#204 出来ない訳じゃない。ただ面倒臭いだけだ
「おいサディナ。こりゃ一体どういう事だ? ユニが超人気者になってんだが」
「なんだと言われても……〈森角狼〉と戯れていように見えないのかしら? 彼等は森の番人とも言われ、我々エルフが同格と位置付ける数少ない一種ね。それがどうして自然を破壊する程度にしか能が働かないクソ人種の従魔となっているのか分からないわね」
「単純に実力行使だな」
それにしてもユニが同格か。とりあえず確実なのは、他の4種族以上の感情を持ち合わせているという事だ。乗っかったり毛を引っ張ったりしている子供連中はまだしも、それを見守る大人連中も近づきたいなぁって空気を出しているのが〈万能感知〉で確認できる。
しかし〈森角狼〉はれっきとした魔物だ。学者でもなけりゃこの世界の人間でもないんで正確には言えんが、俺がユニと出会った時は……戦いもせんかったから余計に分からんな。
「アンタが本当に10の幼児か疑問が残るけど、〈森角狼〉はエルフにとって友のような関係性というのが妥当かしらね」
「ふーん。エルフにも他種族に対して友って単語を使うのか。こいつぁビックリだぜ」
「アンタ達みたいに虫にも劣る知能しか持ち合わせていない他種族と違って彼女達はとても優秀よ。正直言って年齢が100に満たない子供達なら優秀さでは上かも知れないわね」
「あぁ……それは何となく理解できるな」
ユニは非常に読書家だ。それでいて好き嫌いがない。俺が意図的にエロ関係や兵器関係は省いているが、それでもなんでも取り込んだ。おかげで栄養学にも詳しくなったせいで飯にケチをつけるようになったし、法律的な事も学んだせいか労働時間にもうるさくなり始めているが、それはあくまで俺の世界での話であると説明した上に、過剰労働になった場合は本を差し出すなどの妥協案によって何とかなっている。
確かにそう考えれば、ユニが非常に優秀なのは理解できる。出来るんだが……エルフ連中が優秀かって言われると、どうしたって首をひねる。
「なによ」
「別に。次に向かう場所を聞いて来たんで向かうぞ」
思った事を口に出せばまたやかましく怒鳴り散らしそうだから黙っておこう。そしてまた逃げださないようにとサディナに手を伸ばしたがするりと躱され、こんな場所であんな無様な姿をハイエルフとして魅せれる訳ないでしょうが! と俺にだけ聞こえる小さな声ですごんで来たので、仕方なく隣を歩かせる事で逃げに対する安全策とした。
「ほらほら。ガキども邪魔だぞ」
男を中心に少し乱暴にユニから引きはがしながらそう言うと、そこら中から文句(子供)や罵声(大人)が飛んでくるが、そこら辺はサディナに一任。俺でも何とかできるがその場合は大抵が血生臭くなること請け合いだろう。
「助かりました。子供というのはなぜあそこまで疲れを知らないのでしょうか」
「さぁな。それよりも見直したか?」
「いえ全く。あれくらいはワタシにも出来る事ですから」
「ああそうかい。それよりも次の目的地が決まったんで早速向かうぞ」
「い、今からですか?」
「なんだ。もしかして子供好きになったのか?」
そう問いかければ、ついさっきまでの地獄を思い出したんだろう。珍しく怯えのような表情をしたかと思うと、それがワタシの仕事なのですから仕方ありませんねとまくし立てて逃げるようにその場を後にした。
「最低ね。〈森角狼〉を脅すなんて悪霊にも劣る最低の行為だわ。そのうち精霊にでも呪い殺されるといいわ。というか確実に殺されるわね。何せ風の精霊シルフ様はアンタみたいな人間をもの凄く嫌悪しておられるのだからね」
「あっそ」
得意げに滔々と語るサディナに対し、俺はその本人を完全に掌握している。厳密に言えば餌付けだけど、ユニを脅した程度で出張って来ても魔力をふんだんに含んだ料理を差し出せば一発で片が付く。なにせ精霊母相手にすら通じる手段だ。下の精霊で感情の赴くままに動き回るアホ精霊であればより容易い。
こんな事を口に出したところで信用されないのは明白。それで馬鹿にしたような顔をされるとこっちもムカつくんで、一言で斬り捨ててユニの後を追いかける。ちゃんとサディナもついて来てるぞ。アンリエットはユニの背に乗ったままだったんでもういない。
程なくして集落の外でユニを発見したので、馬車との連結がてらちょいと作戦会議。
「これから向かうのはこの辺りだ」
手が空いていないので、地面に広げた地図に記した部分を足で指すと、サディナからさすが人種だなとの蔑みの御言葉と視線をいただきました。まぁ嫌悪するレベルでもご褒美のレベルのモノじゃないんで気にせず続ける。
「どんくらい前になるか知らんが、ここのエルフが全滅したらしい」
