俺が感じている重苦しい空気ってのもそっから来てんだろう。このままここに居て良いモンかどうか迷うが、同じ景色を見て同じ違和感を感じてんなら〈万能耐性〉の範疇じゃないって事なんだろう。
「うし。まずは情報収集してみっか」
ぐるりと周囲を見渡してみると、連中がチラチラとこっちを窺っている。その目には精気があって特におびえた様子も見られない。単純に俺とアンリエットには侮蔑。サディナには敬意。ユニには同情っぽい物がそれぞれ向けられる。
ここまで来ると、本当になしてさ関係を一方的に切ったんだか分からんくなって来たな。
ま。だからこその情報収集だ。本来であれば数は暴力って事でバラバラになって聞き込みをしたいが、まだ100パーセント危険がないと言い切れる状況じゃないんで全員一塊になって動く事と、連中との会話はサディナに一任する事が決まった。じゃないと会話が成り立たんのでね。
そういう訳で、この場合は運が悪い第一エルフを捕まえる。
「ちょっといいかしら。というかエルフ如きがハイエルフであるこのアタシの問いを無碍に出来る訳ないわよね?」
「は、はい。何なりとお聞きください」
にっこえり笑顔で堂々と脅してる。こ・れ・が・ハイエルフの……やり方かぁ!
まぁ……相手は野郎だから心が痛むという事はない。むしろ骨の髄まで絞り取れ! と心の中でサディナを応援する。
いくつかの問答(詰め寄り気味で)をしたが、この野郎エルフは黒い奴の存在すら知らないと答え、それに嘘はなかった。
次になぜサディナの村との交流を絶ったのかと質問に対しては、門外漢だったそうでそんな事になってたんですか? くらいの反応しかなかった。ちなみに交易品はこの村からは風車で挽いた小麦粉や食料品で、サディナ達の方は弓などの武器や工芸品らしい。これで門外漢ってお前何の仕事してんだよと言いたくなるがグッとこらえる。野郎のしかめ面なんて見たらいきなり殺しちゃいそうだからね。
結局、ロクな情報が手に入らなかったんでNext。
――――――――――
「うーん。全くと言っていいほど情報が入らんな」
「そうね。一体どうなってるのかしら」
1時間ほど同じ事を繰り返したが、真っ当な情報は何一つ得られなかったし、中にはお前達から先に交流を断って来たんじゃないのか? とまで言われる始末。今は疲れたんで休憩中だ。
現状で集まった情報は――
この街のエルフ連中が生きている。
交流を絶ったのはサディナ達の街の方。
精霊がなぜか近寄らなくなったのかは謎。
〈森角狼〉に触りたい。乗りたい。モフモフしたい。
大体こんな所だ。例の黒い奴に関しては誰も彼も首をひねって、はぁ……そんな奴がいるんですか。大変なんですねとかのたまう始末。そりゃ文句も出るってもんよ。
「一番いいのはバラけての聞き込みなんだけどな」
「その選択は危険だから駄目だと言ったのは主ですが」
「わーってるっての。言ってみただけだよ」
見た感じはどこにでもある普通の街だが、サディナに言わせると精霊が入ってこれない時点でこの街は普通ではないらしく、いつどんな事が起こるか分からない以上は全員が目の届く範囲に居るのが最も安全だ。
その反動として、1時間歩き回ったのに質問出来た相手は20人にも届かない。非っ常に効率が最悪の二乗である。こんな事を続けていたらあっという間に婆さんになっちまう。
「……じゃあ偉いさんトコに行くか。それが一番手っ取り早い」
「最初からそうすればよかったのでは?」
「……ま、まずは市政の声に耳を傾けるのも1つの手だとは思わんかね」
「考えてなかったわね」
「考えてませんでしたね」
「考えてなかったのなの」
く……っ。事実だけに何も言い返せない。とにかく方向性が決まったんで店を出る。ちなみに居たのは宿屋兼酒場のテラス席だ。エルフにも酒を飲むって言う概念があるのが驚きだったが、ビールもワインも蜂蜜酒も肉類は使ってないから何の問題もないか。
2人? と一匹の突き刺さるような痛い視線を背中に背負い、並み居る障害という名の階段をひ~こら言いながら登った先の屋敷にたどり着く。わざとらしく額の汗を拭うような仕草をしてみたが、サディナとユニは白い目を向けてきて、アンリエットはニコニコしながら同じ動きをする。ほほえましくて何となく頭を撫でる。
「なんだ貴様等は。ここが誰の屋敷か知ってるのか?」
折角のほんわかとした空気だったってのになんてKYな奴だ。これだから野郎ってのは駄目なんだよ。
肩をすくめながらやれやれと軽く首を振りつつざっと目を向ける。
