#207 地方ルールという名の常識
「ちょっと……いいかしら?」
こっちの話し合い? が終わってのんびり優雅なティータイムを満喫していると、思考の深淵かどうかは知らんけど、とりあえず人を無視する状態から戻って来たサディナが少し不機嫌そうにそう訊ねつつ空いてる席にドカッと座ってティーカップを一気にあおる。
「ん? 別に構わんがどうした。トイレか?」
「違うわよ! 聞きたいんだけど、アタシがここでアンタを必要としないと言ったら、どうするの?」
「別になんもせんよ。やる事やったから帰るだけだ。安心しろ。街には送り届けてやる」
エルフの実力は知らんが、俺の助けを断るって言うならそれ以上の強い奴が存在していると俺は勝手に想像する。だからそれで全滅したとしても、エルフ女子とのムフフな一夜が過ごせなくなるのかぁ……残念だなぁって落胆はするけど、世に絶望するほどじゃない。だって侯爵の街に戻ればあのお店にエルフのお姉さん居るし~。ギック市にもきっといるだろうからね。
けろりと何躊躇う事無く言ってのけた俺の興味のなさ加減にいろんな感情が渦巻いてるように見えるけど、それを口に出さない辺りはまだ自制が出来てる。何か言ってこっちの機嫌を損ねたらマズイと感じてるんだろうな。
「……アンタに依頼をお願いしてもいいかしら」
「お願いとは随分な心変わりだな。さっきまでの傲慢な態度はどうしたんだ?」
「……っ。確かにアンタ達人種は気に入らないわ。勝手に森を切り開いて領地を拡大し、見た目がいいからって動物のごとくアタシ達を捕まえようとする。そんな反吐が出るような世界の廃棄物に下手に出るのは、たとえ命を落とす事になってもやらないわ。普段ならね」
こんな所で、エルフが必要以上に人種を異常なほど憎む理由の一端を垣間見たが、俺には関係がない。
起きて半畳寝て一畳って言葉があるように、それと〈万物創造〉があれば十分事足りるし、捕まえたりしなくてもお店に行けばいつでもムフフな時間が楽しめるし、要求を命令と捉える奴隷を相手にナイトラヴをしても楽しくなさそう。
せっかく〈性技〉を手に入れたんだ。どうせなら目の前のサディナみたいなのが快楽で堕ちる姿を見る方が楽しそうだからな。
「で? 依頼に対する報酬は何を用意するつもりだ」
出来る事ならばこの場で決めてほしい。
サディナはハイエルフとしてそこそこ偉いのだろうけど、あの街での頂点には老エルフが居る。いくらハイエルフが偉いと言っても、経験という武器を持たれると逆立ちしても敵う訳がない。
であれば、報酬をここで取り決めたとしても老エルフが渋るかもしれない。だからと言ってそんな確認をするためだけにわざわざ戻るのも面倒くさいので、この場で決めてほしい的な空気を出して逃げ道を塞ぐ。
「……アタシじゃ駄目かしら」
「受ける」
「早っ!? 自分で言うのもなんだけど、簡単に決めすぎじゃないの?」
「だってサディナを好きに出来るんだろう? だったら美少女好きの俺としては是非もない。シリアほど偉くもなさそうだから無茶も出来るだろうし。何よりその強気な態度……ぐへへ。たまらん」
「な、なにをさせるつもりよ!」
「まぁそれはおいおい決めるさ。とにかくそっちは、今の報酬の事を忘れない事を心がけてればそれでいいさ。なぁに悪いようにはしないさ。俺は紳士なんでね」
「アンタ女でしょうが」
「細かいことは言いっこなしだ」
報酬が決まったのでさくっと片づけを済ませて出発。ちなみに〇2機関は声の質からオスだと判断したんで丸夫をという名前にしてぱぱっと〈収納宮殿〉に押し込んだ。
一応相手の攻撃範囲がまだ把握しきれていないので、一応〈万能感知〉はあらゆる物事に反応するように設定し、接近する何かについては速度の遅速にかかわらず一応の警戒をしながら突き進んでいると、ようやく多数の反応が察知できるようになった。なったんだけどなぁ。
「うーん」
「……どうしたのよ」
「目的地にエルフの反応がある。死体もそこそこあるようだが、大部分は生きてるみたいで普通に生活してるかも知れん」
「……だったらどうして連絡や商人が来なくなったのよ」
「さぁな。俺ぁ商人じゃないんだから知らんよ」
サディナの反応はもっともだな。
外観はエルフの掟なのか知らんが相も変わらず木の柵だが、我が〈万能感知〉によるとそれは城壁のように見張りが歩き回れるほどの足場が確保されていて、今は確認できないが夜にでもなれば幾人かが歩く回るだろう。
「……安全なのでしょうか?」
「どうだろうな。情報がないから何とも言えん」
事前連絡なしに交流を絶つなんて、別の交易ルートを構築しやすいであろう人種の中ならそれほど表立った問題じゃないだろうが、世間の狭いエルフ達にとっては少し問題があるんじゃないかと俺は考える。
