#203 君達の命はこの俺が握っているのだよ?
見張りエルフの案内で集落に入ったはいいが、早速問題勃発ですわ。
「これはこれはハイエルフ様。よくぞこのようなお越しいただきまして――」
「挨拶はいい。アタシが聞きたいのはなぜこれほど待たせたのかという事だ。馬鹿にしているのか?」
「そ、そのような事は微塵もございません!」
地面に頭をこすりつけるように必死に謝罪の意を示しているのは、エルフの中にあっても深いシワが多数刻まれて弓もろくに引けなそうなよぼよぼとなっている老人。
一体何歳なんだろうなぁとぼんやり思いながらちらりとサディナに目を向けると、真っ赤に晴れた唇がタラコみたいになってて、未だにフルーツたっぷりのジュースを手放さないまま、ソファに深く腰を掛けて絶対零度の表情で虫でも見るかのように土下座をする老エルフを完全に見下している。さっきまでの激辛にのたうち回っていた人物と同一とはほとんど思えんな。
こうなったにはまぁ、理由はある。
集落の入り口に到着した俺達は当然のように中に入ろうとしたんだが、門番エルフが待ったをかけた。
理由は、エルフではない下等で森の清浄な空気と精霊を穢す醜き害種を入れる訳にはいかんと言ったものだが、まぁ予想通りの反応だ。そういう事が起こりえるだろうから、エルフの中でも一際偉いらしいハイエルフのサディナを引っ張り回してきたんだが、その出方が悪かったな。
黙らせるためにデスソースを口に放り込んだせいで、唇がパンパンに腫れ上がってるし、まともな受け答えをするのに大層時間を浪費した。
そのせいでまたもや、サディナがハイエルフだと名乗ると鼻で笑われた。
これにサディナは激オコ。大規模でないにしろ有無を言わさず鼻で笑った門番エルフを魔法で吹っ飛ばし、風圧を感じるくらいに大量で濃密な魔力を放出しながら迫力ある足取りで真っすぐに高価そうな建物へと向かう。
これだけの魔力を吐き出したところでようやくサディナがハイエルフであると誰もが認めたので、いざって時のストッパー役として俺達もおこぼれで集落に足を踏み入れ、現在地の屋敷に到着と相成る訳ですよ。
そこに至る道中にも、少なくない数のエルフが立ち塞がろうと現れたが、その度に腕を横に振り抜く動きだけで突風が駆け抜け、エルフなんて言わずもがな。中には脆そうな建物の屋根が吹っ飛んだりもして、その被害に遭いそうな女性エルフだけを颯爽と救助して好感度を稼ぎつつ、たどり着いた老エルフの屋敷で文句を一言二言述べたのが、今の状態って訳だ。
きっと数100じゃ効かないだろう年齢を重ねているだろう老エルフが、たかだか150の尻の青いサディナにこの態度……どうやら、俺が思ってる以上にハイエルフってのは偉い存在らしいな。そんな素振りが俺には全然感じられんけどね。
「もうその辺でいいだろ。こっちも用があるんだからいい加減終われようざったい」
「っさい! これだから過剰装飾を動物のように喜ぶ劣等種族は駄目なのよ」
「そうだな。俺も唇パンパンに腫らしてるハイエルフを見ると、身だしなみには気をつけようと改めて理解する事が出来たから、そこら辺は感謝だな。あっはっは」
「……いい度胸じゃないの。そんなに死にたいってなら――」
「さて村長よ。アンタに聞きたい事がいくつかあるから答えてもらいたい」
「ちょっと! 無視してんじゃないわよ!」
「アンリエット」
「分かったなの」
このまんまじゃ話が一向に進まないんで、アンリエットを使ってサディナを強制的に排除してもらった。
レベル的にもステータス的にも恐らくアンリエットの方が強いうえに、そもそも先の諍いで完全に上下関係が出来上がっており、俺が反論してもマシンガントークが止まないのに、こいつがうるさいと言うだけで結構ピタリと口を閉ざす。
事実、アンリエットが嬉しそうな笑みを浮かべながら近づくだけで、ガクブルし始め、借りてきた猫のように簡単に首根っこを掴まれて部屋を後にした。俺の方が強くて偉いはずなのにこの態度の差は一体何なんだろうな。
「さて、邪魔もなくなったし改めて要求だ。あのハイエルフに暴れられたくなかったら、こっちの出すいくつかの問いに答えてもらおう」
「……言ってみるがええ」