この街にあって階段20段分ほど高い位置に構えている屋敷はそこそこに豪華だ。柵も木じゃなくて低いレンガと細工の施された鉄柵で作られているし、何しろKYな野郎エルフ門番を含めて3人も居やがる。
その中の1人であるめんどくさそうな顔をしている――面倒だからAルフでいいか。に対してサディナが眉間にしわを寄せながら凍えるような殺気を振り撒いてAルフにすごむ。
「誰だっていいわ。死にたくなかったらそこを通しなさい」
「それは許可出来ないな。こちとら町長の面会予定は知ってるが、お前等みたいな世界の腫瘍にしかならない人種如きが面会なんて、冗談でも口に出せば殺されるっての」
Aルフのそんな言葉に対し、BルフもCルフも嘲りの笑みを浮かべるので、面倒だからABCの頭部を吹っ飛ばしてやった。
「ちょ!? いきなり何してんのよ!」
「邪魔だったから排除したまでだ。気にすんな。帰りに生き返らせてやっから。こんな風に」
「死人を生き返らせるですって? 冗談はほどほどに――」
文句を言いきる前にエリクサーをひとたらしするだけでAルフの頭部がグロ映像となって再生されて程なく目を覚ましたのを確認し、もう一度吹き飛ばす。
「これで何の問題もない。さぁ行くぞ」
「……」
「主の行動にいちいち反応していては胃がもちませんよ。なので主に常識は通用しないと認識するだけでも気持ちはグッと楽になります。現にワタシはそれで乗り切っています」
「でも……」
「お前、ご主人様に文句あるのなの?」
「ヒッ!? べ、別に文句がある訳ではございませんです……」
「ならさっさと歩くのなの」
完全に主従が出来上がってるサディナは、アンリエットの一睨みで完全に怯えてしまい、逃げるように門をくぐり、扉を開け放ってエントランスの中央まで突き進んだところでようやく待ったがかかる。
「どちら様ですかな?」
「アタシの名はサディナ。ルールクスの街のハイエルフだ。ここの長に聞きたい事があって上がらせてもらった。道を開けろ」
凛とした態度での言い方は非常に絵になるが、ほんの数秒前までアンリエットに怯えて腰が引けていたとはとても――あ、こっちの顔色をチラチラと窺ってる。必死に己を偽ってる真っ最中だった。頑張れ。
「はて……そのような予定は聞いておりませんが。門番はどうなさったのですか?」
「邪魔だったからちょいと眠ってもらったよ。お前『達』も邪魔するなら眠ってもらうが……どうする?」
俺がニヤリと口の端を釣り上げるが、立ちはだかる執事エルフの顔色も感情も一切揺らがない。大したタマだよ。達を強調した事に気付いているはずなのに……まさに天晴である。
「では賊という事でよろしいですかな?」
「構わんよ。たかが10の無能連中ごときで俺が止められるものなら――」
全てを言い終わる前に死角からDルフが飛び出し、一番殺しやすそうだとでも思ったんだろう。アンリエットに向かって来たが一瞬でその姿は消え去り、どこからともなくボリボリゴリゴリと不気味な音が響く。
「う~。やっぱり美味しくないのなの。ご主人様、甘いお菓子が食べたいのなの」
「やれやれ仕方ないなぁ。だったらそんなマズい物はあそこにならぺっ! ってしていいぞ」
「分かったのなの」
俺の指示に素直に従ったアンリエットは、途中まで咀嚼していたDルフを執事エルフの前あたりに吐き出すと、そのあまりのグロテスクさにサディナもユニも周囲の雑兵共も恐怖の感情が現れる。
しかし。目の前の執事エルフは顔色も感情も一切変わらない。本当に大した奴だ。とりあえずアンリエットにホールケーキを渡して一度仕切り直す。
「さて……それでどうする。全員そうなってから主人に会っても平穏無事に主人に会ってもこっちとしちゃあなんも変わらんからな。好きな方を選べ」
「……」
靴が汚れるのも構わずに元・Dルフを蹴飛ばして執事エルフ睨みあげると、ようやく怒りらしい感情を拝む事が出来た。
肌を撫でるようなピリピリとした殺意に、俺はさらに笑みを浮かべながらより強い殺気を全方位に放つ。その方が色々と都合がいいからな。
「殺気を出したって事は、お前の選択は前者と受け取っていいんだな」
「出来ますかな?」
「当然だろ」
互いに笑みを崩さないまま、どこかから聞こえてきた何かを蹴破るような音を合図に互いが瞬時に動いて俺は拳。執事エルフは貫手で互いの顔面に向けて放――
「こんな時間に殺気振り撒いてやがる馬鹿はどこのどいつだラアアアアアアア!!」
とうと思った矢先に、上の階から馬鹿デカい怒声を張り上げるおっさんがあらわれた。




