#202 交渉のこの字もない交渉
「――うげっ!? アンタが何でこんな所に居るのよ!」
正解は4の、こっちが入る前に出てきちゃったでした~。何ちゅうタイミングの悪い時に出て来てんだよ。おかげでつつましいが女性エルフのパラダイスな光景を〈写真〉に収める事が出来なくったじゃねぇか。このストレスはサディナで晴らすか。
「そんなのサディナを探してたからに決まってんだろ。奴についてちょいと調べる事があるんで、さっきみたいに他のエルフ連中との橋渡し役としてついて来てもらう。ちなみにこの件に関しては兵士エルフの許可を得てるんで、お前に拒否権ってモンは皆無だから諦めろ」
とりあえず、気持ちを落ち着けてけろっとサディナに用件を告げると、また連れ出されると思ってもなかったみたいで、その表情がすぐに渋い物へと変わっていく。
「ふざけんじゃないわよ! 何だってこのアタシがアンタみたいなゲスクズゴミ人種の手伝いをしなくちゃなんないのよ。いい? アタシはこの街でも指で数えられるほどに貴重なハイエルフ種なの。それがそうほいほいと外に――って聞きなさいよ!」
聞いたところで、マジで前言が撤回される可能性はゼロに等しい。何せ大量とまではいかんがいい数のいい品質の弓をくれてやったんだからな。ハイエルフがどんなもんか知らん俺にとっては十分以上の対価だと思ってるし、あっちもこれくらいならサディナ1人抜けても大丈夫だろうと判断したんだ。きっと折れない。
であれば、強引に連れ出した方が何倍も時間の短縮につながる。いくら騒いだ所で、黒い奴の調査に向かうと分かれば自然と大人しくなるし、俺の拘束から逃れられるほど腕力が強い訳でもないんで、喚き散らす声量が少々デカい事を呑み込めば何の問題もない。
そんな感じでエルフの街を飛び出した俺は、サディナに任命状を押し付けて御者台で資料に目を通していた。ちなみに行き先はここから一番近い別の集落だ。
「ふむふむなるほど。全く分からんな」
「なによ。同胞達が命がけで手に入れた情報が気に入らないって言うの?」
「気に入る訳ないだろ。こんな子供の絵日記以下の代物のどこが役に立つってんだよ」
資料自体がほぼほぼないって事もあるけど、中身も〇〇だと思うとか。〇〇であるかも知れないとか。抽象的な物ばっかでイマイチどっちから来てんのかがハッキリしないが、同時にやっぱ黒幕としてもっとえげつないのがいるっぽいという俺の仮説がよりハッキリとしてきた。まだ確定じゃないけどね。
確かにアイツはいろいろと厄介な性質を持ってはいるが、基本的に1人か2人くらいの犠牲があれば声を発するなり攻撃するなりすると手痛すぎる(エルフ連中にとっては)反撃を受ける事くらいすぐに理解できるモンなのはサディナの行動で証明済み。そのくらい簡単な事にも関わらず、この報告書にもその旨が欠片たりとも記されていない。
この原因で考えられる事は――
1 そんな事にすら頭が回らないほどエルフがアホすぎる。
2 報告書の書き方がクソすぎる。
3 それ以外の奴が存在している。
どれも理由としては納得できる。俺の中ではすでにエルフが賢いってイメージはとっくの昔に無くなってる。もっと詳しく言うなら、どっかの食いしん坊に野菜サンドをくれてやった辺りからだが、俺の心情としてのオススメはやっぱ3だなぁ。
これであれば、多少面倒臭いってデメリットはあるものの、達成すればエルフ女子に多大な恩を売れるし好感度も爆上がり。おまけにユニの忠誠値を大きく回復させる事が出来るから、またしばらくはのんべんだらりと過ごす事が出来る。
なので、資料が役立たず以下になった瞬間。これから頼りになるのはサディナの交渉術と俺の腕力のみとなる。
この2つを駆使して、なんとしてでも黒幕の情報を得ないとなーとか考えながら、文句を言ってきていたサディナにお前も見てみろと資料を渡したわけなんだが、どうやら初めて目を通したのかその表情は渋い。
「なにこれ……こんなのが資料? 斥候のくせになんて役立たずなのよ。これじゃあエルフのいい面汚しだわ」
「俺的にはすでに泥だらけだけどね」
「アンタはいろいろと規格外なだけよ!! 大した魔力を持たず、精霊とも会話すらまともに出来ない最下層種族のくせになんなのよ本当に。それと、こっちもアンタに同行してあげてるんだからもっとこれ寄越しなさいよ。本当に劣悪人種ってのは気が利かないわね」