「全滅ですか。それは――」
「ちょっと待ちなさいよ。いくら奴が難敵だったとはいえ、ここの町には1200のエルフが居たはずよ。それが全滅って頭おかしいんじゃないの?」
「知るかっての。俺はあのジジイエルフにそう聞かされただけだからな。文句は受け付けないし言いに行くならふん縛って馬車に転がすぞ」
まぁ真実であることは間違いないんだが、説明したところでそれをどうやって知ったのかと問われると面倒。なので俺が人種だからと手抜きの報告書でもつかまされたんだろうと思わせておく事にした。自らも何かと俺に侮蔑の枕詞を乗せて来るんだ。それで十分だろ。
「本当に役に立たないわね」
「全くだ。せめて全滅するなら敵の情報の1つや2つ伝えに来いってんだよ」
「アンタねぇ……役立たずってのはアンタに言ってんのよ!」
「ほーかほーか。じゃ、準備完了したんでさっさと行くとするか――ねっと!」
文句を言い出したら長くなるからな。先に馬車に放り込んでさっさと出発する事にするのが一番だ。
「ちょっと! いきなり投げ飛ばす事ないでしょう! 怪我とかしたらどうするつもりよ!!」
「俺のコントロールはAだぞ? んな失敗しねぇって。したとしても、ポーション類は大量に保管してっからいざとなりゃ使ってやる。それよりも今は向かう街についての情報だ。人数を知ってるって事は、サディナはその街とも交流があったって事なのか?」
「街としては頻繁だったけど、アタシ自身は数える程。ロクな情報を持ってないわ」
「あっそ。ならしょうがないな」
まぁ……距離を考えてもそれが妥当だろう。森の中での馬車移動なんて、俺レベルのサスペンションとかオフロードタイヤなんて物がなければまず無理だ。不可能じゃないが、瓶は割れるし食材は痛む。おまけに尻は痛いわ吐き気は催すわでまともな行商は難しい。
だから別に何とも思ってなかったんだが、どうやらこれまでの関係性から額面通りに受け取ってくれなかったようだ。
「……いま使えないハイエルフだな。とか思ったでしょ」
「そうだな」
どうせ違うと言っても信じないのは明白。
であれば、最初からそうだと言っておいた方がやかましい程度で丸く収まるこっちの方が何倍も余計な労力がかからなくて済む。
事実。間髪入れずに答えたら顔を真っ赤にしながらマシンガンのごとく出るわ出るわ罵詈雑言の嵐。よくもまぁそんなに出るなぁと感心しつつも、ふーんとかそーかいとかの気の抜けた返事をするにとどめる。まともに相手にしたところで疲れるだけだからな。
「うるさいのなの」
「へキュッ!?」
そうして我慢の限界を超えたアンリエットが、眉間にしわを寄せながらサディナの首をきゅっとやって強制的に黙らせる。一度格付けが済んでるからなのか、なかなかに容赦がないし。サディナも想像以上に恐れているのはなんか納得がいかない。俺の方が遥かに強いのに……。
まぁそれはそれとして、とりあえずは〈万能感知〉を黒い奴の射程範囲の2割くらい広い範囲に設定して捜索開始だ。これに多数引っかかるような事があればそこが本拠地と認定できるし、居なけりゃ居ないで次への捜索がスムーズになる。
「さて……とりあえず全滅してる前提で事を進めている訳だが、万が一にも本体が喋る声や攻撃の気配以外で反応する相手だったらどうするよ」
「うぅむ……主ですら至近距離の攻撃は避けきれていませんでしたからね。その本体が居るのだとすると、それより弱い訳がないのは道理」
「ご主人様が無理な事はあちし達にも無理なの」
「だよなぁ」
「アタシに任せなさい。そんな奴特大の魔法で粉砕してあげるわ」
「とりあえず守るが極力は自分で避けろよ。俺の勇士を死んで見逃したなんて許さねぇからな」
別に死んでも問題はない。エリクサーがあればいくらでも復活できるんだからな。問題なのは、俺とユニの関係性だ。
現状で俺が負けるとは思えないが、相手の実力が分からない。その強さを見せつける為にはどうしたってユニを連れてかなきゃなんない訳で、つまりは面倒事がグッと増えるって訳だな。
自分の身が自分で守れるならこっちも楽なんだが、あの黒い奴ですらユニより強いらしいからその上の相手となるとキビシイを通り越して死ねと言ってるようなもんで、最悪なのはユニが死んでる間にそいつを殺しちまうことだ。
こうなると、いくらエリクサーで復活させてもう1回ってなっても信頼度がまるでなくなる。
ってなると、無傷はさすがに無理だから死なない立ち回りで何とかするしかないんだが、相手の情報がないのではどんな動きをしてどんな攻撃をしてくるかもわからない。完全初見の相手に何かを守りながら戦うってのは危険だしマジ面倒。