「まず、ここに人の形をした液体――大体こんな感じの奴だが、見たり聞いたりした事はあるか?」
差し出したのは〈写真〉で描き出した奴の全身像に加え、手書きでその特徴と危険性を記してある一種の手配書みたいなモンだ。
「これは……」
「ちなみだが、俺は嘘を見破るスキルがあってな。余計な問答を繰り返す無駄口を叩くような真似をすれば、どこからともなく怖い怖いハイエルフが出てきて何かするかもしれないなぁ~」
先制攻撃とばかりに告げてやると、どうやらそれを実行しようとしていたのかふざけた笑みを浮かべていた老エルフの表情が一瞬で真っ青になる。あん時の見張りエルフと同じ方法だが、野郎相手であれば遠慮はしないし加減もしない。
「み、見てはいない。しかし情報だけは入っておる」
「……どっちの方角から来てると?」
「ワシが見た報告では西からじゃな。実際に、被害らしい被害はこの集落ではまだ受けとらん」
「……連絡が取れなくなった集落の位置を教えろ」
魔道具地図を操作してこの辺一帯の森に焦点を当てたものを広げると、老エルフは驚きに目を見開いていたが、俺が軽く机を殴るだけですぐに正気を取り戻し、連絡の取れなくなった集落の場所を指さしてゆく。
その中には町レベルとってもいい場所もあったみたいで、調査に幾人か向かわせたらしいのだが、その結果は芳しくなかったのは顔を見れば理解できる。そしてかなりいい情報でもある。
エルフにとっての町レベルとは、世界総人口№1の人種に当てはめるならせいぜいが村レベル。オレゴン村よりは多いがギック市レベルになる事はまずありえない。なぜそう言えるのか、アニーにそう聞いたからだ。
どこで聞いたかまでは覚えてないが、一番数が多いのが人種で、次に獣人。3に霊種がきて4に龍。最後にエルフが現れるらしい。
これで考えると、生物として基本的なステータスの高い種族ほど低いように思える。だからこそエルフ連中は自分達を選ばれし者だなんて鼻高々に恥ずかしげもなく口に出すんだろう。
まぁそのあたりはどうでもいいとして、とにかくエルフの数は少ない。だから町レベルと言っても住んでいるのはせいぜいが1000くらいだろう。サディナの所も〈万能感知〉でざっと調べたらそんなもんだったんで基準にさせてもらう。
そしてそれを基準にすると、1000のステータスが高い――とりわけ知力が高いと自負する連中がサディナみたいにここに記した行動が危険であると気付かない訳がないと信じたい。
でだ。それを理解したところで対処法がある訳じゃない。俺みたいに力づくな方法でやれればいいが、アレを消滅させたという事例があれ一つしかないって事になると、最悪でもあのくらいやんないと死なないって事になる訳で、普通に生きてる連中じゃオリハルコンを用意する時点で匙を放り投げるしかなくなる。
つまり何が言いたいか。そこら辺に探してる大本が居るんじゃないかって事だ。それも獲物を探して動ける飛び切り危険な存在がな。でなければ1000のエルフが何の連絡も伝えきれずに全滅したなんてありえない。
俺が消した奴も移動するとはいえ、その速度は徒歩以下で滅茶苦茶遅い。しかも足音には何の反応も示さないのだから、逃げるという選択肢だけを考えれば生き残る事は十分に可能なはずだ。
なのに誰も戻ってきてないって事は、俺が倒した奴より一際危険な存在がいるって訳で、取るべき方針は決まった。次の目的地はその廃街(仮)だ。
「よく分かった。これは置いて行くから一応全員に知らせておくといい。時間稼ぎくらいにはるだろう」
そういって下っ端? と表現していいのかどうか知らんが、そいつの情報を記した紙を置いて屋敷を後にする。目的が決まれば即行動――と行きたいところなんだが……現実は思ったようにいかんもんだな。
「なんだよあれ」
俺の視線の先では、シリアよりさらに幼い感じのチビエルフ達が我も我もとユニに群がっており、よろよろとした足取りで歩き回っている背中に飛び乗ったりしている。どうやら相当な回数をやらされてんだろう。明らかに辟易としているのが見て取れる。
もの凄い人気ぶりに少し嫉妬してしまうが、あれじゃあまともな前進は難しい。なので近くに居たサディナに鋭い視線を投げかける。ちなみにアンリエットもそれに混ざって遊んでいるので、あと少し説教しよう。