ぶつくさ文句を言いながらも、逃げる素振りはない。それどころか平然と飲み物や食べ物を要求してくるほどサディナは馴染んだ。一種の現実逃避とも言えなくもないが、逃げないんだったら俺としては何も問題はない。逃げても捕まえられるし、そうなったら少し残念だが逃げられないようにするしかない。これから何度続くか分からない門前交渉が待っているんだからな。
「主。野菜肉共の気配がしてきました」
「さよか。ほんならサディナの出番だが、役に立つんだよな?」
「当然じゃない。アンタみたいな低能極まる人種と違って、アタシはエルフの中でも上位種になるハイエルフなんだもの。不可能なんてある訳ないじゃない」
勢いで連れて来たはいいけど、そう言えばそもそもそういう事が出来るのかどうかを聞いてなかった。この土壇場に来てようやくその事実に気付いた訳だけど、サディナの態度を見ればきっと大丈夫だろうそうだろうと思う事にしよう。
「アタシはハイエルフのサディナ。我が声に今すぐ頭を垂れ、門を開けるがいいわ」
そんな感じで、馬車の中でも一番目につく場所――幌の上の先端に乗せて少しゆっくりとした速度で集落の前に顔を出してみると、意外にもいきなり矢を射られたり魔法を撃ち込まれると言った喧嘩上等スタイルの出迎えはなかった。何故ならそこは入り口じゃなくどこか別の場所だったんだからな。
「嬢ちゃん。門はあっちだぜ?」
俺としちゃあ面倒がなくていい事なんだけど、意気揚々と宣言し、ほぼ平原と呼ぶにふさわしい薄っぺらい胸を張って背を反らせていたサディナにとっては、そうなる事を予想して防御魔法を展開していたのに完全に肩透かしを食らったに等しいし、声をかけてきた櫓に居る見張りであろうエルフが笑いながらそう告げた瞬間。魔法の詠唱を始めやがったんで慌てて封魔剣で突っつく。
「おい馬鹿。そういう事すんの止めろ。こっちにも迷惑がかかるだろうが」
「アンタも今の見たでしょう!? あんのエルフ……あたしよりステータスもレベルも低そうなくせに鼻で笑ったのよ! しかもこのハイエルフに向かってよ? エルフの常識に当てはめればどう考えたって魔法で焼き殺されたって文句の言える立場じゃないじゃないの!」
だから邪魔をするなと詠唱を始めようとするので、幌を軽く押し込んで落下させ、ふんじばってから中に転がしておく。その際にキッチリ猿轡を咬ませておかないとギャーギャー喚いて会話にならん。そんな事をされるといざ交渉って時に不利になりかねないからな。
「おいそこの見張りエルフ。この集落の入り口はどっちだ」
俺のぶっきらぼうな問いかけに、あからさまに嫌そうに表情を歪ませるが、こっちもこっちでニヤリと口の端を釣り上げながらサディナを指さす。
差された本人はモガモガ言いながら打ち上げられた魚みたいにびたんびたんしているが、それを見ていた櫓の見張りエルフは言わんとする事を理解したらしい。これだけでも目の前にいるサディナよりは頭がよさそうな気がする。
つまり――教えなかったらコイツに言ってそこの集落を燃やし尽くすぞと脅しただけだ。
今は俺が抑えているようなものだが、ひとたびGOと許可を出せばサディナは嬉々として魔法をぶっ放すだろう。何しろ圧倒的――かどうかは知らんが、格下に鼻で笑われたんだ。ここに来る間だけでもエルフがそりゃあもう偉いのなんのって頼みもしねぇのにくっちゃべってたからな。
そのあたりに対して俺はどうこう言うつもりはない。道案内を快く引き受けてくれるのならという前提が付くがな。
とにかく。奴等の命は俺が握っている。さぁて……自称賢き者であるエルフの判断はいかに。
「……そっちからぐるっと西に回れ。何がどうなっているのか知らんが、そこのエルフが本物のハイエルフ様なら、無碍に扱われる事ないだろう」
なるほどなるほど。どうやら多少なりとも感情をコントロールする冷静さは残っていたようだな。これがサディナであったなら、馬鹿みたいに魔法をぶっぱなしまくって俺の大不興を買ってこの集落はとんでもない事になっていただろうな。今も本物のと言われてかなりびたんびたんしてるからな。
「そうか。この馬鹿と違って素直に教えてくれて助かるよ」
そんな事を考えつつ、未だに喚くサディナの口にデスソースにたっぷりと漬け込んだキュウリをねじ込んで黙らせつつ、指示された入口へと向かった。