今まで仲が良かったと仮定して、それが長時間続けば互いの関係は自然と深まっていく。色々と無茶や値引きなどの交渉も遠慮がなくなるけど、それはいい関係だと俺は思う。それをしても見限られたりしない事を理解しているから。
しかし。ある日突然その関係が一方的に断ち切られる。これがこの世界であれば魔物にやられて死んだんだろうと思うのが自然だし、そうなれば別の誰かが同じようにやって来るだろうと考えるやつも出て来る。
だが来ない。一週間経とうが一か月たとうが一年経とうが来ない。そうなれば行き着く思考の終着点は少ない。
俺で例えるなら、取引先に見切りをつけたか交流先が全滅したか――こちらを滅ぼすための準備をしているか。まぁ最後のはかなりの暴論だけどゼロじゃない。
これ以上は直接ここに住んでるエルフ連中に話を聞かんと確証が得られないんだが、オレゴン村での一件があったから少し街に入るのを躊躇うな。
「入らないのですか?」
「そうだなぁ……」
〈万能感知〉では特に怪しい点は発見出来ない。出来ないんだが、なんなんだろうなこの違和感は。全体的に重苦しいというか入っちゃダメよ♪ なんて空気がひしひしと伝わって来るというのに――
「何してんのよ。元々ここに用があったんだからさっさと入ればいいじゃない。先に行くわよ」
何も感じていないらしいサディナが、いつまでたっても進まない俺達に業を煮やしたらしく、勝手に柵壁門をくぐって中に入って行ってしまった。
意図していた訳じゃなかったけど、心の中でサディナを自由にするという報酬を使ったんだと自分に言い聞かせながらしばし観察してるとすぐに街から出てきた。
「ちょっと! なんで誰もついてこないのよ!!」
「いや、普通魔物の巣窟かも知れん場所に馬鹿みたいに踏み込む訳ないだろ」
「貴女はもう少し慎重という言葉を覚えた方がよいと思います」
「サディナお馬鹿さんなの~」
「うぐ……っ。そ、それはアンタが守ってくれると思ったからよ」
「まぁ守るけどさ。ここは一応敵地かもしんないんだからもうちょい慎重に行動しとくれや。じゃないと護れるもんも守れんくなるからよぉ」
「ぜ、善処するわ」
とりあえず釘は刺したし、出入りに対する安全性も一応確認が出来たので、街の中に入ってみる。
中は〈万能感知〉でも確認している通りにエルフの連中が歩き回っている。種族の違いこそあれ、別段おかしなところない普通の街の光景だな。
そんな中で唯一。この街の事を知っているサディナだけが眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしている。いつも怒鳴ったりしてる顔を見ているからか違和感バリバリ。
「……どうしたよ」
「おかしいわ。さっきは慌ててたから気にしてなかったけど、ここに精霊の気配を感じない」
「精霊に気配とかあるのか?」
「あるに決まってるでしょう! 特にこの辺り一帯は精霊の森と呼ばれててシルフ様が居て下さる地なのよ。そんな場所で下級どころか浮遊精霊の気配すら感じ取れないなんてある訳ないでしょ! それを何とも思ってないこいつ等もどう考えても異常よ」
「そうなのか?」
ユニに確認を取ると頷いた。どうやら森に近づいたあたりからずっと精霊の存在を感じていたらしいんだけど、この街に足を踏み入れた瞬間にぱったりと無くなったそうだ。俺とアンリエットはそう言った類の事がよく分かんないんで首をかしげるだけだ。
「主はそう言った類を察知できるのでは?」
「……おお! そう言えばそうだった」
精霊なんて眼中になかったから完全に忘れてた。なので〈万能感知〉の設定をいじって精霊の反応も出る等に変更してみると、風属性という事もあってそこら中に緑の光点が現れるが、確かに街の中にはその存在が一切確認出来ない。まるでこの街一帯を避けているようにも感じる動きが多々見られる。
「確かにいないみたいだな。俺としちゃあどうでもいいことだが、エルフにとっちゃそれがおかしいという訳なんだな?」
「当然でしょ。エルフは風の魔法を得意として風の精霊と懇意にしてるのよ。例えばアレ」
指さす先に目を向けると風車らしき建物が確認できる。
普通に考えれば強い風が吹き抜ける場所に設置するのがベターで、まかり間違ってもこんなロクな強風が吹きそうにもない場所に造ったところで何の意味もないが、それを風の浮遊精霊や下級精霊が動かす事で製粉などを行っているとサディナは説明した。
「なるほど。となるとおかしいな」
「だから最初からそう言ってんでしょうが!」
ふぅむ。これは少しばかり気合を入れて当たらんといかんようだな。




